「攻殻機動隊ARISE/新劇場版」全収録BD-BOX発売記念でシリーズを作り上げた冲方丁さんにインタビュー


士郎正宗氏の漫画「攻殻機動隊」を原作として、1995年に公開された映画「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」とも、2002年から配信・放送された「攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX」「攻殻機動隊 S.A.C. 2nd GIG」とも違う、攻殻機動隊結成までの物語が描かれた「攻殻機動隊ARISE」(border:1~4/PYROPHORIC CULT)と「攻殻機動隊 新劇場版」をすべて収録した、「攻殻機動隊ARISE/新劇場版 Blu-ray BOX」が2017年12月22日(金)に発売されました。

この記念すべき品の発売を記念して、シリーズ構成・脚本を手がけた冲方丁さんに、改めて攻殻機動隊について、そしてクリエイターとしての冲方さん自身のことについて、お話をうかがってきました。

攻殻機動隊 Information Site
https://v-storage.bandaivisual.co.jp/sp-site/ghost-in-the-shell-special/

GIGAZINE(以下、G):
冲方さんには「攻殻機動隊 新劇場版」公開前に、黄瀬和哉総監督とともにお話をうかがったことがあるので、今回はその時とは重複しないお話をいろいろ伺えればと思います。よろしくお願いします。

「攻殻機動隊」という器はいろいろなものを吸収できる、攻殻機動隊 新劇場版の黄瀬和哉総監督&脚本担当・冲方丁さんにインタビュー - GIGAZINE


G:
冲方さんは「冲方丁のこち留 こちら渋谷警察署留置場」に書かれたように、2015年に逮捕・9日間の留置場生活・釈放・不起訴処分という体験をされています。


これは「ARISE」と「新劇場版」が公開されたあとですが、まさに「これが公権力というものか」というのを経験されたわけですよね。

冲方丁(以下、冲):
そことつなげるか……(笑)


G:
その上で、もし「ARISE/新劇場版」より前にこの体験があったら、作品にこれは反映できたというようなことは何かありましたか?

冲:
そもそも「攻殻機動隊」における公安9課の成り立ちからして「警察への疑い」みたいなものがありますよね。その点では……割と「正しいことを書いたな」と。

G:
(笑)

冲:
むしろ間違っていなくて、ここまで正しいとは思わなかった。フィクションだと思っていたのになー、と(笑)。公権力が市民や国民の方を向かず、自分たちが存続することを目的にしていくと、どんどん「やらなければならないはずのこと」をしなくなります。その代わりに、公安9課が政治的な事情を突破して、本当にやるべきことをやる。「こういう奴らがいるから、物語が成り立つんだな」という思いがあり、大分励まされました。「あの世界観は間違ってなかったですよ、士郎先生」と。

(一同笑)

冲:
かといって、権力自体を否定すると今度は国家崩壊になるのでそこは壊せず、うまく「外科手術」していかざるを得ない。公安9課はその手際がすごいんだよ、というのが原作や映画の「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」、テレビシリーズの「STAND ALONE COMPLEX」で描かれています。その点で、まだまだ不器用な、殴らなくてもいい人を殴ってしまうような未熟さが残る「ARISE」の9課を書けてよかった、とは思いますね。

G:
なるほど。冲方さんが書いたものは、目にしたものと比べてもそんなに外れていなかった。

冲:
そうですね。日本人には国家的マスコミ戦略に乗ってしまうところがありますよね。警察や検察が協力しているドラマを見て「素敵!」と思っているけれど、現実にはそんな奴らはいないです。でも、そのことが意外と一般的ではないことに驚きます。警察は通報を受けると、ものによってはウハウハになるんですよ。

G:
盛り上がるんですね(笑)

冲:
毎年、「これはポイントが高い」という事件はだいたい決まっているそうです。たとえば振り込め詐欺は高めなので「これは!!」と身構えるけれど、ポイントが低いとそうでもない。ところが、家出から事件に巻き込まれる事例がいくつも出て、世論が「家出は危ない」となると、家出のポイントが高くなる。

G:
結構、世の中の動きに左右されますよね。

冲:
そういった世論の動きを超越するキャラクターたちを書いた事はよかったし、これからも書こうと思いました。これは間違っていないなと。


G:
そのキャラクターたちを生み出した「攻殻機動隊」の原作に初めて出会ったのは、いつごろだったのですか?

