インタビュー

映画「陰陽師0」呪術監修の加門七海さんにインタビュー、「呪術は大人も楽しめるエンタメになった」


2024年4月19日から絶賛公開中の映画「陰陽師0」は、原作小説「陰陽師」の大ファンで、長年にわたり映画化を熱望していた監督の佐藤嗣麻子さんがありったけの熱意を映像に込めています。その映像の説得力は演技や美術、音楽などさまざまな部分で生み出されていますが、確実に一翼を担っているのは、主人公・安倍晴明たちが駆使する「呪術」の部分で、本作では呪術関連の著作も多い加門七海さんが呪術監修を担当しています。

「おまじない」と言い換えればわりとありふれた存在ですが、知っていそうで知らない「呪術」にリアリティを持たせた加門さんとはどういう人物なのか、直接お話をうかがう機会を得たので、気になったことを聞いてきました。

映画『陰陽師0』公式サイト|大ヒット上映中!
https://wwws.warnerbros.co.jp/onmyoji0/

インタビューに答えてくれた加門七海さん。

©富永智子

GIGAZINE(以下、G):
気になることから聞くようにしているので、変な質問からですみません。「好書好日」のインタビューの中で、加門さんは幼少期から鬼が好きで、子どものころは浜田広介の童話「泣いた赤鬼」が好きだったということや、酒呑童子や茨木童子にはアイドル的な憧れがあったということが語られていました。ちょうど、編集部が茨木市にあって茨木童子がマスコットとしてあふれているので「なるほど~」と思ったのですが、「泣いた赤鬼」を好きになったポイントはどういったところだったのですか?

映画「陰陽師0」呪術監修・加門七海さん(以下、加門):
鬼が悪者じゃないところですね。やられ役ではないところです。たとえば「桃太郎」では、鬼を理由もなく悪者扱いして、しかも退治して財産を強奪して山分けをするなんて、桃太郎、どこの侵略者だという感じですよね。

G:
(笑)

加門:
鬼の性格も何もないじゃないですか。鬼にだって親や子どもはいるんじゃないかと私は思ってしまうんです。そういう風に、童話の中では「鬼=悪い」と捉えられていることが多いのですが、「泣いた赤鬼」ではまったく捉え方が違ったんです。その根底には、こうして考えてみると差別される側の視点みたいなものがあったのかもしれないですね。なんとか人間社会の中に溶け込むために、1人を犠牲にしてもう1人を受け入れてもらうという、胸が熱くなるような友情も切ないです。

G:
同じインタビューの中で、創作で気をつけるべき素材として「鬼」「聖徳太子」「南北朝」の3つがあり、扱いを間違えると大変なことになるという興味深い話が出ていました。これはどこかで聞いたというお話なのでしょうか?

加門:
これは、わりと身の回りのことをまとめるとこうかなと。

G:
ええっ……


加門:
作家や研究者で、この題材に取り組まれる方がいるんですけれど、だいたい途中で頓挫しているんです。それも、物理的に。

G:
物理的!

加門:
たとえば執筆中に、仕事机の両側の棚が地震でもないのに倒れてきて押しつぶされそうになったり、精神的に追い詰められてしまって、ずっと書くつもりだと言っていたのにだんだん聞かなくなっちゃって、そのうち行方不明になってしまったり……。私も「鬼」について本を書いたことがありますけれど、そのときは「愛情を持って、鬼の側に立って書けばなんとかなるんじゃないだろうか」という思いで書きました。でも、「聖徳太子」や「南北朝」はそういった情は効かないんじゃないかと思います。いま、歴史研究の本がいろいろと出ていますけれど、的外れだからこそ無事に世に出ていて、本当のことを書いたら消えてしまうと言われていて。

G:
そんなことがあるんですね。さて、本作「陰陽師0」で「呪術」は作品の重要要素として登場しますが、加門さんはダ・ヴィンチのインタビューで「おまじないに効果はあるのか」と聞かれたときに「あると思います」と答えていて、例として伊勢の海女さんが着用している五芒星の「セーマン」と格子状の「ドーマン」という護符を挙げていました。それぞれ、安倍晴明と蘆屋道満に由来しているということなのですが、それぞれ、なぜセーマンとドーマンと呼ばれるのでしょうか?

