「夜は短し歩けよ乙女」「夜明け告げるルーのうた」と映画2本が連続公開される湯浅政明監督にインタビュー


森見登美彦さんの小説が原作の「夜は短し歩けよ乙女」が2017年4月7日に公開、さらに2017年5月19日には自身初のオリジナル劇場アニメ「夜明け告げるルーのうた」の公開が控え、近場で2作品が公開される中、アニメを仕事にしてちょうど30年という区切りの年を迎える湯浅政明監督に話を伺う機会があったので、細かいところからいろいろな疑問をぶつけてみました。

「サイエンスSARU」にて、インタビューを行った部屋にあった作品関連のいろいろ。「夜明け告げるルーのうた」に出てくる「わん魚」のぬいぐるみも。


背後には「ピンポン THE ANIMATION」キャストのサイン入り卓球台が。


GIGAZINE(以下、G):
今回の「夜は短し歩けよ乙女(以下、『夜は』)」「夜明け告げるルーのうた(以下、『ルー』)」の2作品について、それぞれ「思っていた以上にうまくやれた、うまく表現できた」という点はどのあたりでしょうか。

湯浅政明監督(以下、湯浅):
そうですね……「夜は」は想像したとおりに面白くなったな、と思います(笑) ミュージカルシーンを面白くやりたいなと考えて、実際、作っている間も楽しかったです。音響監督の木村絵理子さんが配役をよく考えてくださって、ニセ城ヶ崎役を「四畳半神話大系」で城ヶ崎役だった諏訪部順一さんにやってもらうとか、紀子さんは最後に歌うことになるのですごく上手い人にやってもらったほうがいいですよね、とか、キャスティングの妙でさらに面白くなったと思います。先輩役の星野源さんについても、普通にやってくれるだけで面白くなるだろうと思っていたんですけれど、けっこう役に入れ込んで感情を込めて演じていただきました。先輩の気持ちをそこまで出そうとは考えていなかったのですが、星野さんに叫んでいただいたおかげで、気持ちがもっと前に出るようになったと思います。


G:
「ルー」の方ではどうでしたか?

湯浅:
大変だったけれど「なんとかなった」という感じですね(笑) 構成がなかなか決まらず、ちゃんとした台本が決まらないままシーンを作り始めていました。それで最後のまとめ方、バランスを取るのが大変になりましたけど、面白く出来たと思います。作画はそれぞれ良く、いいところを上げるとキリがないのですが、大平晋也君担当の派手なシーンも、僕が考えていた以上にダイナミックなシーンになってよかったです。

G:
では反対に「これは想像以上に難しかった、意外に困難だった」という部分はどんなところでしょうか。

湯浅:
難しかったところもあったとは思うんですけど、その難しいものをスイスイと乗り越えるのが監督の仕事だと思っているので、そんなに「すごく苦労した」っていう感じはないんですよね。「夜は」では質問されてももう何もないぐらいな感じで答えてきましたけれど……でもそういえば、一つ思い出しました。森見登美彦さんの作品って「先輩」とか「乙女」とか、主役級のキャラクターの名前が出てこなかったりするんです。なので、作中で名前が表記されているようなシーンが出てくるとき、光らせて見えなくしたり、うまくフレームから外したりしてごまかすのが難しかったですね。

G:
「ルー」はオリジナル作品ですが、難しかったと感じたところはありますか?

湯浅:
「ルー」は自分としてはすごく挑戦しているので、気持ちは「とにかく楽しく作ろう」っていう感じでした。受け取ってくれる人のことを考えながら……ちょっと焼き物に近い感じです。

G:
焼き物?

湯浅:
「こう上がるといいな」っていう感じで作ってるので。「夜は」は「面白くできた」みたいなことは画面を見るとわかるんですが、「ルー」は見てもらった人の感想があってはじめて姿がわかるような感じがしているので、ドキドキしています。

Q:
「夜明け告げるルーのうた」はオリジナル作品で、脚本のところには湯浅監督と吉田玲子さんの名前がクレジットされていますが、どのようにしてこの物語を作り上げていったのか、どんな役割分担だったのか、そのあたりをお伺いしてもいいですか?

