人間が繁栄した鍵は革新的な思考力ではなく「何も考えずに他者を模倣する力」かもしれない
人間は地球全体で70億人以上の人口を持っており、地球上で最も栄えている哺乳類といえます。「人間が繁栄したのは直面した問題について思考する高い知能を持っているからだ」という説も広く受け入れられていますが、近年では認知科学者や人類学者の中に「人間が繁栄した理由は『何も考えずに他者を模倣する力』を持っていたからだ」という考えが広まっていると、ボストン大学の客員研究員であるコナー・ウッド氏が解説しています。
Being copycats might be key to being human
https://theconversation.com/being-copycats-might-be-key-to-being-human-121932
人間は遺伝子的にもチンパンジーと大きな差はなく、決して肉体的に他の動物より優れているというわけでもありませんが、チンパンジーの個体数が30万頭に満たない一方で、人間は全世界に70億人以上の個体数を誇っています。人間が繁栄した理由として広く受け入れられているのが、「人間は従来の動物よりも高い知能を持っており、さまざまな地域に特有の問題を思考力によって解決し、世界中に広まっていった」というものです。
しかしウッド氏は、人間が繁栄した理由を高い思考力によるものだとする説について、「近年は多くの認知科学者や人類学者がこの説明を否定しています」と指摘。これらの科学者は人間の高い知能による説明の代わりに、「他者の行動を注意深くコピーすることにより、困難な気候や生態学的な状況に対処してきた」と考えているとのこと。
2005年の研究では、研究チームが3歳~4歳の子どもとチンパンジーに対しておやつが入った機械仕掛けの箱を見せました。箱には2種類あり、片方が透明で内部の機構が透けて見えているもので、もう片方が不透明で内部の機構が見えないものでした。
それから研究チームは子どもたちとチンパンジーに対して、箱を開けておやつを取り出す手順を見せました。しかし、この手順の中には「棒で箱を叩く」という、実際には箱を開けるために必要でない手順も含まれていたとのこと。
子どもたちとチンパンジーは研究チームが見せた手順を模倣して、それぞれ箱からおやつを取り出すことに成功しましたが、子どもたちは「棒で箱を叩く」という実際には必要ない手順まで丁寧に模倣したそうです。内部が不透明な箱はともかく、内部が透明な箱においては棒が何の役にも立っていないことは明らかでしたが、それでも子どもたちは「不合理に」目撃した手順をコピーしたとウッド氏は指摘しています。2005年の研究では3歳~4歳の子どもだけが含まれていましたが、後の研究によって、もっと年齢が上の子どもや大人も「過剰に相手の行動を模倣する」傾向が高いことが示されました。
その一方で、チンパンジーは箱が透明であり、「棒で箱を叩く」手順が実際には必要ないことが明らかな場合、この手順をスキップして箱を開けたとのこと。この結果は、2009年の研究でも同様に見られたとのことで、ウッド氏は「行動のコピーに関していえば、チンパンジーは人間の子どもや大人よりも合理的です」と指摘しています。しかし、一見すると不合理な「人間の過剰な模倣行動」こそが、人間の繁栄にとって重要な意味を持っていたとウッド氏は考えています。
by Bald Wonder
アメリカの人類学者であるジョセフ・ヘンリック氏は「The Secret of Our Success」の中で、「世界中の人は合理的に学ぶことができないほど複雑な技術に依存している」と指摘しています。その代わりに、人間は段階的に必要な知識を身に付けていき、より経験の多い年長者や仲間の知恵を信頼する必要があったとのこと。
たとえば弓矢の扱いを学ぶためには、熟達したハンターの動きをよく観察し、全ての行為を真似ることが最も近道となります。経験の浅い学習者は、ハンターの手順の中でどれが必要でどれが必要ないかを見極めるのが難しいため、弦を挟む指の本数や、矢を引く際のちょっとした仕草も完全にコピーする必要があります。
ウッド氏は、「人間の過剰に模倣する傾向により、人類学者が『累積文化(cumulative culture)』と呼んでいる長期間にわたるスキルの継承と発展が、世代を越えて可能になります」と主張。弓矢の扱いやカヌーの作り方、果ては希少な鉱物からiPhoneを作り出すなど、人間が生きるために必要な各ステップを全て理解できる人はいません。しかし、高い再現度で誰かの行動をコピーすることで、人間は技術を伝えていくことができたそうです。
また、ウッド氏は大勢が同じ行為を行う宗教や共同体に伝わる儀式においても、過剰模倣の傾向が重要な意味を持っていると指摘しています。特定の儀式に参加するか否かは、その人間が共同体の一員であるかどうかを見定める上で非常に明快な判断基準となるため、儀式には共同体内部の結束を高めて文化的帰属を強める効果があるとのこと。
ウッド氏は、「人間は勇敢で自立した革新者ではありませんでした」と述べつつも、他者を模倣する点にかけては非常に優れていたと指摘。過剰な模倣が複雑な文化的スキルを学ぶための鍵であり、儀式などを通して社会的なつながりを確立することにもつながっていると主張しました。
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