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インタビュー

「GODZILLA 星を喰う者」虚淵玄・静野孔文・瀬下寛之鼎談インタビュー、あのラストはどのように生み出されたのか?


2018年11月9日(金)からアニメ版「ゴジラ」シリーズ三部作の最終章「GODZILLA 星を喰う者」が公開されます。第一章公開時に瀬下寛之監督にインタビューを行い、第二章公開時には静野孔文監督と瀬下寛之監督にインタビューを行いましたが、いよいよラストということで、ストーリー原案・脚本を担当した虚淵玄さんにも加わってもらい、鼎談という形でいろいろな話を伺ってきました。

上掲写真は左から静野監督、瀬下監督、虚淵さんです。

<全三部作:最終章>アニメーション映画『GODZILLA 星を喰う者』OFFICIAL SITE
http://godzilla-anime.com/

Q:
第一章『GODZILLA 怪獣惑星』が2017年11月に公開されて、第二章『GODZILLA 決戦機動増殖都市』が2018年5月、そしていよいよ最終章『GODZILLA 星を喰う者』の公開となります。作り終えて、いまの手応えや気持ちなどはいかがでしょうか。

静野孔文監督(以下、静野):
「作り終えて」という形がいいですか?

ストーリー原案・脚本 虚淵玄さん(以下、虚淵):
今まさに修羅場の真っ最中ですから(笑)。

静野:
苦労から本当に解放されて……そういうことですかね(笑)。

Q:
それでは、公開を目前に控えてという形でお願いします。

静野:
いま現場は最後の追い込みを頑張っていて、音周りはこれからというところです。とりあえず、どのようなムーブがつくかといったメニューは完成して、あとはダビングでの調整になってきます。映像だけではわからなかったところもあるし、フィルムの表現の幅が膨らんだことで、自分も完成形を見るのを楽しみにしているという状態です。


虚淵:
脚本の立場としては作業はもう終わっていて、一息付いているという状況です。今回は「特撮ではなくアニメで」というアプローチで手探りの部分もあり、相当無茶な提案をさせてもらいましたが、それをことごとく実現していただいて、僕としては本当に、皆さんに感謝の言葉が尽くせない気持ちですね。

Q:
無茶な提案というのはどういったものがあったのですか?

虚淵:
まさに最終章の<ギドラ>の表現だったり、そもそも「体長300mのゴジラって、どうするの」というところとか(笑)、街が全部「メカゴジラシティ」とか、そういった「脚本を文字で書く分には楽かもしれないが、絵にしたときにどうするのだ」という部分について、すべて表現していただけたのは本当にありがたい限りです。

瀬下寛之監督(以下、瀬下):
僕は寂しいという気持ちがあります。4年近く制作をしてきて、素晴らしい企画に関わらせて頂いたことに感無量ではあるんですけど、やはり苦しい日々で「これほど苦しいのに何故これほど楽しいんだろう」と。皆さんご存じの、虚淵さんが監修して大樹連司さんが執筆した小説版も素晴らしかったし……設定からなにからみんなで作らせてもらって、アニメ版ゴジラの世界が広がれば広がるほど、「この世界観の中でもうちょっと遊んでたいな」という気分になっています、寂しいですね。

Q:
3部作を見せてもらって「SF映画における怪獣表現」という、ある種の挑戦を感じたのですが、お三方は怪獣をどのように表現しようと考えたのですか?

虚淵:
アニメで、対比物としての現実世界と乖離したものが作れるというのは大きなチャンスだと思いました。「実在する怪獣」……というと変な言い方ですけど、「もしも怪獣が実在したときに、どのように怖く見えるか」とか、そういう生々しい肌の実感としての恐怖を見せられるのは特撮の強みであり、特撮がやるべきジャンルだとも思ったので、そういうものを描く作品が扱わないようなところから怪獣を描きたいというのはありました。アニメなら、絵のインパクトではなく、どういうメッセージ性で初代「ゴジラ」が作られたのかという考察とか、「観念としての怪獣」というのを描けるな、そこに我々の勝算があるかなと思って作ってきました。だから、重量とか臨場感とか、そういったものに振らない「恐怖の対象」や「人智を越えた超えた存在としての怪獣」を描いてみたいと。ちょっと設定バカなところもありますよね。

