インタビュー

「ぼくらの7日間戦争」の脚本・大河内一楼インタビュー、30年前の作品を現代に蘇らせたストーリーはどうやって紡がれたのか?


累計発行部数2000万部を越える人気小説「ぼくら」シリーズの第1作「ぼくらの七日間戦争」を原作としたアニメ映画『ぼくらの7日間戦争』が2019年12月13日(金)に公開されます。

原作の刊行は1985年。その後、1988年に宮沢りえ主演で実写映画化されていますが、そこから数えても30年以上を経ているという作品を2019年に蘇らせるにあたってどのような取り組みが行われたのか、本作で脚本を手がける大河内一楼さんにいろいろ質問をぶつけてきました。

ぼくらの7日間戦争
http://7dayswar.jp/


GIGAZINE(以下、G):
映画『ぼくらの7日間戦争』は2019年に「角川つばさ文庫」が10周年を迎えるのに向けて、2016年冬にスタートした企画だと聞いています。原作小説については、どういった印象をお持ちでしたか?

大河内一楼さん(以下、大河内):
僕が初めて『ぼくらの七日間戦争』に触れたのは、宮沢りえさん主演の映画でした。映画を見た後に原作を読んで、戦車などが出てこないのに驚いたのを覚えています。「この原作をこんなふうに変えるんだ!」って。


大河内:
今振り返ってみると、役者さんが、とてもいいですよね。宮沢りえさんはもちろん、悪役大人たちがいい。大地康雄さんとか、あの「オン・ザ・眉毛」の……。

G:
佐野史郎さん。

大河内:
そう、佐野さん。ちょうどいい憎々しさと大人っぽさと、まだおじいさんというわけでもない若い先生として出ていて、すごくいいなと思いました。

G:
映画は、宮沢りえさんが当時15歳だったということで、「年下の子が出てるなぁ」という印象だったでしょうか。

大河内:
ちょうど宮沢さんとかゴクミ(後藤久美子さん)など、ローティーンの女性アイドルが目立ってきた時代でしたね。その頃僕は大学生だったので、映画は僕より若い世代向けのものという印象でした。

G:
本作は、あの映画から30年を経て新たに作られる作品ということになります。書くにあたって、制作側から何かオーダーはありましたか?

大河内:
当時の話ではなく、現代の話にしてくださいということ。それから、主人公の年齢を高校生にしてほしいと言われました。高校生なのは、高校生くらいが観客のボリュームゾーンと考えたからではないでしょうか。現代の話にするのは、今のお客さんに見てもらいたいということを考えると納得のオーダーでした。ただ、現代は原作のような管理教育の時代ではないし、原作の廃工場の外にいる仲間と連絡を取る段取りとかも面白いんだけど、今だとスマートフォンを使えば簡単に連絡が取れてしまう。それに「そもそも、現代の子は立てこもるって選択をしないんじゃないか?」と。

G:
大前提の所からですね(笑)

大河内:
とはいえ原作にある、知らなかった人間たちが、一箇所にかたまって、敵と戦いながら共同生活を送るって、ものすごい快楽だと思うんですよ。この構造って、ロボットアニメにもあるんですね。知らない人間たちが大きな船に乗ることになって、敵と戦いながら移動していくって。『機動戦士ガンダム』もそうですよね。


大河内:
現代を舞台に、不思議な力などを使わず、この構造を実現した原作は、本当に素晴らしいと思います。そして、実際に書いてみて、この構造がいかに力強いものであるかを、あらためて感じましたね。

G:
今回、シナリオ作りにあたっては、村野佑太監督も含めて総勢10人体制で脚本会議を開かれたとのこと。この会議は順調に進みましたか。「途中で脚本がいったん破棄された」という情報を見ましたが。

大河内:
でもそれは、僕の中ではそれほど大ごとでもなくて……

G:
そうなんですか!?

