サイエンス

ヒッグス場が素粒子に質量を与える「本当の仕組み」とは?


2012年に大型ハドロン衝突型加速器でヒッグス粒子が発見され、ヒッグス場の存在が証明されて以来、物理学者らはヒッグス場が物体に質量を与える仕組みを説明するために、水あめやスープ、群衆など身近にあるさまざまな物を使った例え話をしてきました。ハーバード大学物理学部の准教授であるマット・ストラスラー氏が、楽器の弦の振動による「音楽」の方が、こうした例え話よりも正確だと提案しています。

How the Higgs Field (Actually) Gives Mass to Elementary Particles | Quanta Magazine
https://www.quantamagazine.org/how-the-higgs-field-actually-gives-mass-to-elementary-particles-20240903/

ヒッグス場が粒子に質量を与えるメカニズムの説明として、The New York Timesのコラムは「雪」を使っており、「ヒッグス場は一面の雪原のようなもので、雪をかきわけて歩く人と、スキー板ですべる人、雪原の上を飛ぶ鳥とでは雪から受ける抵抗が違うが、この抵抗が質量の由来」と解説されています。

「ヒッグス粒子」とは何かを「雪」で表現するとわかりやすくなる - GIGAZINE


しかし、こうした説明の多くは物理学者が大学1年生に教えるさまざまな理論と矛盾していると、ストラスラー氏は指摘します。例えば、ヒッグス場が抗力を発揮して質量を生み出すというのはニュートンの運動の第1法則と第2法則に矛盾しており、もしこれが本当なら宇宙に広く存在するヒッグス場の影響で地球はとっくに減速して太陽の中に落ちています。

また、ヒッグス場がシロップなどの何らかの物体だとすると、絶対運動を測定するための比較点となり得るため、運動は相対的なものであるとするガリレオの相対性原理やアインシュタインの相対性理論に反してしまうとのこと。


このように、ヒッグス場を何らかの物に例えて、その抵抗で質量が生じると説明するのはあまり正確ではないため、ストラスラー氏は代わりに以下のような物語を作りました。

「昔々、宇宙が誕生しました。焼け付くように熱い宇宙は素粒子であふれかえっていて、宇宙の場にはヒッグス場がありましたが、最初はスイッチがオフになっていました。しかし、宇宙が膨張して冷えると、突然ヒッグス場のスイッチが入って、場の強さがゼロではなくなりました。これにより多くの場が硬くなって、粒子は共鳴する周波数と質量を獲得しました。ヒッグス場はこのようにして、宇宙を今日のような量子の楽器に変えたのです」

この話で重要なのは、「場」と「粒子」と「共鳴周波数」です。まず場と粒子ですが、現行の素粒子物理学の有力な枠組みである場の量子論では、宇宙は電磁場や重力場などの場で満たされていると論じられており、ヒッグス場もそのひとつです。それぞれの場には対応する粒子があり、場を水面に例えると電磁場の波紋は光子、電子場の波紋は電子、ヒッグス場の波紋はヒッグス粒子となります。


ストラスラー氏によると、ギターの弦をはじくと一定の音色を奏でるように、静止した電子は「共鳴周波数(resonant frequency)」と呼ばれる周波数で振動するとのこと。宇宙のほとんどの場は共鳴周波数を持っており、「そういう意味で宇宙は楽器に似ている」とストラスラー氏は話しました。

話をヒッグス場に戻すと、質量は水あめのような物質で素粒子が減速して生じるのではなく、「ヒッグス場が強くなればなるほど素粒子は高い周波数で振動し、その分だけ質量が増大する」ということになります。そのため、ヒッグス場は他の場の共鳴周波数を高める「宇宙硬化剤」のようなものだと考えることもできます。

ヒッグス場が別の場の周波数を変えることで質量を与える仕組みを、ストラスラー氏は振り子に例えています。重力場がない空間の場合、振り子は宙に浮かびますが、重力場が存在すると振り子は真下に垂れ下がって左右に揺れるようになります。

by Mark Belan for Quanta Magazine

この振り子が右に振れると、重力によって左に戻ります。また、逆も同様です。この復元効果は重力場が強くなればなるほど強くなり、振り子の共鳴周波数も高くなります。同じように、ヒッグス場は他の基本場(elementary field)に復元効果を生み出し、その振動を変えます。この振動が、粒子の質量となるわけです。

場の量子論に基づくと、静止した粒子の振動が速いほどその質量は大きくなります。一方、共鳴周波数がない場は質量のない粒子に対応しますが、そのような粒子は電磁場における光子のように決して静止することはありません。

ストラスラー氏は「私にとって、共鳴が現実の根底にあるという事実は、喜びと驚きの源です。私はアマチュア音楽家としても活動してきましたが、大学院生のときに宇宙の構造や私の体もピアノやギターが音を奏でるのと同じ仕組みで機能していることを知って、すっかり驚きました。私たちの宇宙が持つ秘密の音楽性は、ヒッグス場がなければ存在しなかったでしょう」と述べました。

この記事のタイトルとURLをコピーする

・関連記事
「ヒッグス粒子」とは何かを「雪」で表現するとわかりやすくなる - GIGAZINE

本当にヒッグス粒子を発見した「天才」は誰なのか? - GIGAZINE

ヒッグス粒子とみられる新粒子発見がどれだけのレベルですごいことなのかがよく分かる現場の写真まとめ、ピーター・ヒッグス氏も登場 - GIGAZINE

ヒッグス粒子とトップクォークの同時観測に世界で初めて成功、「質量」の起源の解明に一歩 - GIGAZINE

【訃報】ヒッグス粒子の提唱者のピーター・ヒッグス氏が死去 - GIGAZINE

in サイエンス, Posted by log1l_ks

You can read the machine translated English article here.