チョコレートシロップは「薬」として使われていた
食パンやパンケーキなどにかけるチョコレートシロップは、現代ではお菓子の一部として見なされていますが、19世紀~20世紀ごろは「薬」として使用されることが頻繁にありました。チョコレートがどのように薬剤師たちに扱われてきたのか、そしてお菓子へと方向転換した歴史が海外メディアのSmithsonianでつづられています。
The Unlikely Medical History of Chocolate Syrup | Science | Smithsonian
http://www.smithsonianmag.com/science-nature/unlikely-medical-history-chocolate-syrup-180964779
1896年の12月に発行された「The Druggists Circular and Chemical Gazette」という薬剤師向けの雑誌を見てみると、使い捨ての白衣や注射器の広告に混ざって、ハーシーズのココアパウダーの広告が掲載されているのがわかります。広告には「SOLUBLE(水溶性)」「Warranted absolutely pure(100%純正の保証付き)」という文字が力強く書かれていて、まるでココアが医薬品として扱われているかのように見えます。実際のところ、1800年代から1900年代にかけて、チョコレートはお菓子としてではなく薬の一部として扱われることの多い食べ物でした。
チョコレートの起源は3000年以上前にさかのぼり、古くでは紀元前1500年ごろのオルメカ文明でも消費されていました。当時のチョコレートは現在慣れ親しまれているような甘い食べ物ではなく、発酵・ローストされた豆を挽いて作った非常に苦い飲み物でした。その苦さにも関わらずチョコレートは貴重なものとして重宝され、アステカ文明ではカカオが通貨として使用されることも。
一方で、欧米でチョコレートが消費されるようになるのは、そのずっと後である15世紀頃。1700年代には砂糖などが加えられ、現在のココアと同じような感じでチョコレートドリンクが親しまれるようになります。当時のチョコレートが現在のチョコレートと違うところは、病気の治療薬として処方されていたということ。タンパク質やエネルギーが欠乏して生活に障害がでるようになる消耗症もチョコレートが処方された病気の1つです。チョコレートは、食べる人の体重を増加させ、カフェインのような化学物質が患者を精力的にするものとして、病気そのものを治すことはできないものの、症状を軽くする薬として使用されていたとのこと。
チョコレートが薬剤師に好まれた大きな理由の1つが、非常に風味がよかったということです。植物から抽出されアルカロイドに分類される薬の多くは、苦みがあります。アルカロイドの元祖は1800年代に発表されたモルヒネですが、ちょうどモルヒネを摂取するときに、薬の苦みをカバーするものとして役立ったのがチョコレートでした。特に子どもに薬を飲ませる際には、チョコレートより適した飲み物はなかったと言われています。
薬剤師がココアパウダーと砂糖を混ぜ合わせたシロップを作り出した時期は、厳密には不明ですが、薬剤師製チョコレートシロップの人気はバンホーテン創業者のCasparus van Houtenが粉末化したカカオマスを「ココア」として売り出したことで大きくなりました。1828年にはバンホーテンの2代目社長であり科学者であるCoenraad J. Van Houtenが、チョコレートからいくらかの脂肪を取り除き、苦みを抑え、水に溶けやすくする技術の特許を取得し、ココアパウダーはさらに進化します。しかし、この時点では、味をよくするにはココアパウダーの少なくとも8倍の砂糖を加える必要があったとのこと。
チョコレートシロップの人気が爆発したのは19世紀後半。この時期、医師の処方箋によらず薬屋で販売される「売薬」が流行しました。ただし、当時は売薬を規制する法律がなかったため、売薬には野菜や果物から、アルコールやオピオイドを含むものまであり、実際には病を治すのではなく害を与えるものも多かったと言われています。
この売薬の製造において頻繁に使用されたのがココアパウダー。1900年代に入って工場で薬の大量生産が行われるようになると、簡単に飲み込める錠剤タイプの薬が登場しますが、それまでは錠剤タイプは製造が難しいことから液体あるいは粉末の薬が主流でした。薬剤師たちは、薬の材料となる液体をチョコレートのような砂糖で甘くしたシロップをベースにして混ぜ、それを飲み物に加えた状態で客に提供していました。この時、薬を溶かす液体は水・紅茶・ウイスキーなどさまざまでしたが、特に炭酸水が人気を集めたとのこと。
炭酸水はチョコレートと異なり、最初は「健康的」な飲み物だと見なされていませんでした。しかし、ミネラルを多く含む天然の発泡水を模倣したこと、そして薬剤師のJacob Baurが炭酸水を作るのに必要な二酸化炭素のタンクを売る方法を確立したことで、アメリカで人気を博していきます。「健康」と「おいしさ」の両方を備えているとされた甘い炭酸飲料はまたたくまにアメリカ全土に広がりました。
by chris boyle
売薬に使われるシロップはソーダへの熱狂が加わることで、より人気を増していきました。現在ではレモンやジンジャーなどの風味が付いた炭酸飲料が人気ですが、1800年代後期において、チョコレート味の炭酸水は薬剤師雑誌のあちこちに散見されたとのこと。当時の薬剤師の多くは十分な収入を得ているとは言いがたかったため、薬剤師たちの副収入源として、ソーダ飲料の販売が行われていたわけです。コカ・コーラがかつて「体と脳に刺激を」というふれこみのもとコカイン入りで販売されていたのも、この流れの一部と言えます。
しかし、1906年に「Pure Food and Drug」という法律が施行され薬剤師たちが治療薬の材料を正確にラベルに記載する必要が出てきたのと、技術の進歩によってココアの製造が安価に行えるようになり粉ではない「チョコレートバー」が登場するようになったのとで、チョコレートの扱いが「薬」から「お菓子」へと変化していきます。その後、1926年にハーシーズが「チョコレートシロップ」そのものを商業用で販売するようになったことで、薬剤師たちが調合してシロップを作る必要がなくなりました。1930年には家庭用のチョコレートシロップも登場します。
このような流れの中で、お菓子としての「チョコレート」は絶大の人気を集めていきます。2017年現在では「脳の認識機能が向上する」などチョコレートの健康上のメリットも発表されているものの、お菓子としての扱いが主流であり、アメリカでは350億円のマーケットであると言われています。
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