乗り物

走行する車両同士が通信する「信号機なしの交通システム」を作り出そうとする試みが行われている

by Riccardo Bresciani

交通ルールに従うのは非常に重要なことですが、「見通しのいい交差点で直交する道路に車がいないのに、赤信号だから止まらざるを得ない」といった事態も起こりがち。そんな交通システムを改善するために「車両同士が通信して無駄のない交通システムを作る」という試みについて、カーネギーメロン大学でコンピューター工学の教授を務めているOzan K. Tonguz氏が解説しています。

How Vehicle-to-Vehicle Communication Could Replace Traffic Lights and Shorten Commutes - IEEE Spectrum
https://spectrum.ieee.org/transportation/infrastructure/how-vehicletovehicle-communication-could-replace-traffic-lights-and-shorten-commutes

交通渋滞は車社会にとって大きな問題となっており、モスクワや北京、カイロといった大都市郊外では朝の通勤に2時間、帰り道を含めたら1日の通勤に3、4時間かかることもあります。もしも通勤時間を1日3時間から2時間にまで減らすことができれば、週休2日の職場で考えると1カ月で22時間、35年間で約3年分もの時間を節約することができます。


そんな長時間通勤の問題を解消すべく、多くのスタートアップ企業が交通システムの改善を目指して研究・開発を行っているとのこと。そのうちの1つに、Tonguz氏と同僚が開発している技術「Vehicle-to-Vehicle(V2V)」があります。これは、車両同士がワイヤレスで通信を行うことで信号機などの交通信号を不要にし、交通システムの効率化を図るというもので、車に搭載された通信機能を用ることでスムーズかつ安全に車両が走行できるアルゴリズムが用いられています。

Tonguz氏らはVirtual Traffic Lights(VTL)というスタートアップを立ち上げ、2017年5月から実際の車両を用いてカーネギーメロン大学近くの道路で実験しているとのこと。2018年7月にはサウジアラビアでVTLの公式なデモンストレーションが実施されており、Tonguz氏を含むVTLの関係者らは「V2V技術の開発により、信号機によって交通が制御される時代は終わり、車の通らない交差点で赤信号に引っかかりじっと待ち続けることもなくなる」と確信を深めたそうです。

by Joey Lu

信号機は20世紀の前半に導入されるようになって以来、長らくそのシステムは進化してきませんでした。基本的にはタイマーによって青信号と赤信号を制御しており、たとえ誰も通りかからない交差点であっても、自分の前の信号が赤を示していたら止まらなければなりません。朝や夕方の通勤ピークに合わせて微妙に赤や青のタイミングを変えることもできますが、結局は信号を切り替える時間を微調整するに過ぎず、多くの人々は信号でストレスをためています。

一方、V2Vを利用した交通システムにおいては信号機を必要としません。このシステムでは同じ方向からとある交差点に近づく数台の車がお互いに通信し、そのうちの一つの車両を「リーダー車」と定義します。そのリーダー車が交差点に近づいた時、そのリーダー車と一緒に交差点に近づくグループが「青信号」でそのまま交差点を通過するのか、それとも「赤信号」で停止するのかを決定するとのこと。

もしも交差点で直交するタイミングで他の車列に遭遇しないことがV2V通信によって確かめられるならば、リーダー車は同じグループの車両に「青信号」を発信し、グループ全体が交差点を通過します。反対に交差点で他のグループと出くわしそうだと予測できた場合、リーダー車は自分たちのグループには「赤信号」を発信して交差点に入る前に停車し、交差点で直交するグループには「青信号」を発信して交差点を先に通過させるシステムになっています。

このアルゴリズムでは、リーダー車は一つの車が常にその役割を担うのではなく、タイミングや状況に応じて持ち回りで交代し続けるようになっているとのこと。このシステムでは、交差点を通過するかしないかを決めるのは信号機ではなく、「他のグループ車との接近タイミング」になります。そのため、従来のように他の車両がいない交差点で赤信号に引っかかって待ち続ける必要はなくなり、止まる必要のない場合は常に走行し続けることが可能になるとTonguz氏は説明しました。


VTLのアルゴリズムは前方の車両との距離や交差点の中心との距離、車両のスピードや周囲の車両台数といったさまざまなパラメーターからリーダー車を選出するとのこと。ある交差点で直交する車列の距離がそれぞれ交差点から遠く離れている場合、どちらかが微妙に減速してすれ違うことが可能であり、交差点で止まらずに走り続けることができるそうです。また、左折したい車両が交差点に最も近い場合、左折することが優先されるため、交差点の中央付近でじっと左折のタイミングを見計らって待ち続けることもなくなります。

