コラム

ネットエンジェル 第二話「続・大学入試センター試験予想問題」


前回の続きから

ママとパパの、ののしりあいも、一定のパターン化がされようとしていました。


ママ「私にばかり、タカシの事を押し付けて、自分だって、部屋でパソに夢中になっていたんじゃないの。どうせ、ロクな事してないんじゃないの。親が親なら子も子ってとこヨ。こんな、いいかげんな人だと解っていたら、結婚するんじゃなかったわ」

パパ「ちょっと、カワイイ顔してたから、それにころっとだまされて、オレも、頭の中までわからないからなぁ。毎日、家にいてて、子どもが何してるのか、わからないなんて事があるか。要するに、タカシは、お前に似てパァーなんだよ。あーあ、もう少し、ブスでも、かしこい女と結婚していれば、こんな憂き目は見ずにすんだものを」

ママ「何言ってんのよ。賢い女と結婚していたら、パパのアホさなんか、すぐに見抜かれて、あっという間に、捨てられているわよ」

パパ「お前のカワイイ可憐さも、今では微塵のカケラもないんだから、ただのアホのオバサンじゃないか」

こんな、無意味な、本質的な、言い合いが続いたある日、とうとうカナは、プッツンしました。

「あのね、ママと、パパは、似合いのカップルなの!割れ鍋に綴じ蓋って言うでしょ。
 若い時は、ホルモンがバンバン出てて、その影響で、赤の他人の男女が、何の見境もなしに結婚して、子ども作るんでしょ。
 それが、40代になって、ホルモンが切れかかって……切れてかな、そいでもって、初めて、お互いの姿に気づいた様な事言わないで。
 本当は、この長ーーーい間、少しずつ気づいていくわけでしょ。それでも、毎日ニコニコ暮らしていたのは、何なのよ。家族だからでしょ。
 カナ達4人で、家族の歴史を作っているのよ。そのアルバムがお気に召さないからって、来る日も来る日も、言い合いなんかしないで。
 お兄タンも、カナも、ものすごーーーく悲しんだから。グスン、プンプン」

カナのプッツン説教に、ママとパパは、それ以後、言い争いはしませんでした。
冷戦も、春の訪れとともに、溶けて、タカシは、二浪目の春を迎えようとしていました。
いつもと同じ毎日が、また続くのでしょう。でも、カナには、よーく解かっていました。
お兄タンは、もう、今迄のお兄タンではない事を。

タカシの頭の中は、センターの予想問題の事でいっぱいだったのです。そして、ネットエンジェルの事で。


過去問から、あの短時間で、99%的中の予想問題を作る事は、可能なんだろうか。
ネットエンジェルは、確かにいた、存在したんだ。
ネットエンジェルは、たった一人の人間なのか、それとも、何かの集団なのか。

タカシの頭の中は、この二つの事以外、何もなかったのです。
浪人生ならば、本来、勉強して、問題を解くというのが、普通なのです。
しかし、日本国中で、ただ一人、タカシだけは、違っていました。どの様にして、問題は作られたのか。
すべては、そこが出発点であり、原点でした。

単元ごとに、問題を集め、細部にわたって、分類、分析をくり返します。
教科書のどの部分を問題にするかは、どの様なパターンが可能か。
それは、出題者の性格とか、好みに左右されるのかまで。

そしてまた、センター入試に関する情報を集めました。


タカシは、二浪目ですが、予備校には通っていません。
そんなヒマはないのです。とても、とても、忙しいのです。
ママと、パパにも、その真剣さがヒシヒシと伝わってくるのです。
タカシは、青白く、そして、無口になりました。カナはとても心配しました。
カナの目には、お兄タンは、狂気一歩手前に見えました。
アホな両親だけは、タカシは心を入れ替えて、一生懸命勉強しているのだと喜んでいました。


カナは、とても、お兄タンの事が心配でたまりません。
だって、あのセンター事件以来、お兄タンは、一度も声を出して笑った事がないからです。
ただ、時々、「イー」の顔をします。そうすると、やや笑ってはいる様に見えます。
でも、目は笑ってはいません。単細胞の両親には、そこんところが、解かりません。

