パンデミックを防ぐのに人と人の接触を減らす「非医薬品介入」はどの程度効果があるのか?
インフルエンザなどの感染症は、人と人との接触により感染が拡大していくため、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染拡大を防ぐために、世界中でリモートワークが推奨されたり、学校が休校になったりしています。このような人と人との接触を減らすことを目的とした「非医薬品介入(NPI)」は、感染症の流行を緩和するための不可欠な要素であり、1918年に世界中で「スペインかぜ」が流行した際にも、複数の都市で用いられ大きな効果を発揮しました。
Public health interventions and epidemic intensity during the 1918 influenza pandemic | PNAS
https://www.pnas.org/content/104/18/7582
2007年にリチャード・J・ハケット氏らが発表した研究論文では、1918年に流行したスペインかぜに対して、アメリカの各都市が行った公衆衛生介入の影響度を調査しています。1918年当時、スペインかぜに対してアメリカでは17都市・19地区でそれぞれ異なるタイミングでNPIが実施されたそうです。研究チームは当時のデータを取得し、「NPIの早期実施が感染症拡大を防ぐことにどの程度影響するか?」を調べました。
なぜ抗ウイルス薬やワクチンではなくNPIの効果を測定したのかというと、パンデミックの初期段階では抗ウイルス薬やワクチンを広く利用できないケースが多いためだそうです。
当時のアメリカで実施されたNPIは、都市ごとに実施された種類もタイミングも異なります。多くの都市では学校・教会・劇場・ダンスホール・その他の公共施設を閉鎖しました。実際に実施されたNPIと、各施策を実施した都市の数は以下の通りです。
・スペインかぜ(インフルエンザ)を通知可能な病気とする(15都市)
・緊急事態を発令(4都市)
・分離ポリシー(14都市)
・感染が確認された世帯を検疫(5都市)
・学校を休校(14都市)
・教会を閉鎖(15都市)
・劇場を閉鎖(15都市)
・ダンスホールを閉鎖(11都市)
・その他の施設を閉鎖(13都市)
・商業店舗および交通機関の混雑を軽減するために営業時間をずらす(8都市)
・マスク条例を発令(2都市)
・路面電車の混雑を禁止する(6都市)
・民間葬儀(11都市)
・訪問販売の禁止(1都市)
・職場での感染を減らすための介入(0都市)
・子どもの保護的隔離(3都市)
・公開集会の禁止(15都市)
・交通機関以外の場所での混雑を禁止(3都市)
・コミュニティ全体で事業を閉鎖する(1都市)
調査の結果、スペインかぜ流行の初期段階で複数のNPIを実施した都市では、ピーク時の死亡率がその他の地域よりも約50%も低くなることが明らかになっています。また、超過死亡の割合も、NPIを早期実施した地域は他よりも約20%低くなることが明らかになっているのですが、この数字については統計的に有意な差は得られなかったとのことです。
以下のグラフは、フィラデルフィア(黒線)とセントルイス(点線)でのスペインかぜによる死亡率(10万人中の死亡者数)をまとめたもの。フィラデルフィアではスペインかぜの最初の感染事例が1918年9月17日に報告されましたが、当局はその重要性を軽視したため、同年9月28日には大規模な市民集会が行われました。学校の休校や大規模集会の禁止といったNPIは、結局同年の10月3日まで実施されなかったとのこと。対照的に、セントルイスでは最初の感染事例が1918年10月5日に報告され、翌々日の10月7日には人と人の接触を減らすための広範なNPIが実施されています。
その結果、上記グラフからもわかるように死亡率はセントルイスとフィラデルフィアで大きな差が生じており、ピーク時の死亡率はフィラデルフィアでは250万人を超えていますが、セントルイスの場合は50人超程度で抑えられています。フィラデルフィアでのスペインかぜの流行度合いは、セントルイスと比較すると3~5倍にもなるとのことで、NPIの実施が遅れた影響度合いは「かなり大きなもの」と研究チームは指摘。
1918年9月8日から12月28日までの期間にフィラデルフィアでスペインかぜの感染について調査した結果、肺炎あるいはインフルエンザによる死亡率は10万人中257人でした。それに対して、同期間でのセントルイスでのスペインかぜ感染による死亡率は10万人中31人と、8分の1以下の数字にとどまっています。
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