月や火星のコロニーに住む未来人は「月なまり」「火星なまり」で話すようになるのか?
人類が地球を飛び出して太陽系に進出した未来を舞台にしたSF小説などを読んでいると、月や火星に住む人が独特の「月なまり」あるいは「火星なまり」で話しているシーンに出くわすことがあります。月や火星にコロニーが建設されて人々の植民が始まった場合、本当にその星独自のなまりが誕生するのかどうかについて、科学系メディアのLive Scienceが解説しています。
Will future colonists on the moon and Mars develop new accents? | Live Science
https://www.livescience.com/space/space-exploration/will-future-colonists-on-the-moon-and-mars-develop-new-accents
そう遠くない未来に人類は太陽系へ進出し、月や火星などの星にコロニーを築いて入植を始めると考えられています。最初の有人スペースコロニーは月面に建設され、早ければ今後数十年以内に入植が行われる可能性があるとのこと。人類が地球から離れて暮らすというアイデアは食糧や水の確保、重力のない環境への適応など、専門家が解決すべき多くの課題を提起しています。
しかし、SF作品では当たり前のように描かれていたものの専門家から長らく見過ごされてきた疑問のひとつに、「未来の宇宙入植者は独自のアクセントを持つようになるのか?」というものがあります。
人間のアクセントはそれ自体が魅力的な研究テーマであり、世界中の人々が知らず知らずある種のアクセントを持って話しており、アクセントは住んでいる時代、場所、言語、人種などに関連しています。ところが、宇宙入植者が発達させるアクセントはまだ存在すらしていないため未知数です。
ドイツのミュンヘン大学で音声学・音声処理研究所の所長を務めるジョナサン・ハリントン教授は、「新しいアクセントは模倣によって生まれます。私たちは会話の音や言葉を記憶しており、それが将来の話し方に少なからず影響を与えることがあります」と述べ、耳にした言葉によって知らず知らずアクセントは変化していくと説明しています。
アクセントの変化は無意識のうちに、自分と異なるアクセントの人々と長期間にわたり交流した時に起こります。そのため、かつて住んでいた場所から別の地域に移住した人は、気づかないうちに自身のアクセントが変化していくそうです。
さらに、お互いに異なるなまりを持つ人同士が集団でその他の世界から孤立した場合、グループ内の人々がお互いのアクセントを模倣し合い、やがてまったく新しいアクセントが誕生するとハリントン氏は主張しています。特に少人数のグループでは、新たなアクセントの誕生が急速に生じる可能性があるとのこと。
ハリントン氏らは2019年の研究で、南極の研究施設で冬の間まるまる孤立して生活した11人の研究者を対象に、どのようにアクセントが変化したのかを分析しました。このグループはイングランド南部のなまりを持つ5人、イングランド北部のなまりを持つ3人、アメリカ北西部出身が1人、ドイツ出身が1人、アイスランド出身が1人という多様なメンバーで構成されていました。
研究の結果、実験全体を通して被験者らはアクセントが変化していき、集団全体が特定の音をこれまでと異なるアクセントで発音するようになったことが確認されました。これは、孤立した集団における新たなアクセント形成の第一歩といえるものです。ハリントン氏は、「南極であろうと宇宙であろうと、個人が長期間にわたって隔離される環境ではまったく同じことが起こるはずです。実際、宇宙では母集団との接触がより困難になるため、アクセントの変化はさらに大きくなるはずです」と述べ、宇宙コロニーでは独特のアクセントが生まれるだろうとの見解を示しました。
火星や月のコロニーでは、数カ月以内で入植者のアクセントが無意識に変化し始める可能性があります。特に火星では、地球と音声をやり取りするのに約20分かかるため、地球の人と会話がしにくいという点でもアクセントの変化が生じやすいとのこと。
独特のアクセントが長年受け継がれるには、コロニーが生殖活動をして子孫が誕生するほどの規模である必要があります。しかし、いったんコロニーで「月なまり」や「火星なまり」が完全に定着すると、新しい入植者もそのアクセントの影響で話し方がゆっくりと変化していくと考えられます。
宇宙コロニー内で発達するアクセントは、「もともとのグループ内で最も多いアクセント」によって形成される可能性が高いとハリントン氏は指摘しています。この良い例がオーストラリアのなまりであり、最初の入植者にロンドンの労働者階級であるコックニーが多かったことから、オーストラリアのなまりはコックニーのアクセントと多くの類似点があるそうです。
月や火星のコロニーは、入植者の構成によって異なるアクセントを発達させる可能性が高いとのこと。その一方で、月や火星の環境的な要因がアクセントに大きな影響を及ぼす可能性は低いと、ハリントン氏は考えています。
2019年の研究では、コンピュータープログラムを使用して被験者のアクセントがどのように変化するのかを予測したところ、実際のアクセントの変化がプログラムの予測と非常によく一致することが確認されました。そのため、火星や月のコロニーに入植する人々のアクセントがわかれば、一体どのようなアクセントが生じるのかを事前に予測できる可能性があるとのことです。
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