映画「陰陽師0」にて、「まじない」を使ってみせる安倍晴明


加門:
セーマンは、まず五芒星が晴明神社さんの社紋にも使われるもので、晴明桔梗という紋様の名前でもあるので、「晴明といえば五芒星だから」ということになります。ただ、海女さんたちの中では「セーマンドーマン」は知られていても、セーマンを安倍晴明と結びつけているわけではなくて、切り離されています。

G:
そうなんですね。

加門:
一方で、九字の格子模様である「ドーマン」ですが、歌舞伎などで安倍晴明と蘆屋道満が対比される描かれ方をするようになってから、両者が拮抗する力を持つものとして「セーマンドーマン」と並べられるようになったのだと思います。ただ、蘆屋道満があの九字の紋様を自分のシンボルにしていたとか、そういう話はないんです。

あくまで対比として、まず強い護符として五芒のセーマンがあって、そこに修験者さんたちがやる九字切りの形があるから「晴明があるなら、道満もあるだろう」ということで「ドーマン」になったのではないかと、私は解釈しています。

G:
なるほど、それだとしっくりきますね。これも加門さんに関する記事ではとても興味深かったのですが、2008年刊行の「怪のはなし」の担当編集さんによるコラムが集英社の「レンザブロー」に掲載されていて、加門さんは巫女にスカウトされたり、あるいは取材先で「よく勉強しておられるから」と秘密の話をしてもらえたりすることがあったと言及がありました。こういったことは、よくあるのですか?


加門:
それは本当の部分と、編集さんが少しおおげさに表現している部分があります(笑)

G:
(笑)

加門:
ただ、私が神社仏閣を取材したりお話をうかがったりしていた時代には、ちょうどオウム真理教の事件もあったりして、世間が宗教的なものに対して危機感を強めていた時代でもありました。まだ「パワースポット」という言葉もなかった時代ですから、神社に行くだけでも「なにか宗教やっているの?」と言われたりしました。

G:
なんと……。

加門:
お寺で手を合わせると「熱心ですね」と言われるし、山の上にあるような神社に行ったと言うと「何もないようなところになぜ行ったの?」と言われる、そういう時代です。だから、しっかり勉強していくと、向こうの方はすごく喜んでくれて、確かに「それだけの知識があるなら、うちの巫女としてどうでしょう?」という話が出ることもあった、という感じです。時代背景の違いですよね。

G:
そういうことだったんですね。今回、加門さんは「陰陽師0」に呪術監修として参加しておられて、佐藤監督は「呪術界の第一人者、加門七海さんをお迎えするのが念願でした」とコメントされています。やはり、いま呪術について知りたいのであれば、加門さんにお話を伺うのが一番でしょうか。それとも、加門さんから見てもっと詳しい人というのはいらっしゃるのでしょうか。

加門:
それはもう、たくさんおられますから、最初は「どうして私なんだろう?」と思ったこともありました。ただ、こうして制作に関わらせていただいてから思うと、宗教家の方や学者さんではたぶん出せないものもあるだろうし、融通を利かせられない部分もあるだろうなと思いました。私は自ら創作活動もしているので「ここなら、これぐらいはアレンジしてもいいだろう」という手心の加え方、手加減の仕方というのをほどよくできたのではないかと思いますし、その適性もみていただけたのではないかと思います。

G:
cinemacafe.net掲載のインタビューで、加門さんは「人は信じたいもの、見たいものに引っ張られます。その中で、公平性や公共性を装った記事は信じる人も多い。そこに少しの暗示を掛ければ、立派な《呪い》として成立してしまう」と、現代のフェイクニュースが呪術のようなものだと表現しておられました。なにか直近で、「これは呪術的なフェイクニュースだ」と思うようなものはありますか?