冲:
16歳ごろ、古本屋で買ったんだったと思います。もともと士郎先生の作品は「アップルシード」、「仙術超攻殻ORION」、「ドミニオン」と読んでいて。

G:
ほとんど読んでますね(笑)

冲:
ただ、「士郎先生の本、高くて買えない!」という事情もあって古本だったのかな。1995年に映画の「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」が公開されてからは「このマンガがあの映画を生んだんだ」と、もう教科書扱いですよ(笑)。「映画から先に入って原作を読んだ人はどう感じたのだろう」とか、ひたすら勉強しました。

G:
「勉強」とは、どういったことをしたんですか?

冲:
セリフを抜き出してバラバラにしてみたり、構成を全部整理して「すごい、こんなにまとまっていたんだ」とか、こっちのアイデアとあっちのアイデアをどう組み合わせているのかとか考えたり……いろんなことを勉強しました。キャラクターの数もですね。僕はたぶん、ここで「攻殻機動隊」を勉強しすぎたせいで「密度感」がおかしくなってて(笑)。確実にかなりの影響を受けていて、小説を書いたら「お前の小説は原液のカルピスみたいだから、薄めてこい」と言われてしまうんです。

(一同笑)

G:
なるほど、それでマンガの「攻殻機動隊」のように詰まっているわけですね。納得です。

冲:
僕自身は「そうかな?」っていつも思ってるんですけど(笑)、ティーンエイジャーのころに刷り込まれると、それが常識になってしまうという恐ろしさはありますね。


G:
2010年にWEB本の雑誌のインタビューで、出身が「ウォーターボーイズ」のモデルになった川越高校で、美術部と仮想現実同好会に入っていたと話しておられますが、なぜこの2つの部に入ったのですか?

冲:
16、17歳ぐらいのころから「エンタメで食っていきたい」と思って、夏休みにアニメスタジオや出版社を巡って「どうしたら食っていけますか?」ってインタビューして回っていたんです。

G:
どういった答えがもらえましたか?

冲:
たとえば「海がきこえる」を監督した望月智充さんには「アニメ雑誌に人材募集が掲載されているから」ってアドバイスをもらいました。出版社の人には「新人賞はだいたいこういう感じで」と教えてもらったりしました。あと、「アニメ業界というのは今後どういう業界になっていくんですか」みたいな手紙を送って、高畑勲さんから「これこれこうだから、頑張りたまえ」と返事をもらったこともあります。

G:
なんと!

冲:
「ジブリで雇う」とは書かれていませんでしたけど(笑)。あと、声優の千葉繁さんからも長いお返事をもらいました。「アニメというのはこういうもので、声優とはこういうもので、大体みんなカツカツだけど、なんとかやっていけるよ」と。「食っていけるのか」っていうのが命題の同好会だったんです(笑)

G:
すごくシビアな同好会ですね。

冲:
「どれぐらいのレベルなら新人賞で賞がもらえるんだ」と考えて、お互いに「こういうところはダメなんじゃないか」と批評し合っていたんですが、若者同士でやると大体は個人攻撃になってしまい、すごくギスギスしました。

(一同笑)

G:
ギスギスするけれど、それでもやるんですね(笑)

冲:
終わった後、悔しいのでそれをバネにして「次はもっといいものを作ってこよう」と3年間、修行ばっかりしていました(笑)。高校卒業時に「受賞できるのかどうかやってみよう」と小説を書いたら、結果として小説家デビューすることができました。