六月も半ば過ぎの日曜日。
居間で、カナ達がテレビを見ながら、お茶を飲んでいた時、2階から、お兄タンが、トコトコ降りて来ました。
お兄タンの顔は「イー」の口元をしていました。うれしそうにママは、微笑み返しをしながら、言ったものです。

「なぁに、タカシィー」

「ママ、ボク、バイトを探しに行こうと思うんだ」

「あらら、そんな事、いいのよ、タカシは、こんなに一生懸命勉強する様になったのだし。
 それに、予備校だって時間のムダだと言って、行ってないし。いいのよ、気にしなくて。
 少し位なら、遠慮なく言って」

「だって、ママ、去年は、いっぱいウソをついて、ムダな事にお金を使って、本当に悪いと思っているんだ。
 弁償しなきゃなんないんだ。今は、そんなお金ないし。その上、ママや、パパに、もう1円だって、迷惑かけらんないよ。
 問題集や参考書だって、いるし……。とにかく、ボク、バイトに行くよ。ホラ、家にばかりいると、健康にだって悪いし、ネ」

「パパァー、ネェー、聞いた?聞いた?今の言葉。」

「ウン、聞いたとも、ママ。ウッウッウッ」

ママとパパは、もう、感涙にむせび泣くのでありました。
でも、カナは、お兄タンの目が、例によって、全く、笑っていないのに気がついていました。

雨の中、お兄タンは傘をさしてバイトを探しに出かけました。


こうして、タカシは、1週間ばかり、お昼は、外出していました。
ママは少々心配になってきました。パパも、そして、カナも。

ですが、またしても、日曜日の夕方、外出から戻って来たタカシは、ちょっと嬉しそうに言いました。

「ママ、バイト、決まったよ。落ちこぼれを教える予備校の講師だけど。週3日」


心配がぶっ飛んだ、ママと、パパと、カナは、心から喜び、その日の夕食は、とても、おいしかった事を、後々までずーっと覚えている位でした。

毎日、規則正しく、起きて、夕方にはバイト。あとはひたすら勉強、また、勉強。
本棚には、着実に、参考書や問題集が増えていきました。新聞は、毎日、端から端まで読みます。テレビは、ニュース以外全く見ません。
そして、家族の者と目が合うと、「イー」の口をして、ほのかに、微笑みます。


ある日の夕食後、ママは、パパに言いました。

「タカシは、私に似て、本当は、心根の優しい子ね」

パパも言いました。

「イヤイヤ、タカシは、ママより、パパ似なんだ。ヤル時はヤルんだから」

こうして、ママ似だ、パパ似だと、主張しあいました。


それを、傍らで、黙って聞いていた、カナは、ガバッっと立ち上がって、言い放ちました。


「お兄タンは、カナに似ているの!」


カナは、心の中で、思いました。少し前まで、責任のなすりあい。ちょっと風向きが変わると、これだから、イヤになるわ。
ママとパパは、気がついてないのよ。「トンビがタカを産んだ」って事を。

秋風が吹く頃、タカシは睡眠も惜しんで、必死に何やらブツブツ言って、書きまくっていました。


さすがのカナも、お兄タンは少々やり過ぎじゃないのかなと心配になってきました。
「パパは、男というものはああでなくちゃ」なんて言っているけれど、ママは毎日オロオロしている。タカシ兄タン、気が変になったんだとママは思っているみたい。カナ、とても心配……」

やがて、秋風も、冷たくなって、もうすぐ、12月という日。

二階から目の回りにクマを作ったタカシが、プリントの束を持ってフラ、フラ、フラフラと降りてきたのです。


下から見ていた、カナとママは、今にもタカシが足を踏み外して、転がり落ちるのではないかと、思ったその瞬間、ドーッとタカシは倒れてきたのでした。ママはスローモーションのようにそれを見るのであります。そして「タ」「カ」「シ」と言うのと同時に、ムンズとタカシを受け止めました。タカシはママの腕の中で、気を失っていたのであります。