湯浅:
最初に「男の子と異生物の女の子が出会う話をやりましょう」というところから始まって、最初はヴァンパイアだったのですが、「もっと土着的な方がいい」ということで物の怪になり、さらに吉田さんも入ってきて「もっと新鮮なキャラの方がいい」ということになりました。そこで、僕はいつも「特殊すぎる」と言われるきらいがあるので、特殊すぎない知っているキャラクターとして、人魚がいいなと思いました。人魚なら水の話もできるし、「水と空中の壁」みたいな意味合いもできるので、可愛らしい人魚にすることになりました。元々相容れない怖い部分を持っているキャラを考えていたのですが、それは他に壁を用意する事で必要が減ってゆきました。


そこでテーマを考え始めたのですが、最近、あまり正直にものを言うのが難しいという雰囲気を感じていて、「もっと普通に言っていいのに。人の言うことを許せばいいのに。そんなに目くじらを立てなくてもいいのに」と思う気持ちがあり、「少年が素直にものを言えるようになる」という話にしました。それが町の話にもつながっていって、町全体が変わればいいなと。

今回はオリジナルなので、オーソドックスな見やすいもの、多くの人にわかりやすいものを作ろうという意識が強かったので、吉田さんに「ストーリーの定石としてこう始まった方がいい」「こう来ればこうなるはず、それがないとおかしい」といったことをレクチャーしてもらいながら、幾人かと話し合って強化して……ということを結構長い時間かけて繰り返していたと思います。

Q:
ストーリーが固まるまではどのくらいかかったんですか?

湯浅:
吉田さんが入る前から数えると1年くらいやったんじゃないかなと思います。何年か前の8月に始めて、1年後の8月に終わりました(笑)

Q:
キャラクターのビジュアルの面でも一般的に見やすいものを意識したんですか?

湯浅:
自分がやるとたぶん「泥臭い」「古臭い」感じになると思ったので、もっと「しおらしい」というか、繊細なテイストや少女漫画のテイストを取り入れられたらいいなという気持ちがありました。それで、ねむようこさんだったら、人間のキャラクターにそんな雰囲気を与えてくれるのではないかと思いました。だけど人魚のキャラクターもすごく面白くてアイデア満載で、それこそ「思った以上に面白くなった」部分ですね。

Q:
監督は以前「E.T.」や「河童」がお好きだという話をされていました。「ルー」は人魚のお話だということで、やはり異世界のものとの触れ合いみたいな部分は描きたいところだったのでしょうか。


湯浅:
基本的に「ドラえもん」や「オバケのQ太郎」で育ったので、日常の中にある藤子さんの「SF(すこしふしぎ)」みたいなものが好きなんです。「バック・トゥ・ザ・フューチャー」もそうですが、「ちょっと何か違うものがあるけれど、みんながその異物をそれほど気にしていないような世界」というのも好きなんです。

Q:
「ルー」には脚本の段階からこだわられた部分があると思いますが、その中でも描きたいポイントとして主題になったというところはありますか?

湯浅:
ストーリーでいえば「カイが心を開く」というのが一番のテーマです。すごく保守的な町に、ルーというストレートにものを言う善意の人が入ってきて、間違いを起こしたり、いろんないざこざとかやりとりがあります。カイもは「お母さんがいなくなった」ということがすごく嫌で悲しかったけれど、いろいろ周りの事情を読んで、自分の気持ちを押さえて、言ってもどうにかなるものではないと、口に出さず、ずっと溜め込んでいました。だけどルーが来て、ルーと一緒にやっていくのは無理なんだとはなんとなくわかっても、でも、やっぱり気持ちは伝えなければ……というところで、変わった彼は溜め込んでいた気持ちを吐き出します。彼が心を開くまでは暗かった町にも、同時に開けて最後には光が差すようになる、という感じです。


キャラクター的には、みんな「ステレオタイプの良い人・悪い人」ではなくて、みんながそれぞれの思いを持って動いてることがいろんな風に作用して、町がなんとなく保守的にでき上がっているように心がけました。

Q:
善悪をはっきり付けずに、というところはひとつポイントとしてありますか。

湯浅:
そうですね。その上で、アニメーションとして楽しく、どの世代の人が見ても面白いものになればということを思いながら作っていました。

Q:
楽しく見るということは今回のこの作品ではひとつ大きな点ですね。

湯浅:
深刻な中でそれをどう受け止めるか、その中でどうやって毎日を過ごしていくか、というところに繋がっていると思います。ルーに出会ったことで、カイ君もそれまではつまらなかった日常が「いろいろ面白いことがあるんだな」といったことにだんだん気付いていって、町を楽しめるようになる。嫌いなものをいうばかりではなく、ちゃんと好きなものが見えるようになる。そういうお話なのかなと思っています。

