アニメ「Levius」瀬下寛之総監督インタビュー、アメコミやバンド・デシネを動かしたいという思いが炸裂
ウルトラジャンプに連載されている中田春彌さんのスチームパンク・ボクシング漫画を原作としたアニメ「Levius」が、本日・2019年11月28日(木)からNetflixで全世界独占配信されます。日本のオーソドックスな漫画とは異なり、横書き・左開きというバンド・デシネのスタイルを採っている本作を映像化するのが、「シドニアの騎士」「亜人」「GODZILLA」「BLAME!」などの作品を手がけてきた瀬下寛之総監督。どういう思いを乗せて取り組んだのか、そして実際にどのような取り組みを行ったのか、直接いろいろなことを聞いてきました。
アニメシリーズ 『Levius レビウス』
https://levius.net/
作品のキービジュアルはこんな感じ
GIGAZINE(以下、G):
プロモーション映像とは別に2019年7月にYouTubeでクリエイターインタビュー映像が公開されていて、そこでも瀬下総監督と井手監督がいろいろとお話をされていましたね。
『Levius』クリエイターインタビュー映像 - YouTube
瀬下寛之総監督(以下、瀬下):
「日本のアニメはワンダーランドだ!」と感じたドキュメンタリー作家さんが来日して調査するというコンセプトだったらしいんですが、僕らは「『Levius』のプロモーション収録なの?」とだいぶ勘違いして出演してます(笑)
G:
それで作品に限らず「監督とは」みたいな質問も出ていたんですね、納得です。瀬下総監督の答えは「方針を出して、選んで、決める」ということでした。
瀬下:
そうですね。方針を出すからdirection、だからdirectorなんですね、と。
G:
本作では瀬下さんが「総監督」、井手恵介さんが「監督」となっていますが、どのような役割分担なのですか?
瀬下:
井手君は、ポリゴン・ピクチュアズ以前のスタジオから一緒に仕事してきて、「亜人」では演出を担当してくれた、とても優秀なクリエイターです。実は「Levius」の企画当初、僕は「GODZILLA」というだいぶ大変な仕事をやっていて(笑)、ちょっと1人だときつかったんですね。それで彼が監督、僕が総監督という形なら……という経緯で本作を引き受けたんです。だから、ストーリーや世界観、映像スタイルなどは僕が牽引して、その後は可能な限り任せてます。
G:
井手さんが優秀なのは、どういった部分においてですか?
瀬下:
映像を作る上での共通言語やロジックに加えて直感的なセンス……ですかね。直感のあたりは特に頼ってます。僕は、どちらかというと「華々しいヒット作の監督」とは対極なので(笑)
G:
瀬下さんも数々の作品を作ってきているじゃないですか。
瀬下:
いや、僕は「才能で監督をやっている」というよりは「ロジカルにコツコツと積み上げる」タイプかな、と。共同作業も好きでして、「自分の作品は他人に触られたくない」という感覚が全くといっていいほど無いですし。あと、完成した瞬間に喜びのピークがあるわけじゃないです。むしろ寂しくなる(笑)。「映像を作っている日々」が好きなんですね。だからなのか、僕は締め切り前に追い込むとかあまり無くて、そういうことで困らない。
G:
え!? なんてうらやましい……
瀬下:
「締め切り前ギリギリまで追い込む」とかはメンタルが耐えられないですしね(笑)。友人の監督から「公開1カ月前に1000カット修正した」なんて話を聞くだけで、気絶しそうになります。もう意味が分からない(笑)
G:
(笑)
瀬下:
ですから、一緒に作業して馬が合うのはやはりロジック型の人ですかね。でも静野孔文監督は珍しくタイプが違うのに仲がいいです。彼はものすごい直感力と才能の人です。一方で、井手君は、鋭い直感力を持ちつつも、どちらかというと僕と近い、論理的にコツコツ積み上げていこうという点で、数少ない話の合う作家なんです。
G:
ということは「共同作業」ですが、「役割分担」という感じではなさそうですね。
瀬下:
そうですね、僕は限りなく任せたいタイプですけどね。井手君が「いや、あの、ちょっと待って…」と戸惑うくらい(笑)
G:
そういうのもあったんですか?
瀬下:
ありました。「井手くん、決めていいよ」って言ったことはもう何十回もあります(笑)。ただ、まあ、それなりにこだわるところもあって、やはり「ストーリー」「世界観」「スタイル」の3本柱が重要ですかね。
G:
「スタイル」というのはどういった部分ですか?
瀬下:
いわば「ブランディング」、または「ストーリーテリングの方法と最適な映像言語の選択」ですかね。
G:
「Levius」の場合、原作があるのでストーリーはありますし、世界観もわかるのですが、「スタイル」はどういったところですか?
