インタビュー

『シドニアの騎士 あいつむぐほし』吉平“Tady”直弘監督インタビュー、ほぼ全データを最新技術に合わせて一新しシドニア愛を詰め込んだ作品を送り出す


漫画家・弐瓶勉の代表作をアニメ化した『シドニアの騎士』が、2021年6月4日(金)公開の『シドニアの騎士 あいつむぐほし』でついに完結します。本作制作にあたっては、TVシリーズの主要スタッフが再結集し、弐瓶勉自身が総監修を担当。コミック版とは異なる新たな内容も盛り込まれています。

シリーズ完結作はどのように生み出されたのか、吉平“Tady”直弘監督に話をうかがってきました。

映画『シドニアの騎士 あいつむぐほし』
https://sidonia-anime.jp/


GIGAZINE(以下、G):
吉平監督には1年ほど前、『空挺ドラゴンズ』の際にインタビューさせていただいていて。

吉平“Tady”直弘監督(以下、吉平):
すごく楽しいインタビューでした。今も覚えています。

アニメ「空挺ドラゴンズ」の吉平“Tady”直弘監督にインタビュー、原作第1話で惚れ込んだ監督はいかにしてアニメを「単なる映像化」を超えたものとして昇華させたか - GIGAZINE


G:
今回は『シドニアの騎士』ということですね。TVシリーズ第1期、第2期をもともと見ていて、この『あいつむぐほし』についても試写で拝見してきたので、いろいろと細かく伺っていければと思います。

吉平:
ありがとうございます。よろしくお願いします。

G:
よろしくお願いします。第2期『第九惑星戦役』の放送が2015年春のことなので、今回の「あいつむぐほし」は、およそ6年ぶりの作品となります。作業はいつごろから始めたのでしょうか?

吉平:
作業を始めた時期は、プロット開発だと2017年の11月頃からということになります。

G:
その時点でのプロットはどんな感じだったんですかね?

吉平:
まずアニメ化されていない原作がものすごい物量だったのですが、これを2時間程度の映画としてまとめつつ、弐瓶さんが原作の中でやりきれなかった、もっとやってみたいという想いも取り込んでいこうということで、まず僕と瀬下総監督と弐瓶さんの3人でブレストをしたんです。すると、みんなシドニア愛が深いので、デカいエピソードがてんこ盛りでこのままでは1本の筋としてはうまく成立しないな、と感じまして。

G:
ほうほう。

吉平:
「じゃあ、僕が責任を持ってプロット案をまとめてみます」という形で引き受けさせていただきました。プロット案は結局第3稿くらいまで行きまして、最初はA4で2ページぐらいで済むのかと思っていたんですが、最終的には16ページぐらいに……。

G:
ええ!?(笑) 16ページはすごいですね。

吉平:
そこまで十分に愛情を込めた上で、改めて、脚本の村井さだゆきさんたちと、これを起点としてプロット開発をしていきましょうとお話しして。なので先ほど「プロット案」と言いましたけれど、先に全体の作品イメージから始めて、もう一度、全体を推敲しながら本プロットとして再構築する作り方となりました。

G:
なるほど。初期から原作者の弐瓶さんが参加しておられるということで、肩書きは「総監修」となっていますが、原作者の立場から言われたことはどういったものがありましたか?

吉平:
たとえばラストの、原作でいうと最後の大戦争的なパートですね。3つの場所で同時進行的に話が進むのですが、アニメという限られた時間軸の中でこれを表現するのは非常に難しいので、しっかり内容が伝わる形にしたいというのが、プロットの時点での大きな要望でした。

G:
確かに、難題ですね。

吉平:
そういった難題を整理していったうえで、『シドニア』を初めて見る人にも設定や世界観を分かりやすく伝えるにはどうしたらいいか、と考えていきました。……といっても「簡単な説明を入れる」という意味ではなく、世界観の説明を「見ごたえがある形」にどう昇華させていくのか。どう物語に自然に織り込んでいくか、と考えた結果、前作の10年後の世界で新兵という存在を導入に使うことで「ガウナというのは恐ろしいものなんだ」と再体験してもらう形にしたのですが、そのアイデアも弐瓶先生から出てきたものだと思います。

G:
なるほど、それでああいったシーンが加わっていったんですね。今回、劇場版を見るにあたって改めて第1期、第2期を通して見たことで、作品が進むにつれていろいろなところのレベルが上がっていってるように見えました。これは、ベースになっているデータは同じなのでしょうか?

