ネスレは砂糖菓子を売りながら糖尿病の薬の販売を目指している
チョコレートと乳製品の混ざったミルクチョコレートを開発したのは、チョコレート菓子の「キットカット」やインスタントコーヒーの「ネスカフェ」で知られるスイス発の食品会社「ネスレ」です。そのネスレが、チョコレートなどの砂糖菓子を販売しながら、糖尿病の薬などの販売を目指していることが明らかになりました。
Nestlé’s Sugar Empire Is on a Health Kick - Bloomberg
http://www.bloomberg.com/news/features/2016-05-05/nestl-s-sugar-empire-is-on-a-health-kick
ネスレは世界最大の食品会社です。従業員数は33万5000人で、2000以上の食品ブランドを抱えており、85か国に存在する436個の工場で自社ブランドの食品を製造しています。ヨーロッパで最も価値のある企業であり、企業価値は2400億ドル(約26兆円)以上で、大手石油会社のShellをも凌ぐほどです。世界には195か国が存在しますが、実に189か国でネスレは商品を販売しており、ネスレなしでは食の歴史を語ることはできないほど、世界中の食文化に影響を与えてきました。
By Pedro Angelini
例えばネスレの創業者であるアンリ・ネスレは、スイスのヴェヴェーで「乳児用乳製品」の生産を行い乳幼児の高い死亡率を解決する取り組みを行っています。また、アンリ・ネスレが粉乳を開発したことで、飲み物ではなく食べ物のミルクチョコレートが生まれることにつながっています。さらに、第二次世界大戦中にはネスレの科学者が世界初のインスタントコーヒーを開発してもいます。
ネスレの食品および飲み物には、ミネラルウォーターのサンペレグリノやStoufferの冷凍食品も含まれます。「キットカット」や「ネスカフェ」などもネスレの商品で、アメリカ・カナダでは「ハーゲンダッツ」もネスレの関連企業が製造・販売を行っています。そして、ネスレの商品の基盤にあるのはあくまでも「砂糖」です。
By Moyan Brenn
ネスレの本社はスイスのヴヴェーで最も大きな建物で、平均水準以上の病院に似た見た目とのこと。そして、オフィスからはジュネーブ湖と霧に包まれたアルプス山脈が一望できる素晴らしい景観になっています。「この景観は砂糖が甘いことを1世紀半以上も証明し続けている」とBloomberg。
メキシコでは肥満対策に砂糖税を導入していますが、2016年3月にイギリスも同様の課税対策を行うことが発表されました。さらに、サウジアラビアでも同様の政策がとられる可能性が報じられています。アメリカの食品医薬品局(FDA)では砂糖の分量に応じたラベリング規制をしいており、これの最新版がDietary Guidelinesとして公開されています。
2013年にフランスの国立科学研究所が公表した研究結果では、砂糖やお菓子は「コカインのような習慣性の薬物に取って代わることができるだけでなく、常用者にとってはより魅力的なものになり得る」とされており、近年、砂糖の持つ危険性がささやかれています。しかし、砂糖は明確に行動や心理面に悪影響を及ぼすわけではありません。こういった背景から、ネスレの製菓業の売上はその他の同業他社と同様に2012年から落ち続けています。
製菓業界はタバコのように砂糖が規制されていく可能性におびえており、コカ・コーラは缶ジュースのサイズを縮小し、オレオの製造メーカーはグルテンフリーの食品を開発して健康志向にシフトチェンジしています。
By FrancescaV.com
対してネスレは、根本的に異なる方針を選んでいます。ネスレは薬品業界に進出することを選んでおり、食品由来の成分を基にした、錠剤ではなくスナック菓子のような見た目の薬品を販売することを狙っています。また、ネスレの戦略は既に開始されており、一部の薬品は既に商品棚に並んでいるとのこと。
ネスレの目標は「栄養・健康・ウエルネス企業」として自社を再定義することです。そして、もしもネスレのビジョンが実現すれば、10年以内に心臓病の薬にネスレの作ったおいしいお菓子(のような見た目の薬)を食べる、という未来が訪れることになるかもしれません。
もちろんネスレが本業の製菓業を捨てることはないので、ネスレが薬品業界で成功すれば、健康を害するお菓子を販売しながら健康状態を保つための薬品を販売する、というループが完成することになります。
By Davide Aversa
ネスレの健康医科学研究所で働くエド・ベェトゲ氏は糖尿病の治療に取り組んできた人物で、彼の研究にネスレは10年で5億スイスフラン(約560億円)の予算を与えています。ベェトゲ氏の下では160人以上の科学者が働いており、筋肉の成長やアルツハイマー病などさまざまな分野についての研究が行われています。
ベェトゲ氏は「食べ物は『予防的治療』と『急性疾患の治療』における完全に新しいタイプの薬物治療の基礎になる」と語り、「食べ物が糖尿病のような慢性病の症状を緩和することがネスレの目指すところ」と主張しています。さらにベェトゲ氏は「ネスレの考えは既存の製薬モデルを覆すことにつながります。そこで問題なのは、食べ物をどうやって薬のように機能させるかです」とコメント。
研究所で行われていることは「調剤のようなもの」とベェトゲ氏。「食べ物から得られる天然の物質をふるいにかけるような作業」とのことで、実際にマッシュルームやトマト、さらにその他の食べ物から疾病に効果のある成分を探しているとのこと。実際に、ベェトゲ氏が率いる研究チームは4000を超える合成物を作り出し、ライブラリしているそうです。ベェトゲ氏の目指しているのは個々人の食事やヘルスヒストリーデータを使用して、それぞれに適した薬を設計・処方することだそうです。
イメージとしてはさまざまな種類のコーヒーを1台でいれられる「ネスプレッソ」のように、さまざまな種類の薬を手軽に処方することを目指している模様。
ベェトゲ氏の進めるネスレの健康科学分野は、「年間100億スイスフラン(約1兆1100億円)の売上を見込めるビジネス」と語るのは、ネスレのグレッグ・ベーハー氏。ネスレの2015年度の年間売上は製菓部門が約90億スイスフラン(約1兆円)、乳製品・アイスクリーム部門が150億スイスフラン(約1兆7000億円)、粉末・液体飲料部門が190億スイスフラン(約2兆1000億円)であることを考えれば、世界最大の食品会社といえども無視できないレベルの売上であることは明らかです。
ベェトゲ氏の研究成果は現在のところ製品化に結びついてはいませんが、「この状況はすぐに変わるだろうと」とベーハー氏は語っています。また、ベェトゲ氏の研究成果は役立っていないものの、製薬部門は既に年間約20億スイスフラン(約2200億円)の売上をあげている模様。
実際、ネスレはてんかん患者には乳様飲料の「Betaquik」、疲労回復や筋肉機能の回復向けの飲料「Meritene Regenervis」、がん患者向けの高タンパク質飲料「Resource Support Plus」などを販売しています。
もちろん、ネスレの健康面での努力は今後も続けていかなければならないものです。そして、これは政府や消費者が「健康食品」という定義があやふやなものに対する懐疑の目との闘いになることは間違いありません。
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