「全てのメロディの著作権を取得する」という試みがなぜ未来の音楽を守ることになるのか?
特許権を駆使して賠償金やライセンス料の獲得目的訴訟を起こすパテント・トロールの被害を受ける企業や人は年々増加しています。音楽の世界ではパテント・トロールを防ぐために、「できる限りすべてのメロディを作り出して著作権を取得する」という、逆転の発想に基づいた取り組みが行われています。
Every Melody Has Been Copyrighted (and they're all on this hard drive) - YouTube
男性が手にしているのは1台の外付けストレージ。「2.6テラバイトあって、ここにすべてが入っています。TARファイルに圧縮してね」と男性。
男性はDamien Riehlさん。弁護士として活躍するRiehlさんは、TED Talkであるプレゼンテーションをしたことで注目を集めました。
これがプレゼンテーションの様子。プレゼンテーションで、Riehlさんは「考えられる限り全てのメロディの著作権を取得する」というプロジェクトに取り掛かっていることを語りました。
Riehlさんは音楽の学士を持つ弁護士であり、1995年からコーディングも行っているという人物。裁判官として10年間働いた経歴を持ち、ロースクールでも著作権について講義を行ってきました。そしてテクノロジー・法律・音楽という自分の経歴を融合させて「メロディを著作権によって保護する」というプロジェクトに取り掛かっています。
スマートフォンから語りかけている人物が、Riehlさんの協力者であるミュージシャンのNoah Rubinさん。2人は、「パスワードを総当たり攻撃するように、全てのメロディを総当たりで作れるのではないか?」と考えたそうです。
パスワードの総当たり攻撃は、未知のパスワードを片っ端から試すことで見つけるというもの。
これと同じ考え方が、コンピューターを使えば「全てのメロディー」を作り出すことができるという発想です。ただし、1つのピッチクラスに12のノートがあり、一般的なピアノの鍵盤は88個なので、「全てのメロディ」を総当たりしようとすると2160垓という途方もない数のメロディを作り出さないといけません。YouTubeのコメント欄では、1つのメロディを1バイトにするとしても、このプロジェクトを完遂するには『186ゼタバイトのデータを保存する場所が必要になると指摘されていました。
そこで、Riehlさんらは1オクターブの「ド」から「ド」までに限定して、メロディがどのようなものになるのかを数学的に算出したとのこと。そして2人はmiddle Cを中心とした8分音符を使った12音階のメロディをコンピューターで6日間かけて687億個作成したそうです。
なお、2012年には「私たちは音楽を使い切ってしまうのか?」というムービーで計算が行われたところ、「1オクターブにおよぶ平均律の12音全てを使った8ノートのメロディ」78億個は、100人の作曲家が1秒あたり1つのメロディを作り出すと、248年で枯渇することが示されました。248年という数字はかなり現実的で、時間だけに着目すれば、すでにメロディが枯渇されかけていてもおかしくありません。
このプロジェクトにおいてリズムは考慮されないのか?というと、Riehlさんは「ピッチの変化こそがメロディのDNAであり、ピッチの変化の方がより重要なんです」と語っています。
「また1オクターブを越えた音を使う音楽、全音階の音楽などは考慮しないのか?」という質問については「私たちは社会にとって重要な議論の、平均的なケースについて問題を解決しようとしています」「私たちは最終的なデータセットを作成しました。また1つのサーバーで、人々が同様のことをできるツールを提供しました」とRubinさんは回答しました。
このプロジェクトの根底にあるのは、メロディはシンプルなパラメーターの順列であるということ。音楽の著作権について再考すると、「1人の人が順列を所有できる」という考えは奇妙にもみえます。
著作権を得た音楽は公表後95年にわたって保護され続け、たった1人の人がメロディを独占し続けることができます。作成されるメロディが有限であることを鑑みると、著作権により、力のある著名なミュージシャンが無名のミュージシャンに対して「それは私の歌だ」と主張し、相手を潰してしまうことも可能。RiehlさんやRubinさんが懸念しているのは、このような問題です。ミュージシャンであるRiehlさんは「私は20年前に私が聞いた音楽の影響を心配せずに作曲を行えるべきなのです」と語っています。
そして、メロディの著作権を法的に争う上で重要なもう1つの点として、「アクセス」の問題があります。理論的には、全く関わりのない2人の人物が個々に独立して同じメロディを作り出すということはあり得ます。このとき、「両者のどちらが著作権を有しているか?」という決断を左右するのが「アクセス可能かどうか」の問題。ケイティ・ペリーの「Dark Horse」がフレイムの「Joyful Noise」を盗んだとして訴えられた裁判でも、この点が判決のキモとなりました。
この裁判で陪審員は、「たとえケイティ・ペリーがJoyful Noiseを聞いたことがないと証言しても、彼女はJoyful Noiseにアクセスした」という判断を下しました。Joyful NoiseのミュージックビデオはYouTubeで300万回も再生されるほどの人気だったため、「Joyful Noiseを聞いたことがない」という証言を陪審員は信じなかったのです。
そこでRiehlさんやRubinさんは、メロディのデータセットとプログラムの両方をパブリックドメインにして、All the Musicというウェブサイトでアーカイブ化しました。
ケイティ・ペリーの例から、「YouTubeの視聴回数が300万回であること」が「アクセス」のしきい値だとすると、理論的には、RiehlさんのTED Talkの講演ムービーやこのムービーの視聴回数の合計が300万回になれば、ムービーの公開以降に作られたメロディを作った人が著作権を主張するためには「ムービーにアクセスしていない」ということを証明しなければなりません。この仕組みにより、逆に力のあるミュージシャンが無名のミュージシャンを訴えられないようにしようというのがプロジェクトの目標というわけです。
「この話を聞いて、もし可能性を信じてくれる弁護士がいれば、どうか議論を行ってください」とRubinさんは語りました。
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