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頭の中でイメージを思い浮かべることができない「アファンタジア」と鮮明なイメージを瞬時に浮かべられる「ハイパーファンタジア」の研究の歴史


目を閉じて懐かしい人の顔を思い浮かべたり好きな動物のかわいい姿を想像したりする場合に、どれくらい鮮明に頭の中で像を描けるかは個人差があります。人口の約2~5%ほどは、目を閉じると何かを思い浮かべようとしてもまったく空想上の像を描くことができない「Aphantasia(アファンタジア)」という状態にあるとされています。また反対に、頭の中で鮮明にイメージを想像できる状態は「Hyperphantasia(ハイパーファンタジア)」と呼ばれています。それらの状態がどのように研究されて広まったのかという経緯と詳細について、New York Timesで遺伝学や生物学についてのコラムを投稿するカール・ジマー氏が解説しています。

Can't See Pictures in Your Mind? You're Not Alone. - The New York Times
https://www.nytimes.com/2021/06/08/science/minds-eye-mental-pictures-psychology.html


エクセター大学、ヘリオット・ワット大学、エディンバラ大学が発表した合同研究において、ほとんどの人は風景や生き物を想像したときに簡単に頭の中にイメージを思い浮かべることができますが、一部の人たちは自らの想像やイメージを視覚化できないことがあると示されました。研究ではその状態を「アファンタジア」と呼んでいます。

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アファンタジアの症状自体は、1880年に行われたものや景色を想像することで脳内で描ける像(心的イメージ)に関する統計的研究で初めて記述されましたが、長い間大部分が未調査のまま残されていました。エクセター大学で神経医学を研究するアダム・ゼマン教授は、2005年に「ちょっとした外科手術の影響で、イメージを思い浮かべる能力を失った」という患者を診察してから、心的イメージに関する研究をスタートしました。ゼマン教授と同僚たちは心的イメージを持っていない人を「アファンタジア」と呼称し、最初の患者から十数年かけて、アファンタジアを自称する1万2000人以上の人々から話を聞きました。ゼマン教授らは、世界中にアファンタジアの人が数千万人おり、数百万人がアファンタジアとは逆に非常に強い心的イメージを描くことができる「ハイパーファンタジア」の能力を持っていると推定しています。

ゼマン博士が最初にアファンタジアの状態にあると気づいた患者は、退職した元建築測量技師のMX氏で、心臓の小手術後に心的イメージを失ったと語りました。MX氏は人や物を思い浮かべても、想像の中でそれを見ることができませんでしたが、診察の結果、MX氏の視覚的記憶は無傷であることが判明しました。また、MX氏は「イギリス73代首相のトニー・ブレア氏の目は明るい色をしているか」といった事実の質問に答えることができたほか、図形を思い浮かべることができないにもかかわらず、図形を頭の中で回転させるような問題には回答することができたそうです。


ジマー氏は2010年にゼマン教授の研究を知って科学雑誌の「Discover」にコラムを投稿した結果、アファンタジアの自覚がある読者から複数のメールを受け取ったとのこと。しかし、ジマー氏に連絡してきた人々は、MX氏の事例のように手術の影響などによる後天的なものではなく、生まれつき心的イメージを見ることができなかったと語りました。ジマー氏はメールをゼマン教授に転送し、連絡のあった21人の調査を行いました。結果として、ゼマン教授の研究チームは21人全員がアファンタジアと判断しました。この結果をジマー氏がNew York Timesに投稿した他、他のメディアでもこの研究が取り扱われた結果、アファンタジア研究の注目度は大きく高まりました。

注目の高まりを受けて、ゼマン教授の元にはアファンタジアの症状を訴える連絡が多数寄せられましたが、それと同時に、全く正反対の状態にある人々からも多くの連絡がありました。心的イメージを思い浮かべることができないアファンタジアとは対照的に、はっきりとした鮮明な映像を素早く思い浮かべることができる状態を、ゼマン教授の研究チームは「ハイパーファンタジア」と名付けました。


ニューサウスウェールズ大学の認知神経科学者で、2005年から心的イメージを研究しているジョエル・ピアソン氏は、「ハイパーファンタジアは単に『想像力が高い』というだけでは済まされない能力を持っています」と指摘しています。ピアソン氏はハイパーファンタジアの能力について、「非常に鮮明な夢を見た時に、それが現実かどうかわからないようなものです。それくらい、頭の中でもう一度見て区別がつかないほどに鮮明なイメージを結ぶことができる人が一定以上存在しています」と説明しています。