大河内:
新しいものを作る時は、途中まで作ってやり直すという試行錯誤はそれほど珍しいとは思いませんし、必要な場合もあると思います。僕がやった他のテレビシリーズでも「企画が3回変わる」「夕方のアニメが深夜アニメになる」ということもあったので。


大河内:
手間はかかっていますが、無駄な手間をかけたとは全然思っていません。稿を重ねて、変更が加わるごとに、良くなっていったと思っているので、「迷走して困りました」という感じではありませんでした。

G:
積み上げていったものがあったと。

大河内:
試行錯誤にしても、「これよりこっちのほうがいいよね」「そっちのほうがいいから変えよう」といっていたのであって、「これじゃ駄目だからやめよう」というわけではなかったですね。そうして書き上がった決定稿は、僕が一番最初に書いた脚本よりずっと面白いものになったと思います。

G:
原作者の宗田さんは「ただ一つだけお願いすることがあるとすれば、一貫して書いてきた『子どもたちが大人をやっつける話にしてほしい』ということだ」とおっしゃっていますが、そのほかの部分は結構改稿ごとに大きく変わっていった結果、今の形にたどり着いたということですか。

大河内:
そうですね、結構変わりました。でも根幹になる「高校生たちが立てこもって大人と戦って、心も物理的にも解放されていく」ところは基本的に変わりません。

G:
そのほかのギミックや構成が変わったと。

大河内:
車でたとえるとマイナーチェンジバージョンがたくさんあるぐらいに思っています。新しい車種にしたということでもなく、基本的なお話の構成や構造はそれほど変わっていないと思います。キャラクターが変わったこともあるので、脚本を見る度に違っているという印象を持った方もいたかもしれませんが。

G:
宗田さんのオーダーに「立てこもる」という要素があったわけではないと。

大河内:
はい、ありませんでした。

G:
それでも、「立てこもる」というのは原作のコアな部分だから「これはやらなくては」ということで入れられた感じですか。

大河内:
そうですね。やはり原作の魅力の1つだと思いますし、強い快楽ですからね。

G:
先ほど、スマートフォンは今は持っていて当然という話がありました。原作にも映画にもなかったものですが、インターネットとともに効果的に使用されていたと思います。

大河内:
現代の高校生なら、やっぱりネットは使うと思ったんです。立てこもっても大人たちと戦える道具として。


G:
しかも、いい方向だけでもないところもしっかり描かれています。

大河内:
そうですね。ただ、僕はネットで悪い事件が起きても「ネットはけしからん。インターネットがない時代に戻るべきだ」とは全く思わないんです。ネットはただの道具に過ぎなくて、使う人によってよくも悪くもなると思っているので。

G:
ネットにせよ、マレットという原作にはいなかったキャラクターにせよ、まさに現代だからこそのものだなという感じですが、採用されなかったアイデアもあったかと思います。どのように取捨選択していったのですか?

大河内:
今の子どもたちが、普通に持っている問題意識や問題点です。でもそれはそんなに難しいことではなく、「好きな人います」「勉強しないといけないけど、勉強は嫌いです」「高校デビューしたけど、バレるのが怖いです」「親の事情でこうなったけど不本意です」といった事柄です。

あまり詳しくは言えませんが、30年前ならやらなかったようなことも盛り込まれています。例えば、タイ人にしても30年前は日本にはそれほど多くはいませんでした。ただ、それは主義主張というよりは、現代の世相や現代にいる人、現代の悩みを描いただけなので、何か大上段に構えたことでもないんです。


もともと原作には「ぼくら」の他に、もともと工場にいた人物が出てくるんです。ただ、旧日本軍人というキャラクターは現在にそぐわないので、マレットという外国人に変更しました。ぼくらの日常から遠い存在で、でも同じ日本に確かにいる人間ということです。

G:
「ぼくら」が家出することを決める0日目から始まって、『ぼくらの7日間戦争』というタイトルの通り、子どもたちが7日間戦う様子が描かれていますが、7日間の時間配分はどう調整されましたか。

大河内:
「ぼくらの7日間戦争」というタイトルは変えられないし、変えるべきではないので、7日間の行程表を作りました。「どうやったら、大人を相手にして7日間戦えるだろうか?」って。これはやってみると意外と大変で。大人相手に、7日間立てこもり続けるって、けっこう難しいんですよ。


G:
初日だけならまだしも。

大河内:
最初の2日くらいはいけるんですけどね。大人たちも馬鹿じゃないから、新しい方法で攻めてくるわけで。

G:
7日間の中でも入れるべき要素と落とすべき要素はあって……

大河内:
そうです。大人との攻防戦だけじゃなくて、7日間の中に、子どもたちの距離が近くなったり遠くなったりするドラマも入れたい。とはいえ、そんなに悩んだわけでもなかったです。

G:
そうなんですか?

