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なぜ突然YouTube上で日本の古い楽曲が人気急上昇しているのか?


YouTubeでさまざまな音楽を聞いたり発見したりする人が増えた近年、海外で「日本の古い楽曲」の人気が高まっています。YouTube上で日本の古い楽曲が人気を集めている理由やその影響について、テクノロジー系メディア・Ars TechnicaのライターであるCatherine Sinow氏が、YouTubeのアルゴリズムや人々の感想に着目して分析しています。

How old, ambient Japanese music became a smash hit on YouTube | Ars Technica
https://arstechnica.com/gaming/2020/11/how-old-ambient-japanese-music-became-a-smash-hit-on-youtube/


長い間、自分の好みに合った音楽を探す人々はロック・ジャズ・クラシックといった「ジャンル」に着目し、さらにジャンルごとに細かな流派やタイプを調べて気に入りそうな楽曲を探していました。しかし、近年では楽曲の芸術性によって分類されたジャンルではなく、楽曲の「発見可能性」に基づいた新たなジャンルが登場しているとのこと。

Sinow氏は指摘する新たなジャンルとは、一般的に「YouTubecore」と呼ばれる音楽ジャンルです。これは文字通り「YouTubeのアルゴリズムによってオススメされやすい楽曲」を指しており、視聴者の興味や行動予測に基づいた推奨アルゴリズムを持つ、YouTubeをはじめとするプラットフォームならではのジャンルといえます。


そんなYouTubecoreでSinow氏が着目しているのは「日本の古い楽曲、特にアンビエント音楽」の人気です。YouTube上で人気を集める日本の古い楽曲の多くは、個々の楽曲ではなくアルバム全体を匿名のユーザーがアップロードしたものであり、かつては商業的な成功を収めなかった作品も多いとのこと。しかし、YouTube上で再び注目を集めた結果、数十万~数百万再生される楽曲も登場しています。

日本の古い楽曲がYouTubeにおいて人気を集めた例として有名なのが、作曲家・打楽器演奏者の高田みどり氏が1983年にリリースしたアルバム「鏡の向こう側」です。2013年に海外のYouTubeユーザーが「鏡の向こう側」を投稿したところ、2016年までに100万再生を超える人気を集めました。これを受けて海外のレーベルが高田氏のアルバムを再リリースしたほか、高田氏は初のアメリカ公演を含む海外ツアーも行いました。高田氏の楽曲に限らず、その他の日本の古い楽曲もYouTube上で人気を集めており、その多くが1980年代にリリースされたアンビエント音楽だとのこと。

YouTubeの自動再生で海外に「昔の日本の音楽」が発見されて100万再生を超える - GIGAZINE


また、アンビエント音楽ではないものの、竹内まりやの「プラスティック・ラブ」もYouTube上で爆発的な人気を誇る楽曲の一つ。2017年に投稿された動画は、記事作成時点で4500万再生を超えています。

Mariya Takeuchi 竹内 まりや Plastic Love - YouTube


長らく注目されていなかった楽曲が「YouTubecore」として一気に知名度を上げる現象は、日本の古い楽曲以外でも起きています。「Deru」というアーティスト名で活動するロサンゼルスの作曲家・TVサウンドデザイナーであるBenjamin Wynn氏は、「1979」というアンビエント音楽のアルバムを2014年にリリースしました。それから1年後、Wynn氏とは関係のないユーザーが「1979」をアップロードすると「1979」はYouTube上で人気となり、記事作成時点では360万再生を超えています。

Wynn氏が所属するレーベルが「1979」の奇妙な人気に気がついたのは、YouTubeの著作権識別システムであるコンテンツIDに基づいて、レーベルに広告収益が支払われた時でした。音楽配信サービスのSpotifyなどと比べるとYouTubeからの収益は微々たるものだそうですが、Wynn氏は動画のコメント数が急増していく様子を見たり、日本のホテルで「1979」がBGMとして流れているのを聞いたりと、さまざまな変化を感じているとのこと。

また、YouTube上での人気が高まったことの大きな影響としてWynn氏が挙げているのは、「1979」のレコード盤の売上が急増した点です。2015年にYouTube上で「1979」が人気を集めてから、レコード盤は4回も再プレスされています。Wynn氏は動画の投稿者と接触したことがないそうで、自分自身でアップロードした楽曲を伸びている動画と紐付けることができず、その点だけは不満だと述べています。

Deru - 1979 (Full Album) - YouTube


YouTubeが動画を推奨するアルゴリズムについては明らかになっておらず、ユーザーは推測するしかありません。さまざまな古い楽曲を再リリースするアメリカのレーベル・Light In The Atticで日本作品のプロデュースやライセンスを担当するYosuke Kitazawa氏は、Shazamのようなサウンド分析機能があり、それに基づいた推奨が行われている可能性があると指摘しています。