瀬下:
僕、設定厨なので(笑)。

静野:
自分は怪獣映画とかSFをそんなに好んで見てこなかったので、SFの常識とか怪獣映画の常識がない分、「挑戦」という言葉にはならなかったかな、と思っています。

Q:
静野監督の場合は、ほぼゼロからこのジャンルに飛び込んだという感じですよね。

静野:
そうですね。お二人に色々聞いて、色々学んで、ショックも受け……(笑)。シナリオ開発だけではなくて、最後のアフレコのときもマーティンの一言とかで「ああ、これがまさに怪獣映画なんだな」ということにビックリしましたね。

瀬下:
企画の初期段階で東宝さんから「このアニメ版ゴジラは怪獣プロレスにはしません」という宣言というか、方針確認があったんです。「アニメで怪獣をやる」という意味について初期段階で検討したんですね。日本だと「怪獣という存在」と「怪獣プロレス」がどこかでセットのイメージがあって。だからこそ「プロレスをしない怪獣」というのは、大胆な切り口であり、虚淵さんは原案を考えていく段階で、そこを起点にしていました。もともとゴジラ映画を見ていない静野さんには、僕と虚淵さんで「ここから先、ゴジラ映画を見ないでください」と伝えました。そんな静野さんの「ゴジラが口から火吐くのはどうなのかな」とか、その視点でしか出てこないアイデアが、結果的に、「ゴジラ」シリーズを見たことがないような女性ファンがアニメ版ゴジラを見てくださっているという流れを生み出し、戦略目的は達成できています。もし僕と虚淵さんだけだったら、極端な話、メカゴジラシティが最後に合体して、全高1kmのメカゴジラになってますよ(笑)。そこからはもう30分間、戦闘のみです。指から目から鼻から、ビーム、ミサイルが飛んで、あとは首が回転したり、あらゆるギミックが……(笑)。


虚淵:
「砲台全部、メカゴジラの頭にしようよ」っていう話だったんですよね(笑)。

瀬下:
そうそう。その提案は本当に真剣に会議で出ましたからね。もちろん、ハッと我に返って、皆でゲラゲラ笑うんですけど。

虚淵:
X星人のサングラスと同じ扱いです。

瀬下:
そうそう(笑)。

静野:
そこで僕が「気持ちはわかるがやめましょう」と。

瀬下:
静野さんがいなかったら、エクシフは今回、サングラスをかけていただろうと(笑)。つまり、そういうことなんですね。

虚淵:
我々が盛り上がるだけ盛り上がってから静野さんの方をチラッと見たら「あっ……大仏みたいな顔してる……」ってことが(笑)。それで「こりゃいけない」となるんです。

瀬下:
僕と虚淵さんが目でサインを送って、「違う方向行きましょう」とかね。

虚淵:
「これが初めてゴジラを見る人の顔だ!」って(笑)。「ゴジラを知らずに来ちゃった人はこうなる、いけない。俺たちは初めて見る人のために作ってるんだ」と自重し直して。

瀬下:
ちなみに、今回のポスターの反響ツイートを見てたら、「ここ(ハルオを抱えるメトフィエス)しか見えない」ってあったりして…、


虚淵:
あくまで一部の方だと思うんですけど(笑)。

瀬下:
そういう人たちが怪獣映画……本当に怪獣映画というジャンルに分けていいかわかりませんが、このゴジラを見に来てくださっているということに、アニメというメディアが持っている「伝達力」というか、「繋げる力」みたいなものを感じますね。

Q:
この作品に携わって、何か「ゴジラについて発見したこと」や「認識が変わった」ことはありましたか?