大河内:
距離が近づいていくのは、大人たちに勝利する過程で描けるし、逆に危機に陥ったとき、距離が離れる。戦いの状況にリンクさせれば自然に落ち着いた感じです。

G:
前半の「なるほど、こうきたか」「最初は撃退しないと7日間立てこもれないよね」という展開から、後半では「本当に7日間立てこもれるんだろうか!?」と一気にすごい勢いになってストーリーが転がっていきますが、脚本を書いている時はクールに書いているんですか?それとも、書いてると気分が乗ってきて、ハイテンションになってバリバリ書いてしまえるんでしょうか。

大河内:
僕は多分クールに書いている方ですね、はたからどう見えているかは分かりませんが(笑) 説明が難しいんですが、ノって書いていないわけではありません。本作は子どもだけではなく、大人たちも描かなければなりません。場所の描写や背景の説明なども脚本上では必要なので、テンションだけでは書き切れないんですよね。もちろん、キャラクターの心情に寄り添っては描くのですが。


G:
キャラクターの目線に立ちつつも、一歩引いた目線が必要と。

大河内:
そうです。「このシーンは守くんの気持ちで書かないと」っていうシーンはもちろんありますし、それでも演出でいうところの「カメラを引くシーン」も絶対に必要なので、カメラを引くところは引いています。

G:
カメラを引くというと、大河内さんの中で「絵が引いて見えている」という感じなんですか。

大河内:
脚本を描くときに、絵が思い浮かんでいるかというと、それは全然なんです。僕は、画の指定とかはほとんどしないですね。だから、同じ脚本を渡しても、監督によってけっこう違うフィルムになると思います。

G:
脚本を書いている時、キャラクターの声が聞こえたりというのはないですか?

大河内:
全然聞こえないです。僕は。

G:
完全に文字として脚本を書いていると。

大河内:
あ、「ルパン三世」みたいに声が先に在る作品は別ですけど。

(一同笑)

大河内さんは2018年に公開されたテレビシリーズ「ルパン三世 PART5」で脚本やシリーズ構成として携わっています。


大河内:
既に声を聞いたことがあるキャラクターについて、「あのキャラクターを作ってくれ」といわれたときはそういうこともありますが、『ぼくらの7日間戦争』に関しては宮沢りえさんはともかく、誰が声をあてるかは脚本を書いている段階では決まっていませんでした。だから、イメージのしようがない。キャスティングするのも演技指導するのも僕じゃないので、変にイメージを持ってしまうのは良いことではないと思っているんです。

小説だと、あとがきにこの人の声を想定しましたって書かれる方もいますが、あれは基本的に作家さんだけで完結する仕事だからいいんだと思います。アニメの場合は、僕が想定した声が、演出や音響の想定する声と一致するとは限らないですから。声に関してはプロに任せています。

G:
キャストの声としてではなく、書いていて脳内で勝手に声が聞こえるということもないですか?

大河内:
そういう方もいるとは思いますが、僕は画も見えていないし、音も声も聞こえていないです。監督には聞こえているのかな?少なくとも自分には監督はとてもできないと思います。


G:
脚本一筋ですか。

大河内:
なんか大変そうだもん、監督。

(一同笑)

大河内:
よくあんなにいろいろな事を考えられるなと、いつも感心しています。

G:
村野監督とは初めて一緒にお仕事をされたとのことですが、村野監督はどんな方だという印象を持たれましたか。

大河内:
村野さんはきちんと「ここはやりたいです」「ここはやりたくないです」「こんな風に考えています」と自分の考えを、言葉にできる方でしたね。

G:
監督の中には、イメージで伝えてくる方もいますか?

大河内:
伝え方は監督によって様々です。わざとはっきりした言葉をいわない方もいますね。イメージを固定させないために。

G:
その中で、村野監督ははっきりとイメージを伝えてきたと。

大河内:
そうですね。なぜそう思うかを含めて、話していただきました。おかげでキャッチボールはスムーズでしたね。それが特に反映されているのは、本多というキャラクターです。本作には大人と子どもが出てくるのですが、本多はその中でも大人だけど、まだ大人になりきっていない若者なんです。このキャラクターの膨らみは、村野監督と僕という世代の違う二人が組んだおかげだと思っています。


大河内:
議員秘書って複数いるじゃないですか。だから、本多も最初はその複数いる中の秘書Cに過ぎなかったんです。秘書の中でも今時のネット事情に詳しい若い奴が一人くらいいるだろうって。でも、村野監督と打ち合わせをするうちに、秘書Cがどんどん膨らんでいって、本多という名前を獲得することになりました。今思うと、本多は村野監督に近いんですよね。目線とか価値観とか。僕だけでは、あのキャラクターは生まれなかったと思うので、それは本当によかったですね。