加門:
「陰陽師0」の予告映像です!

映画『陰陽師0』本予告 2024年4月19日(金)公開 - YouTube


G:
(笑)

加門:
さすが映像のプロの方々なので、出し方がうまいですよね。博雅の「もうおしまいだ!」とか、水龍と火龍の激突とか、見ているうちに自分の脳内で組み合わせて、都合よく解釈してしまいますよね。まさに「フェイクに踊らされる思い込みの種とはこういうことなのか」というのを目の当たりにする感覚です。

映画「陰陽師0」より、安倍晴明とともにさまざまな困難に出くわすことになる源博雅


G:
確かに映画の予告編は、本編とはうまく異なるつなぎ方をしている部分がありますもんね。そういえば、映画「陰陽師0」では陰陽寮や国の陰陽師の仕組みについても解説がありましたが、加門さんのSNSを拝見していたら、「自称陰陽師」の方がいるという話がありました。陰陽師という方は、今もいるのですか?

加門:
陰陽師を名乗って仕事なさっている方はいます。

G:
それは、陰陽師とは無関係な人が「陰陽師です」と名乗っているということなのでしょうか?

加門:
難しいところです。公務員的な免許を持っている陰陽師ということであればもういませんが、民間の陰陽師であれば長い歴史がありますし、その係累だということであれば、なんら咎めるようなものでもありません。公的な陰陽師であれば、一番上に中務省があって、その下に陰陽寮があり、それぞれの陰陽師がいるという仕組みです。でも、もうそういった組織はないですからね。現代でいえば、国税庁があって、その下に税務署があって、税務職員がいるようなもので、職員ではないのに「税務署から来ました」というのはダメですよね。

G:
ああー……。

映画「陰陽師0」より、陰陽寮の学生(がくしょう)時代の安倍晴明


加門:
もし、公務員的なものとして「税務署の人間です」と名乗れば、それは詐欺的行為だと思います。でも、「俺、経理に詳しいから、ちょっと見せて」だったら、それは詐欺というわけではない、という感じです。

G:
同じく、加門さんのXで「現代の陰陽寮は気象庁だって言う人がいるけど、本当は海保なの」という投稿がありました。「陰陽師0」では陰陽寮の天文博士として惟宗是邦が登場しましたが、気象庁ではなく海上保安庁だというのは、どういうことなのでしょうか。


加門:
陰陽寮は天文と暦を扱う部署でした。天文とはつまり天体観測で、これは海上保安庁が一番得意とするところなんです。気象庁もそうなのですが、星の観測から導き出される暦の情報を長らく提供してきたのは海上保安庁なので、歴史的にいえば、後継にあたるのは海上保安庁だろうという意味合いでした。

違うの。現代の陰陽寮は気象庁だって言う人がいるけど、本当は海保なの。
ここが出していた「天測暦」使って、市販の暦は作られていたの。残念ながら去年で終わってしまったんだけど、すごい情報量だったんだよ。
だから「海上保安庁陰陽課」で誰か話を書くといいと思うの。https://t.co/pFhzmjV1Q0

— 加門七海 (@kamonnanami)


G:
陰陽師は実在した職業なわけですが、実際の陰陽師というのは、映画「陰陽師0」で描かれる姿に近いものだったのでしょうか。それとも、やはり映画なので異なる描かれ方をされている部分もあるのでしょうか。

加門:
そうですね……創作の中では、陰陽師というのは昔からスーパースターですよね。

G:
(笑)

加門:
そういった創作の中でスーパースターとして描かれる陰陽師と、史実として陰陽道を修めた陰陽師は、混ぜてはいけない部分だと思います。あくまで映画はエンタメで、その原作になった夢枕獏さんの小説「陰陽師」は、今昔物語などにも出てくるような安倍晴明像を汲んでいると思います。説話集から連なる系譜を継承した先に、映画「陰陽師0」があると私は思います。

G:
「陰陽師0」は陰陽師そのものに興味を持つきっかけになる作品だと思います。そうなったとき、まずは原作である夢枕獏さんの小説がもっとも身近な存在ですが、何かほかに加門さんがご存じな「陰陽師に興味があるならこのあたりがオススメ」という作品はありますか?