G:
ずいぶんと濃い高校時代だったんですね。

冲:
修行としては「模写」が多かったです。いろんな小説やマンガのセリフ・地の文をたくさん模写しましたが、その中で感じたのは「『攻殻機動隊』は独特」ということです。サイバーパンクあり、サーボーグアクションあり、探偵ものあり、ディストピアものあり……「なぜ全部混ぜたの?」って思うぐらいに、本当に絶妙なバランスで成り立っていますよ。

G:
なるほど。

冲:
「ARISE/新劇場版」は、そうやって「自分に染みついた」といえるものをやることになったわけです。それで改めて「GHOST IN THE SHELL」や「STAND ALONE COMPLEX」を見てみると、みんな、やりたい放題なんです。

(一同笑)

冲:
たとえば「公安9課」です。「S.A.C.」では「メンバー全員に焦点当てるぜ」ということで、原作では1コマしか出てきていないような人物もしっかりキャラ付けされていますが、「GHOST IN THE SHELL」ではバッサリとカットしていて、少佐の仲間はバトー、トグサ、イシカワだけしかいないかのような状態でしたし、フチコマも出てきません。一方で、かっこいいセリフはこの時点でみんな取られている(笑)。さらに「S.A.C.」では新進気鋭の若手たちが己のリビドーと哲学精神を存分に込めたあげく、そんなに叱られずにやりたいことをやっていた。それが「ARISE」まで来ると、みんな「やらなきゃ」という姿勢になっているんです。


G:
今までの作品とは前提からして違ったんですね。

冲:
「俺の成功体験はこうだ」というのができあがっているし、僕自身も「『攻殻』といえばこうだよな」と囚われてしまうし……。そんな中で、黄瀬総監督は自由でした。アニメーターに「S.A.C.を見たことがない人が描いて」って言うんですが、そんな人はいないですよ!って(笑)

(一同笑)

冲:
「S.A.C.もGHOST IN THE SHELLも、今から勉強しなくていいからって言うのに、みんな見ちゃうんだよ」と言っていました。フリーダムに思えますが、とにかく、ものづくりに対して真摯な態度であることの方が大事という人なんです。

G:
先ほど、気に入った作品を「模写」するという話が出ました。書き写すことで自分の中に取り込んでいるように思えますが、これを始めたきっかけは何でしたか?

冲:
何だったんでしょう……。子どものころ、父親の仕事の都合で東南アジアに住んでいたことがあるのですが、なかなか娯楽が手に入らないので、コミックやビデオを手に入れた子のところへ借りに行っては、借りたものを全部写して返す、みたいなことをやっていました。

(一同笑)

冲:
一方で、友達が日本のコミックやビデオを手に入れたとき、当然ながら文字は日本語だし、セリフも日本語なので「よくわからないからお前が訳せ」と言われることもあって、そこでまた、書き写したものを全部英訳して相手に渡すということをやっていたので、たぶん習慣化しちゃったんだろうと思います。

G:
習慣化(笑)。気に入ったものを書き写すというのは最近でもやっているのですか?

冲:
なかなか時間が取れなくて、時々ですね。たとえばカズオ・イシグロさんの作品はずっと好きで、最近だと「忘れられた巨人」の文章が、翻訳ですがすごく素敵だったので、冒頭をちょっと書き写しました。以前から作品が好きなので、ことあるごとにいろんな人に「アニメ化しよう」って声をかけていたんです。「「わたしを離さないで」とか、アニメ化しておけば凄いことになるよって。そうしたら、2017年のノーベル文学賞受賞でしょう。もう、僕は鬼の首を取ったように「やっぱり」って(笑)

G:
(笑)

冲:
あとはスティーヴン・キングの「ミスター・メルセデス」という作品です。これは冒頭のシーンがあまりにもひどいんです。職業安定所に朝も早くから並んでいるという視点人物の男の目の前に、赤ん坊を抱いてずっと立ったまま咳をしている女性がいる。お互いに毛布とかを貸しあって「なんとか生きていこうね」といっているところへ、メルセデスが走ってきて全員を轢き殺すんです。

G:
はちゃめちゃですね(笑)

冲:
抱いていた女性ごと赤ん坊を轢き殺す描写もあって、「僕にはこれは無理だ」と思いました。闇をここまで感じるような、ブッ飛んだ表現をこれからも学ばなければいけないな、まだまだだなと思わされました。

G:
仕事の上で締切はいつも意識されていると思いますが、間に合わせるためにどういった仕事の仕方をしている、というテクニックなどはありますか?

