医学部生の教育カリキュラムが医師の「共感力」を奪っているという指摘
医師が患者の声に耳を傾けて寄り添うことを可能にする「共感力」は、患者に対して質の高いケアを提供するために重要ですが、一方で共感力の欠如は医療事故などの悲惨な結果をもたらす可能性があります。医学教育の機関誌・BMC Medical Educationに掲載された論文では、「医学部生の教育カリキュラムが医師としての共感力を奪っている可能性がある」と指摘されており、論文の筆頭著者であるジェレミー・ホウィック氏が問題点や対策について解説しています。
Why might medical student empathy change throughout medical school? a systematic review and thematic synthesis of qualitative studies | BMC Medical Education | Full Text
https://doi.org/10.1186/s12909-023-04165-9
Medical students lose their empathy – here's what can be done about it
https://theconversation.com/medical-students-lose-their-empathy-heres-what-can-be-done-about-it-204327
医療現場において「患者の状況に対して共感を持つこと」は重要な意味をもっています。ホウィック氏は、「イギリスの医療機関・Mid Staffordshire NHS Foundation Trustでは共感の欠如が一因となり、2005年~2009年の間に数百人の患者が死亡した」という(PDFファイル)報告書や、「Shrewsbury and Telford Hospitalsで数十人の乳児や妊婦が死亡した原因は共感力の欠如にあった」という(PDFファイル)レポートがあると述べています。
また、「夜勤中の医師は患者の痛みに対して共感しにくくなり、鎮痛薬を処方する可能性が低くなる」という研究結果もあるなど、共感力の低下は患者に対するケアの質を悪化させることもわかっています。
夜勤中の医師は「患者の痛みに対する共感」が鈍って鎮痛薬を処方する可能性が低くなるとの研究結果 - GIGAZINE
共感力はこれから医者になろうとする医学部生が身につけるべきコアスキルとも考えられており、医学部生の教育基準について設定している医療総合評議会は、医学部生の教育において共感は重要戦略の1つだと説明しています。ところがホウィック氏は、「医学部の隠されたカリキュラムは、医学部生の共感力を減らす可能性があります」と指摘しています。
ホウィック氏らの研究チームは、16件の研究で771人の医学部生から収集されたデータを分析し、教育カリキュラムの過程で医学部生の共感力がどのように変化するのかを調べました。その結果、医学部生は座学ベースで講義中心の「第1フェーズ」から臨床ベースで患者と向き合う「第2ベース」に移行すると、「隠された非公式のカリキュラム」に出くわすことがわかったとのこと。
このカリキュラムは医学部生に対して明示的に教えられるものではありませんが、「心理的・社会的要因を含む疾患の『生物心理社会的モデル』と比較して、機械的構造としての身体に焦点を当てた疾患の「生物医学的モデル』を相対的に多く取り扱うこと」「ストレスの多い仕事量を作り出し、ロールモデルとなる医師の影響を強く受けるカリキュラム」など、教育の過程でそれとなく医学部生の共感力を奪っていくそうです。
ホウィック氏は、「患者だった経験がほとんどないであろう学生はしばしば皮肉屋になり、患者から感情的に距離を置き、わざと鈍感になることでこの隠されたカリキュラムに適応します。その結果、共感力が低下してしまうのです」と述べています。
ホウィック氏は医学部生の共感力を育む教育プログラムを作るため、以下のような学生への介入を提案しています。
1:患者の立場になって考えられるカリキュラムを増やす
多くの患者が運ばれてくる緊急治療室で一晩を過ごしたり、加齢に伴う体の衰えを再現するスーツを着て動いてみたりすることで、医学部生が患者の立場になって考えられるようになります。
2:生物医学的モデルと生物心理社会的モデルのバランスを取る
生物医学的モデルと生物心理社会的モデルの教育的なバランスを取ることで、患者はさまざまな身体的・心理的・社会的問題が絡み合って来院していると理解しやすくなります。生物医学的モデルを理解することで、患者が抱える問題に適した治療がやりやすくなります。
3:実際の患者に話を聞く
身体の客観的事実について学んだタイミングで、実際の患者を講義室に連れてきて学生と触れ合わせます。科学的な事実と患者の体験談を組み合わせることで、講義室から臨床現場へと場所を移した際のショックを減らすことが可能です。
4:エビデンスに基づいた共感的コミュニケーションのトレーニング
すでに医学部では患者とのコミュニケーションスキルを教えていますが、より共感的なコミュニケーションスキルを身につけられるようにすることで、患者に対するケアの質を上げられます。具体的には、患者のことを理解していると示すこと、患者の話にうなずいたり前のめりになったりして共感を示すこと、楽観的になることなどが挙げられます。
5:ロールモデルとなる医師の共感力を高める
医学部生はロールモデルとなる担当医の影響を強く受けるため、担当医が患者に対する共感を強く示すのであれば、医学部生にもポジティブな影響を与えることができます。
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