瀬下:
スタイルの構成要素で重要なのは、「ストーリーの運び方」「デザイン」「音」などで、どういう作品にしたいのかというビジョンに沿ってそれらのバランスを構想の初期段階から調整していく必要があるんです。「Levius」の場合、まず僕は中田春彌先生の絵柄の大ファンでした。日本の作家さんでは数少ない、バンド・デシネを日本で出版されている方ですから。このバンド・デシネ風という点がまずは核です。
G:
横書きの。
瀬下:
「シドニアの騎士」の頃から、なぜ「CGでセルルックを?」と聞かれたら、「アメコミやグラフィックノベル、バンド・デシネを動かしたいんです」と言い続けてきましたし、中田先生のスタイル、あの絵柄はいつかやってみたいと当時から思っていました。それを「日本のアニメ」という枠組みの中で解釈する為には、何をすべきか。それが、本作のスタイルとして考えたところです。
G:
なるほど。原作はすさまじい画力ですが、だからといって、あれをそのままアニメとして動かすわけにはいかないだろうと。
瀬下:
ちょっと無理ですしね(笑)
G:
その結果、アニメは、原作の絵とは見た目は変わっていますが、いざ見てみると「ですよね、これぞ『Levius』」と感じるものになっています。見ていても不思議なのですが、なぜ見ていて「Levius」っぽさを感じるんでしょう?
瀬下:
中田先生と密にミーティングをさせてもらって、ギリギリのところで「Levius」っぽさを残しています。「シドニアの騎士」のときの弐瓶勉先生もそうですが、作家さんがすごく深く関わってくれて、作品をアニメに翻案するためにいろんなアイデアを出してくれたり、アイデアの承認・許容をしてくれました。今回、一番大きいのは、「女性でも見られる格闘アニメにしたかった」というところです。
G:
「女性でも見られる」?
瀬下:
今までのものが「見られないモノだった」とは言いませんが、格闘モノって男臭い世界ですよね。「昭和」と表現するのが適切かわからないけれど、フェミニズム的には逆行しているような世界かと。今回、原作のエッセンスを継承しつつ、ボクシングをやるとは到底思えない繊細で傷つきやすい少年が、過酷な運命を乗り越えるために戦うことを選ぶ。そして、そのいたいけな少年を、周囲の家族や仲間たちが必死で支援して、守ろうとする、いわば「過保護アニメ」なんです。
G:
「過保護アニメ」(笑)。ザックのあの感じはそういうことなんですね。
瀬下:
「過保護」って、昭和的発想だと好ましくないことですよね。「獅子は我が子を千尋の谷に落とす」ということわざがありますが、今は千尋の谷に突き落としたら大問題でしょう(笑)。僕はこういう時代だからこそ、新しい形の保護というのがあるんじゃないかと思っています。やり方次第で、過保護くらいのほうが意外といいものかも、と。
G:
なるほど。
瀬下:
レビウス自身が苦難を乗り越え、戦いの中で友情・愛情・家族を得ていくのはもちろん感動の核ですが、周囲のレビウスへのサポートっぷり、というか。このサポートがあるからこそ、レビウスのような草食男子でも戦えるんだ、というあたりが本作のカタルシスかと。
G:
今回、総監督に話をうかがうにあたり作品をちょうど半分の6話まで見ましたが、とにかくザックが気になります。なんだか、かわいさすら感じます。
瀬下:
そこ!嬉しいですね!(笑) 僕らが一番大事にしたのは「ザックが愛らしい」ということですから(笑)。本作を観るほどに、ザックの健気なレビウスへの愛情や献身が「こういうことこそ一番必要なことかもしれない」と感じてもらえるのではないかと思います。
G:
最初に顔を見た時には眼帯をしていて怖そうで、厳しい人かなと思っちゃうんですけれどね。
瀬下:
そうですね。実はめちゃくちゃ優しいんですよ(笑)。実際、愛情表現の形はどんどん変わってきています。会社でも「厳しく怒るのは新入社員のため」という論法がとにかくダメになってきていますよね。「俺はこいつのためを思って」という気持ちがどれほどあっても、その伝え方、やり方というのは時代と共に変容していく。そんな時代に、「Levius」は、優しさ溢れる拳闘アニメにしたいと思うんです。
G:
その感じ、伝わってきます。
瀬下:
ザックに気持ちを乗せすぎかもしれないですね(笑)
G:
その拳闘にまつわるシーンについて、インタビュー映像の中で「パーツの隙間からスチームを出したいが難しい」というような話が出ていました。これは、どういった点が大変なのですか?
瀬下:
予算です(笑)。本作では、本来の拳闘なら血しぶきが飛ぶところを、代わりにスチームが華麗に舞うようにしたかったんですが、仕込む手間暇が大変で。
G:
ああー、なるほど。オープニングではその片鱗みたいな形で、スチームがぶわーっと広がるところが見られますね。
瀬下:
スチームが、単なる物理的現象、つまり強力なパンチのダメージ表現として噴き出すだけではなく、スチームが体の周りを動いたり、まとわりついたりする際、何か元気が無かったり、凶暴そうだったり、物理現象に加えて「感情」を表現してみたかったんですけどね。
G:
なるほどなるほど。
瀬下:
ショットのあらゆる要素は、シチュエーションの説明だけではなくエモーションを大きく動かす装置であって欲しい。血しぶきが目元にピピッと飛んできて、まるで涙のように見えたりとか。だから、スチームももっと感情を入れたいんですね。ちなみに、現場のスタッフは、時間と予算の枠内で本当によくやってくれました。
G:
試合の時のライティングも特徴的に思えました。
瀬下:
リングの四方八方をライトで取り巻くことで、自然と光が見え隠れするような状況を作りました。「これから攻撃する」という瞬間、光のひらめきが入るとかですね。これも感情表現を強調する装置です。
G:
見ていると、話数を重ねるごとに拳闘シーンのレベルがぐんぐん上がっていったように感じましたが……
瀬下:
実際、現場スタッフの力量はどんどん上がっていきました。CGは、やればやるほどに力量が上がっていくんです。
G:
力量向上はエピソード単位で見られるものなのですか?