吉平:
計画の初期段階においては、CGなので元のデータが使えるだろうという安易に考えていた時期もありましたが、実際に、6年を経て劇場作品として映像を作ることを考えたときに「過去のクオリティーのままではいかん」と、結局ほぼすべてのデータについて、最新技術への乗せ替えをしましたね。

G:
おお、なんと……。

吉平:
実際に車や技術製品などもそうだと思うのですが、古いものを新しいものに乗せ替えるのは、新しいものを作るよりも非常に大変な作業なわけです。なおかつ、本作の場合は第1期、第2期を見てくれたファンがいるので、全然違う見た目になってもいけない。でも、最新作として今まで以上に美しいビジュアルも目指さなければいけないと。だから、今、人気のあるアニメがやろうとしているアニメの見せ方も研究して、さらに僕が監督として取り組んでいきたい、もっと強い表現にしていきたいスタイルなどをもとに、新しく作り直したという結果になりました。

G:
主人公たちの母艦にあたるシドニアの表面もとても細かくなっていると感じました。テクスチャというか素材というか、そういうところから一新しているのですか?

吉平:
そうなんです。完全に描き直してもらっていますし、今の高解像度や技術に合わせて、技法的にも、絵の描き方、描き様といったところからも変えていただいています。

G:
過去のインタビューを読んでいると、第1期や第2期では手描き作業があったとのことですが、本作ではどうでしたか?

吉平:
いろんなところに、たくさん入っていますよ。CGでいうところの「テクスチャワーク」みたいなものは、セルルックのトレンドとしても、CGらしさを打ち出していく方向ではなく、手で描いたものの割合を増やしていく方向に向かうのではないかと思っています。なので、本作でも「機械でジェネレートされた何か」を足すというよりも、キャラクターをよりよく見せるために手で描かれた要素をどんどん増やすというアプローチに切り替わっていますね。

G:
劇場版は見ているだけで「これは作業が大変だったに違いない」というすさまじい構成の連続でした。

吉平:
ああ、絵コンテ……ものすごく大変でした。

G:
(笑)

吉平:
ただ、今までの自分自身のノウハウもありますから、立体的な空間において、あるいは宇宙というような上にも下にも自在に空間があるような環境において、どう場面を描いていくのかについては、あらかじめCGのツールでシミュレーションした配置演出、ブロッキングを絵コンテを担当される方にお伝えしてから、カット構成を作り込んでいきました。さらに実制作ではアニメーターたちが「もっといいアイディアがあって、もっと格好よく表現できるよ」と、どんどんアクションシーンを盛り上げていってくれましたね。

G:
音響も非常によくて、重低音がうまく響いているなと感じました。これは監督から具体的にそういう指示があったのでしょうか。

吉平:
基本的には劇場作品だということで、がっつりとウーファーのチャンネルも使っていきたいということも含めて、音作りでは劇場版アニメ『BLAME!』以上にド迫力なものにしていきたいということを音響チームと話しました。


G:
「以上にド迫力なもの」を狙って、実際にそういったものができているのがすごいです。

吉平:
コンテマンの方にも「劇場のこことここにスピーカーがあります」という情報を事前にお渡しして、画面外でも音を使ってこちらの方向へ移動していくことを感じさせることができますと説明した上で、アクションの軌道や移動方向も含めて、立体音響を前提に演出を組みあげたコンテワークをやっていこうという方針でした。「弾丸が自分のまわりや背後を飛び交う」「ビームが斜め上方へ突き抜けていく」「横で爆発音がする」という、まさに戦場の追体験のような劇場体験をしてもらうために、今回初めて立体音響を強く意識した作品作りをやっていますね。

G:
実際、艦橋のシーンではあちこちから指示の声が聞こえてきて、非常に凝っているなと思いました。


吉平:
管制官の声も二重三重に重なって、色んなところから聞こえていてすごいですよね。もうこの発言は岩浪音響監督へのラブレターだと思っていただいて……。

G:
(笑)

吉平:
さらに劇伴でも、ゴリゴリに重低音を打ち出してもらっていて、オーケストラの編成もビオラ以下の低音楽器がより多くより強く前に出るようにして、新たな構成で新しいシドニアの音楽をやっていきましょうという話もさせていただきました。

G:
吉平監督は、TVシリーズ第2期では副監督としてクレジットされていました。今回、その第2期で監督だった瀬下寛之さんが総監督、吉平さんが監督になっていますよね。

