「夢の中で商品の広告を見させるキャンペーン」について科学者らが警鐘を鳴らす
2021年2月、アメリカのビール醸造会社であるクアーズがNFLの王者を決める第55回スーパーボウルに合わせ、「寝ている人々にクアーズビールの夢を見させる」という新たな広告キャンペーンを実施しました。そんな夢を広告に利用する手法について、北米やヨーロッパの研究者らが公開書簡で警鐘を鳴らしています。
Advertising in Dreams is Coming: Now What? · Dream Engineering
https://dxe.pubpub.org/pub/dreamadvertising/
Nightmare scenario: alarm as advertisers seek to plug into our dreams | Advertising | The Guardian
https://www.theguardian.com/media/2021/jul/05/advertisers-targeted-dream-incubation?CMP=Share_AndroidApp_Other
スーパーボウルはアメリカ最大ともいえるスポーツイベントであり、ゲームの途中に挟まれるCMには多大な広告効果が期待できます。しかし、スーパーボウル中のCMは非常に競争が激しいため、クアーズはスーパーボウルでCMを放送することができなかったとのこと。
そこでクアーズは1月27日、「スーパーボウル前夜に『クアーズビールの夢』を見させる」という斬新な広告キャンペーンを発表しました。実際にクアーズが計画した「夢の中で広告を見させる」という手法がどのようなものだったのかは、以下のムービーを見るとわかります。
Coors Big Game Commercial of Your Dreams: Dream Study - YouTube
今回の広告キャンペーンでクアーズに協力したのは、ハーバード大学で夢に関する研究を行うディアードレ・バレット博士。
クアーズはバレット博士に「夢の中で広告を見せることはできるだろうか」と尋ねたそうで、バレット博士は夢に影響を与えることは可能だと回答したとのこと。
そこでクアーズは人々の潜在意識に訴えかけるため、ビジュアルアーティストのデヴィッド・ローソン氏に依頼して「クアーズビールの夢を見させるための映像」を作成してもらいました。
作成された映像は、きれいな山の空気や爽やかな川などを連想させるものになったとのこと。
映像の効果を確かめるための実験も行われました。
人々は寝る前に脳波を測定する装置を付けて……
ローソン氏が作成した映像を見ます。
研究チームは眠りに落ちた参加者の脳波を観察し……
夢を見るレム睡眠に入ったことを確認すると、参加者を起こして何の夢を見ていたのかを尋ねました。
「滝の夢を見ていた」
「雪の中を歩いていた」
「クアーズに関係する何かを見ていた」と語る参加者もいました。
スーパーボウルと合わせて打ち出された広告キャンペーンでは、「寝る前に限定公開の映像を見て、それから8時間の環境音を再生しながら眠りにつく」ことで、クアーズが登場する爽やかでリラックスできる夢を見られるとされていました。参加者はクアーズビールの12パックセットが半額で購入できたほか、映像のリンクを友人に送ってその友人もキャンペーンに参加した場合、12パックが無料で入手できたとのこと。
実際にどれほどの人々がこのキャンペーンに参加したのかは不明ですが、睡眠や夢を研究する科学者らは、この新たな広告キャンペーンが危険な扉を開いた可能性があると指摘しています。2021年6月には、北米やヨーロッパの睡眠や夢に関係する研究者35人が、「夢を広告に利用する手法」に警鐘を鳴らす公開書簡を発表しました。
公開書簡では、「特定の夢を見るための方法」は数千年も前から存在しており、先住民の慣習に残っているケースもあると述べられています。夢は記憶の処理に関係していると言われているほか、「脳が過剰適合になるのを防ぐため」とする説もあり、夢への介入は脳に強い影響を与える可能性があるとのこと。ハーバード大学で睡眠を研究するボブ・スティックフィールド教授は、「想像できるあらゆる広告キャンペーンが、睡眠を武器にすることで間違いなく強化されます」とコメントし、クアーズの取り組みが他の企業によって再現される可能性があると述べています。
クアーズの取り組みは、人々が能動的に参加しないと機能しないものでした。しかし公開書簡では、多くのアメリカ人が寝室に置いているスマートスピーカーが、広告企業によって利用される可能性があるという懸念について記されています。スティックフィールド教授は、「3000万人もの人々が、耳で音声を聞くAlexaタイプのデバイスを寝室に置いています」と述べ、広告主がユーザーの睡眠中に広告を流す権利を購入し、寝ている最中に広告音声を流すシステムが誕生するかもしれないと指摘。「広告主がこれらのデバイスで広告時間を購入し、広告を聞いていることをユーザー本人も知らないという、『一九八四年』のような状況が発生する可能性があります」と、スティックフィールド教授は主張しました。
夢の中で広告が展開される状況を防ぐため、研究者らは「消費者の行動を左右するために夢を操作しない」ことを定める規制を作る必要があると訴えています。既に連邦取引委員会は、映画やTV番組におけるサブリミナル広告を禁止しており、この規制をスマートスピーカーなどを用いた夢への介入に適用することも可能とのこと。公開書簡は、「私たちの意識と無意識の最後の避難所である『夢』を広告主が操作しないようにするためには、積極的な行動と新たな保護政策が今すぐ必要であると考えています」という文言で結ばれています。
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