加門:
陰陽師や呪術モノって、いまは漫画にしても小説にしても本当にたくさんありますからね……それに、みなさんの好みも細分化していて、バトルものが好きな人もいるし、女体化がいいという人もいるし(笑)

G:
(笑)

加門:
陰陽師を扱う作品はたくさんあって「あなたの好きな陰陽師」はいくらでも選べる環境にあると思うので、そこはもう、自分の好みのものを見つけていくのがいいんじゃないかと思います。

映画「陰陽師0」は安倍晴明と源博雅が出会ったころを描いています


G:
なるほど(笑) 今回、最終的に完成した作品を実際に見てみての率直な感想はいかがでしたか?

加門:
率直には、もう「すごい」しか出てこなかったです。シナリオは読ませてもらっていたので、ストーリーは頭に入っていましたが、いざ全部見ると、つなげ方もそうですし、映像としての見せ方、物語を視覚や音でいかにリアルに感じさせるかという表現力がすごいなと思いました。

G:
最後にキャリアについてお伺いしたいところがあります。加門さんは多摩美術大学大学院修了後、美術館の学芸員を経て作家デビューされています。過去のインタビューを読むと、加門さんの中学生時代にUFOやピラミッドパワーのブームがあって、加門さんとしてはシンパシーを感じていたものの、中学や高校では頭ごなしにそんなものは存在しないと否定する人が多く反発を感じたという言及があったのですが、作家としても鬼や呪術を感じさせる作品を手がけておられるので、なぜ美術系に進まれたのかが気になりました。

加門:
「陰陽師0」もそうですが、美術というのは非常にシンボリックなものでもありますし、精神世界を表現する作品もたくさんあるので、絵を描く方には進みませんでしたが、私の中ではつながっていると感じています。

G:
作家デビューにあたっては、青春伝奇アクションで一生食べていきたいと思っていたという話を見かけました。

加門:
いまは怪談にしろ呪術にしろ、こうして公に話ができますけれど、さっきの巫女さんの話に近いものがありますが、かつては大人の読むものとしては認識されていなかったんです。

G:
そこもまた時代が……。

加門:
今は「呪術廻戦」のように世界的にヒットする作品も出てきて、呪術は大人も楽しめるエンタメになりました。今回、こうして「陰陽師0」に関わることになったのも、また自分の中ではつながっている、筋の通った仕事になったと思います。

G:
作品とは関わりの薄い質問も経てのインタビューとなりましたが、いろいろお話いただきありがとうございました。

加門:
ありがとうございました。

映画「陰陽師0」は大ヒット上映中。2024年5月9日には大ヒット御礼舞台挨拶が丸の内ピカデリー1で開催され、安倍晴明役・山﨑賢人さん、源博雅役・染谷将太さん、村上天皇役・板垣李光人さん佐藤嗣麻子監督が登壇予定です。

映画『陰陽師0』特別映像 episode 0 ~呪術の極意編~ 大ヒット上映中! - YouTube


◆「陰陽師0」作品情報
出演者:山﨑賢人、染谷将太、奈緒、安藤政信、村上虹郎、板垣李光人、國村隼/北村一輝、小林薫
原作:夢枕獏「陰陽師」シリーズ(文藝春秋)
脚本・監督:佐藤嗣麻子
音楽:佐藤直紀
主題歌:BUMP OF CHICKEN「邂逅」(TOY'S FACTORY)
呪術監修:加門七海
配給:ワーナー・ブラザース映画
©2024映画「陰陽師0」製作委員会

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