「攻殻機動隊」という器はいろいろなものを吸収できる、攻殻機動隊 新劇場版の黄瀬和哉総監督&脚本担当・冲方丁さんにインタビュー

2013年から2014年にかけて劇場公開された「攻殻機動隊ARISE」全4話をそれぞれ前後編に再編集し、新作エピソードを追加した「攻殻機動隊ARISE ALTERNATIVE ARCHITECTURE」が2015年4月から放送されていて、シリーズ最新作となる「攻殻機動隊 新劇場版」が6月20日(土)に公開となります。このシリーズは、1995年の映画「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」や、テレビシリーズ「攻殻機動隊STAND ALONE COMPLEX」などよりも前のお話で、主人公である草薙素子が公安9課直属の部隊“攻殻機動隊”に所属する前の活躍を描いています。
今回はARISEシリーズ&新劇場版の総監督である黄瀬和哉さんと、シリーズ構成・脚本を担当した冲方丁さんに、いろいろな話を伺ってきました。
GIGAZINE(以下、G):
まずは黄瀬さんにお伺いしたいと思います。黄瀬さんは「攻殻機動隊 新劇場版」で「監督」の頭に「総」が付いた「総監督」という肩書きでお仕事をなさっていますが、具体的にはどういったお仕事なのでしょうか。
黄瀬和哉総監督(以下、黄):
人が描いてきたものに「これはダメ。これはマル」とダメ出しする感じですね。

G:
ズバッとわかりやすいですね。
黄:
みんなが苦労して描いてきたものに「こっちはいいよ。こっちはダメ」というだけです。ただ、その数が膨大なんですよね。
一同:
(笑)
黄:
本当に考えなしで「これダメ、あれダメ」とか、「これ良いね」とかやっちゃうので、「基準が分からん」「なんで良かったんだ。これが駄目でこれが良いのはなぜだ」と言われますね。

G:
ご自身の中では何かしらの基準をもって判断しているわけですよね。
黄:
自分が「面白いな」とか、引っかかる物があるとだいたいマルにします。違う意味で引っかかったときは、何で引っかかってるのかなと考えて、「ああ、こうじゃないんだ」と説明して、「ちょっと直して」と言う。だから理屈はなくて、ほとんど生理現象に近いですね。
G:
おお……では「ここが、なぜ駄目なんですか!?」と聞かれたときには、どう説明するんですか?
黄:
「個人的に面白くないから面白くして」って言う言い方をします。一番ハードルが高い注文ですよね(笑)。その原因はテンポだったりするんですけど。「絵がつながってるところにどうして間があるのかな」とか「どうして間を取らないのかな」という部分については、描いた人に「どうして?」と聞きます。そうすると、描いている人の方でも「どうしてだろう」と悩むので「じゃあ変えよう、悩むんだったら変えよう」と。
G:
なるほど。描いている人から「ここはこういう理由があって、こんなテンポにしています」という説明があれば、「なるほど」と納得してマルするなり、「いや、そのテンポじゃやっぱり駄目だよ」とバツにしたり、と。
黄:
そんな感じです。これ、言われる方としてはたまらないですよね(笑)。なので、「目の前で緊張する人をどうやってほぐそうか」ということを考えながら、ダメ出しをやっています。
G:
黄瀬さんがアニメ作りで「得意」な部分はどこですか?
黄:
得意となると、ずっと続けているアニメーターとしての仕事が、きっと一番得意なんだと思いますよ。続けていられるということは、好きということなので。監督業は使う頭が全然違うので、切り替えるのにちょっと時間がかかったりします。

G:
なるほど。具体的な技術みたいな部分で、例えば履歴書の特技欄に「これができます!」と書くような、自分で把握している得意なことというのはありますか?
黄:
いや-……どうだろう。今でも総監督をやりながら絵を描いていますけど、ずっと、自分の絵に納得がいっていないんですよ。納得いったものが描けていないからこそ、続けていられるのだとは思いますが。でも、そんなことを言ってると、周りから総スカンを食らいます(笑)。「あんた、何言ってんだ?」って。でも、満足していたら仕事は止まっていると思うので、満足してないからこそ続けていられるんだと思います。
G:
100点を目指して作業しつつも、振り返ってみると「あそこはもうちょっとやれたな」という部分が多々ある、というような?
黄:
いやあ、いまだにやっぱり駄目ですね。1時間前に描いた絵が嫌になってクシャっとかありますから。
一同:
(笑)
G:
そうなんですね……。総監督という肩書きを背負っている人がそんなに自分に厳しくやっていると、下から追いかけている人は「ああ、自分がやっているものはもっと駄目かも」と思ってしまいそうですね。
黄:
いや、もっと思え思え。
一同:
(笑)
黄:
「このキャリアでも苦しんでいるんだ、お前らが楽々と描くんじゃない!」みたいなことは言っています。「僕は下手ですよ」と僕が言ってると、みんなが冷ややかに見ます。