2016年にはフランス・EMリヨン経営学大学院のMassimo Airoldi教授らの研究チームが、YouTubeにおける音楽推奨アルゴリズムに関する論文を発表。この中では、アルゴリズムが「多くのユーザーがAという動画の後にBという動画を見る場合、AとBが関連していると見なされ、相互に推奨されやすくなる」ことが指摘されており、YouTubeのアルゴリズムでは音楽性だけでなく人間の行動に基づく推奨が行われていると示唆されています。

また、研究チームはYouTube上で相互に関連すると判断される50のクラスターを特定しており、そのうち7つがアンビエント音楽や自然の音、ASMR関連の音を集めた動画だったそうで、一般的に見過ごされがちな環境音楽に人々の強い関心が向けられていることがわかったとのこと。クラスターの中には「エチオピア/南スーダン音楽」といったものもあり、意外な音楽がYouTube上で注目されていることも判明しました。

YouTube上で人気が高まったことを受けて、かつて登場した奇妙なアルバムが再リリースされる事例も増えています。1976年にMort Garsonがリリースした「Mother Earth's Plantasia」というアルバムもその一つで、これはモーグ・シンセサイザーで製作された「植物に聞かせることで成長を促進する」楽曲を収録したもの。インディーズレーベル・Sacred BonesのオーナーであるCaleb Braaten氏は、Garsonの娘と交渉し、アルバムを再リリースすることに成功したとのこと。

(Mother Earth's) Plantasia -- Mort Garson (1976) Full Album - YouTube


Kitazawa氏が所属するLight In The Atticも、日本の古い楽曲を海外のリスナーに向けて再リリースするレーベルの一つです。Kitazawa氏は海賊版ではなく正規のルートで楽曲を提供するため、権利を持つ日本のレーベルとライセンス交渉を行っています。しかし、日本のレーベルはなぜアメリカのインディーズレーベルがそれほど目立たない楽曲のライセンスを欲しがるのか、なかなか理解できなかったそうです。なお、Light In The Atticがリリースするアルバムは必ずしもYouTube上での人気に反応したわけではないそうですが、偶然にリリース時期とYouTubecoreの人気上昇が重なった場合もあり、売上的にはYouTubecoreの恩恵を受けているとKitazawa氏は述べています。

Sinow氏は楽曲そのものだけでなく、YouTubeに投稿された楽曲に付けられたコメントにも着目しています。YouTubecoreのアンビエント音楽には独特なコメントが付くことが多いそうで、Wynn氏の「1979」には「この音楽は午前2時にルイジアナのポーチでタバコを吸うようなものだ」「これは床に横になって死ぬのにピッタリな音楽だ」といったコメントが寄せられているとのこと。

また、「Raising Moths, Attempts at (Musical) Ekphrasis on "Watering a Flower"」という本は、YouTube上で120万再生以上を記録している細野晴臣氏の「花に水」に寄せられたコメントだけで構成されています。この本に収録された、まるで詩のようなコメントの一例がこれ。

「これは、食料品店で小さく不気味な魚の干物と目が合った時に流れる音楽です。あなたは魚の一生や魚の家族、魚の目標や願いは何だったのかと疑問に思います。それと同時に、魚もあなたについて同じことを思うのです。あなたと魚は同じ言葉を話しませんが、涙を流すあなたを警備員が雨の降る屋外に引きずり出すまでの14分間、あこがれや孤独、幸せを分かち合います。あなたは温かい雨の中に取り残されて一人でずぶ濡れになっていますが、自分自身がかつて水をどのように感じたかを覚えている、小さな干物であることだけがわかります。これは無上の喜びであり、孤独な今はここ以外のどこにも存在したくないと思います。」

なお、本に引用されたコメントが寄せられた「花に水」の動画がこれ。記事作成時点では3400件以上のコメントが寄せられています。

Watering a flower Haruomi Hosono 1984 cassette (花に水) - YouTube


YouTubecoreで人気を集めている小久保隆氏は、1980年代からアンビエント音楽を手がけてきた人物。小久保氏は1980年代のポピュラー音楽について、「リズム・コード・メロディー・歌詞のアレンジがとても強烈であり、何も感じられないほどの刺激を与えることに集中しているように思えました」と述べており、それらとは異なる音楽の製作を始めたとのこと。

小久保氏の楽曲製作は、全てのものに精神が宿るという神道の信念に基づいているそうです。「私の作品は多くが自然の音(鳥のさえずり、小川のせせらぎ、波の音など)をベースとして使用し、そこに私が音を重ねていきます。私は自然と楽器の両方が同じ価値を持つようにします。私にとってこれらは異なる音ではなく、同じ魂を共有するものです」と小久保氏は述べています。

Sinow氏は、YouTubeアルゴリズムは古いアルバムの再リリースや売上の増加といったさまざまな影響を及ぼすものの、最終的に音楽を聞いた人々は安らぎや落ち着きを得られると指摘。かつてはラジオやTVの音楽番組が提供していた音楽との出会いを、今ではYouTubeアルゴリズムが提供しているとまとめました。

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in ネットサービス,   動画,   アート, Posted by log1h_ik

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