側で見ていたカナは、ただただ「女は弱しされど母は強し」とつぶやいていました。

バラバラに散ったプリントを拾っているうちにその膨大な数のプリントを持って、タカシの部屋に戻しました。カナはイヤァ~な予感がしたのであります。

ママの手の中でやっと気を取り戻したタカシは、2階に戻っていきました。その夜も遅くまでタカシの動いている気配がしておりました。

明くる日の朝、タカシはカナにささやくように言いました。

「カナ、デキたよ」

「エ?何が、デキたの?お兄タン」

「いいんだ、解からなくて。カナ、ボク、ちょっと寝るよ。疲れたよ。起こさないでよ」

「ウン、そうね。お兄タン、とても、疲れた様な顔してる。一日位、寝て、寝て、寝たおしたら、スッっとするよ」

「そうするよ、ボク、ネル」

そう言うと、また、トコトコ階段を上がって行きました。
その足音が、カナには、何かいつもより、軽く、聞こえたのですが。

その日の夜、遅く、起きて来たタカシを見て、ママもパパもカナも、ビックリ。

「アーアー、よく寝たなぁー。ボク、もう、バイトやめるよ。ハラ ヘッタ メシ食ワセェー」

もとのタカシに戻っていました。
これを、ママと、パパは、喜ぶべきか、悲しむべきか、判断に困って、二人は、カナの方へ、その助けを求めました。
この時ばかりは、いつも、賢明なカナでさえ、答える事ができませんでした。

12月23日の夕食の時、タカシは、嬉しそうに言ったものです。

「ドカーンと、明日はプレゼントだ。クリスマスプレゼントだ。ヒャッヒャッヒャッヒャッ」


三人とも、急にタカシは、何を言い出すのやらと思いました。
が、ママは、「今年は、受験だし、余り、ハデにはクリスマスはしないでおこうと思ったんだけど、ママ、プレゼントだけは、スペシャルを用意したわ」と、言いました。タカシは、急に、真顔になり、「あっ、忘れていた。」と、目をパチクリしています。
カナは、なんだか、変、とても変、お兄タン、とても変と思いました。

夜、寝ようとするカナの耳元で、タカシは、ささやきました。
「来年は、センター入試、なくなるかも」

明けて、12月24日。クリスマスイブです。
カナは、いつになく、眠れない夜でした。朝早く、タカシの部屋をのぞいてみましたが、タカシはいません。
机の上は、きれいに整理され、一枚の紙切れが、ケータイの下にちょこんと、置いてありました。
カナは、それを、読みました。



「カナへ、
   ネットエンジェルが戻ってきたよ。
   ボクは、ネットエンジェルの所に行く。
   心配しないで、ママとパパにヨロシク
                   タカシ」




「お兄ターーン」



やがて、昼過ぎ頃から、テレビのニュースで、センター入試問題が漏れたのではないかと、騒ぎ始めました。
ネット上に、消しても消しても、表示される、センター入試問題が話題となっていました。やがて、これが、上へ、下への大騒ぎ。
だって、去年の事もあるし。一部の人達は、これは本物だと言い、大部分の人達は、ニセモノだと言い張りました。


ところが、何と、25日、夕刻の臨時ニュースで、

「来年度1月に予定されておりましたセンター入試は、不慮の事故の為、中止となりました。
 大学入試は、各々の大学独自の問題のみとなりました」


日本国中、大騒ぎ。


ヤッパリ、あれは、本物だったんだ。


カナは、お兄タンが、そのセンター入試の予想問題を作ったんだと確信しました。


カナだけではなく、ママも、パパも。
でも、もう、タカシはいません。
タカシの部屋には、本以外、一冊のノートも、プリントもありません。それから、パソコンもありません。
こうして、カタダ家の一年は、過ぎようとしておりました。

ママは言いました。

「来年のお正月は、淋しくなるわね……」

そして、カナはこう思っていました。

「ネットエンジェルって誰よ!知っている人、教えてよ!」


※この読み物はフィクションであり、実在の人物・団体・事件などとは一切何の関係もありません。あと、質問メールが来ていたのですが、スパム攻撃されたわけでもありません!

作:竹 泉(たけ いずみ)

・前回の第一話
ネットエンジェル 第一話「大学入試センター試験予想問題」 - GIGAZINE

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in コラム, Posted by darkhorse

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