瀬下:
そうですね。後半にいくほど、クオリティが上がりつつ、作業の所要時間は減っていく傾向があります。
G:
今回、瀬下監督が驚くほどに力量向上があったということですが、ターニングポイントはありましたか?
瀬下:
マルコム戦ですかね。やはり魅力的なキャラクターですから、単に拳闘させるだけではなく、パフォーマンスの中でどのような性格を持たせるかが重要です。マルコム戦では、「マルコムの心理」が良く表現されたと思います。もちろん、ポリゴン・ピクチュアズのスタッフ諸氏の潜在能力の高さがあるから実現できていますが。
G:
本作でも、スタッフロールにはわりとカタカナ長めで「どういった仕事をしている人なんだろう」という役職が多々出てきました。
瀬下:
CGアニメあるあるですね。その解説だけのイベントをやってもいいぐらいの話題です(笑)。エンドロールは「どんな組織で映像を作っているのか≒どんなメソッド、ワークフローで作品を作っているのか」というノウハウの塊です。
G:
ポリゴンピクチュアズの作品制作のパイプラインはこんな感じだという図が2011年3月にCG-ARTS教育リポートに掲載されていますが、今でもこんな感じのパイプラインでしょうか。
CG-ARTS教育リポート 日本と世界のCG教育のいまが見える
https://www.cgarts.or.jp/report/rep_ks/rep0311.html
瀬下:
大体こんな感じだと思います。
G:
これまで、瀬下さんは作品ごとにさまざまな課題をクリアして来られたと思います。「Levius」ではこれがクリアできたというものはありますか?
瀬下:
そうですね。クリアできたというか、「シドニアの騎士」から、ずっとセルルックCG手法を使った長編ストーリーアニメを作り続けてきましたが、「Levius」はバンド・デシネ感、グラフィックノベル感に一番近づいた作品かも知れません。もちろん、これからも表現の追求は続けます。ひとつひとつのフレームをポスターで飾りたいようなビジュアル、物語空間へ没入感も、もっともっと高めていきたいです。そうそう……「Levius」では、作っている最中に衝撃の出来事があったんです。
G:
衝撃?
瀬下:
「スパイダーマン:スパイダーバース」です。久々ですよ、映画館でポップコーンを落としたのは(笑)
G:
瀬下さんとしては、どのあたりに衝撃を受けましたか?
瀬下:
まあ全部ですね。目の前に答があった感じで。以降は悩んでいて、同じことをやってもダメなので、今また探しているところです(笑)。でも「Levius」は次に行くべき方向の1つを指し示してくれた作品になったと思います。
G:
このインタビューは配信前のタイミングで実施していますが、作業としてはどこまで終わっているのですか?
瀬下:
全話納品済みです。全話あるので、僕はもう一気見してますよ(笑)。あたりまえですけど(笑)。本作は毎週1話ずつではなく一挙に配信されるので、ぜひ一気見して欲しいですね。
G:
ザックのかわいさを堪能してもらいたいですね(笑)
瀬下:
ザックは本当にいいやつなんですよ!ザックをよろしくお願いします(笑)
G:
本日はありがとうございました。
Netflixオリジナルシリーズ「Levius」は本日・2019年11月28日(木)から全世界独占配信です。
◆「Levius」作品情報
レビウス・クロムウェル:島﨑信長
ザックス・クロムウェル:諏訪部順一
ビル・ウェインバーグ:櫻井孝宏
ナタリア・ガーネット:佐倉綾音
マルコム・イーデン:大塚芳忠
ヒューゴ・ストラタス:小野大輔
謎の美少女:早見沙織
Dr.クラウン:宮野真守
原作:中田春彌(集英社 ヤングジャンプ コミックス・ウルトラ)
総監督:瀬下寛之
監督:井手恵介
シリーズ構成:瀬古浩司
脚本:猪原健太、瀬古浩司
プロダクションデザイン:田中直哉、Ferdinando Patulli
キャラクターデザイン:森山佑樹
ディレクター・オブ・フォトグラフィー:片塰満則
CGスーパーバイザー:岩田健志
美術監督:畠山佑貴
色彩設計:野地弘納
音響監督:岩浪美和
音楽:菅野祐悟
アニメーション制作:ポリゴン・ピクチュアズ
製作:ポリゴン・ピクチュアズ
©中田春彌/集英社 ポリゴン・ピクチュアズ
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