14歳でアンフェタミン中毒になり薬物売買で刑務所に入った人物がオープンソースソフトウェア開発で立ち直るまで

「ソフトウェア開発者として働いている」と聞くと、学生時代は成績優秀であり大学で真面目にITを学んだ人物を想像するかもしれませんが、中には壮絶な人生を歩んできた人もいます。14歳の頃に日本では覚せい剤に指定されているアンフェタミン中毒となり、薬物売買の罪で刑務所に入った経歴があるというソフトウェア開発者のギャビン・レイ氏が、自身の人生について語っています。
Building from Zero After Addiction, Prison, and a Felony
https://gavinray97.github.io/blog/building-from-zero-after-addiction-prison-felony
レイ氏はアンフェタミン中毒となって少年刑務所に入っていた自身の経歴を公にすることは、あまりにもリスクが高すぎると感じていました。ところが2025年、刑務所で服役中でありながらソフトウェアエンジニアとしてデータベース企業のTursoで勤務するプレストン・ソープ氏が、自らの経歴について明かしました。
服役中で刑務所にいながらにしてソフトウェアエンジニアとして入社した人が自身の経験を語る - GIGAZINE

ソープ氏の記事を読んだレイ氏は、自分と同じような経歴でテクノロジー業界にひっそりと入り込んだ人が他にもいるのではないかと考えたとのこと。また、すでにソフトウェア開発者としてのキャリアをある程度積んでコミュニティにも貢献してきたため、過去を開示しても状況は悪くならないだろうと判断し、「過ちを犯した自分にはもう未来がないのではないか」と考える人に向けて自らの経歴を明かすことにしたそうです。
◆14歳でアンフェタミン中毒になって刑務所へ
レイ氏は中学生の途中までは模範的な生徒でしたが、太っていることを理由にいじめられたり、ホルモンバランスの変化が重なったりしたことで、周囲への恨みや反抗心などを抱えるようになりました。その結果、いじめてきた生徒と殴り合いのけんかをしたり、先生に反抗したりするようになり、最終的にクラスメイトから購入した薬物に手を出し始めたとのこと。
初めてアンフェタミンが効いた時のことを、レイ氏は「まるで人生が初めて完璧になったかのようでした。幸せで自信に満ちあふれ、何でもできるような気がしました。残りの人生、起きている間ずっとこんな気分でいたいと思いました」と語っています。
しかしレイ氏の家庭は決して裕福ではなかったため、薬物購入の資金を稼ぐために自らも薬物売買に手を出したそうですが、それもすぐに露見して逮捕されました。結局、規制薬物の製造または販売目的での所持といった計17件の罪で起訴されたレイ氏は、14~16歳の2年間を最高警備の少年刑務所で過ごすこととなりました。

◆親に追い出されて1人暮らしを始めるも再逮捕
刑務所内で高校卒業資格を取得したレイ氏は、釈放されると2年制のコミュニティ・カレッジに通い始めました。しかし、造園業で時給8ドル(約1300円)の仕事をしながら片道1時間かけて学校に通う生活に慣れることができず、結果的にコミュニティ・カレッジを中退してしまいます。
17歳までは薬物に手を出さずに生きていたレイ氏ですが、再び麻薬の販売に手を出してしまい、実父と大げんかした末に家を追い出されてしまいました。家を出られることを当時のレイ氏は「甘美な自由と解放」のように感じており、ノートPCと貯金を詰めたバックパック、服を詰めたスーツケースのみを持って無計画で家を飛び出したそうです。
結局、友人宅のトレーラーハウスに月額300ドル(約4万8000円)で寝泊まりできることになったレイ氏は、造園業やレジ係として働きつつも副業として薬物売買を継続。再び麻薬関連の罪で逮捕・起訴されたレイ氏は、郡刑務所で19歳まで過ごすことになりました。

◆刑務所内で読んだ新聞記事をきっかけに仕事を得る
郡刑務所に入っていたレイ氏は、偶然読んだ新聞に「テクノロジー企業がリスクを抱える恵まれない若者にインターンシップの機会を提供している」という内容の記事が載っているのを見つけました。幼少期をコンピューターの前で過ごし、独学でプログラミングを学んだりゲームの改造版を作ったりしていたレイ氏は、幼い頃からゲームのプログラマーになりたいという夢を持っており、この記事を切り取って保管したそうです。
その後、19歳のレイ氏は1週間の就職釈放プログラムに移されました。このプログラムは、1週間の猶予期間中に仕事を見つけることができれば日中は外出して勤務可能というもので、レイ氏は新聞記事に載っていたTechtonicという会社を訪れて経緯を説明したとのこと。幸いにも面接に合格したレイ氏は、Techtonicでフルスタックのウェブ開発者のインターンとして働き始めました。
レイ氏は、「ウェブ開発についてはまったく知識がなく、そもそも特に興味もなかったのですが、この仕事は私の想像をはるかに超えるものでした。前科があったため、残りの人生は建設業かそれに類する仕事に就くことになるだろうと思っていたからです」と語っています。後にきっかけとなった新聞記事を書いた記者が訪ねてきて、レイ氏のインタビューを元にした記事も公開されました。
Boulder tech academies swamped as they race to retrain workers – Boulder Daily Camera
https://www.dailycamera.com/2017/05/12/boulder-tech-academies-swamped-as-they-race-to-retrain-workers/
Techtonicはさまざまな契約を請け負ってソフトウェア開発を行っており、その多くはさまざまな技術スタックを用いたSaaS MVPだったとのこと。この仕事は駆け出しのソフトウェア開発者として理想的なものであり、レイ氏はほとんど教育を受けることはできなかったものの、実践の中でフロントエンド・バックエンド・DevOpsを学び、複数のプログラミング言語とデータベースを扱えるようになりました。

