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エアバス社の新型機「A350 XWB」にみる機体の新規開発リスクの軽減策とは


多くの人を乗せて空を飛ぶ航空機は全体で数百万個という部品をミリ単位以下の精度で組みあげ、しかもその頭脳部分には高度に発達したコンピューターによる制御系統が何重にもめぐらされるという、非常に複雑なものになっています。そんな航空機の開発には長い時間と何兆円にものぼるコストがかけられることになり、それだけ企業が負担するリスクも大きなものになるわけですが、最新機種として「A350 XWB」の開発を進めているエアバス社の取り組みはどのようなものになっているのでしょうか。

How Airbus Is Debugging the A350 - Businessweek
http://www.businessweek.com/articles/2014-02-13/how-airbus-is-debugging-the-a350

2014年の運用開始に向け、A350 XWB型機の開発が急ピッチで進められています。エアバス社の本社であり開発の拠点でもあるフランス南部の都市トゥールーズ郊外のブラニャック空港では、試験用の機体となる2機の試作機による試験飛行が連日重ねられています。

試験飛行では2名のパイロットと3名のエンジニアからなるテストクルーが試験機に乗り込み、設計最高速度域での飛行性能や失速時の機体挙動、また離陸する際に機首を上げすぎることで機体後部が滑走路に接触する「テールストライク」をわざと発生させた時などの状況下における機体の動作や性能のチェックが進められています。試験用の機内には基本的に乗客用の座席は設置されず、乗客重量をシミュレートするための水タンクと、機体各部に張り巡らされた各種センサーがつながれたコンピューターが収められた機材ラックが据え付けられています。モニターの前に陣取ったエンジニアは、各部から送られてくるさまざまな機体データから、機体が想定どおりの動作を行っているか、異常な動きがないかの確認を行っています。

By Todd Lappin

コンピューターを使い、慎重に慎重を重ねて設計された機体であっても、やはり試作機にはいろいろなトラブルがつきものです。万が一、飛行中に制御不能に陥った際に備え、機体には緊急脱出用の装置が備えられています。脱出用のレバーを引くと、胴体の一部分に装填された火薬が爆発し、クルーは脱出用のシューターを滑って空中に飛び出すように設計されていますが、果たして制御を失って暴れまわる機体から脱出できるのかという問いに、開発チームの責任者であるパトリック・ドゥシェ氏は「どうでしょうね?」と肩をすくめます。

新型機のトラブルといえば、ボーイング787型機「ドリームライナー」で頻発したバッテリー関連のトラブルが記憶に新しいところです。従来の機体に比べて電力による制御の割合を飛躍的に高めた787型機ですが、軽量化と性能アップを狙って搭載されたリチウムイオンバッテリーが相次いで出火や発煙などのトラブルを起こし、FAAをはじめとする各国の当局からは運行停止処分という極めて厳しい処分が下されることに。世界で最初に787型機を導入したANAや、次いで導入を進めたJALの運行にも支障をきたしました。このトラブルはのちに改善され、運行停止処分は2014年2月現在解除されています。

By Joe Kunzler

一方のエアバス社でも、A380型機の開発段階で大きなトラブルを経験しています。現在は100機を超える機体が運行されている総2階建て旅客機であるA380型機も、その試作段階では機体に敷設される電気配線の総入れ替えを強いられたり、長引くジェットエンジンのトラブルなどで就航が2年にわたって延期され、60億ドル(約7000億円)という損失を発生させたという経緯があります。エアバス社のファブリス・ブレジエCEOはその経緯を踏まえ「A350の開発にあたり、同様の問題を発生させることがないように、エアバスでは組織の抜本的な再構築を行いました」と語ります。

A350の製造体勢を構築するにあたり、同社では前例のない大規模な問題解決策が検討され、その内容から「リスクをデバッグする」という意味の「デ・リスキング」と呼ばれる組織の再編成が実行されました。同社の試算によれば、今後の20年から30年間においてA350の売上構成比率は全体の40%という大きなものとなり、世界中に1万2000人分の雇用を創出している同社にとっては非常に大きな改編策ということになります。

By Mathieu Marquer

現代の航空機開発における最大のリスクは、もはや「安全性」ではなく「コスト」の面になってきています。1952年に世界初のジェット旅客機としてデビューしたデ・ハビランド コメットが、3度にわたって金属疲労を原因とする空中分解事故を起こして以来、航空機の安全性は飛躍的に向上してきました。

