「どうしてこんなになるまで放っておいたんですか?」など名医が言わない言葉10選
重い病気で医師の診察にかかったり入院したりする患者は、人生で最もつらく体調が悪い時期に、治療に関する重大な判断をする必要に迫られます。そんな患者やその家族に医師が投げかけるべきではない言葉を、医療とコミュニケーションの専門家がインタビューや文献を通じて選出し、代わりに使うべきフレーズを提唱しました。この論文は医療機関向けのベストプラクティスを集約したものですが、知っておくと患者思いの病院や医師を見つける際の参考になるかもしれません。
Never-Words: What Not to Say to Patients With Serious Illness - Mayo Clinic Proceedings
https://www.mayoclinicproceedings.org/article/S0025-6196(24)00256-8/fulltext
◆医療現場の実情
テキサスA&M大学のレナード・L・ベリー氏と、ミシガン州の医療組織であるHenry Ford Healthに勤める共著者2人は、「医療技術が進歩するにつれて、重症患者との繊細で誠実な会話は、ますます大きな臨床上の課題となりつつあります」と指摘します。
なぜなら、医師が複雑な治療法について説明しようとすると、しばしば患者の恐怖や激しい感情、専門知識の欠如、病気が治ることへの非現実的な期待といった、医師の力で変えることが難しい反応に直面するからです。
こうしたことがよくあるため、患者と接する臨床医はよく紋切り型な説明や、断定的な表現に頼りがちだと言われていますが、病院では医師が何気なく口にした一言でさえ、患者やその家族を震え上がらせたり、無気力にさせてしまったりします。
◆医師が禁句を使うとどうなるのか?
このような経験から、医師には「絶対に口にしてはならない言葉(Never-Words)」、つまりある種の禁句が存在すると考えたベリー氏らは、専門団体や医療組織に所属する臨床医20人へのインタビューや、医療現場における医師と患者の対話について論じた複数の文献を通じて、そうした禁句の具体例を探しました。
例えば、ある看護師はインタビューで「医師はよく『治療を続けてもいいですし、ただ支持医療をすることもできます』と言うことがあります」と話したとのこと。支持医療とは、患者の苦痛に対処する治療法のことを指しますが、「ただ(just)」という言葉を使うと支持医療がベストとは言えない最低限の措置かのような印象を与えてしまい、患者の「何でもやってみよう」という気持ちを減退させてしまいます。そのため、このような文脈での「ただ」は禁句とのこと。
また、ウィスコンシン大学のジャクリーン・M・クルーザー氏らは2023年の論文で、「~する必要がある(need)」という動詞は、特定の文脈では禁句であると説きました。例えば、臨床医が「気管挿管が必要です」とか「移植が必要です」と言うと、患者や家族はそれ以外の選択肢はないかのように受け止めてしまいます。この場合、「移植が必要です」とは言わずに、「患者の心臓は悪化しています。これが何を意味しているのか、次にどうすべきなのか、お話ししましょう」と言うと、一方的な指示ではなく一緒にオープンな意志決定をすることができます。
特定のシチュエーションだけでなく、特定の病気に対して使ってはならない言葉もあります。例えばがんの場合、「今は気にしないでください」は患者の心配に向き合っておらず、むしろ無視してしまっています。また、「まだステージ2でラッキーでしたね」は、患者によかったという気持ちを持つよう押しつけており、実際にがんを患っていることに対する不安や恐怖に配慮していません。
◆医師が言ってはならない言葉10選
ベリー氏らは、この研究を通じて判明した「医師が使ってはならない言葉」の具体例を10個選び、言い換えの案となるフレーズと根拠を次のようにまとめました。
1.「もう手の施しようがありません」
この言葉の代替案は「今までの治療法はがんのコントロールに有効ではありませんでしたが、症状を改善し、できれば生活の質(クオリティ・オブ・ライフ)を向上させるような治療に取り組むチャンスがまだあります」です。
ベリー氏らは根拠として、「たとえ治癒の見込みがなくても、臨床医にはできる限りの治療ができるということを伝えられるからです」と述べました。
2.「良くなることはもうないでしょう」
代替案は「良くならないのではないかと心配しています」で、ベリー氏らはネガティブな予想を断定せず、予後不良に対する懸念に置き換えたほうがいいとしています。
3.「ケアの中止」
代替案は「効き目のない今の治療を続けるより、ご本人の痛みを和らげることに重点を移すことができます」です。
ベリー氏らは「臨床医は、患者やその家族に対する奉仕を放棄したり否定したりすることを意味しかねないケアの『中止』を決して行いません。その代わり、ケアの目標を再設定することのメリットを説明します」と述べました。
4.「余命幾ばくもない(circling the drain)」
「circling the drain」は直訳すると「排水口を回る」で、水おけや風呂などから水を抜くときに終わり際になると渦ができることから、何かが急激に終わりに近づいていること、特に患者の死期が近いことを意味する俗語的な表現です。
ベリー氏らは、このような患者を物扱いしたり軽視したりするような表現は避けるべきだして、代わりに「亡くなってしまうのではないかと心配しています」と表現した方がいいと述べています。
5.「私たちに全部やってほしいんですか?」
ベリー氏らは、患者の価値観や目的にそぐわないような誘導的な質問をするのではなく、「状況が悪化した場合の選択肢について話し合いましょう」と言って対話を促すべきだとしています。
6.「すべてうまくいきますよ」
代替案は「このプロセスを通じてあなたをサポートします」で、ベリー氏らは「現実的で思いやりのあるサポートを提供しましょう」と述べています。
7.「ファイト」や「戦い」
日本語でも強い意志で治療に臨むことを闘病と呼ぶことがありますが、このように本人の意気込み次第で病気に打ち勝てるような表現は、治らない場合に患者が自分を責めてしまうことにつながりかねないとのこと。
その代わりに、「私たちと一緒にこの難しい病気に立ち向かいましょう」と呼びかけることを、ベリー氏らは推奨しています。
8.「患者はどうすることを望んでいるんでしょうか?」
病状の悪化などで患者が意思表示できなくなるケースがあります。しかし、「望む」という言葉は定義があいまいで、家族には患者が何を望んでいるのかわからないこともあります。
そのような場合にかける言葉の代替案として、ベリー氏らは「もし患者がいまの話をすべて聞いたら、どう思うでしょうか?」と言いながら一緒に考える姿勢を見せることを推奨しています。
9.「どうしてこんなになるまで放っておいたんですか?」
患者を非難し、心配を増やすようなことを言うのは非生産的だとして、ベリー氏らは代わりに「あのときに来院してくれてよかったです」と言うことを推奨しています。
10.「他の先生は一体何をしていたんですか?」「他の先生は一体何を考えていたんですか?」
この言葉の代替案は「セカンド・オピニオンのために受診してくれてよかったです。あなたの記録を見て、次は何をすべきか考えましょう」です。
ベリー氏らは、「ひょっとするとまた協力してもらうことになるかもしれない他の医師を中傷するより、今できることに集中して、前向きになるべきです」と述べました。
また、ベリー氏らは今回の研究全体を総括して「医療に関する最適な決定には、患者自身の言葉が不可欠ですが、このような禁句を言ってしまうと会話がストップしてしまい、患者や家族から正直で思慮深い質問や回答を引き出すことができなくなります。そうならないように、臨床医は無意識のうちに恐怖や不快感を与えたり、自主性を低下させたりする言葉を知って、自分のコミュニケーション方法を見つめ直すよう努力しなくてはなりません」と論文に記しました。
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