サイエンス

迷走神経を刺激することでうつ病・肥満・アルコール依存症を治療できる可能性

神経のイメージ


脳や心臓、肺、内臓、食道などには迷走神経と呼ばれる、呼吸や心拍数、消化、免疫反応などの制御に役立つ神経が分布しています。近年では、この迷走神経を刺激することでうつ病や肥満、アルコール依存症を治療することができる可能性が示唆されています。

The key to depression, obesity, alcoholism – and more? Why the vagus nerve is so exciting to scientists | Health | The Guardian
https://www.theguardian.com/society/2023/aug/23/the-key-to-depression-obesity-alcoholism-and-more-why-the-vagus-nerve-is-so-exciting-to-scientists


19世紀後半、迷走神経が走る首の主動脈を圧迫することで、てんかんの予防や治療に役立つ可能性が明らかになりました。その後、1980年代にはてんかん患者の首に電気刺激装置を埋め込み、発作を引き起こす不規則な脳の電気活動を落ち着かせる研究へと発展し、2024年時点では迷走神経を刺激する電気刺激装置を、治療抵抗性うつ病患者における抗うつ薬の代替として扱う研究が進められています。

さらに、アメリカ・ファインスタイン医学研究所で脳神経外科教授を務めるケビン・トレーシー氏らの研究チームは1990年代後半に、ラットの迷走神経を刺激すると脳の炎症だけでなく全身の炎症が弱まったことを報告しました。従来の常識では、神経系と炎症を引き起こす免疫系の間には関係がないと考えられていましたが、トレーシー氏らの研究によって、迷走神経が神経系と免疫系の間の橋渡しの役割を担っていることが判明したわけです。


その後の研究によって、脳は迷走神経に電気信号を送ることで、免疫系で重要な役割を果たす器官である脾臓(ひぞう)と通信していることが明らかになりました。トレーシー氏らによると、迷走神経は、周辺の神経系に炎症を引き起こすスイッチを切るように指示する「アセチルコリン」と呼ばれる神経伝達物質の放出に関係しているとのこと。同様の効果は、体内に埋め込んだデバイスで迷走神経を電気的に刺激しても得られました。

オランダ・ラドバウド大学医療センターのマタイス・コックス氏らの研究チームは、12人のボランティアに対し、氷水で泳いだり、雪の中を転がったり、瞑想したり、特殊な呼吸法を実践したりといった、迷走神経を刺激するトレーニングを行うよう指示しました。その後、研究チームはボランティアに対し炎症やインフルエンザのような症状を引き起こす細菌の成分を注射し、刺激された迷走神経が免疫反応をどう抑制するのかについてテストを行っています。その結果、トレーニングを行わなかったボランティアと比較して、迷走神経を刺激したボランティアの炎症レベルは低く、インフルエンザのような症状が現れる件数が低くなりました。なお、コックス氏らの研究チームは炎症のレベルが低下した要因について「アドレナリンが放出されたことによって炎症が抑えられた可能性がある」と指摘しています。


さらに、バース大学のベンジャミン・メトカーフ氏は「迷走神経を刺激する装置を埋め込むのは非常に簡単な一方で、迷走神経はさまざまな臓器とつながっており、刺激することで関節リウマチからうつ病、アルコール依存症まで、幅広い病気や障害を治療することができるかもしれません」と述べました。実際に、トレーシー氏らの研究チームは2016年に、関節リウマチ患者18人に対し、迷走神経を刺激する装置を取り付けた所、症状の改善がみられたことを報告しています。

加えて、インペリアル・カレッジ・ロンドンのクリス・トゥマゾウ氏らの研究チームは、特定の迷走神経の先端に小さな刺激装置を取り付けて、胃が満杯か空っぽかを脳に伝えることができるかどうかを調べています。研究チームは、空腹時に放出される空腹ホルモンの分泌に反応して脳に電気信号を送ることができる装置の開発に取り組んでおり、トゥマゾウ氏は「この装置では、空腹を示すホルモンが分泌された際に、脳に『すでにおなかいっぱいです』という逆の信号を送ることができます。空腹ホルモンの分泌を完全に遮断するのではなく、コントロールすることで優れた肥満コントロールの方法となる可能性があります」と述べました。


一方で、メトカーフ氏は「迷走神経は非常に多くの臓器とつながっているため、特定の神経の部分を刺激するのは、現段階では難しい可能性があります」と指摘。それでも、耳介に装着して迷走神経を刺激する装置などの開発が進められており、体位性頻脈症候群予防の調査や新型コロナウイルス感染症の症状が数週間以上も続く「ロングCOVID」への対処に向けた調査が行われています。

海外メディアのThe Guardianは「迷走神経の刺激に関する研究は初期段階ですが、研究者が迷走神経を利用する効果的な方法を見つけることができれば、迷走神経刺激装置を取り付けることで大きな利益が得られる可能性があります」との展望を示しました。

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in サイエンス, Posted by log1r_ut

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