虚淵:
「ゴジラ」そのものではないのですが、当初からNetflixが乗ってきてくれた企画には初めて参加したので、改めて世界規模の配信メディアの「威力と可能性」が想像以上だと感じました。「そういう視聴の仕方ってアリなんだな」って、わかっていないわけじゃないつもりだったんですが、携わってみると、今作り続けている中ですでにリアルタイムで第一章と第二章が配信されているというところには、ちょっと異質なものを感じますよね。「おうちで見れちゃうのね」「いつでも見れちゃうのね」と。

Q:
「そういう視聴」というのはどういうものですか?

虚淵:
「よし、見るぞ」と覚悟を決めて見に行くのではなくて、もっとカジュアルで、しかも日常の途中で見ることができるんだなと。もう、本当に「特別な体験」ではなく、日常の一環として映像が受容されてる時代というのを実感として味わわされたのは今回が初めてでした。過去に作ったものが配信されることはありましたが、まだ最終章を制作している最中に配信が始まって、日本だけではなく世界中で見られているというね。不思議で、驚きもありますし緊張もあります。ちょっとそこは意識が変わったなという感じがあります。

Q:
ありがとうございます。静野監督はゴジラ経験はゼロだったんですよね?

静野:
そうですね。だから、「ゴジラってのはこういうものなんだな」というのはすごく勉強になったし、怪獣映画の面白さというものも味わうことができました。それで今回、この最終章を作り終わったらようやく過去のゴジラを見ていいことになるので(笑)。

虚淵:
「ジェットジャガー」見られますね。

静野:
あれはゴジラじゃないんですよね?

虚淵:
違うんです。

静野:
「ジェットジャガー」もちょっと見たいな……。巨大なものが戦う楽しさみたいな。あとは、ゴジラだけではなく、ここまでファンの気持ちを引きつけるメカゴジラやキングギドラのように伝説になっている怪獣たちが、どのように映画で表現されてきたから今のこの地位があるのかというのを改めてちょっと勉強したいなと思います。

虚淵:
X星人も見てくださいよ。

静野:
(笑) 例のサングラス。ビルサルドのほうも気になってるんですけどね。ゴリラ……?

虚淵:
ビルサルドはX星人ほど影が濃いわけじゃないんですよね。

Q:
是非、見てからの感想も聞きたいですね。

瀬下:
聞きたいですね、ホントに(笑)。

Q:
ゴジラ好きだった方からするとどうですか?

瀬下:
僕はもともとゴジラは普通に好きですから、この作品を通して認識がどう変わったかというのは…難しいですね。最初は「アニメじゃ無理だ」って言ったんです。それは「自分の中にあるゴジラはこういうものだ」という先入観が強くあり、「東宝特撮という様式美の中にこそゴジラっていうものは存在するんだろう」と思っていたんです。でも、アニゴジをみんなで力を合わせて作り、ここまで来て思うことは「ああ、ゴジラはアニメになってもいいし、東宝特撮の伝統を引き継いでもいいし、ハリウッドになってもいいし、もしかしたら2.5次元ミュージカルになってもいい」(笑)


虚淵:
すごい(笑)。

瀬下:
ホントにそう思います。それはつまりゴジラというキャラクターが何十年も経て、もっと巨大なキャパシティのあるキャラクターに変容しつつあるんじゃないのかなということで、キャラクターそのものの可能性をすごく感じました。たとえば、今回の事例がきっかけになって、アメリカの大資本のアニメ会社がこのゴジラのフォトリアルなフルCGアニメ版みたいなのを作りたいって言うかもしれない、東宝さんに打診するかもしれない。アメコミの「スパイダーマン」の映画がリブートして続いていくように、キャラクターとして生き続けていく、継承され続けていく、時代を超えて作られ続けていくキャラクターにゴジラはなっているんだということを、ハッキリと身をもって体験して認識し直したということが、僕にとっての変化ですね。可能性を再認識しました。

GIGAZINE(以下、G):
マスコミ向けの試写の際、見終えた時に全員が言葉を失い、まさに「絶句」だったのが印象的でした。東宝の広報の方に聞くと「ストーリーはこれで確定です」というお話だったのですが、「あの展開になってこの結末になる」ということは、最初から決まっていたのでしょうか。それとも、作っている最中に紆余曲折を経てあの形になったのでしょうか。

虚淵:
完全に一貫してあの形ですね。妥協するプランも一瞬だけ上がりましたが、元の姿に戻りました。


瀬下:
とにかく骨太なドラマです。

G:
そのことはいつ頃から決まっていたのですか?