冲:
締切に合わせて仕事をするという癖はついています、あとは、締切がないといつまでも書いてしまいます。

G:
いつまでもとは、それはすごい。

冲:
むしろ、「締切を守ったか守らなかったか」よりも、締切より早く送ったけれど規定枚数の3倍ぐらいあったみたいなことで怒られたり(笑)

この冲方さんの「書きすぎて怒られた」エピソードは小説「カオス レギオン」のあとがきなどにも登場します。


G:
3倍はさすがに送られた側も驚きますね。規定枚数の3倍!(笑)「書きすぎ」ということで怒られたりもしたと。

冲:
天地明察」の場合、「小説 野性時代」に連載していたんですが、第1話の時点で原稿用紙250枚分になってしまって「載りません」と言われました。


(一同笑)

G:
「ARISE」の脚本もかなりの分量だったと話を見たのですが……。

冲:
すべての媒体でやらかすわけじゃないですよ(笑)。アニメの場合は「ペラ枚数」という換算があり、だいたい1ページが1分ぐらいに相当するんですが、「攻殻」の場合は情報量が多く、セリフも多いので、本来なら1分で収まるという脚本が収まらないケースが出てくるんです。ではどれぐらいはみ出すかというと、そこは監督によって、ギュッと詰め込む人と、間を持たせて広げる人がいるので、一定ではないという事情があります。それに加えて、次々脚本を書かなければいけない状況だったというのもあるんですが、Production IGさんの原稿回収が素早かったというのもあります。2稿目ぐらいで「ここまで書いていただいたので大丈夫です」と回収されてしまって。

G:
2稿だと、ずいぶん早く思えます。

冲:
まだ削り込める部分はあるけれどと思うこともありますが、作画に早く入りたいということなのかもしれないですね。

G:
ということは、冲方さんは「締切に追われる」というよりも「締切があるから、そこで止まっている」という感じでしょうか。

冲:
締切になると筆を止めなければいけないですから。デッドラインなので、それまでに作業をなんとか間に合わせるようにしています。

G:
先ほど挙げたインタビューで、資料の読み込みについて「1冊ずつじっくり読むのが僕の読み方だったんですが、"段ボール読み"がだんだん得意になってきました。流し読みをしつつ、必要な箇所を抽出していくという」と答えておられました。「ARISE/新劇場版」のときは、どういった資料を読まれましたか?

冲:
「攻殻機動隊」で描かれる世界と現実世界とがちょっと近づいているので、「今後、テクノロジーはどのくらい発達するのか」と考えて、いろんな科学誌を読み漁りました。それで、ネタはいっぱい抽出したんですが、大半は「アニメにならない」ということでお蔵入りになりました。

G:
なんだか、もったいないような。

冲:
「絵」がなかったんです。たとえば、全自動運転の車って、中は何もないですからビジュアル的に面白くないんです。道路も街灯だけになってしまう。ハッカーも、AIにやらせると何も動くものがなくて、せいぜいアクセスランプがピカピカ点滅するだけ。光学迷彩に至っては、なにもかもが消えてしまうんですよ。

(一同笑)

冲:
デジタル技術を勉強すればするほど「描くものがない、どうしよう」という穴に落ちていきました。

G:
「映像化不可能」の意味合いが変わってきますね。

冲:
だったら、仮想現実の世界を人間の趣味で面白おかしくするしかないです。サイボーグの肉体を、必要ないのに本人のやる気で改造しているとかね。現実的に考えると、サイボーグだってみんな同じ姿をしていた方が規格品で交換が楽ですよ。

