重症の新型コロナウイルスは精子を介して子孫の不安傾向に影響を及ぼす可能性

父親が子の受胎前に経験した感染症は、精子を通じて子の脳や行動に影響する可能性があります。オーストラリアのフローリー神経科学・精神衛生研究所のエリザベス・クレーマン氏やアンソニー・ハナン氏らの研究チームが、中等症から重症に当たる新型コロナウイルス感染を経験したオスのマウスを使い、感染後に生まれた子への影響を調べました。
Paternal SARS-CoV-2 infection impacts sperm small noncoding RNAs and increases anxiety in offspring in a sex-dependent manner | Nature Communications
https://www.nature.com/articles/s41467-025-64473-0
Severe COVID-19 linked to anxiety in offspring via altered sperm RNA
https://www.psypost.org/severe-covid-19-in-male-mice-tied-to-anxiety-in-offspring-via-altered-sperm-rna/

父親の経験による影響を子へ伝える役割を担う候補のひとつが精子に含まれるRNAで、その中でも注目されているのが、タンパク質の設計図にはならず遺伝子の働きを調節する「スモールノンコーディングRNA」です。これまでのマウス実験では、父親が細菌や寄生虫に感染すると精子に含まれるスモールノンコーディングRNAが変化し、子の脳の発達や行動に影響する可能性が示されています。
研究チームは成体のオスマウスを新型コロナウイルスに感染させ、ウイルスには感染させず模擬的な処置だけを行ったオスのマウスと比べました。この感染モデルは人間の中等症から重症に当たる病態を再現し、感染したオスに一時的な体重減少が生じるものです。4週間後には体内からウイルスが排除されていたため、ウイルスに感染したオスと感染させなかったオスを、それぞれ感染歴のない健康なメスと交配させ、生まれた子が成体になってから行動を調べました。
成体になった子を明るい区画と暗い区画の間を自由に移動できる環境に入れたところ、感染したオスを父親に持つ子は、感染していないオスを父親に持つ子より明るい区画で過ごす時間が短く、特にオスの子では明るい区画へ初めて入るまでの時間も長くなりました。なお、この試験では明るい区画で過ごす時間が短いほど不安レベルが高いと評価されます。開けた場所を使った別の試験でも、感染したオスの子には、身を隠しにくい中央部分を避ける行動が多く見られたとのことです。
また、物を記憶する能力や見知らぬマウスへの接し方には、父親がウイルスに感染した子と感染していない子の間で差が見られませんでした。抑うつ傾向に関する個別の試験でも差はありませんでしたが、複数の測定値をまとめた指標では、感染したオスを父親に持つ子に抑うつ傾向を示す行動が多く見られました。この抑うつ傾向の差は別の子の集団を使った再現実験では確認されなかった一方で、不安傾向を示す行動は再現実験でも確認されたそうです。

そこで研究チームが、同じ条件で別に新型コロナウイルスへ感染させたオスから感染4週間後に精子を採取して調べたところ、複数のスモールノンコーディングRNAの量が変化していることが分かりました。精子が作られる際に遺伝情報を守る働きに関わる4つの「PIWI相互作用RNA」の集まりは減少し、「マイクロRNA」とtRNAに由来する小さなRNAが1種類ずつ増えていたとのことです。
研究チームが記憶や感情の調節に関わる脳の領域「海馬」を調べたところ、感染したオスを父親に持つ子では遺伝子の働き方が変化していました。特にメスの子では20個の遺伝子に変化があり、このうち19個は活動が低下していました。研究チームは、活動が低下した遺伝子の多くが、ストレスや感情に関する障害を再現したほかのマウスやラットの実験でも変化していると指摘しています。
さらに、父親の感染による影響が孫世代まで続くのかを確かめるため、研究チームは子世代に当たる第1世代のオスをそれぞれ別の健康なメスと交配させました。その結果、成体になってから第1世代と同じ不安傾向を示す行動は確認されず、研究チームは孫世代の行動に及ぶ影響は限定的である可能性があると述べています。ただし、厳重に管理された施設の狭い作業スペースで行動試験を行う必要があったため一部の試験を実施できず、行動の変化を検出できなかった可能性もあるとのこと。
研究チームは、今回の結果がマウス実験で得られたものであり、人間の子にも同じ影響が生じるかどうかは、人間を長期間追跡する研究で確かめる必要があると述べています。また、ウイルスに感染した父親世代のマウスには大きな体重減少が生じていたため、感染に伴う体重減少や代謝状態の変化が子の不安傾向に関わった可能性を切り分けるのは難しいとしています。
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