Q:
映像的なこだわりという部分では、水の表現に対しては毎回こだわっているところがあると思います。

湯浅:
水を描くのは本当に楽しくて好きです。リアルじゃなくて「特殊な水」というのも面白くて、でも、何回か挑戦して、こんなにいろいろ考えているのにあまり出せないということも多くて。今回も「人魚にしよう」といったのは「水が描けそうだ」というのがありました。

Q:
手応えのある描き方はできましたか?

湯浅:
今までで1番良い感じにできていると思います。まだまだやりたいんですけど(笑)

Q:
2017年はこの「夜は短し歩けよ乙女」と「夜明け告げるルーのうた」の公開に加えて、「DEVILMAN crybaby」の監督をするというニュースも出て、湯浅監督イヤーみたいな感じになっていますね。

湯浅:
イヤーでいうと、僕はアニメ生活30年になりました。その年に3本発表できるのはいいですね。

Q:
アニメに詳しくない人でも、こうして3作品も大作が続くと「この人はどういう人なのだろう?」と注目が集まるところだと思います。この3つの作品はたまたま30周年に重なっただけなのかもしれませんが、こういう「湯浅監督イヤー」と表現してもいいような2017年を迎えられた要因として、なにか感じているものはありますか?

湯浅:
3本やれたのは会社として作れるようになったというのが大きいと思います。自分の年表を見ると2年に1本監督しているような感じなんですが、これまでは1回作り終えるとスタッフがバラけてしまって、次になかなか集まりませんでしたし、オファーも来ませんでした。しかし、2013年にサイエンスSARUという会社を作ったことで、進んで仕事を取って、スタッフは作画が終わったら次の作品へと、数珠つなぎに移行できるような体制も整えられるようになってきました。今回はたまたま1カ月という思っていた以上に近い間隔になりましたけれど、だいたい1年から1年半ぐらいで1本ずつ作っていければいいなと思います。

Q:
「やってください」とよく声がかかるようになったとか、そういう外側の変化みたいなものは感じますか?

湯浅:
少しですが、1人の時よりオファーの声が聞こえるようになったかな?という感じはしますね。以前はアニメはこんなにもたくさん作られているのに、なぜ自分にもっと来ないのかなとも思いましたけれど(笑) でも、すすんで自分から営業して行かないとダメだと思います。自分ではなんでもできるつもりでいるので、元々これくらい仕事はしたかったんですけど、忙しすぎる気もしますね。内容の方は少し意図したようにできるようになってきている感じがあるんです。「マインド・ゲーム」を作ったあと、もっと多くの人にわかりやすい作品を作れたらと思ったんですが、けっこう極端な作品を作ってきていたので、周囲からは「この人はそういう人なんだ」と見られているふしがあって(笑) 求められればまたそういう作品も作りますが、反対に、普通の作品のオファーが来ないなというのがあるので、とにかくいろいろな作品をたくさん作って証明していくしかないと思っています。大人向けのものも子ども向けのものも、怖いものや笑えるもの、まだやっていないですけどすごく静かな何も起こらないというものも、いろいろとやりますよと。

Q:
その中でオリジナル作品を出せるというのはいいことですね。

湯浅:
そうですね。思っていたよりもちょっと変な映画になってますけど、今までとはまた違う、素直な感じから入れるアニメーションになってると思います。

G:
まだまだやりたいことはいっぱいあるというお話でしたが、おそらく「夜は」や「ルー」の前からそういうものはいろいろとあって、今回、この2作品でやれたことがあるのではないかと思います。「こういうことをやりたい」と決めて、今回できたということはありますか?