一同:
(笑)
G:
ものすごく自分自身に厳しいんですね。
黄:
仕事をしてない場合は人には割と甘いですよ。ところが、一緒の仕事をすると「お前なんか辞めちまえ!」とか、「なんでこんなヤツと一緒に仕事しなきゃなんねえんだ!」「何で描けないんだ!」と怒りながらやっていますけどね。
一同:
(笑)
G:
続いては冲方さんにお話を伺いたいのですが、「攻殻機動隊」の話に入る前にちょっと関係ない質問です。冲方さんはこれまでどういったSF作品を読んだり見たりしてきましたか?
冲方丁(以下、冲):
ファーストインパクトは映画ですかね……海外に居たときに、ハリウッド作品と日本のアニメ作品が世界で流通するようになったんですよ。ハリウッド作品だと「2001年宇宙の旅」、「エイリアン」、「ザ・フライ」などを見ました。日本の作品なら「AKIRA」とか「風の谷のナウシカ」が英字新聞に載っていましたね。ビデオを手に入れてきたアメリカ人の知り合いに「日本語で何を言っているのか分からないから訳してくれ」と言われました。

G:
ほうほう。
冲:
とはいえ、僕も「AKIRA」を見て何を言ってるのかはさっぱり分からず(笑)……それがスタートですかね。ビジュアルインパクトが先でした。SF作品ということだと、それこそマンガ版の「攻殻機動隊」など士郎正宗さんの作品もそうですし、小説だとハヤカワ系の本で翻訳ものが多かったですね。海外のSF作品で、シリーズ物とかをつまみ読みしていました。
G:
あれもこれもと横断的に触れてこられたという感じでしょうか。
冲:
この世代特有なのか、メディアが全部並列ですよね。映画だったり、漫画だったり、小説だったり。18歳でデビューしたころに「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」が映画化されて、当時は「SFは売れないから書くな」と言われた時代ですから、あれだけの風穴を開けてくれたのですごい勇気をもらえましたね。
G:
そういう時代だったんですね。
冲:
それこそ、「本の帯にSFって書くと売れない」と言われましたから。そんな時にドSFの作品が出てきて売れていたので、すごく嬉しかったです。
G:
冲方さんが文章を書いている時、内容は頭の中に映像として浮かんでいるんですか?
冲:
映像にしなきゃ分からないものもありますが、まず空間把握です。今は読者がビジュアルで理解することが多いので、読者の言語に従うと、必然的にビジュアル的な要素がすごく重要になってきます。逆に、本当に誰も見たことがないようなビジュアルを小説で提示すると、誰も理解できないようで……。昔書いたときに「なぜ、飛び跳ねながら銃撃戦をする必要があるんですか」と言われたことがあるんです。でも、これは「マトリックス」が公開された後は誰も言わなくなりましたね、むしろ「もっと飛べ」と(笑)。小説は既存の映像作品に左右されちゃうんですよね。

G:
「こんな感じの映像が、この文章なんだな」みたいに、読者もイメージできるようになる、と。
冲:
「ロード・オブ・ザ・リング」が公開されたことで、「軍団」と書いただけでみんなすごい「軍団」を想像してくれるようになりました。おかげさまで、すごく助かっています(笑)
G:
空間把握をしているとき、音も頭の中にはあるんでしょうか。
冲:
客観的に伝える必要がある時はそうです。ただ、お客さんに伝えられないようなものがうっかり浮かんでしまって「これ、すごく良いけど、どうやって伝えよう」と困ることはありますね。
G:
冲方さんは「ばいばい、アース」や「マルドゥック」シリーズ、「シュピーゲル」シリーズ、さらに時代小説の「天地明察」といろいろ書かれていますが、情報のインプットはどうやって行っているんですか?次の作品の構想がまとまったときに「こういう作品を書くから」と一気に資料を集めるのか、それとも、普段から小まめに集めて読み込んでいるのか……。
冲:
普段から小まめにやっているつもりなんですけど、結局間に合わなくて、締切間際に徹夜で山のように読んだりとか、ですね。

