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匿名通信の「Tor」を支援する人物のPayPalアカウントが告知なしに停止されてしまう


IPアドレスなどの情報を匿名化して通信を行う「Tor」は、政府の監視を受けている人物が身元を隠して通信を行ったり、政治的な検閲を回避して情報にアクセスしたりする人々にとって重要なシステムとなっています。そんなTorを長年にわたって支援してきたLarry Brandt氏が、「Torの支援に使ってきた決済サービスPayPalのアカウントが、詳細な説明なしに停止されてしまった」と電子フロンティア財団(EFF)に報告しました。

PayPal Shuts Down Long-Time Tor Supporter with No Recourse | Electronic Frontier Foundation
https://www.eff.org/deeplinks/2021/06/paypal-shuts-down-long-time-tor-supporter-no-recourse

Torの匿名通信は、実際にユーザーが使用するコンピューターから目的のページへアクセスするまでの通信経路に、他のコンピューターなどの中継地点(ノード)を追加することで実現されています。通信時に多くのノードを経由することにで発信源を秘匿するこの仕組みには、ボランティアとしてノードを運営する人々の協力が必要です。


Brandt氏は、そんなTorノードを実行するサーバーに資金を提供する活動を長年続けてきた人物であり、所有していたPayPalアカウントは主にTorサーバーへの送金に使用されていたとのこと。ところが2021年3月、Brandt氏は自身のPayPalアカウントが停止されていることに気付きました。アカウントの停止についてPayPalから事前連絡や警告はなく、PayPalページに表示された縦長のバナーで初めてアカウントが停止されたことを知ったとのこと。

以下の画像が、Brandt氏のPayPalアカウントの停止を通知したバナーです。PayPalアカウントの利用について問題があったためにアカウントが停止され、決定が覆らないことが記されていますが、停止に至った理由の詳細については触れられていません。


その後、数カ月にわたってPayPalとの接触を試みてもアカウントは復活しなかったため、Brandt氏はEFFに連絡したとのこと。EFFの法務チームはBrandt氏の取引について詳細にレビューしたものの、アカウントの停止に値する不正行為は確認されなかったと述べています。その上でEFFは、Brandt氏のPayPalアカウントにおける取引の圧倒的多数がTorノードを実行するサーバーへの支払いだったことから、アカウント停止がTorを支援する活動によって引き起こされた可能性を懸念しています。

EFFはPayPalに連絡し、Brandt氏のアカウントを停止した理由を明確にすると同時にアカウントを復活させるように促したほか、応対した人々にTorの意義について伝えたと述べています。一方、PayPalはアカウントの停止がTorに関連していることを否定したものの、理由については「現在の状況は適切に判断されたものです」とだけ述べて具体的な言及を避けました。結局、EFFがPayPalに連絡して数週間が経過した記事作成時点でも、Brandt氏のPayPalアカウントは復活していないそうです。

Torプロジェクトは今回の件についてEFFに電子メールを送り、「インターネットの自由を守る上での金銭的迫害を聞いたのは、Torコミュニティではこれが初めてです。私たちはPayPalの透明性の欠如を非常に懸念しており、当該ユーザーのアカウントを回復するように要求します。Torネットワークのリレーを実行することは、世界中にいる数千人ものボランティアとリレー連合の日常的な活動です。これがなければTorはなく、Torがなければ何百万人ものユーザーが検閲されていないインターネットにアクセスできなかったでしょう」とコメントしました。


EFFはBrandt氏が陥った状況について、PayPalではアカウントを停止されてしまったユーザーが詳細な理由を入手したり、不服を申し立てたりできない点が問題だと指摘。実際のところ、PayPalアカウントが停止された後にBrandt氏が電話やメールで連絡してもPayPalが応じることはなく、利用規約に記されている「Resolution Center(解決センター)」でも人間のオペレーターと会話することができなかったとのこと。

この問題はPayPalに限ったことではなく、ユーザーが人間のオペレーターと接触できないオンラインサービスは多く存在します。これは、苦情に対応するための費用は企業の利益につながらず、多くの企業にはユーザーからの苦情に対応するインセンティブがないためです。そこでEFFはさまざまな企業に対し、「コンテンツの削除やアカウントの停止について、影響を受けたユーザーが不服を申し立てる有効な機会」を提供するように圧力をかけています。

PayPalをはじめとするオンライン決済サービスはデジタル化が進むにつれて存在感を増しており、Brandt氏の事例を見てもわかるように、個人的なプロジェクトやサービスの存続を簡単に左右する力を持っています。PayPalがサービスの提供に影響を及ぼすケースもたびたび報告されており、2010年にはPayPalが内部告発サイト「Wikileaks」のアカウントを停止して議論を呼んだほか、2019年には世界最大のポルノサイト・Pornhubがサービスの利用を停止されました。

世界最大のポルノサイトPornhubがPayPalから突然サービスの利用を停止される - GIGAZINE


金融サービスへのアクセスは現代社会における生き残りを左右しますが、GoogleやFacebookによるコンテンツの検閲が強い注目を集めているのと比較して、PayPalなどのオンライン決済サービスのアカウント停止はそれほど強く監視されていないとのこと。そこでEFFはPayPalに対し、「政府の要請やサービスの規約違反で停止したアカウントの数を開示する透明性レポートを公開する」「アカウントが停止されたユーザーに対して詳細な理由を説明する」「PayPalアカウントが停止されたユーザーが申し立てできるプロセスを採用する」といった改善を行うように呼びかけています。

なお、Brandt氏は今回の一件でTorノードのサポートをやめるつもりはなく、PayPal以外の手段を利用して引き続きTorネットワークをサポートし続けるとのことです。

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in ネットサービス, Posted by log1h_ik

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