吉平:
役割分担という点で「監督」、あるいは監督的な判断をする人が複数いると、声優さんやアーティスト含め現場では混乱を招いてしまうし、一筋で紡がれたストーリーにならないという恐れがあって。僕がプロット案から書いたとお話をさせていただきましたが、自分が責任を持って「1つのストーリーとして語り継ぐんだ」という強い想いで、脚本開発からプレスコ、コンテと、前面に立たせてもらいました。瀬下総監督には、僕が知り得なかった、シドニアでやろうとしていたことや、本作にかける想いというものも聞かせてもらいながら、それも自分の中で咀嚼し吸収して、作品の中へ取りいれていきました。

G:
なるほど。吉平監督が3月11日に初号試写最終日だというツイートを行っていて、「リモートワークの影響もあり、スタッフに直接会えるのが一年振りで、やっとありがとうをちゃんと伝える事が出来て嬉しかった!」と書かれていました。今回、リモートワークで作業するにあたり、工夫された点はありますか?

本日『シドニアの騎士 あいつむぐほし』初号試写最終日でした。
リモートワークの影響もあり、スタッフに直接会えるのが一年振りで、やっとありがとうをちゃんと伝える事が出来て嬉しかった!
瀬下総監督とも久々に和気あいあいとお話して記念写真撮りました✨#シドニアの騎士#SIDONIA_anime pic.twitter.com/zfuvcbUZsb

— 吉平 tady 直弘 (@tady1173)


吉平:
自分自身としては、アーティストに対して、そして一緒にやってくれる仲間に対して、より伝える力と熱量を上げていこうと努めていました。今までなら、良いものが上がってきたら笑顔を見せて肩を叩いたり、握手をしたりと、様々なコミュニケーションでその喜びを伝えることができたんですけれど、リモートワークだとどうしても画一的で感情の弱い表現になってしまうところがあります。

G:
確かに。

吉平:
だからリテイクを出すときには、精度の高い言語化という意味でも、感覚的な「そうじゃない、ああではない」ではなくて、たとえ文章を長く書くことになってもきちっと伝えたいことを熟考して、正確で分かりやすい日本語で、かつ解釈が揺れないように、また解釈の可能性が何パターンか考えられるときにはさらにその説明まで添えよう、と。またリテイクで絵を描いて指し示せる部分には、積極的に絵を描いて指示していました。まず監督として自分の作りたいものをはっきりと指し示すために誰よりも汗をかいて、リモートワークで一生懸命やってくれているアーティストのその努力に報いよう、そんな気持ちで作品作りをやっていきました。

G:
リモートワークでかなり頑張って作られた様子がTwitterからもうかがえましたが、仕事をうまく進めるために、健康維持で気をつけたことはありますか?

吉平:
健康……、これ以上に太らないようにとかでしょうか(笑)。実はこれは冗談ではなくて、体調管理という意味ではスタッフの悩みも共通性があって、外にも出かけず家で一生懸命仕事をしているからこそ、行動量が下がってしまい実際に太ってしまったり、座りっぱなしで腰痛になったり、血行不良などで具合を悪くしたり、あるいはメンタル面でも気分転換の方法を見つけられずに体調に異変を感じる人もいるような大変な状況でした。だから、リモートワークの日報を通じてさまざまな時季の事柄や晩御飯の献立を共有してみたり、あるいは「僕はウォーキングをするようにしています」と運動習慣について書いてみたり、みんなでリモート生活のあれこれについても様々なやりとりをしながら、まずは肉体面、精神面でも今まで以上にセルフケアを大事にして、いい作品作りができる健康な生活をしようと。

G:
ふむふむ。

吉平:
まずは自分自身でも試しながらみんなにも情報を発信して、どのようにしてよいものを作っていくか、健康面も含めて手探りでいろいろなことをやっていたように思います。

G:
吉平監督は第1期で「編集」のところに名前があり、本作でも再び「編集」を担当しています。3DCG作品の編集は、実写などと比べるとどう違うのでしょうか。

吉平:
実写と比べるなら「1カットにつき、テイクが1種類しかない」というのが大きな違いですね。ただCGの映像制作ではたくさんのアーティストが関わってひとつの映像ができてくるので、全体のリズムとしてどうしても大きなバラつきが出てきてしまいます。それを、絵コンテ段階で設計されていた時間の流れや感情を生み出す間の取り方へ、個々のカットのテンポとリズム感を調整して本来狙っていた形にしていくというのが重要です。「編集で作り直す」のではなく、音楽演出や、セリフの掛け合いの「間」も含め、より伝わるベストなカットのタイミングを探して、1フレーム単位で全カットをひたすらカット&トリムしていきます。