G:
それは身も蓋もない(笑)

冲:
そうなると、同じ姿をしたバトル・ドロイドと、同じ姿をしたクローン・トルーパーが戦う「スター・ウォーズ」のクローン大戦みたいな描写にたどり着いてしまいます。だったら米軍が運用試験をしている犬型ロボットみたいに、頭も尻尾もなくて胴体と足だけでものを運ぶとか、ああいう気持ち悪いものを出したほうがいいんじゃないかとも思いましたが、それもまた「攻殻」の世界には合わない。でも、おかげさまで科学系のインタビューに答えられるようになりました。

G:
かつてゲーム会社に勤めた理由として、1つは会社や社会を経験してみたいから、もう1つはコンピュータを勉強したい気持ちがあったからだとインタビューに答えておられますが、今でもIT系のニュースは追いかけたり、知識を入れたりしていますか?

冲:
最近はちょっと横着していて、そういうことをやり続けている人から話を聞いています。最先端のものってどんどん複雑化していて、「最新のものほど壊れる」ということがあるので、しこたま使って壊した人に「どうでした?」って聞いてみたり。PC系に関しては、先頭の2、3歩後ろをスリップストリームに入ってくっついていくような感じです。「Windows 10とか、仕様あそこまで変えるか。超やってられない!」って(笑)

G:
原稿執筆はPCを利用されているんですよね。

冲:
そうです。最近はiPadでGoodNotes 4という、アメリカの編集者が開発したアプリを使っています。構成などは、GoodNotes 4を使えばiPad上で手書きでできるので、もうコピー用紙はいらない!(笑)

G:
それまではコピー用紙を使いまくっていたんですか?

冲:
ゲラのチェックだとか、いったい何回印刷するのかというぐらいありましたし、紙の束の重さでいったい何度カバンが壊れたことか……。

G:
紙の束の重さで……。

冲:
半年ぐらい使っていると、持ち手のつなぎ目部分がブチっとちぎれるんです。紙って重いしとがっているから、カバンの角のところもだんだん破れてくるんです。だから、原稿管理はiPadのファイル管理ソフトにPDFをぶち込んでいます。超楽です。

G:
どんどんスタイルも進化していったんですね。

冲:
エディタはプログラミング用のものを使っています。プロットを作るのに超便利ですよ。

G:
プログラミング用ですか。

冲:
プログラミング用のエディタは必ず上部構造、下部構造を分けられるようになっているので、「主要テーマ」「各キャラクター」「描写」「細かいネタ」とエディティングしていくのがすごく便利なんです。詳しい人に「いいエディタソフトが出たら教えて」と伝えています。

G:
その勢いなら、いつか気がつくと先頭に立っているのではないですか?

冲:
いやいや、先頭に立っている人はエディタソフトを自分で開発して「Windows 10に組み込むにはこうしたほうがいい」とかやり始めますから。僕はそこまで行くのは嫌なので(笑)


G:
テクノロジー絡みの話なんですが、若かったころを指して「あの頃、フォトショップがあれば使っていたのか。それとももっと早く諦めて小説を書いていたのか。ブログとは若かりし頃の恥すらネタにせねばならないのか」と書いていましたが、もし現代日本で思春期を過ごしていたら、ご自身はどう変わっていたと思いますか?

冲:
どうなんでしょうねえ……。僕はもともと小説を書くつもりはなかったにも関わらず、いつの間にか書いていたので、本人の選択じゃないんです。「勝手に意思が決めていた」というのか。美術部の部長であるにもかかわらず「これから自分が描く絵の意味とは」みたいな文章を書いていて。

(一同笑)

冲:
顧問の先生が「はよ描け」って(笑)

G:
それは言いますね(笑)