瀬下:
3年ぐらい前ですかね。

虚淵:
最初に東宝のプロデューサーからお話をいただいて、「こんなプランでどうですか」と出した提案書そのままです。

G:
その時点でそうだったんですか。なるほど。

虚淵:
違うのは、X星人がサングラス外したくらい(笑)

Q:
最初はかけてたんですか?

瀬下:
「サングラスはどうする?」って会議で出て、虚淵さんが第一章・第二章のときはまだ「サングラスかけててもいいんじゃない?」って言っていたのに、最終章になるとご自身で「いやー、瀬下さん。サングラスかけなくて良かったですよ」って(笑)

虚淵:
ブラックホール第3惑星人がゴリラの被り物そのまんまで出てくるのだとあんまりなんで「ちょっとそれは違う方向でいきましょうよ」とか。あるキャラが××するところは「スーパーX」だったし、四脚歩行戦車も全部メーサー戦車だったし。

瀬下:
最初の頃はメーサー戦車でしたね。(笑)

虚淵:
そして、そういう提案をしてると静野さんが仏の顔をしていて「ヤバイヤバイ!」「違ったかー!」って(笑)。

瀬下:
「静野さん、ちゃんとデザインしますから!心配ないですよ!」と(笑)。

G:
虚淵さんの出した原案で最後がこうなると知ったときの第一印象はどうでしたか?

静野:
原案だと、ハルオの細かな心情までは書かれていないものだったので、どうやったらうまくまとめられるか、どう表現していいのかというところで迷いました。ただ、シナリオ会議を重ねるたびに「なるほど」と納得して、「これなら自分もハルオになりきって××××」と。ちなみに、さっきおっしゃっていた言葉を失ったというのは、どの部分で一番衝撃を受けてでしたか?


G:
みなさん一緒だったかはわかりませんが、個人的にはこういう終わりになるとは思わず、「怪獣じゃなく純然たるSFじゃないか」いう感じだったのでびっくりしました。

瀬下:
だとすると、それは我々の意図通りです。

虚淵:
そうですね。

瀬下:
僕も静野さんも、マーベルの映画など、コテコテのハリウッドエンタメが大好きなんです。だから最初にこれを知ったとき、「虚淵さん、最後…こうなるんですか…」と絶句気味に聞いたら「そうです」と言われて……。

虚淵:
プロットや構成の段階では理屈しか説明できないので、感情が伝わらないんですよね。

瀬下:
シノプシスになってディテールが増えると感情が明確になってきて、僕らはその段階で「なるほど、これなら」と。セリフが入るとさらに意味が強くなって……いわば「普遍的英雄像」ともいえます。神話でも歴史上でも、自身の意志で英雄になったのか、それとも誰かの意思を背負わされて英雄として振る舞っていくのか、実はわからない部分がありますよね。そういう人物に限って聡明で、繊細で、儚げで……まさに英雄の資格たる、時代を超えた普遍性を感じました。


G:
……ということですが、虚淵さんとしてはどうでしたか?

虚淵:
「彼はこう言います」というラストのセリフだけは企画書に書いたんです。だから、自分としては意図してたラインではあったんですが、「なぜ彼がそう言うに至るのか」という説明をするためには初稿を提出しなきゃいけない。そこなんです。頭の中にあるものをかいつまんで話したとして、納得してもらえるかどうかはまた別の話。ただ、初稿までこぎつけて「なるほどね」と言ってもらえたのは良かったです。

瀬下:
初稿の時点で僕らはもう、なんの反論もなかったです。「この流れなら、こうなるべきだ」って。

虚淵:
最後の一言だけだと「突然、彼は何を言い出すんだろう」ですけど(笑)