ゼマン教授が最初に調査した21人のうちの1人であるトーマス・エバイヤー氏は、「アファンタジアネットワーク」というサイトを立ち上げ、アファンタジアの症状を経験した人と研究者をつなげる窓口を作成しました。サイトでは、オンライン心理調査を受けたり、アファンタジアについての記事を読んだり、さまざまなフォーラムに参加したりできます。2023年9月までに15万人以上がアンケートに答え、2万人以上がアファンタジアを示唆するスコアを記録しています。


また、エバイヤー氏の調査によって、アファンタジアが視覚的イメージだけではなく、他の感覚にも広がることが明らかになりました。エバイヤー氏自身も、「あなたの好きな曲を想像してください」と言われた場合に、頭の中で音楽を再生することができないそうです。エバイヤー氏のサイトを訪れた人の中には、「視覚的なアファンタジアは経験しているが、音楽は想像できる」という人もいれば、反対に「音楽を想像上で聞くことはできないが、視覚的イメージはよく見えている」という人もいます。

ピアソン氏は「エバイヤー氏が行っているような調査は有益ですが、ボランティアの点数付けに依存しているため、大まかで主観的な観察しかできません」と指摘し、調査だけに頼らずにアファンタジアやハイパーファンタジアを研究する方法を開発しています。ピアソン氏を含むニューサウスウェールズ大学の研究者は、「人間がものをしっかり認知する際には、瞳孔が収縮・拡大する」ことに着目し、想像力のスキルがその瞳孔反応と対応しているという仮説を立てた実験を行いました。結果として、「直前に見た図形を想像する」タスクの際に、一般的な視覚的想像力を持つと申告したグループは想像に合わせて瞳孔が開く反応を見せた一方で、アファンタジアの自覚があるグループは瞳孔にハッキリとした変化が見られませんでした。そのため論文では、「認知的負荷が瞳孔サイズに影響する」と結論付けています。

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別の実験では、ピアソン教授は「人が怖い場面を見ると皮膚の導電性が高まる」ことを利用し、目の前のスクリーンに映し出された怖い物語を読むボランティアの皮膚をモニターしました。ほとんどの人は、恐ろしい物語を読むと皮膚を流れる電流レベルが急速に高まりましたが、アファンタジアの人々の電流には変化が見られませんでした。この実験結果を受けて、研究チームは「アファンタジアの人々は、怖い物語を文章で読んだときに恐怖を感じにくい傾向にあります。アファンタジアの人も、画像を見た時には多くの人と同様に恐怖を感じます」と結論づけました。

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ゼマン博士らは最新の研究で、視覚中枢と他の領域をつなぐ脳の配線が変化することによって、アファンタジアおよびハイパーファンタジアが生じる可能性についての手がかりを集めています。また、その脳の回路が、音などの感覚をどのように心的イメージとして呼び起こすかを探る研究も始めています。「最終的には、磁気パルスで心的イメージを強化することも可能になるかもしれません」とジマー氏は指摘しています。

研究者たちはまた、脳スキャンを使って、アファンタジアやハイパーファンタジアを引き起こす回路を見つけつつあります。2023年5月に発表された研究では、ゼマン教授の研究チームは24人のアファンタジア、25人のハイパーファンタジア、そして20人のどちらでもない人の脳をスキャンしました。この研究では、ハイパーファンタジアの人は脳の前部と後部を結ぶ部位の活動が強くなっていることが発見され、「脳の前部の意思決定領域から、後部の視覚中枢へと、より強力な信号を送ることができる」と推測されています。


ゼマン教授はアファンタジアの症状について、「私の見る限り、アファンタジアは人間の経験における興味深いバリエーションであり、障害ではありません」と述べています。ゼマン博士のアンケートによると、アファンタジアの人は科学や数学に関係する仕事に就く確率が平均より高いことが示されています。また、ピクサーの元社長であるエド・キャットムル氏は2019年に自分がアファンタジアであることを公表しており、「アファンタジアの場合でもクリエイティブなアイデアを出すことができないわけではありません」とジマー氏は述べています。

また、ジマー氏は「アファンタジアの人は能力が劣っており、ハイパーファンタジアの人は優れた能力を持っていると考えがちですが、必ずしもそうではありません。ハイパーファンタジアの人は鮮明すぎるイメージを想像上で作ることができるため、誤った記憶を実際の出来事と勘違いしたり、トラウマ(心的外傷)体験を感じやすい可能性があります。一方でアファンタジアの人は過去の体験を視覚的に再現しないため、トラウマに耐性があると考えられます」と指摘しています。同様にゼマン教授は、「アファンタジアの人は前に進むのが実にうまいと言われることがあります。それは、私たちの多くが思い浮かべ、後悔や憧れを抱くようなイメージに、悩まされて立ち止まってしまうことが少ないからではないでしょうか」と語っています。

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in メモ, Posted by log1e_dh

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