◆薬物中毒と解雇、ゼロからのやり直し
レイ氏はTechtonicで働いている時に今の妻と出会いましたが、再び薬物を使用する生活に逆戻りしてしまったとのこと。また、Techtonicのマネージャーはレイ氏のことを嫌っており、「レイ氏が毎日何時間も遅刻している」とオーナーにうそを吹き込んだため、妻と一緒に解雇されてしまったそうです。
後にSlack履歴が見つかったことでレイ氏が毎日のように遅刻していたという汚名は返上されたそうですが、仕事を失ったレイ氏はますますひどい薬物依存症に陥り、実家に引っ越す羽目になりました。しかし、実父も依存症患者であったことから事態は悪化。実家での生活が破綻したレイ氏は、妻と一緒に友人の空き部屋に転がり込むこととなりました。
着替えとノートPCくらいしか持たないどん底に陥ったレイ氏は、「一体何をやっているんだ?」と自問自答し、もうこんな生き方はしたくないと薬物を断つ決意をします。そしてレストランで皿洗いの仕事を始め、妻も友人と同じ倉庫で大型家電の配送と設置の仕事に就きましたが、なかなか苦しい生活から脱することはできなかったとのこと。
結局、妻は「しばらく自分が家計を支えるから、その間にレイ氏がIT関連の仕事探しに時間を費やす方がいい」と主張し、これに納得したレイ氏は数カ月にわたる就職活動を開始。多くの最終面接に進んで8社から採用通知をもらったものの、いずれも人事部の「犯罪歴のある人は採用しない」という理由で取り消され、まるで目の前にぶら下がったニンジンを奪い取られるような思いをしたそうです。
それでもなんとかマイアミにあるスタートアップに年収5万ドル(約800万円)で採用され、引っ越し費用とAirbnbでの一時滞在費用も負担してくれました。1年間勤務すれば大幅に昇給するという約束も取り付け、レイ氏は妻と一緒に引っ越しました。

◆Hasuraとの出会いと転職
レイ氏が就職した会社のシステムは「技術的負債が蓄積された老朽化したRailsアプリケーション」であり、レイ氏の仕事の一部はこれらのシステムを書き換えることでした。その過程でレイ氏はオープンソースで開発されているGraphQLサーバーのHasuraと出会い、その便利さに魅了されたことでオープンソース開発に参加し始めました。レイ氏はDiscordサーバーに積極的に参加するようになり、他の人の質問に答えたり、不足していると感じた機能を実装するためのプルリクエストを送信し始めたりしました。
そんな中、マイアミで就職した会社の財務状況が悪く約束していた昇給が得られなかったレイ氏に対し、Hasuraの社員が「いっそのことHasuraに応募してみたらどうですか」と誘ってきたとのこと。そこで試しに形ばかりの面接を受けたところ、当時の2倍以上の給与を提示されたことから、レイ氏はHasuraに転職することを決意しました。在籍している会社の仕事も本当に楽しかったため、辞めるのはつらかったそうですが、後任者を確保するまで居残ったところで転職したとのこと。
しばらくHasuraで働いたレイ氏は、最終的に創業者たちに犯罪歴があることを打ち明けたものの、ありがたいことにそれでもレイ氏を受け入れてくれたそうです。レイ氏は、「私は夢のような仕事に就いていました。自分が心から愛し、ヘビーユーザーでもある開発者向けツールの開発に携わり、しかもそれがPostgresエコシステムの一部だったのです。これほど自分にぴったりの仕事は想像もしていませんでした」と語っています。
◆まとめ
レイ氏は、自分は多くの過ちを犯して大切な人々を傷つけ、他人から見れば喉から手が出るほどのチャンスを無駄にしてきたと指摘。ようやく正しい道に進み始めた後も、運や周囲の人々のサポート、タイミング、そして自分の将来に目を向けて判断してくれる人々がいて、どうにか今の生活にたどり着けたとしています。
そしてレイ氏は、「もしあなたが依存症や貧困、犯罪歴あるいはその他の、まるで永遠に続くようなどん底からこれを読んでいるのなら、簡単だなどと言ってあなたを侮辱するつもりはありません。長い間、不公平な状況が続くかもしれません」「しかし、必ずしもこれで終わりというわけではありません」とコメント。人の助けのおかげで自分がここにいるということに感謝し、いつか自分が逆の立場になって、誰かにチャンスを与えられるようになりたいと語りました。

レイ氏のブログはソーシャルニュースサイトのHacker Newsでも話題となっています。
Building from zero after addiction, prison, and a felony | Hacker News
https://news.ycombinator.com/item?id=48437406
あるユーザーは、自身も公園などで寝泊まりしつつ万引きや窃盗をして路上生活を送っており、盗んだノートPCを使ってインターンとして働き始めたことをきっかけに、テクノロジー業界で高額な給料を得てマイホームや家庭も得られたと語っています。しかし、このユーザーは「自分は過大評価されているのではないか」と感じるインポスター症候群に悩まされており、一緒に働いている同僚も自分の経歴を知らないとのことです。

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in メモ, Posted by log1h_ik
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