静野:
強烈ですからね。すごく。

瀬下:
とにかく、一番難しいキャラクターがハルオでした。でも、最終章までやって、まさに「ハルオの話だな」と納得できる作品になったかなと思います。

G:
やっぱりそういうことだったんですね。「完全にハルオの話だよね」みたいな感じだったので。

瀬下:
ええ、そう「ストーリー・オブ・ハルオ」なんです。「withバックグラウンドゴジラ」的な(笑)。 さきほどポスターの話が出ましたが、小さく描かれたハルオとメトフィエスが大事ですよね。本作では背後の怪獣は台風や津波のような天災の象徴です。「怪獣と戦う」と、「台風と戦う」では意味が違う。


虚淵:
戦うっていうか、なんかこう翻弄されるという感じですね。

G:
そういう流れなんですね、ありがとうございます。いったん話がゴジラから離れるのですが、人には本を読むときに頭の中で「声」が聞こえる人と聞こえない人がいるそうです。虚淵さんは脚本を書いたり読んだりするときに、そういう「脳内声優」とか「内なる声」みたいなものは聞こえるタイプですか?

虚淵:
声としては受け取ってない気がします。だから、声優さんに読んでもらったときに「なるほど、こういう声か」とハッとしたりしますね。

G:
「映像的な何か」は浮かびますか?

虚淵:
映像は、浮かびはしますけども、そこまで整理して構図まで意識したようなものではないです。自分としては「映像監督は向かないだろうな」という気がしますね。「画面のどこに何を配置してる」ということをすごく緻密に計算してらっしゃるのを傍で見てて、「自分はこの辺、全部観念で流しちゃってるな」と常々思います。

G:
静野監督はどうですか?声は聞こえますか?

静野:
僕、本はもう仕事だと割り切らないと楽しめなくて……。今の業界に入ってきて、やっと文字を読むことに慣れ始めたという感じです。

G:
なるほど……。瀬下監督はどうでしょうか?

瀬下:
音、めっちゃ聞こえます(笑)。なんというか「ほぼ映画」が出てきます。

G:
ほぼ映画(笑)。

瀬下:
僕自身、映像作家なのに実は「フレームがウザい」と思っているんです。だから、なるべく「画面」ではなく、まず「場面」だけ考えます。あのフレームがなくなると、二次元に投影されるという縛りがなくなって、自分の心がその物語空間の中に没入できる感じがあるので。だから本を読んだら、文字から音も絵も感じるけど、それは場面であって画面ではないです。それで「ほぼ映画」(笑)。映画少年だった僕がなぜ30年前にCGを始めたかというと、この没入感覚を得たいと思ったからなんです。「レディ・プレイヤー1」ではゴーグルをつけたら仮想世界に入りますね。あれが最終目標です(笑)。

G:
そんな感じだったんですね、なるほど。次は虚淵さんメインの質問となりますが、かなり前に、ニトロプラスのメルマガだったと思うのですが、使用しているツールとして、アウトラインプロセッサの「Story Editor」を挙げておられました。このソフトは2015年3月に公開終了となっていますが、今でも「Story Editor」を使っているんですか?

虚淵:
使っています。色々不具合ありますけど(笑)。

G:
最後の更新からかなり経過していて、いろいろ不具合もあるはずなのに、どうしているんだろうかと思っていました。

虚淵:
なかなか他のアプリに移れずにいます。ただ、それでも使えはするので……。

G:
ということは、今回のGODZILLAの脚本も「Story Editor」で書かれた?