G:
映画は「上映時間」がありますが、これは編集を終えて「この時間になった」ということで決まるのか、それとも編集前に時間枠が決まっていて、そこへ向けて詰めていくのか、どんな感じなのでしょうか。

吉平:
これは非常に面白いところで、最初に脚本を開発する時点で、ターゲットにする「分数(ふんすう)」があります。

G:
ふむふむ。

吉平:
そこを基準に絵コンテワークを進めていくのですが、この作品もプレスコでやっているので、声の演技も含めて、まずコンテ段階で「この作品に一番いい分数」を探していくんです。ただ実制作に入りアニメーターたちが作業を進めていくと、各カットの尺が伸びたり短くなったりと合計分数は変わっていきます。これを本来伝えようと思っていた緊迫感のあるタイミングに、あるいはじっくりゆっくりと見ている人の気持ちを乗せていくように感じるタイミングに、と改めて編集で調整すると、これが不思議なことに絵コンテで考えていた作品の時間と、最終的に編集してできあがった作品の時間がほぼ同じ分数になっていて、これは毎回自分でも感心していますね。

G:
おお(笑)

吉平:
そして、絵コンテで短く詰められなかった部分は、やっぱり本編の編集でも詰められなかったりします。

G:
なるほど、すでに詰め切っているということですね(笑)。本作の制作を実際にやってみて、思っていたよりもうまくいった部分や、苦戦した部分というのはどういったところでしたか?


吉平:
基本的には、予想した以上のものがアーティストの努力によって上がってきているという風に感じました。みんながすごくチャレンジをして、高い熱量を持ったクオリティのものが上がって来たので、「これほどのものが上がってくるんだったら、もっと絵コンテ段階から尺を取って見せてあげたかったな」みたいな思いはありますね。

G:
「シドニアの騎士」といえばフォントがとても特徴があり印象的です。本作ではエンドロールに東亜重工フォントが出てきて、最後まで印象に残りました。あれは誰の発案だったのでしょうか。

吉平:
これは……守屋秀樹エグゼクティブプロデューサーだったんじゃないでしょうか。僕からは「ほんとにこれで行くんですか?名前読めないかもしれませんよ?」と(笑)

G:
確かに、デザインが独特なので、文字によってはぱっとわかりにくいものがあるかもしれないですね(笑)

吉平:
ただ、おかげで最後まで作品の世界観に浸っていられる良いエンドロールになったんじゃないかと思います。

G:
久々の『シドニアの騎士』映像新作ということで、待ちわびているファンへのメッセージをお願いします。

吉平:
まず、『シドニアの騎士 第九惑星戦役』の劇中劇として『BLAME!』のショートアニメが作られ、「みんなの応援次第よ」というセリフから、本当に『BLAME!』が劇場アニメになり、そして『BLAME!』の舞台挨拶で各地を回っているときにみなさんの「シドニア」に対する熱量を強く感じて、今回の企画が実現することになって、今は「これで完結だ!」と安堵する気持ちがある一方で、もう続きが作れないのかというさみしい気持ちにもなっています。でも、またファンの方からの熱い応援があったら、原作の最終ページ、あるいはイザナがまた出てくるような、そんな新作が作れる可能性もあるかもしれませんよね。だからこそ、これからも是非応援をよろしくお願いします。


G:
やる気満々ですね(笑)

吉平:
いつでもやります、と(笑)

G:
なるほど、本日はありがとうございました。

『シドニアの騎士 あいつむぐほし』は2021年6月4日(金)から全国ロードショー。3週連続の入場者特典は、1週目が「東亜重工重力祭運営局マスク」、2週目が「1/450スケール フィギュア3種ランダム(二零式衛人 劫衛/通常型ガウナA/通常型ガウナB)」、3週目が「1/450スケールフィギュア2種ランダム(知性型ガウナ/一九式衛人)」です。


YouTubeでは本編の冒頭映像が公開されています。

「シドニアの騎士 あいつむぐほし」本編冒頭映像【6/4(金)劇場公開】 - YouTube

©弐瓶勉・講談社/東亜重工重力祭運営局

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