冲:
そこで「君は文字のほうが合ってるんじゃない」と言われて「ハッ!」っとなったんです。だから、もし中高生のころにPhotoshopやタブレットを手に入れていたら……ホワイトすら高くて買うのをやめていたのに。昔は薄いわら半紙を重ねて、めくって線を追っかけましたけど、今はいくらでも描き直しができて、コピーもトレースも簡単でしょう。……諦めるのが今より早かったかもしれない(笑)。僕が心の底からへし折られて「絵の道はあかんな」と思ったのは、デビューしたときです。表紙を天野喜孝さんが描いてくださったんですが、「これには勝てないわ、俺はもうこの道諦める」って、とどめを刺されました。


(一同笑)

G:
心を折る出来事としては、ブログに「『ベルセルク』第一巻を模写して心が折れて漫画家は無理だとあきらめました」というものもあって、ガッツが背中に大剣を背負っている絵を公開されています。NHKのマンガラブという企画のときにも出されていますが、なぜあのシーンを模写しようと思い立ったのですか?

冲:
あのシーンだけではなく、1巻丸ごと模写しようとしたんです。しようとして出した結論が「俺はやめた」。

(一同笑)

冲:
ホワイトが高いという話をしましたが、画材はいくら買っても足りないので、途中からはボールペンで描いていましたから。「Gペンなんか買えるか!」みたいな(笑)。大好きなものがあるとそれを追いかけていつか超えたいという思いがあり、それ自体はモチベーションになるんです。スティーヴン・キングの場合は今もそうです。でも、絵の世界に関しては、途中でお腹いっぱいになっちゃったんだと思います。キングの小説を丸写しにしたときは「俺はもう書かない」とは思わなかったですから。写しつつ「長い!早く終われ!」とは思いましたが。

(一同笑)

G:
冲方さんご自身は英語も日本語もできますが、キングのものも含めて、写しは日本語で行うのですか?

冲:
日本語ですね。デビューする間際ぐらいに「お前の文章は英語を翻訳したみたいだ」って言われて傷ついたことがあったんです。だから、英語のように主語を最初に置くのではなく、日本語ならではの表現を学ぶためにも、海外文学も基本は日本語に翻訳されたものを写しています。写すときは、縦書きのものでも横書きにするんです。ちょっと工夫しなければいけなくて。

G:
これはなにゆえの工夫なんですか?

冲:
だんだん、半分寝ながら写す自動筆記みたいになってしまうからです。

(一同笑)

冲:
3ページぐらい進んで、はっと気がつくと何が起きたか覚えていない、「ただ写すだけ」みたいになることがあるんです。それではダメなので。

G:
文章を頭に叩き込みながら写していくような感覚ですか?

冲:
途中で文章が気に入らないと「ここは『である』より『だ』の方がいいだろう」と、自分で書き直すこともあります。

G:
面白いですね。冲方さんは小説・アニメ・ゲーム・マンガといろんなジャンルの仕事を経験されていますが、それぞれ実際に経験してみて、書くにあたって差はありましたか?

冲:
今は「1つの媒体でやったことを他の媒体で再現する」という技術がめちゃくちゃ発達しています。

G:
どういったものですか?

冲:
たとえば「指輪物語」に多数の軍勢が襲いかかってくるシーンがありますが、昔は実写ではとても表現しきれなかったと思うんです。でも、今は技術の発達のおかげで「10万人ぐらいの軍勢」でも表現できるようになりましたよね。昔は「小説を映画化する」という時には、映像化しにくい所を削ったり、場合によっては映像化しやすいように小説の時点で削っておいたり(笑)、そういう手があったと思うんです。でも、今は「相手がやれない事をどんどんやっていかないと、相手にやられる」という世界で、映画化に限らず、媒体間で「やられる前にやる」「やられたら、こう返してやる」と、お互いがいい意味での競争相手になっていると僕は思います。


G:
「ARISE/新劇場版」でも、「やられる前にやる」みたいな部分はありましたか?