虚淵:
はい。ある種の記号を使うと改行が効かなくなるので、テキストに出力した後で一括変換して……なんで俺、そんな苦労してるんだろう(笑)

瀬下:
僕もその手のエディタのマニアなんです。それで、虚淵さんの作品構成が、すごく緻密に入り組んだ構造になっていて、頭の中でもう構築されてるのかな?なんのエディタを使っているんだろう?と思っていたんですが、やっぱりアウトラインプロセッサを使ってらっしゃったんですね。今日、初めて知りました。

虚淵:
あれはやっぱり楽ですよね。

瀬下:
ブロック構造で作業できますからね。「文章を書いているんだから、ワープロでいいんだ」という方も、「物語という構造を作っているんだ」という方もいて、意識の違いはありますよね。

虚淵:
こねくり回す段階はアウトラインプロセッサを使いますが、これ以上はシーンの構造が動かず、Fix作業だなというところまで来たら一度出力して、1個のテキストファイルにしてから通して直していきます。

瀬下:
僕、実はストーリーエディタの新規開発を計画してるんです…。

虚淵:
マジっすか!

G:
またまた凄いのを(笑)。

瀬下:
虚淵さんには無償で提供しますので、βユーザーになってもらって。

虚淵:
それはすごくありがたい。めっちゃ助かります。

G:
まさかそんな話が飛んでくるとは……。

虚淵:
古いアプリって、圧倒的に軽いんですよね。新しいものは進歩しているけれど、要らない機能で重くなったりして。

瀬下:
ホントその通りで「装飾増やす前に、今ある機能をスピードアップしてくれ」って思うんですよ。

G:
安定性を増して欲しかったりしますね。そうやって書かれている脚本について、虚淵さんはいろいろなインタビューの中で「設計図に過ぎない」と語っておられますが、今回の作品で特に気を付けた部分というのはどこかありますか?

虚淵:
うーん、ちょっと異例な作品になったなと思います。普通はコンテまで進むと、そこから先の工程がラインとしてできあがっているので、現場でなければ触れない状況になるんですけれど、今回はとても流動的な作業をしていて、演出もギリギリまで変えてもらったりして、いろいろと質問をもらう機会もいただきました。こんなにも終盤になるまで意見を出せた企画は初めてです。これまで、コンテから先は聖域というかアンタッチャブルで、「僕らは口出ししちゃいけない」という意識もあってやってたんですけれど、もうねえ、この人らは平気で尺は変えるわ、演出は変えるわ(笑)。

G:
お二人は何をそんなに虚淵さんに聞いたんですか?

静野:
虚淵さんの作品には虚淵さんにしかわからない、我々の理解を超えた領域もあるんですよ。そこが「虚淵節」だったりするわけです。


瀬下:
虚淵さんはお忙しいから、まず僕らが2人で話をして、静野さんが怒涛の鬼気迫る編集で攻めていき、それで面白さが増して色々根本的な過不足を調整し始めてしまう。途中2人で「ここは虚淵さんに連絡しよう」ってなるんですよ。

G:
なるほど(笑)。

虚淵:
編集で「いかに映像にしてくか」と弄っていく間に、「ここに何か一言喋らせなきゃいけない」というところがあると相談をいただく……裏返せば、セリフを1つ挟む余地ができるぐらいに弄っちゃうんですね(笑)

瀬下:
虚淵さんの台詞でここに一言あったら「このキャラクターの感情は更にブーストされるだろう」みたいなことが多発しまして(笑)。あらゆるシチュエーションは、すべて最終的には観客のみなさんに感じてもらうための、エモーションの生成装置でしかないんで。虚淵さんの一言がエモーションをブーストする、まさに「ニトロ」ですね。

G:
そういう感じなんですか。

虚淵:
まさに、いつも「脚本は建築でいうと設計図」みたいな話をするんですけど、今回のチームにおいては、突然電話がかかってきたと思ったら「一部屋、増えました!」みたいな(笑)。

G:
設計図のはずなのに(笑)。

虚淵:
「それアリぃ!?……増えたんなら、そりゃなんか置きますけど」って(笑)。

瀬下:
まさに「増築宇宙船」なんですよね。作品自体がSFみたいなものです。

G:
(笑) 2018年5月に静野監督と瀬下監督にインタビューした際、瀬下監督が「映画は脚本、つまりお話が8割」「残り2割を、絵と音が半分ずつ」と答えてくれたのですが、虚淵さんとしては何割ぐらいだと感じていますか?