この安全性向上には、素材面での研究が進んだことと同時に、操縦系統の発達が大きく寄与しています。現代の航空機の大部分は、パイロットが操縦桿を操作した動きをそのまま翼に伝えるのではなく、間に入っているコンピューターがパイロットによる操作と機体の状態を解析することで、機体が危険な動きを起こさないように制御する仕組みが設けられています。「フライ・バイ・ワイヤ」と呼ばれるフェイルセーフの仕組みは、コンピューターによる高度な安全制御を可能にし、おおむね航空機の安全性の向上に大きな役割を果たしています。

By San Diego International Airport

機体の電子制御化が進んだ現代において非常に重要になってくるのは、システムの信頼性です。航空機の制御系等は2重3重のバックアップ体制が構築されていますが、ときには運行が不可能な事態が発生することも避けられません。ブレジエCEOによると「航空会社からは『99%以上』の運行信頼性を求められます。これは、100回の運行で機械トラブルを原因とする15分以上の遅れを1回以下に抑えなければならないということであり、非常に高いハードルとなっています」と語っています。

前述のA380型機における電気配線のトラブルは、設計段階におけるコンピューターソフトを原因とするものでした。A380型機はエアバス社では初めて全てがコンピューター上で設計された機体です。エアバス社はフランスとドイツを中心にヨーロッパ全土に拠点を持つ多国籍企業であるため、使用しているソフトウェアの種類も複数が存在する状態となっていました。このときは、フランス側とドイツ側で用いられているソフトウェアのバージョンが異なっており、ドイツ側のソフトウェアで作成された配線の図面がフランスで設計された機体胴部のものとは一致せず、その結果としてに何キロにも及ぶ長さの配線を全て再設計するという事態を引き起こしています。

By I Wish I Was Flying

この経験から、エアバス社ではA350型機のプロジェクトを開始する際には、既存の機種であるA330/340型機をベースにした改良型を開発するプランを立てていました。しかし、ここでボーイング社が全くの新設計となる787型機の開発プログラムの開始を発表したことから状況は一変します。時を同じくして発表された787型機に比べて目新しさが少ないA350は魅力に欠け、航空会社からの受注状況も低迷を極めます。事態を重くみたエアバスはついに、A350型機を全くの新設計として計画を立ち上げることを決定したのです。


A380型機と同じ失態を避けるため、エアバス社では社内の設計ソフトの標準化を進め、ソフトの違いによるミスを排除することに成功しました。しかし、A350型機では新素材であるカーボン・コンポジットの使用率を大幅に上げているため、素材の信頼性が大きな要素となってきます。そのためにエアバス社が用いたのが「ピラミッド型検証(testing pyramid)」の手法です。かいつまんで言うと、まずは素材の検証、次にコンポーネント、その次にはシステム、そして最終的には機体全体というように、段階的な検証を行って機体全体の信頼性を向上させるという考え方で、同社の広報を担当するStefan Schaffrath氏はこの考え方を要約して「最初に大きな問題を解決し、最後には小さな問題だけをクリアする」と語っています。手法の実現のためには多くの外注業者との協力体制が強められ、機体にかかわる350名の従業員のうち半数が社外からの人員となっています。

このようにしてあらゆる段階で信頼性を確認した多くの部品やコンポーネントは、トゥールーズの組立工場で一つの機体として組み上げられています。理論的には、この段階にいたるまでには各コンポーネントにおける不具合は全て解消され、最後に機体として完成した段階に残されているのは、最も重要な緊急時における検証のみということになっています。


A350型機の試験機であるMSN001号機とMSN003号機は、予定されている2500時間の飛行試験のうち1000時間を完了しており、今後4ヶ月の間には合計3機の試験機が完成して残された試験項目を進めていくことになっています。A380型機のテスト時と比較して、A350型機に発生しているトラブルはおよそ半分に抑えられているということで、「これはエアバス社の検証方針が機能していることを示している」とフライトテストエンジニアのドゥシェ氏はその成果について語っています。

現代の新型機開発には非常に多くのコストがかかると同時に、非常に複雑化したシステムを取り扱うために当初想定されていた予定が延期されることも多く発生しています。A350XWBの就航は2014年後半が予定されており、最初に機体を受領するローンチカスタマーはカタール航空となっています。はたしてエアバス社の手法が効を奏して予定どおりに納入されるのか、関心を持って見守りたいところです。

By Vincent

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in メモ,   乗り物, Posted by darkhorse_log

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