冲:
「ARISE/新劇場版」では、会議で僕の意見が通らないときには「なるほど、じゃあそれは小説でやろう」。

(一同笑)

冲:
「アニメにしにくい」「長さの都合上、どうしても入らない」という部分は出てきますから、それはそのうち自分で書こう、と。ただ、「ARISE」の時はもうとにかく大変で「一日も早くこの仕事が終わるようにがんばるしかない」ということを考えていました(笑)。そもそも、始めるのも大変でしたし……。

G:
企画始動で苦労された点というのは。

冲:
まず、みんなの意見をまとめることです。みんなそれぞれに成功体験があって言うことが違い、さらに昔の攻殻の話も出てくるので「もう1回作れということ?」って。

(一同笑)

冲:
僕自身も含めて、そこを突破するのは大変でした。何しろ、僕は原作のセリフを欄外のものまで含めて書き写して、「ここもちゃんと話に関わってるんだ」と思っていた人間ですから(笑)。そう考えると、「過去の成功例」を背負いながら、よく「ARISE/新劇場版」を作れたなと、我ながら感心します。次のバトンも用意できたので、あとはもう……「次にこれを握った奴は、困れ」です。

(一同笑)

G:
最後の質問です。2014年に冲方さんは自身の作品の二次創作を全面解禁し、2015年にはブログで「二次創作は情報を抽出する時にはニュースの技術を、自分の創作にする時にはコマーシャルの技術を使うと効率よく作れる、というとわかりやすいでしょうか」と書かれるなど、二次創作について言及しておられます。一方で、「攻殻機動隊ARISE」はマンガ「攻殻機動隊」を原作として生み出された、公式な二次的著作物となるわけですが、この「二次的著作物を作る」と「二次創作を行う」には、共通項は何かあるでしょうか。

冲:
基本的に、二次創作は自分が好きなことをやっていればいいですが、二次的著作物を作るとなると、企業のお偉いさんがずらっと並んだ中で「続編を作って下さい」と言われるということなので、違いが大きいです。お仕事ですから、「自分が好きなこと」ではなく「人が好きなこと」をやらなければいけません。「どうしたらこれを楽しんでもらえるんだろう」と考えたり、次世代のことも意識したり。


G:
次世代ですか。

冲:
いま10代の子たちというのは、我々とは前提が違いますから。彼らは生まれたときからネットがあるので、「ネットは広大だわ」と言っても「当たり前じゃん」となってしまう(笑) そういう世代のことも考えてどう伝えるかを考えるのが「お仕事」です。だから、二次創作の方が楽ですよ。「そうしたい」で書けるから(笑)

G:
身もふたもない(笑)

冲:
なので、「ARISE/新劇場版」では、徹頭徹尾、職人として頑張りました。

(一同笑)

G:
ありがとうございました。

2017年12月22日(金)発売の「攻殻機動隊ARISE/新劇場版 Blu-ray BOX」は、冲方さんが職人に徹して作り上げた「攻殻機動隊ARISE border:1~4」「攻殻機動隊ARISE PYROPHORIC CULT」「攻殻機動隊 新劇場版」の全エピソードが収録されて、価格は税別2万円。

20Pの特製ブックレットのほか、映像特典として3DCGショートアニメ「ロジコマ・ビート」「ロジコマ・コート」「ロジコマ・ハート」「ロジコマ・ルート」「ロジコマ・ノート」と「株式会社きゅーか」、新劇場版の特報映像&予告編&プロモーション映像&TVCMを収録。新劇場版の音声特典には、総監督・キャラクターデザインの黄瀬和哉さん&撮影監督・田中宏侍さん&演出・頂真司さん&演出・堀元宣さん&演出・河野利幸さん&アニメ評論家・藤津亮太さんによるオーディオコメンタリーが収録されます。

黄瀬さん描き下ろしのインナージャケット「ARISE」


インナージャケット「PYROPHORIC CULT」


インナージャケット「新劇場版」

c士郎正宗・Production I.G/講談社・「攻殻機動隊ARISE」製作委員会
c士郎正宗・Production I.G/講談社・「攻殻機動隊 新劇場版」製作委員会

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