自分は警察官と親しい人間だということを示す「優遇カード」がもたらす問題とは?
アメリカ・ニューヨーク市の警察組合であるニューヨーク市警察慈善協会(PBA)は、組合員に向けて「PBAカード」という特別なカードを発行しています。警察官はこのカードを家族や友人などの親しい人間に配布することが可能ですが、海外メディアのVICEが「PBAカードが警察官による取り締まりをゆがめている」と指摘しています。
The Little Cards That Tell Police 'Let's Forget This Ever Happened'
https://www.vice.com/en_us/article/v7gxa4/pba-card-police-courtesy-cards
VICEに情報を提供したマイクと名乗る匿名希望の男性は1993年のある日、ニューヨーク市内で交通違反を犯し、警察官に声をかけられてしまいました。車での移動中に交通渋滞に巻き込まれたマイク氏は、会議に間に合いたい一心で通行禁止の路肩を走ってしまったそうです。さらに間が悪いことに、マイク氏が運転していた車は借りたものであり、ナンバープレートも付いていませんでした。
「これはおそらく、私が出くわした中で最も厳しい状況でした」とマイク氏が語る通り、普通であれば交通違反やその他の問題で大変な目に遭うはずでした。そこでマイク氏は、車の停止を求めた警察官が窓越しに声をかけてきた際、たまたま所持していた「PBAカード」を提示したとのこと。
ニューヨーク市警察慈善協会が発行するPBAカードには配布した警察官の名前や電話番号が記されており、一般的には交通違反などの軽微な違反を犯した際に警察官へ提示されます。PBAカードを提示された警察官はカードに記されている名前や電話番号、所有者と警察官の関係を確認し、場合によってはカードを配布した警察官に連絡します。実際のところPBAカードは一種の「優遇カード」として機能しており、ちょっとした交通違反程度であれば、PBAカードの提示によって見逃されるケースが多いそうです。
結局、マイク氏が提示したPBAカードを確認した警察官はマイク氏を解放し、違反切符を切ることもありませんでした。マイク氏は警察官とのつながりが多い仕事についており、この関係で「感謝や信頼関係の印」としてPBAカードを入手する機会が多いとのこと。1993年以来、マイク氏は数回にわたってPBAカードの恩恵を受けてきたと述べています。
PBAカードを入手できる層は限られているものの、存在自体が秘密にされているというわけではありません。ニューヨーク市の他の警察組合である刑事基金協会や巡査部長慈善協会、フィラデルフィアやロサンゼルス、ボストンなどの警察組合も独自の「優遇カード」を発行して同様のことを行っています。
PBAカードを所有している人の多くは警察官と親しい関係ということもあり、警察官に対して友好的な敬意を払い、彼らの仕事を尊重するという、警察官に対して愛想のいい人々だそうです。仕事上のつながりや友人からPBAカードをもらっているジャックという男性は、PBAカードは「使用しないこと」が最も望ましく、自身にはPBAカードの保持者としての責任があると感じているとVICEに語っています。
かつて3回ほどPBAカードを提示したことがあるジャック氏は、たとえPBAカードの提示によって交通違反の切符を免れても、カードをくれた友人が自分に警告しているように感じるとのこと。また、PBAカードは警察官と自分との信頼関係を示すものであるため、酒場でのケンカといった深刻な問題を起こした場合には提示するべきではないと主張。自分が悪い行いをした際にPBAカードを提示して、カードをくれた相手に迷惑をかけることは望ましくないと述べています。
ジョン・ジェイカレッジの助教授でありニューヨーク市警察の元警察官であるJohn Driscoll氏によると、スピード違反や後部ライトの破損といった軽微な交通違反ではPBAカードが有効な可能性が高く、飲酒運転などの深刻な違反ではPBAカードが役に立たないケースが多いとのこと。しかし、警察官には現場で広い裁量が与えられているため、PBAカードの提示を受けてどう判断するのかは、個々の警察官の判断次第だそうです。
PBAカードによって見逃されるのは軽微な交通違反などですが、アメリカでは軽微な交通違反によって警察から暴力を振るわれたり、時には殺害されたりすることすらあり得ます。2016年には、車の後部ライトが破損していたことを理由に警察から呼び止められた黒人男性のフィランド・カスティールさんが、「銃を取り出そうとした」と勘違いされて警察官に射殺される事件も発生しました。
もしカスティールさんがPBAカードを提示していた場合、深刻な事態には至らなかったかもしれません。PBAカードの提示によって一部の人々が優遇されている状況は、現場における警察官の広い裁量に支えられていますが、これは警察官が持っている人種的偏見を助長しかねないものといえます。
一方で、警察官がPBAカードに際して尊重するのは提示者本人ではなく、「PBAカードをその人に渡した同僚の警察官」だという点も指摘されています。そのため、マイク氏が過去にPBAカードを提示した警察官の中には、マイク氏に対して「今度やったら違反切符を切るぞ」と厳しい態度を見せた人もいたそうです。
PBAは2019年、1人の組合員に渡すPBAカードの上限を20枚に制限しています。PBAの組合員は2万4000人となっているため、最大で48万枚ものPBAカードが流通している可能性があるとのこと。Driscoll氏は、流通するPBAカードの枚数が多すぎるとカード自体の価値が下がるため、使用可能なカードの制限を厳しくする動きも考えられると指摘。
テネシー大学で社会学の助教授を務めるTyler Wall氏は、PBAカードが警察官の偏見を助長して取り締まりをゆがめていると指摘しつつも、本来の問題は警察制度そのものにある点を忘れてはならないと主張しました。
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