湯浅:
僕は今まであまり日常を描いたものをやっていなかったので、少しボーっとしたような日常ののんびりした感じがあったり、生活を描いたり、今まで以上に見やすい物語を作ったりしたいと思っていました。そして、Flashアニメーションで映画を作りたいという考えも前からあって、会社を作ったことによってそれが実行できるチャンスが生まれたので、「ルー」は100%Flashで作りました。会社は作ったけれど、スタッフの人数はまだ少なく、養成しながらでも長編を1本作りましょうという感じで始めたのが「ルー」でした。元々、オリジナルで映画をやってみたいという気持ちもありましたし。

「夜は」の方は「四畳半神話大系」のあとに1回話があったんですが頓挫していたので「とにかく作りきること」を考えました。原作にある4つの話を1本に落とし込み、アニメーションで作りにくい部分もうまく「アニメーション的」にして、原作ファンの人が見ても嫌ではない感じになるように、いろんな部分で楽しいものになればと思って作りました。


G:
「アニメーションで作りにくい部分」というのはどのあたりですか?

湯浅:
「夜は」の中でも人気がある「御都合主義者かく語りき」という秋の話があるんですが、アニメでやるのがとても難しいと思いました。アニメーションは絵空事をリアルに描き、あたかも「本当にあったこと」であるかのように見せる技術だと思うんですけど、それと正反対に、偶然が偶然を呼ぶと、本当に絵空事になってしまうんじゃないかという不安がありました。すごく難しいのではないかと。でも、それをミュージカルにすれば劇中とはかなり変わりますし、人の巡り合わせや、「この人、ロマンチスト過ぎる」とか、そういうところにご都合主義的な偶然を集約させれば、本来の意図は崩さず作れるんじゃないかと思いました。冬の「魔風邪恋風邪」は結構静かな感じで、後半にグググッと上がっていく感じをアニメーションならではな感じで、逆に大きく盛り上げて作れるんじゃないかなとも思いました。


Q:
ルーの歌声は聞いたことがない感じですごく面白いなと思いました。あれは最初からこんな風にしたいというイメージがあったんですか?

湯浅:
最初から思ってたのは「人間じゃない声の方がいいな、人間が歌っても、人間じゃないように聞こえる声になるのがいいな」ということです。異世界のものが出てくるなら「本当に異世界のもの」にしたいんです。たまにそれで失敗することもあるんですけど(笑)。宇宙人だからといって完全に文化を変えちゃうと見てる人がよくわからなくなるんです。「銀河鉄道999」でも必ずバーがあってみんなお酒を飲んでいますが、そうやって、文化的なところは同じにしなければいけないんです。でも、ルーたちは違う文化で違うことをして、違うことを考えているんだということを出すためにも、声も本物の海の生物の声だとか、あるいはホーミーみたいな変わった歌い方だとか、ああいうようなちょっと人間ではないような歌声にしたいなと思っていました。

Q:
イルカとかが出してるような感じの?

湯浅:
ジャングルでハイエナとかいろんな動物が鳴いてるような感じで、それを「ちょっと海っぽく」と櫻井真一さんや音響の方にお願いしました(笑)

Q:
本当に人間の声にそういう動物の声とか重ねて録ってたりするんですか?

湯浅:
たぶん、ルーの声は谷花音さんの声をうまく加工してる感じだと思います。パパの声については「SEを混ぜよう」と最初から言っていたんですけど、演じた篠原信一さんの声を聞いて、混ぜることはなくなりました(笑)

G:
変な質問になりますが、湯浅監督が受けたインタビューや取材の記事を読むと、写真でいつもニット帽を被っていることに気付きました。いろいろな帽子がある中で、なぜニット帽なのですか?

湯浅:
これが一番楽なので、最終的にこれに落ち着いたんです。僕は学生のころから髪の毛のセットが思うようにいかなかったので、帽子を被るのが好きになったんですよ。でも、帽子を被るとすごく蒸れるし、脱いだときにクシャッとした髪の毛になってしまう。だから、できるだけ脱がない帽子がいいなと思いました。特に、夏にも被れる帽子ということと、被っていても「被った感」をあまり自分で感じないものをということもあって、だんだんニット帽におさまっていったと思います。それまでは帽子を被らない時もありましたけど、坊主にしてからはずっとですかね。知り合いが、ラーメン屋さんがやっているような布を頭に巻くというのをやっていたのを見て、その前はそんなのもやりましたけど。

G:
よく見かけますね、そういうラーメン屋さん(笑)

湯浅:
でも自分にはニット帽の方がいいかなと思って、ニット帽に落ち着いています。

G:
そういう経緯だったんですね。アニメから離れた質問で失礼しました。

「夜は」にはいくつかお酒を飲むシーンが出てきますが、キャラクターたちがまるで塊を飲み込んでいるかのような表現をしています。「確かにあんな感覚で飲んでいるけれど、それを動きにするとは」という表現で驚きましたが、ああいう表現はどうやって思い浮かぶものなんですか?

