サイエンス

アマゾンの熱帯雨林の下にはすでに滅んだ古代文明による数万個の幾何学的な土塁が存在することが判明


南米・アマゾンの熱帯雨林と聞くと、手つかずの自然が残された場所というイメージがあるかもしれません。しかし、レーザー光による測量技術のLiDARを用いた新たな調査により、アマゾンの熱帯雨林の下には古代文明による数万個もの幾何学的な構造物(土塁)が存在することが判明しました。

Over 20,000 precolonial earthworks in the Southwest Amazonia | Nature
https://www.nature.com/articles/s41586-026-10835-7

An ancient civilization of millions once flourished in the Amazon | University of Helsinki
https://www.helsinki.fi/en/news/culture/ancient-civilization-millions-once-flourished-amazon

'Completely Transformed My Understanding': Scientists Uncover Hundreds of Hidden Structures Beneath The Amazon : ScienceAlert
https://www.sciencealert.com/completely-transformed-my-understanding-scientists-uncover-hundreds-of-hidden-structures-beneath-the-amazon

アマゾン南西部に位置するブラジルのアクレ州には、紀元前600~紀元後850年頃にかけて「Aquiry civilization(アキリー文明)」という文明が存在したことが知られています。アキリー文明はすでに滅亡していますが、アマゾンの熱帯雨林を切り開いてトウモロコシやカボチャ、キャッサバなどの畑や儀式のための構造物、それらに続く道路などを作っていたとのこと。

フィンランド・ヘルシンキ大学の考古人類学者であるマルティ・パルシネン名誉教授は2002年、アマゾンの熱帯雨林に隠されたアキリー文明の土塁を目にしたとのこと。パルシネン氏は当時のことについて、「アクレ州は長い間、手つかずの熱帯雨林として知られていた地域です。これは私の理解を完全に変え、それまでの思い込みがいかに間違っていたのかを気付かせてくれました」と語っています。

アキレー文明は単一の王国や帝国ではなく、共通の伝統によって結びついた多様な共同体のネットワークだったと考えられています。しかし、文字による記録を残しておらず石造りの遺跡もないため、詳しいことはよくわかっていません。現代の研究者らに残された手がかりは、深さ数mに及ぶ溝で区切られた壮大な土塁とそれらを結ぶ道路くらいだそうです。

以下は、アクレ州に残されたアキレー文明のものとされる土塁です。熱帯雨林の隙間に、明らかに人為的な幾何学的構造物の痕跡が確認できます。


アキレー文明が西暦850年頃に滅亡して以降、数世紀のうちに熱帯雨林が遺構のほとんどを覆い尽くしてしまい、その全貌が見えなくなってしまいました。しかし、レーザー光による測量技術であるLiDARの登場により状況は変わったとのこと。

LiDARによる調査では、航空機から森林の隙間を透過するレーザーパルスを発射し、地面の反射から森林に隠された古代の構造物の痕跡を探すことができます。研究チームはこれまで測量されていなかった熱帯雨林の上空を飛行し、4497km2におよぶ面積を調査しました。


調査の結果、データセット全体から合計432個の土塁が発見され、このうち396個はこれまで発見されていないものでした。この結果を既存の調査結果に外挿した研究チームは、アキレー文明が最盛期には18万3000km2もの広大な地域を支配していた可能性があると推定。また、最盛期はこの地域に120万~300万人が居住しており、土塁の総数は2万4000~3万個に達する可能性があると主張しました。

以下の写真は、アキレー文明のものとされる土塁の一例です。色と陰影はデジタル地形モデルに適用されたもので、数字はモデルから得られた相対標高(海抜m)を表しています。


パルシネン氏は、「これらの開拓地の中央には、さまざまな幅の道でつながった大きな幾何学的土塁がそびえ立っていたのでしょう。1年のある時期になると、これらの場所は儀式・集会・踊り・運動競技・その他の共同イベントで活気に満ちあふれたのだと思います」と語っています。


最盛期には土塁の周囲にトウモロコシ・キャッサバ・カボチャ・綿花などの畑が作られ、かなりの人口が住む大きな長屋に囲まれていた可能性が高いとのこと。パルシネン氏は、「近隣の森林には管理された果樹やナッツの木が豊富にあり、それは何世紀にもわたる人間の景観管理の証といえるでしょう」と指摘しました。


今回の研究結果からは、アマゾンの他の地域もこれまで考えられていたよりはるかに人口密度が高く、人によって集中的な改変が行われていた可能性が示唆されています。また、パルシネン氏は「多くの疑問が未解決のままです。最も重要な疑問のひとつは、およそ西暦850~1000年の間に何が起こったのかということです。なぜこの文明は消滅したのでしょう?」と述べました。

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in サイエンス, Posted by log1h_ik

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