それぞれの車両が通信するためにVTLシステムが使用するのは、DSRCと呼ばれる無線通信方式です。DSRCの開発者は電子料金の徴収や他の車両と協調した走行コントロールなど、さまざまな用途を想定してDSRCを開発したとのことですが、残念ながらDSRCを搭載した車両はそれほど多くないとのこと。

しかし、DSRCもしくは5Gのような次世代通信規格を利用したVTLシステムでは、10分の1秒ごとにそれぞれの車両が走行中の情報を発信します。車両の緯度・経度に進行方向がデータとして送信され、車両に搭載されたプロセッサが周囲の車両を含めた位置データをGoogle MapやAppleのMapなどにデジタルマップサービスに重ね合わせ、他の車両や交差点との距離を計算します。そこで車列におけるリーダー車や次の交差点が青信号なのか赤信号なのかといった決定が下され、ドライバーに情報が送信される仕組みになっています。


VTLシステムは中央集権型の動作を行うのではなく、個々の車両が相互に連携して情報を送受信して行う分散型のシステムになっています。Tonguz氏は分散型の交通システムについて、「たとえば、昆虫や魚のコロニーが誰ともなく進行方向を変えるため、隣の個体の動作から情報を受け取って自分の進行方向を替えるようなものです」と表現しています。V2Vにもとづく新たな交通システムの導入は、20世紀前半から1世紀近くも変化してこなかった交通システムに大きな変化をもたらすものとのこと。

Tonguz氏らはアメリカ・ペンシルベニア州のピッツバーグとポルトガルのポルトという都市の仮想モデルを用い、VTLシステムがどのように動作するのかをチェックしました。アメリカとポルトガルの機関から両都市における交通データを入手し、Google MapとSUMOというドイツが開発した都市移動シミュレーションソフトウェアを利用してVTLシステムの効果を試したそうです。

SUMOは両都市の通勤ラッシュ時において、既存の交通モデルとVTLシステムを利用した際のシナリオをシミュレートしました。その結果、VTLシステムはポルトにおける平均通勤時間を約35分から約21分20秒ほどに、ピッツバーグでは平均通勤時間を約30分40秒から約18分20秒ほどに短縮することができました。平均的には30%ほどの通勤時間削減が実現され、人によっては60%もの通勤時間削減が達成されました。

by bruce mars

VTLシステムが大幅に通勤時間を削減できた理由として、Tonguz氏は「赤信号で無意味に停止する必要がなくなったこと」と「信号機のある交差点だけでなく、全ての交差点にVTLシステムを導入したために道路標識で止まる必要がなくなったこと」を挙げました。また、事故の多くが発生する交差点でのトラブルが回避されることで事故件数が70%削減されるという結果も出た他、二酸化炭素排出量も削減されるだろうとTonguz氏は述べています。

Tonguz氏はDSRCがやがて広く普及していくという見通しを立てているものの、残念ながら2018年の時点ではDSRC搭載車両が少ないため、すぐにVTLシステムを導入することはできません。ではVTLシステムが実際に役立つのは遠い先の話になるのかというと、必ずしもそうではないとのこと。DSRCが全車両に搭載されていなければVTLシステムの効力をフルに発揮することはできませんが、既存の交差点にVTLシステムを組み込んで一部のDSRC搭載車両と通信することで、部分的にVTLシステムを用いた信号切り替えが可能になります。このモデルをSUMOでチェックしたところ、現行の制御システムよりも23%優れた交通効率が達成できると推測されたそうです。

また、VTLシステムの実現に伴う大きな問題点は歩行者や自転車との兼ね合いです。一般の人々が常にDSRC通信機器を持ち歩くわけにはいかないため、Tonguz氏らは歩行者がボタンを押した時に全方向の車両が停止する短期的な解決策を考案しています。将来的には車両に搭載したカメラで歩行者の存在を検知し、自動で道を譲るようなシステムが開発できるようになるとして、研究チームは研究を行っているとのこと。

by Abby Chung

Tonguz氏は「近年開発されている自動走行車両と組み合わせることで、VTLシステムは非常にうまく作用する」と考えています。自動走行車両は「混雑した交差点に進入する」という複雑な状況が弱点ですが、VTLシステムを導入すれば「混雑した交差点」という状況が解消されるため、自動運転システムとVTLシステムの親和性が非常に高いとTonguz氏は主張。

たとえばデジタルマップや周辺車両の位置情報と組み合わせて動作するVTLシステムは、自動運転システムでは難しい視界の悪い状況の運転をサポートしてくれます。さらに、人間のドライバーではなく自動運転システムにVTLシステムの決定が伝えられ、それに従って自動運転が行われれば、それだけ人為的なミスを防ぐこともできるとのこと。Tonguz氏は「VTLシステムが輸送や交通における大きな転換点になるでしょう」と述べました。

by Pixabay

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in ソフトウェア,   乗り物, Posted by log1h_ik

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