湯浅:
「気分」を絵にしたいというのもあるんですが。多分、僕がやっているようなものって全部昔からあるんですよ。昔のカートゥーンアニメでも、ああやって「ゴックン」という描き方が出てくると思います。とにかく、美味しそうに飲んでいるとか、お腹いっぱい食べたとか、そういうことをはっきり表現したいんです。お腹いっぱい食べたのに、ちょっと大きくしたぐらいだと「本当に美味しかったのか?」という感じがするので、すごくお腹を大きくしたい。デフォルメというか、漫画的表現みたいなものを入れたいんです。それが「絵」の強さだと思ってる。「四畳半」では第1話で明石さんが焼肉をゴクンッと飲み込むシーンが出てきますが、僕自身は、そういう表現を明石さんのような人がやると面白いかな?いいかな?と思って何気なくやったことなんですが、みんなそれをすごく気に入っていたみたいで、「夜は」ではみんな飲むとき、みんなが同じようにゴクンッってやってましたね(笑) それはやり過ぎだと思って、大きく「ゴクンッ!」となっていたのをもうちょっと小さく膨らむぐらいでいいんじゃないかと修正したり(笑)


G:
「ルー」の方では、カイが階段を降りるシーンを見て「気持ちいい降り方だ」と思っていたら、別のシーンでは露骨に違う降り方をしている、という表現の違いがありました。

湯浅:
そのときの気分もあると思いますけど、物理的に階段の高さによって、早歩きでスイスイと上れるものと、2段ぐらい飛ばさないと上りづらいような階段がありますよね。そういうときに「こういう歩き方って、自分で描いたことがないな」というのを覚えていたりするんです。階段の上り下りシーンって、何も指示しなくても無難にできますし、それは失敗ではないんですけれど、やっぱり描く楽しみとして「上るとき、こんな感じだったよな」「下りるとき、急いでたらこんな感じになるよな」みたいなことを思いついたら入れたいですよね。

G:
なるほどー、自身の体験もあるわけですね。湯浅監督は、自分自身が普通だと思っていても、周囲からは「変わっている」「ズレている」と言われることがあり「なぜ?」と不思議に思うことがあるということをあちこちのインタビューで答えられていますが、なにか自覚する部分はあったりしますか?

湯浅:
たとえば、僕は映画には1カ所めちゃくちゃ面白いシーンがあればOKなんですよ。でも、その作品の評価を聞いてみると「ストーリーが良くなかった」「配役が良くなかった」とか言われていて、「そうか、そういうところを見るんだ。確かにそこはよくなかったけれど、でもこっちが面白かったから、めちゃくちゃ良かったんだけれど」と思ったりします(笑) 高校のころは漫画サークルみたいなものに所属していたんですが、「お前の意見はあてにならない」と言われたこともありますね。

G:
あてにならない(笑)

湯浅:
「お前の意見を聞くと潰される」と(笑) 映画だと、予告編を見て「面白そうだな」と思って映画館に見に行くと、予告編と同じシーンはつまらないんです。「もうそこは見たから、プラスアルファで何かない?」って。自分で「マインド・ゲーム」を作ったときは、面白くできたかなと思ったけれど「ストーリーがない」「面白くない」といろんな悪い意見もあって、それで「みんな、どうやって映画を見ているんだろう?」というのが凄く気になりました。昔はいろんな人の意見を集めるのは難しかったですが、今はSNSがあるから、たくさん感想を見られますよね。それで調べてみると、みんな少しずつ見ているところが違うんです。違うけれど、みんなまるで「同じ見方をしている」ようなふりをしているというのかな。映画好きの人はかなり分析的な見方をしていたり、本を書こうとしている人は自分の中に「映画のフォーマット」みたいなものがあって、そこから外れているかいないかで見ていたり。でも、僕は楽しく時間を潰せればいいと思うんですよ。


G:
なるほど(笑)

