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最新式のハイブリッド型「電子制御エアブレーキ」システムで100年分以上近代化する鉄道の世界

By Clay Gilliland

広大な大地に敷かれたレールの上を、先頭から末尾までの長さが1kmをゆうに超える列車が走る、そんなアメリカの貨物列車で使われている「エアブレーキ」が一気に近代化されようとしています。新たに開発が進められている「電子制御圧縮空気ブレーキ」は、従来型のエアブレーキとコンピューター技術を組み合わせたハイブリッド型ブレーキシステムで、従来にない多くのメリットを備え、エネルギー効率をも改善するという次世代のブレーキシステムとなっているようです。

Stop That Train! - IEEE Spectrum
http://spectrum.ieee.org/transportation/mass-transit/stop-that-train

1869年に発明家のジョージ・ウェスティングハウスが圧縮空気を使って列車の車輪にブレーキをかける仕組みを発明して以来、特にアメリカの貨物列車にはこのエアブレーキシステムが長年にわたって使われ続けてきました。歴史と実績があるエアブレーキのシステムですが、日本とは違って列車の編成の長さが1マイル(約1.6km)を超えることも珍しくないアメリカの貨物列車の場合には、問題が存在することもあるとのこと。それは、空気の圧力変化が伝わるスピードが1秒あたり約150メートルという物理的な制約があり、先端の運転台でかけたブレーキが1.6km先の後端に届くまでに約10秒もの時間がかかってしまうという問題です。

この問題を解消するために、電子制御を用いる技術がライバル企業からいくつも生みだされましたが、ウェスティングハウス社は「信頼性が低い」としてそれらのブレーキシステムを拒否し続けてきました。しかしここに来て、圧縮空気と電子制御を組み合わせたハイブリッドシステムが用いられるようになっています。各車両に備わった圧縮空気システムの制御を電子的に行うこのシステムは「electronically controlled pneumatic braking(電子制御圧縮空気ブレーキ:ECP)」と呼ばれ、大きな技術的アドバンテージを持つ仕組みとして注目されています。


ECPについて、ワブテック・レイルウェイ・エレクトロニクス社の副社長を務めるロバート・ボルグ氏は「ECPがもたらす利益が明らかに証明されることになるでしょう」と語り、従来のシステムに対する優位性を主張しています。同社の親会社ワブテック・コープは、ウェスティングハウス・エア・ブレーキ社の後を受けて誕生した会社であり、ドイツ系ブレーキメーカーのニューヨーク・エア・ブレーキ(NYAB)社とアメリカ国内のECP市場を二分する企業の一つです。

今、アメリカではECPを搭載した車両が走る2つの路線の運用が始まっており、一つはワブテックが、もう一つはNYABがシステムを納入しています。これらの路線でECPのメリットが評価されることになると、今後はさらに普及が進み、南アフリカやブラジル、オーストラリア、中国など、アメリカ鉄道協会の基準を採用している世界中の重量級貨物路線での導入が進むことになると考えられています。

先述の通り、従来型の圧縮空気ブレーキを採用した列車編成の場合、先頭の運転台で行った操作が後端の車両に伝達されるのに時間がかかるという欠点があります。BNSF鉄道でエアブレーキシステム関連の役員を務めるダナ・マリオット氏は「長い列車の場合、運転士がブレーキを解除してからアクセルを入れる時間が短すぎると、後端の車両にはまだブレーキがかかっているのに引っ張る力が加えられることになります。特に停車していたのが半径の小さなカーブのような場合だと、先頭車両が早く引き始めてしまうことで脱線事故が起こることもあります」と、操作の難しさを語っています。

By eldelinux

また、全ての車両に均等に空気圧が伝わらず、ブレーキの効きが均等でないというのも従来型のシステムの欠点といえます。ほんの少しブレーキをかける操作を行ったとしても、先頭に近い車両にはきちんと圧力の変化が伝わるのに対し、後ろに行くほど圧力変化が失われてしまい、後端では全くブレーキがかかっていないと言う状況が生まれることも珍しくはないとのこと。