虚淵:
そこは一概には言えないですね。「建物において、骨組みと内装とどっちが大事?」という問いの答えは、観点次第だと思うんです。耐震構造とか言い始めたら、そりゃ断然骨組みでしょうけれど、骨組みだけのおうちには住めるわけないので、住む人にとっては断然内装です。

瀬下:
建築でいうと、最終的にそのものを構成している材料の体積とか質量とかではないと僕は思うんです。例えば船で一番大事なのは竜骨、キールです。キールは、質量や体積でいうと船全体での割合はさしたるものではありませんが、機能的な重要性が極めて大きい。


G:
なるほど、重要性。

虚淵:
監督の立場から「脚本8割」って言っていただけるとホント嬉しいし助かるし、その作り方をしてもらえれば、そうそう変な間違いは起きないだろうとは思います。でも、骨ってお客さんには決して見えないじゃないですか。「お客さんに見せるもの」と考えたときには、どう考えても外側のほうが大事なんです。だから、そこはやはり一概には言えなくて、作る過程、見る過程で変わるということだと思います。

瀬下:
静野さんと一緒にやってると何がいいって、一刻も早く絵を作り始めたいと思いがちですが、僕も静野さんも脚本を大事にして時間をかけるということです。だから、本当に、最後の最後の最後まで、虚淵さんには脚本に粘り強く入ってもらって話をしています。

虚淵:
ここまで編集の自由度が上がったのはデジタルのツールならではだと思います。これが実際に2Dの方々に原画を描いてもらい、上がってきたものを繋げるとなると、「その素材をどう繋ぐか」で手一杯になるでしょうから、編集に関して妥協しなきゃならないところがあるでしょうし。だから今回、方法論そのものがガラッと変わりましたし、今後もどんどん変わっていくもんなんだろうなと思います。

瀬下:
「CGならでは」かも知れないですね。

静野:
そうですね。某作品でやったら大激怒されました(笑)。

G:
(笑)

虚淵:
「ちょっと画角変えよう」とか「カメラの向きを変えよう」って、2Dで描いていたらありえないですよ(笑)。それができちゃうわけですから。

静野:
編集の現場に来たら結構びっくりすると思います。

虚淵:
作り方そのものも模索してる現場なんでしょうね。

G:
最後に、虚淵さんは映画ナタリーのインタビューの中で、「『ゴジラ、かくあるべし』というエッセンスは突き詰めて書いたつもりです」という風に答えておられますが、お三方にとって「ゴジラ、かくあるべし」とはどのようなものですか?

虚淵:
そうですね……これは過不足なく映像に昇華してもらえたので、劇場で見届けていただければと思います。

静野:
僕に「ゴジラ、かくあるべし」というのは無茶な質問ですね(笑)。でも、ゴジラというものを知らずに参加した身としては「なるほどこれがゴジラなんだな」という感想はあります。このあとに初代を見た時に「これはゴジラじゃないな」なんてなるかもしれませんけど(笑)。

G:
そうか、そういう可能性もあるわけですね(笑)。

虚淵:
いやいやいや(笑)。まあ「色んなゴジラがある」ということですねえ。

瀬下:
「かくあるべし」というのを「初代のエッセンスが凝縮されたもの」と取るならば、虚淵さんが仰った通りです。「ゴジラとはなんぞや」であれば、そこは拡大解釈することができたので……。

G:
「拡大解釈」?

瀬下:
僕はこの作品で「ゴジラはアニメで作ってもいいかもしれない」という考えに変わりました。「ゴジラは特撮でしょ」という先入観は、ある意味キャラクターの可能性を過小評価していたのかもしれない。たとえば、歌舞伎の演目を映画にしてもいいわけです。物語の本質的強度があるからです。ゴジラも同様で、「特撮の様式美」から、東宝さん自身の力によって生まれ変わり、どんどん成長しようとしている。その過渡期に携われて良かったと感じています。

G:
なるほど。今回もまた長時間、ありがとうございました。

全員:
ありがとうございました。

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