湯浅:
映画を2時間見て「ああ、なんか面白かった」と思ってご飯食べて帰れたらいいなと。でも、それだけじゃなくて、みんないろんなところを見ている。だから、みんなはどこを見ているのかすごく考えるようになりました。最初はストーリーなのかなと思ったんですが、そうではなくて、ストーリー以前の骨格や構造みたいなものを見ているんだなと思うようになりました。だから、みんな予告編と同じことが起きても全く問題ない。そこさえ掴んでいれば最終的にも面白い。だから、見る前から面白いのはわかっている……という感じなんですね。意外とみんな、根本を見て映画を楽しんでいる。映画の話で付け足すと、好きな映画をいうと似たようなジャンルの映画をオススメされるんですが、好きなジャンルだからこそこだわりが強いので、「これはダメ」という判断は結構厳しいです。

G:
ちょうど先ほど高校時代の話がちらっと出ましたが、そこに至るまで、湯浅監督はどのように子ども時代、学生時代を過ごしてきたのかということが気になりました。あまりインタビューでも出てきていないと思うのですが、こういうアニメーションを作るセンスというか感覚というのか、何から生まれているのですか?

湯浅:
子どものころ、絵を描くと褒められたんです。一生懸命、テレビで見たアニメの絵を覚えて、次の日、幼稚園に行って描くと、みんなが沸きました。それで、「テレビを見て、覚えて描く」ということを日課にしていたと思います。親もすごく放任だったので、落書きしてもそんなに怒られなかったですね。(室内を見回して白い壁を見て)白い壁とか紙とか、絶対に落書きしたくなるんです。めっちゃ鉛筆が乗って、「乗るなぁ、コレ」って(笑)


G:
(笑)

湯浅:
すりガラスとかも結構乗るんですよ。描く紙のほうが足りなくて、裏が白いチラシをとってもらっていましたが、それでも描くものがないときはアルバムに。昔、アルバムってノリのついたようなページに写真を貼って、その上からセロファンを重ねてましたよね。

G:
ありました、実家にあると思います。

湯浅:
あのアルバムから写真を全部はがして、そこに絵を描いてました(笑)

G:
なんと!

湯浅:
多分、たまには怒られたと思うんですけれど、そんなにひどくは怒られなかったので、のびのびと家に落書きをしていました。アニメや漫画も好きだったんですが、ちょうど中1ぐらいのときにアニメブームが来たんです。その年になると「もうアニメや漫画も卒業かな」と思っていたけど、新聞やTVで「日本のアニメは大人の鑑賞に堪えうるらしい」みたいな記事が上がっていて、どうやら大人もアニメを見ていいらしい、という感じになっていた。真偽は分からないけど、それを免罪符にした(笑) アニメの作り方は分からなかったので、漫画家になろうかなと思っていたけれど、そこから、アニメーターの職業が紹介された雑誌も出て、アニメーターになりたいなと思うようになりました。高校はデザイン科で、大学は美術で油絵をやっていました。あまり人付き合いのよくない、一人で行動してる孤独な学生でした(笑)

G:
(笑)

湯浅:
高校を出たらすぐアニメーターになりたいと思っていたんですが、いろいろ説得されて、大学に行くことになりました。でも、大学にはお金持ちのふわっとした人が多くてあまり話が合わず、ずっとバイトばかりしていました。バイトの仕事を覚えるのは楽しかったんですね。で、内容を覚えると次のバイトへ、そっちでも成績が上がってくると「社員にならない?」と声を掛けられたりするけれどそれは嫌なのでまた別のバイトへ、という日々でした。そうやって、ちょっと世界が見えていくのが面白かった。

G:
「世界が見えていく」というと、どんな感じですか?

湯浅:
お店の事情があったり、それぞれのシステムがあったり、そういうのがわかってくると面白いんですよ。でも、その後に人間関係がいろいろと出てきて、そうなると面白くなくなるので辞める(笑) 仕事を始めたときは大変でしたが、設定の仕事をするようになって、いろんなものを調べるようになると世界が「開けた」ようになって、すごく楽しかったです。

G:
湯浅政明大全」だったと思いますが「この設定をやって世界が開けた」って書いてある部分があって「それまでの世界は閉じていたのかな?」と思ったんですが、学生時代は今みたいな開き方ではなかったということだったんですね。

湯浅:
そうです。

G:
「ルー」では、冒頭からアニメーションと音楽がバシッと合っていて、その他のシーンでも音楽と動きが気持ちよく合っています。音楽・歌・アニメーションと合わせるというのは、古今のアニメで行われていることだとは思うんですが、「ルー」では特にマッチしているという感覚があるのですが、何かコツというか、心がけたことみたいなものがあったりするのでしょうか?