BNSF鉄道のマリオット氏は電子制御式エアブレーキの開発をすすめるために、同僚と共にカンザス州にある小さな企業「TSM」を訪れてECPを搭載した車両の開発を進め、1993年には65両からなる貨物編成、通称「ユニット・トレイン」をニューヨーク北部にある路線でデビューさせました。その2年後には、さらなる開発のため、同じ路線でECPを搭載した実験車両を4編成増やしたとのこと。

これら車両には、従来のように車両同士をつなぐエアホースや配線ケーブルを接続するコネクター類が装備されていますが、実際の使い方は全く異なっています。従来の車両の場合は、エアホース内を高圧の空気が通り、先頭から後端までを貫通する仕組みになっていますが、ECPの実験車両では運転席のコンピューターから送られる信号を各車両が割り当てられたIDに応じて受信するようになっています。


ちなみにこの時、各車両をケーブルではなく無線で接続し、信号を送る技術についても検討が行われたとのこと。しかし、ケーブルを排することで各車両は自前で電力を用意する必要が生じます。車軸の回転で発電する装置などが考案されましたが、いずれも十分な信頼性を得ることが難しかったとのこと。さらに、無線を用いることで混信の影響を受ける危険性も指摘され、「ケーブルが使えるなら、ケーブルにすべきだ」という助言にしたがって、無線での制御はお蔵入りになったとのことです。

徐々にECPを搭載した車両の検証が全米各地で始まり、1997年には規格を定めたドラフトが完成するに至ります。しかしその頃、各鉄道会社がECPに対する関心を失うという出来事がおこりました。その理由は、「既存の車両との互換性がない」というものだったとのこと。また、ブレーキシステムを載せ替えるためのコストも大きくのしかかってきたといいます。機関車の場合だと1両あたり4万ドル(約450万円)、貨物車両でも1両あたり4000ドル(約45万円)という費用がかかり、2006年時点でアメリカにある車両を全てECPに換装するためのコストが75億ドル(約8400億円)にものぼると試算されたこともありました。


とはいえ、ECPには従来とは全く異なる数々のメリットがあります。

たとえば、ワブテックの施設には150両の貨車からなる実験編成が用意されているのですが、この編成のうちどれか1両だけにブレーキ故障が起きたとします。従来の圧縮空気ブレーキシステムでも、異常を回避する安全システムは搭載されているのですが、ECPの場合、「異常が149両目で発生した」ということがすぐに運転台に伝わり、その故障情報がコンピューターに登録されます。また、この状態でも全編成の95%のブレーキが稼働状態であることもわかります。こうして、時間も人手も要することなく異常箇所の検知ができるECPの優位は明らかです。

By Henk Sijgers

また、車両ごとにブレーキの効きを制御できる点も別のメリットを生んでいるとのこと。自動車で言う「ABS(アンチロック・ブレーキ・システム)機能」を搭載することで最もベストなブレーキの効きが車両ごとに実現するので、従来よりも停止までに必要とされる距離が40~60%も削減されるという結果もあります。

さらに、鉄道会社にアピールするであろう最もポイントが、高効率化の実現が可能という点。ECPを搭載することで、安全性能が向上し、結果として列車のスピードを上げられるようになるほか、機材トラブルやブレーキに起因する脱線事故などによるロスを省くことが可能になるため、トータルでの効率性が向上することが期待できるとのこと。実際にECPを導入している南アフリカの鉄道会社「Spoornet」では、1編成が往復に要する時間が9%減少したという結果も出ています。これにより、エネルギー効率の改善も期待できるとのこと。

現時点における鉄道の規則は、従来型のシステムを念頭に置いたものであるため、ECPのような最新システムには対応していない状況があります。そのため、アメリカ鉄道協会は大手鉄道会社に対して規則の除外を認める方向で調整を進めているおり、さらに、2016年末までに新たな規則を制定することを進めているとのこと。150年間にわたって使われ続けてきた旧来の仕組みによるブレーキシステムが一気に近代化される日は遠くないようです。

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in ソフトウェア,   ハードウェア,   乗り物, Posted by darkhorse_log

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