貧困層の多い地域に住むと肥満や糖尿病のリスクが増大する
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肥満や2型糖尿病の原因としては不規則な生活や栄養バランスの偏った食生活、運動不足、遺伝的要因といったものが知られています。しかし、アメリカで行った実験から「貧困層が多い地域に住むと肥満や糖尿病のリスクが増大する」ということもわかっており、環境から受けるストレスが健康に悪影響を与えることが示唆されています。
The Stress Around You Could Cause Obesity or Diabetes
http://nautil.us//issue/61/coordinates/why-living-in-a-poor-neighborhood-can-change-your-biology-rp
1994年、アメリカ合衆国住宅都市開発省はボルチモア・ボストン・シカゴ・ロサンゼルス・ニューヨークに住む貧困家庭を対象にした壮大な実験を行いました。実験ではアフリカ系アメリカ人を中心とした4600世帯の貧困家庭をランダムで3グループに分け、1つのグループにはより貧困層の少ない地域へ転居できる住宅引換券、別のグループにはさまざまな商品と交換できる引換券、そして最後のグループには何の特典も与えませんでした。
人々によりよい環境へ転居する機会を与えた場合どうなるのかを調べたこの実験では、10年間の観察の結果、「ほとんどの人々に住環境の変化が影響を及ぼさない」ということが発見されました。そもそも転居の権利を行使しない人も多かっただけでなく、より貧困層の少ない地域へ転居した人々でも、食生活などのライフスタイルや学業成績に変化がなかったとのこと。
しかし、さらに実験が進むにつれて、よりよい住環境に引っ越した人々の間で研究者を驚かせる変化が見つかりました。貧困層の多い地域から転居しなかった人々と比較して、貧困層の少ない地域へと引っ越した人々は肥満と2型糖尿病にかかる割合が有意に低くなったのです。この発見について2011年に論文を著したテンプル大学のRobert Whitaker氏は、「よりストレスの少ない環境へ引っ越すことが、肥満と2型糖尿病の減少をもたらしたのです」と述べています。
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より貧困層の少ない地域へ転居した研究の参加者らは、「引っ越し先は安全で抑圧が少なく、不安も少ない」といった環境の改善を報告しており、環境のいい場所へ引っ越すことはストレスを軽減するとみられます。ミシガン大学のRebecca Hasson氏は、「どういうわけか人々を取り巻く社会環境は皮膚の下に入り込み、身体にさまざまな影響を与えています」と指摘しました。
人々がストレスを感じると、ストレスホルモンの一種であるコルチゾールが分泌されます。コルチゾールは緊急時に体へエネルギーを送り出すのに役立っており、危険に立ち向かって戦う場合や、危険から全力で逃げる時に重要な役割を果たします。たとえば人間がクマと出会った場合、コルチゾールは血糖値からエネルギーを取り出して全速力で逃げるのをサポートしてくれるとのこと。
しかし、コルチゾールはクマと出会った場合にだけ分泌されるのではなく、日常的なストレスを感じるだけでも分泌されます。たとえば研究者らは、実験においてコルチゾールの分泌を促したい場合、数学のテストや人前でのスピーチなど、人々にストレスを感じさせるタスクを行わせるとのこと。これと同様に、学校に遅刻したりローンの支払いが遅れたり、食費が底を尽きたり、人種差別を受けたりといった即座の肉体的脅威を伴わないストレスであっても、人間の体はコルチゾールの分泌を促します。
長期間にわたってコルチゾールの分泌が続くと、うつ病をはじめとする精神病のリスクが増加することが知られています。また、生理学的にも、コルチゾールが肥満や2型糖尿病といった病気のリスク増加に関連していることがわかっているそうです。コルチゾールはタンパク質と炭水化物を分解してエネルギーを供給するサポートを行うため、慢性的なコルチゾール分泌は糖分や脂肪を多く含む食品への欲求を増し、体の細胞がより多くの糖分を吸収するとのこと。
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Hasson氏は、「年収2万ドル(約220万円)を下回る貧困世帯に属することは、強いストレス要因となります」と述べており、貧困に陥りやすい黒人やヒスパニックといったマイノリティの人々はより多くのストレスを受け、より健康被害を受けやすい可能性があるとのこと。一方では社会的・経済的地位が高いほど、マイノリティの人々であっても2型糖尿病のリスクが減少するそうです。また、貧困ラインに属する白人は、そうでない白人よりも2型糖尿病になる割合が高くなります。
さらに、「移民の第1世代はその子孫よりも健康であり長生きする」という研究結果もあるそうで、これはアメリカで生まれ育ったアフリカ系アメリカ人よりも、アフリカで生まれたアメリカ人の方が差別を感じていない可能性を示唆しています。このように、肥満や2型糖尿病のリスク増加には、その人が日々受けているストレスが大きく関わっているかもしれません。
一方で、遺伝的要因が肥満や2型糖尿病のリスクを増加させるという研究もされており、遺伝子と肥満の関連について研究している研究者らの中には、「確かに環境も要因の一つだが、遺伝的要因も無視できない」という意見も存在します。アラバマ大学のJose R. Fernandez教授は、肥満の因子として遺伝的要因を排除するのは時期尚早だとしており、住環境や差別といったストレスが遺伝的要因と相互に関連して肥満につながる可能性があると述べました。
by Sandra Cohen-Rose and Colin Rose
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