G:
本作では、本多以外にも、いろいろな事情を抱えた大人たちがそろっていますね。

大河内:
そうですね。原作の大人といえば親と先生でしたが、今回はもっとバラエティに富んでいます。子どもたちの行動を「許さん!」と怒っている大人もいれば、仕事だから仕方なくとか、感心したり、おもしろがったり。今って、昔ほど大人が大人してない印象なんです。


G:
子どもたちが変わったように、大人たちも変わってきたと。

大河内:
多様化しましたよね。いい意味でも悪い意味でも。昔は大人といえばサラリーマンとお母さんばかりだったけど、今では働くお母さんはもちろん、専業主夫、自宅で働いている人など、様々な仕事の仕方がある。大人観も変わりましたよね。昔は大人が漫画を読んでいたら、大人らしくないって怒られたけど、今はそんなこと全然ないじゃないですか。

G:
むしろ大人の方が漫画読んでいるぐらいですね。

大河内:
今となっては、海外に誇れる文化にまでなってますよね。

G:
それこそが原作と本作との間にある時代の違いというか、それぐらい変わってしまったということですね。

大河内:
変わりましたね。僕はこの仕事の前に「DEVILMAN crybaby」という作品で原作者の永井豪先生とお仕事させていただいたのですが、永井先生は昔、文部省から目の敵にされていて、でも先日、文部科学省から表彰されましたよね。時代が変わったんだなって思いました。

(一同笑)

永井豪さんは2018年に第47回日本漫画家協会賞文部科学大臣賞を受賞し、「教育界との歴史的和解」と話題になりました。


大河内:
もし世界が昔のままだったら、本作もアニメ映画にはなっていないと思うんです。

G:
これがアニメ映画になったこと自体が時代の変化の現れと。

大河内:
アニメーションも、普通の人が見る時代になりましたよね。子どもや一部のファンが見るものではなくて。

G:
確かに。話は変わって、作品ではなく大河内さんについての質問になりますが、執筆の環境についてお伺いさせて頂ければと思います。

大河内:
環境というと?

G:
手書きということはないと思うので、どういったソフトを使っているのだろうかと。

大河内:
テキストエディタですね。今はMicrosoft Wordのようなワープロソフトはたくさんありますが、僕はエディターを使っています。「O's Editor」という脚本家御用達みたいなソフトがあるんですよ。脚本の体裁に編集し直してくれる機能があって、便利です。具体的なソフトの名前を出してもいいのか分かりませんが。

G:
大丈夫です。以前、虚淵玄さんからStory Editorを使っているという話も出ましたので。

大河内:
僕はずっと「WZ EDITOR」というソフトを使っていたんですが、バージョンが変わってから使いづらくなってしまったので、知人の勧めで「O's Editor」に乗り換えました。なんだかんだ言って、ワープロソフトにはまだ重たいイメージがあって、結局いまだにエディタを使っています。

G:
タイピング速度が速いと「きちんと反応して欲しい」となりますが、そういう感じですか。

大河内:
そうですね。あと、校正機能で「日本語が間違ってますよ」とか出てくると「うるさい!こういうしゃべり方のキャラクターなんだよ!」と思ってしまったり。

(一同笑)

G:
となると、脚本はずっとPCで書かれているんでしょうか。

大河内:
そうですね。ただ、最近新しく変えた部分があります。これまではずっと、原稿を書いたらプリントアウトして、赤入れをして、青入れをして、それを反映して、というのを何回も繰り返していました。書いている時は客観性がないので、一度紙に印刷して、客観的に読んで面白いのかつまらないのかをみていました。僕は昔編集者で、作家さんからいただいた原稿に赤ペンを入れたり付箋を貼ったりしながら読んでいたんです。

あの癖があって、そういう風にしてたんですけど、最近は紙ではなくタブレットを使っています。タブレットで読んで、タブレットにペンで赤を入れて……という具合です。紙と違って場所も取らないし、持ち運びも楽だし、階層構造で古い情報も取っておけるので、便利になりました。いやあ、タブレットは素晴らしいですね。とても良いです。