G:
小まめにやりつつも、足りない分は一気にと、合わせてやっているということですね。
冲:
資料を読むのも仕事なので、煮詰まる時は本当に煮詰まりますしね……。「攻殻機動隊」の資料なんて無限にありますから(笑)。テクノロジーの資料とかも調べ始めると「もう無理!」という感じです。科学雑誌とかが山のようにあるので、どこまでインプットして、どこで線引きして切るかですよね。光学端子の仕様とか、詳しく調べたところで、説明のしようがないですから。
G:
調べ上げた上で、「でも、ここまで詳しすぎるとさすがにダメか」と戻ったり?
冲:
「挿せばつながる」で良いだろう、という感じで(笑)

G:
作家という職業をしていて、情報のインプットはやはり大変な作業でしょうか、それとも日常の中の1つでしょうか。
冲:
日常化してルーチンワークになっちゃっているので、それは課題ですね。やっぱり、もう少し自分を感動させなきゃいけないなあと。何を見ても、しらーっと知識だけ吸収している自分がいて、「おい、ちょっと待て、もうちょっとワクワクしないと、仕事したくなくなるだろ」というのが今一番つらいですね。

G:
なるほど、ありがとうございます。では、ここからはお二人合わせてお話を聞いていきます。「攻殻機動隊ARISE」のborder:4が劇場公開されたときに「攻殻機動隊 新劇場版」が2015年初夏公開であることが発表され、2015年3月に「攻殻機動隊 新劇場版」の公開日が6月20日(土)だと明らかになりましたが、お二人が「新劇場版」を作ることを知ったのはいつごろでしたか?
黄:
いやー、ホントに今回は聞いていないことの方が多かったんです。最初に「総監督やれ」と言われて、何をやるのかは聞かされず「『やる』と言ったらタイトル教えてやる」と言われたから「やる」と言ったら、これだったの。だから、最初に作品名を聞いていたら絶対やってない、今ここに座ってない(笑)
G:
別のインタビューで「総作画監督かなと思ったら、作画じゃなくて総監督だった」と答えていたのを読みました。
黄:
そうなんです。「この人はどれだけ博打を打つんだろう」と、うちの社長を見ながら思いました。
G:
でも、ARISEの製作発表会では石川社長は黄瀬さんのことを「I.Gの最終兵器だから」と仰っていましたけれども。
黄:
「最終兵器って言わないように」と言ったんですけどね。会社にもう兵器ないじゃん!攻められたらどうするんだ!って(笑)
冲:
最終兵器使っちゃった!(笑)
黄:
最終兵器じゃなくて、最新兵器ぐらいにしてください、と(笑)
冲:
確かにそうですね!
G:
4月から、新劇場版へつながる新作エピソードを追加した「攻殻機動隊ARISE ALTERNATIVE ARCHITECTURE」が放送されています。ARISEの劇場公開時とはストーリー放送順が変わっていて、それは冲方さんが元々考えていた順序になったと伺っています。
冲:
旧シリーズとのブリッジとなるようなもの、そして新しい「攻殻機動隊」を作るに当たって、とにかく「シリーズが帰ってくる」ということでの基準が必要だったので、まずborder:4の部分の脚本が最初に完成したんです。公開時の順番はborder:1→2→3→4となりましたが、これは静→動→静→動と、静かな話とアクション盛りだくさんの動く話というのがちょうど入れ子になるような構成になっています。TVシリーズの場合、この後ろに新劇場版に続くエピソードとしてアクションものの話がくっつくことになるので、border:4を冒頭に持ってくることで、動(4)→静(1)→動(2)→静(3)とすればキレイなんじゃないですか、という話をした記憶があります。このあたりは、いろいろ並行して作業していたので覚えていない部分もありますが、だいたいそんな感じです。

G:
なるほど、動と静ということを伺って納得しました。本来はborder:4から始めたかったけれども、諸般の事情でborder:1からになっていた、というわけではないんですね。
冲:
お客さんがどこから入ってくれるかはお任せというか、いろいろな判断が必要だと思うので特に不満はないですし、むしろ、サスペンスから始めてくださったおかげで、知らない人でも入りやすくなったと思います。この人が誰で、今何をしていて……ということが全部説明できたので、始まりとして気に入っています。
G:
border:4→1→2→3→新劇場版という構成だったら、と考えて場面をつなぎ合わせてみたときに、一つの作品として見事に繋がった感覚があって、もともとborder:4として公開されたものを最初に出す予定だったのかな?と思ったもので。
冲:
今回、オムニバスのシリーズとして、順番を多少変えても破綻しないようにはなっていて、どこから見ても良いようにしていました。大まかな伏線があって次のキャラクターが出てきたりというのはありますが、各話で監督が違っていて、バラバラに見ても、通して見ても、両方で楽しめるものになるような脚本にしています。
G:
今回、新劇場版においてお二人が苦労したポイントは何かありましたか。
冲:
ぼくは全部苦労しました(笑)
黄:
ご苦労されていましたね。ぼくの場合は、面倒くさいことはすべて野村和也監督にお任せしていましたので(笑)
冲:
一番苦労したのは野村さんのテーマである「青春と卒業」を「攻殻機動隊」でやるということですね。「これは黄瀬さんの『ラブストーリー』に続く大ハードルが来たわ……」と。
G:
でも「何とかしなきゃ」ということですよね。
冲:
「攻殻機動隊」という器はいろいろなものを吸収できるようにはなっていますけれど、「さぁ、どうやろう……」と。やらなきゃいけないことがてんこ盛りで、かつ終わらせないといけないので、「さぁ、どうやって卒業しよう」「青春って何だろう」と、そこが一番厄介でしたね。でも、草薙素子が真っ直ぐであり、チームワークを完成させていく上でのギクシャク感とか仲違いとか、そこも1つの未熟さとして描けば良いのかなと思って、結果的に「素子の描きやすさの幅が広がったな」という感じでした。トグサにツッコまれて、ムッとしつつ黙る素子とか新鮮だなと思いましたね。苦労したけれど、一番面白かったです。