湯浅:
基本的に、音楽は好きです。「リズムが好き」なのかもしれないですけど、ライブなんかに行くと「ノッていくことが自分の使命」みたいな気がします。ところが、すごく盛り上がった大人気の曲から「次は新しい曲です」とかいってバラードに入ることがありますよね。すると、みんなはサッて座るんですけど、僕は立ったままで座れないんですよね。前の余韻があるし、「座れって言われても……」って。とにかくノリたいんですよね。「急にバラードなんかやられたって座るわけにはいかない」って(笑) それと同じかどうかわからないですけど、コンテを切っていても「テンポ」なんです。


G:
テンポ?

湯浅:
タン・タン・タン・タンみたいな感じでリズムがあって、コンテ自体もそうやって切ってるので、音楽があるのはさほど不思議じゃない感じなんですね。

G:
コンテを切ってる段階からリズミカルな感じというか、リズムを意識して切ってるみたいな感じなんですかね?

湯浅:
そうですね。実際の劇伴にはまた別のきっちりしたリズムがあるので、またそれに合わせてやっていくというのもあります。

G:
「ルー」の公式サイトのインタビュー内で「近年の雰囲気は、王道から外れたり、危険とされてる道に入ると、すぐに外野から『専門家がこう言ってるから、できるわけがない』『戻れ』『変更しろ』なんて声が飛んでくる。前へ進もうとしているのに足を引っ張られたりして障害になる事もある。そんな、いろいろな呪縛に固められた少年の心を開く存在として、人魚のルーがやってくる」と答えられています。なんとなく、この「王道から外れて」のくだりで、クラウドファンディングで出資を募った「Kick-Heart」の作り方を連想したのですが、「ルー」のプロットには、「Kick-Heart」などで積み重ねた経験が反映されていたりするのでしょうか?

湯浅:
特にそういうわけではないですが、空気としてはすごく保守的なものを感じていました。でも、去年(2016年)はそういう保守的でもない映画が結構ヒットしていたので、空気は変わったのかなとも思います。自分で好きなものを作った人が勝った、みたいな感じだったので、「あれっ?そっちでよかったの?」と(笑)

G:
最後に「サイエンスSARU」についてです。ロゴに描かれている猿は監督自身の自画像的イメージだとのことなのですが、なぜ自分のイメージがあの猿なのですか?


湯浅:
僕は、そもそもあれは猿なのだろうかと疑問に感じています(笑)

G:
根本からひっくり返るとは(笑)

湯浅:
あれは、コラムを書いている時に自画像が必要だったんですけど、自分の似顔絵を描くと気持ち悪いので、ちょっと漫画っぽいキャラにしようと思ってできたんです。「ケモノヅメ」の時に描いていた猿にちょっと似ているので、みんながそのキャラクターを猿だ猿だと呼ぶようになって。それで、自画像が猿だから会社名も「サイエンスSARU」になったというわけなんです。なので、理由としては「コラムで自画像として描いたから」なんですが、猿ということには納得していないというところです。


G:
まさかそんなことがあるだなんて(笑) 本日は長い時間、どうもありがとうございました。

・作品情報
「夜は短し歩けよ乙女」2017年4月7日(金)全国公開
星野源 花澤香菜
神谷浩史 秋山竜次(ロバート) 中井和哉 甲斐田裕子 吉野裕行 新妻聖子
諏訪部順一 悠木碧 檜山修之 山路和弘 麦人

原作:森見登美彦『夜は短し歩けよ乙女』(角川文庫刊)
監督:湯浅政明 脚本:上田誠(ヨーロッパ企画)キャラクター原案:中村佑介 
音楽:大島ミチル 主題歌:ASIAN KUNG-FU GENERATION
制作:サイエンス SARU 製作:ナカメの会 配給:東宝映像事業部
kurokaminootome.com
©森見登美彦・KADOKAWA/ナカメの会

「夜明け告げるルーのうた」2017年5月19日(金)全国ロードショー
配給:東宝映像事業部
©2017ルー製作委員会

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