G:
書き終えた後、冷静に編集者の目で見直すと。

大河内:
気持ちを切り替えるスイッチとして、打ち出したものに手書きで赤を入れるというスタイル自体は変わっていませんね。赤は細かい修正で、青は流れの修正みたいな感じです。例えば、ここまでは楽しい雰囲気で、このシーンから転調して緊張感。ここからはシーンも短めに進めて、クライマックスはこのあたりの時間帯で……とか。青字はそんな感じですね。

G:
脚本には締め切りというものが必ずあると思いますが、締め切りを守るために、実践していることなどはありますか。

大河内:
いや、もうシンプルに机に向かうだけですね。

G:
締め切りは自然に守れている感じですか、それとも守るために何かしていますか。

大河内:
逆にみんなどうしてるんだろう。締め切りを守るためにできることってあるんですか?

G:
中島かずきさんから「守らないと胃に来て自分が死んでしまうから守っている」というお話を聞いたことがあります。

大河内:
僕は守る方だと思います。昔編集者で、人の原稿を取り立てる側だったので……。


大河内:
実際には、多少原稿が遅れても本は出るんです。それで「ほら、3日遅れたけどちゃんと本になってるじゃん」と言われたこともあるんですが、実はそうじゃないんです。締め切り通りにあげてくれたら、もっといいデザイナーに発注できたのに。もう一度、色校とって発色を調整できたのに……とか、締め切り通りにあげることで、クオリティは高くできるんです。

アニメでも、脚本が遅れても放映はされるんです。でも放映されていても「本当だったらこのアニメーターに頼めたけど遅れたので頼めなかったんだよ」「もう1回リテイクできたはずなのにできなかったんだよ」と。つまり、僕の脚本が遅れると、その分クオリティが下がるってことなんです。自分が書いた脚本作品のクオリティが下がるのはもちろんイヤですよね。だから、自分のためにも締め切りを守るように頑張っています。

G:
だからこそ、守るのは当たり前のことだと。

大河内:
だからといって、必ず守れるわけではありませんが、守るようにはしているつもりです。

G:
本作だと大人と子どもの心情描写が両方でてきて大変だと思いましたが、これを書き分ける上で気をつけたことはありますか?

大河内:
大人と子どもだから大変ということは特にありません。子どもだけでもみんなバラバラの人格なので、やっぱり大変は大変なんです。大人だから賢いとか人間が出来てるなんてこと、ないんですよね。子どもの頃は大人ってきちんとしてると思ってましたけど、自分が大人になってみると全然そんなことない。くよくよするし、うろたえるし、意志も弱い。外面を保つ技術が多少上がっただけです。中身はそんなに変わらないですよ。同じ人間ですから。


G:
脚本を書いていて、キャラクターが勝手に動いていく、みたいなことはあるのですか?

大河内:
勝手に動き出したりはしないけど、でも勝手に動かすこともできないですね。それまで正義感にあふれていたキャラクターが突然、卑怯な手段を取ろうとしたら、それはやらないだろうなとブレーキがかかる。キャラクターが育っていくということは、そういう肉付けがしっかりしていくことでもあるので、脚本家の都合通りには動かせなくなりますね。

G:
キャラクターは必ずしも監督や脚本家の都合がいいようには動いてくれない……。

大河内:
動かすことも可能ですけど、そうはしたくないですよね。

G:
そのおかげか、7日間の立てこもりという行為はファンタジーっぽいですが、キャラクターたちはとても自然な振る舞いを見せています。

大河内:
そう言っていただけると嬉しいです。この作品には不思議な力も、宇宙人も出てきません。キャラクターも普通の人ばかりです。天才や異常な犯罪者などは出てこない。

G:
本作に登場する子どもたちにしても、「ひょっとしたら自分も昔こんな子どもだったかも」という子どもばかりです。

大河内:
僕らと同じような、もしくはかつて僕らがそうだったように、普通の子どもたちが、どんなふうに大人と戦えるのか?本来だったら交わらないはずのクラスメートとどんな青春を過ごせるのか?劇場で彼らの行動を見ながら、自分だったらこうするかな?俺もそうするな、なんて感じながら見てもらえると嬉しいですね。

G:
なるほど。どうもありがとうございました。

映画『ぼくらの7日間戦争』は2019年12月13日(金)から全国の映画館で上映開始です。

映画『ぼくらの7日間戦争』予告【12月13日(金)公開】 - YouTube

c2019 宗田理・KADOKAWA/ぼくらの7日間戦争製作委員会

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