G:
従来のシリーズの「無敵の少佐」ではなくて、「素子もまだまだ若いな」と感じるような側面が結構出ていましたね。
冲:
めちゃくちゃ苦労して書くと、もう書いた後は気分が良いんですよ。「間に合えて良かった」というか、「勉強になったなぁ」という気持ちがあります。

G:
黄瀬さんは実作業で苦しんだところとかはなかったですか。
黄:
時間が無いことです。
G:
なるほど(笑)
黄:
苦しいのはそこですね……。とにかく時間がなくなっていく。実作業自体は楽しんでもいるし苦しんでもいるけど、そこは良いんですよ。でも、時間が無いということだけは物理的にどうしようもなくて、そのしんどさが半端なくありましたね。「もう間に合わない!もう落ちる!」と、そこが結構ストレスでしたね。
冲:
時間に追われるのはキツいですよね……。
黄:
「ここで終わらせてくれないとDVDの発売が間に合わない」と言われて「分かってます!!」と。「工場が無理です」「なら遅らせよう!」というわけにはいかないですし。
冲:
これもすごいタイトでしたね。シリーズでやっているときもそうでしたけれど……。だけど、今「なんだ、まだ全然余裕あるじゃん」となぜ思えているのかなというと、これの前にやった作品がもっとタイトだったんですよ。
黄:
あれと比べちゃいけないよ(笑)
冲:
あれを乗り越えたので、緊張感はあるけれど、まだ何か余裕がある。
G:
「これならいけるだろう」という気持ちがあるんですね。
冲:
あれと比べれば生き残る勝算はある、何とかなるという部分をまだ抱かせていただいている(笑)
黄:
でも、それが蓄積されていくと疲労も重なっていくから……。
冲:
そう、そこは回復できるほど若くないので大変ですけど。
G:
これが最後の質問になるんですけれども、今回新劇場版でチャレンジしてみて、「ここが上手くいったぞ!」というような部分はありますか。
冲:
あぁ……青春が書けた(笑)
一同:
(笑)
冲:
もう何かだんだん「何でも来い」という気になってきていましたけど、やっぱり意外だったなぁ。素子のゴーストのささやきの本質というのは「直感」なんだというのが分かったのが、すごい収穫でしたね。論理的に弾き出しているわけじゃない、非常にプリミティブな正義感が書けるのはこの時代なかなかないので、楽しかったです。
G:
なるほど、黄瀬さんはいかがでしょうか。
黄:
現状チャレンジ中なので(笑)
G:
チャレンジ中ですか(笑)
冲:
公開時にはこうなっているだろうという未来予想図で(笑)
黄:
きっと間に合って、お客さんもたくさん来てくれていると良いなぁ……願望になってるね!これはチャレンジじゃないですけど、来てくれていると信じます。でも、シリーズから通して全部がチャレンジで、「攻殻機動隊」というものを楽しみにみんな来てくれるので、それを「いかにぶっ壊してやろうか」というのが最初からありました。受け入れられるかどうか心配でしたが、舞台挨拶とかに行くと、初日、2日目の2回だけでも受け入れてくれた人たちがたくさんいたので、本当にホッとしました。

G:
まだこれからもラストスパートが残っているかと思いますが……。
黄:
チャレンジのかすが残っていますね。
G:
完成を楽しみに待っております!本日は、ありがとうございました。
現在、攻殻の新たなテレビシリーズである「攻殻機動隊ARISE ALTERNATIVE ARCHITECTURE」がテレビ放送中。「攻殻機動隊 新劇場版」は6月20日(土)公開です。
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