戦争によるトラウマよりも「長期にわたる貧困」こそが若者の認知機能に悪影響を及ぼす
2010年から2012年にかけてアラブ世界で発生した反政府デモ運動「アラブの春」をきっかけとして、記事作成時点でもシリアで起こっているシリア内戦は、第二次世界大戦以降で世界最大の難民問題を生んでいます。イェール大学の研究チームが、シリア難民の若者を対象に認知障害の研究を行い、内戦による心的外傷(トラウマ)ではなく、貧困こそが若者の認知能力発達に支障をきたしていると論じています。
Minds Under Siege: Cognitive Signatures of Poverty and Trauma in Refugee and Non‐Refugee Adolescents - Chen - 2019 - Child Development - Wiley Online Library
https://srcd.onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/cdev.13320
Study: Poverty, not trauma, affects cognitive function in refugee youth | YaleNews
https://news.yale.edu/2019/10/24/study-poverty-not-trauma-affects-cognitive-function-refugee-youth
研究チームは、シリア内戦の影響を大きく受けたヨルダン北部のイルビド、ジャラシュ、マフラク、ザルカに居住する、12歳から18歳までのシリア難民240人と非難民210人を調査。研究者は被験者にタブレット端末を使って課題を解かせ、ワーキングメモリや衝動の制御に関連するスキルを評価しました。
その結果、難民と非難民の若者の間で、ワーキングメモリや衝動の制御に有意な差は見られませんでした。一方で、ワーキングメモリと難民の貧困レベルに相関関係が見られたとのこと。
研究チームはさらに、この結果はアメリカの子どもを対象とした研究結果とも一致していると述べ、若者のワーキングメモリ不足は心的外傷や暴力よりも、家庭の貧困による精神的重荷が原因となる可能性を示唆しています。
イェール大学の人類学教授で今回の研究の主任研究者であるキャサリン・パンター=ブリック氏は「私たちの研究は、実生活の場で認知能力をテストし、難民と非難民の両方の集団について、貧困や暴力、不安、心的外傷ストレス障害の影響を切り離した初めての研究です。この研究は、幼少期の逆境と認知機能の関連について重要な洞察を示しています」と述べました。
「今回の研究に参加したシリアの若者が、戦争に関連した心的外傷を複数抱えていたことを考えると、貧困だけがワーキングメモリに影響を与えていたことは驚くべきことです」とパンター=ブリック氏はコメント。「戦争被害を受けた人をサポートする人道的組織は、多くの場合、難民の幼少期や思春期の教育成果だけでなく、コミュニケーションスキルやソーシャルスキルを高めることを望んでいます。しかし、学習成果に重要なのはワーキングメモリであり、ワーキングメモリに大きく影響を与えるのは継続的な貧困です」と述べました。
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