頭の中で映像をイメージできない「アファンタジア」の人は世界をどう見ているのか?
多くの人は、犬と聞くと動物の犬を頭の中で思い浮かべることができますが、中にはイメージを視覚化することのできない「アファンタジア」の人も居ます。アファンタジアの当事者である神経科学者が、アファンタジアとはどのような感覚なのかを解説しました。
‘A blind and deaf mind’: what it’s like to have no visual imagination or inner voice
https://theconversation.com/a-blind-and-deaf-mind-what-its-like-to-have-no-visual-imagination-or-inner-voice-226134
◆そもそもアファンタジアとは?
以下は、クイーンズランド大学心理学部の教授であるデレク・アーノルド氏と、博士課程の学生であるローレン・N・ブイヤー氏が、アファンタジアの説明に使っている画像です。アファンタジアではない人には、左の画像が立方体に見え、右のモップの画像が人の顔に似ているように見えますが、アファンタジアであるブイヤー氏には、左の画像が線の集まりにしか見えず、右の画像はただのモップ以外の何物にも見えないとのこと。
ブイヤー氏は読書中に情景を思い浮かべたり、本を読み上げる内なる声を聞いたりできません。アーノルド氏とブイヤー氏が2024年4月に学術誌・Frontiers in Psychologyで発表した論文の中で、ブイヤー氏は「深いアファンタジア」の例として取り上げられています。
アーノルド氏とブイヤー氏は両方ともアファンタジアで、よく非アファンタジアの人から「どんな感じなのですか?」と質問されるとのこと。頭の中で映像や声を再現できないことから、しばしば「心が盲目」「心の耳が聞こえない」と呼ばれることがあるというアファンタジアの感性について、両氏は以下のように説明しています。
◆内なる声は多言語
アファンタジアといってもその症状はさまざまで、中にはあらゆる感覚をまったく想像できない人もいれば、一部の感覚はわかる人もいます。例えば、アーノルド氏とブイヤー氏は両方とも視覚をイメージすることができませんが、アーノルド氏は聴覚的な感覚を、ブイヤー氏は触覚的な感覚を想像することができるとのこと。
このような、思考体験を理解できたりできなかったりする差異を、アーノルド氏らは「知らない言語の声を聞くようなもの」と表現しています。
多くの人は、考える時に内なる声を聞くことができますが、例えば1つの言語しか話せない人の内なる声は必ず自分の母語となります。一方、世界にはさまざまな言語を話す人がいますが、習得していない言語の声を聞いても内容は理解できません。
「もし、あなたの内なる声が複数の異なる言語を話すのが聞こえたら、あなたはどう感じるでしょうか?同様に思考も多様で、ある人には視覚や聴覚として、また別の人には触覚や嗅覚として経験されるのかもしれません」とアーノルド氏らは説明しました。
◆潜在意識での思考
多くの人は、声に出して話す前に頭の中で自分のスピーチをあらかじめ聞くことができますが、そうせずにいきなりしゃべり出すこともできます。ブイヤー氏は声のイメージができませんが、ちょうど非アファンタジアの人が内なる声を聞かずに話すことができるように、ブイヤー氏も事前に文章の内容を考えることなく文章を書くことができるとのこと。
このように、人の脳は多くの思考を無意識のうちにこなしています。ブイヤー氏は、「あまり褒められたものではありませんが、注意散漫な状態で車を運転していて、気づいたら自宅やオフィスに着いていた経験のある人も多いのではないでしょうか。私も、自分の思考のほとんどは潜在意識による心の働きに似ていると思っています」と述べました。
また、ブイヤー氏は視覚や聴覚をイメージできない代わりに、想像上の質感として物事を計画できるとのこと。例えば、ブイヤー氏がスピーチを計画する際は、一連の口の動きや体の動き、ジェスチャーとしてイメージされるそうです。
ブイヤー氏とは対照的に、アーノルド氏の思考は完全に言語的で、アーノルド氏は「最近まで言葉以外の方法で思考できることすら知りませんでした」と振り返っています。
こうした違いはアファンタジアの多様性を強調しており、アーノルド氏らは「私たちにできるのは、私たちひとりひとりのアファンタジア体験について語ることだけです」と述べました。
感覚を共有できないということは、フラストレーションにつながることもあれば、思わぬユーモアを誘発することもあります。アーノルド氏とブイヤー氏は、他の人と3人である実験について討論している最中に、「目を閉じた状態で黒猫を見ることを想像してください」という一文をカットしようと思ったとのこと。
なぜなら、アーノルド氏らはどちらも視覚をイメージできないので、目を閉じて黒猫を思い浮かべることはできないと思ったからです。ところが、2人の会話を聞いてその場で唯一の非アファンタジアだった討論相手が笑い出してしまいました。この時になって初めて、両氏は「アファンタジアではない人にとっては、目を閉じて黒猫を想像するのは簡単なことなんだ」と気づいたのだそうです。
◆深いアファンタジア
脳神経科学の分野では、「脳の前方での活動が、後方の領域の活動を刺激することができない場合にアファンタジアが発生する」と考えられています。つまり、感覚的なイメージには脳の前方から後方へのフィードバックが必要だという事になります。
また、ブイヤー氏は視覚的なイメージができない上に、冒頭の立方体とモップの画像のように実際の視覚的な入力についても人とは異なる体験をするため、アーノルド氏らは論文の執筆にあたり、「深いアファンタジア」という言葉を作りました。
アーノルド氏らがアファンタジアについて論じるのは、見ているものが普通の人とは違うアファンタジアがいるかもしれないということを広めるためだとのこと。両氏はまた、異なる方法で物事を考える人がいることを多くの人に知ってもらうことで、異なる考えにも寛容になって欲しいと望んでいます。
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