なぜインターネットは最悪の場所に成り果てたのか?
インターネット、特にソーシャルメディアは人々の対立を激化させ、SNS上でやりとりされる投稿には憎しみや怒りがまん延しています。その原因は、フィルタリングにより見たいものしか見えなくなる「フィルターバブル」であるという考えが主流ですが、それよりもっと本質的な原因について、科学系YouTubeチャンネル・Kurzgesagtが解説しました。
The Internet is Worse Than Ever – Now What? - YouTube
SNSなどのアルゴリズムは、ユーザーが見たい物を正確にリコメンドし、自分の意見に同意する情報だけを表示します。
その一方で、反対意見や情報は除去されます。
これが「フィルターバブル」です。
ところが、インターネットユーザーが見ているものや検索エンジンで表示されるものを調べた研究では、人々がイデオロギー的に孤立しているという証拠はほとんど見つかりませんでした。
それどころか、インターネットユーザーは自分とは違う意見や世界観に日々直面していることがわかりました。
よく考えてみると、そもそも家族や友だちなどとしか会わない実生活はネット上よりはるかに多様性に欠けています。
フィルターバブルが対立の原因でないのなら、インターネットは人々がもっとわかり合うための場所になるはずです。
ところが、残念ながら人間の脳は愚かなので、そうはなっていません。
人間の脳は、本質を理解するためではなく社会生活を生き抜くために進化しました。
お互いに協力できないということは現実的な脅威だったので、孤立や分断があるグループは滅亡するということが何世代も続いてきました。
そのため、人々は隣の村の住人をバカにすることはあっても、同じ村に住んでいる隣人とはそれなりに付き合うようになりました。
物理的に近くで過ごすにつれ、世界観のギャップを埋める共通点が見つかるようになり、お互いに殺し合ったりはしなくなります。また、同じ文化に属しているので、そもそも隣人同士の世界観に大きな違いは生まれません。
社会の発展に伴い、異なる価値観を持つ隣人と接する機会は増えていきましたが、人々は大抵うまく足並みをそろえてきました。
ところが、インターネットの登場により脳は「ソーシャルメディア」や「デジタルタウンスクエア」といった新しい概念に直撃されることになります。
こうして生まれたのが、「私の意見に反論するな」という欲求に根ざした「ソーシャル・ソーティング」、つまり社会的な選別です。
この問題を要約すると、「人の脳はインターネット上にある意見の相違をうまく処理できない」という点に尽きます。これは、祖先から受け継いだ協力し合うためのメカニズムが足を引っ張ってしまっているのが原因です。
望むと望まざるとにかかわらず、脳は世界観や意見に応じて人々をグループ分けします。これがソーシャル・ソーティングです。
ネット上の言論の場である「デジタルタウンスクエア」では、異なる価値観に基づいた意見や情報に遭遇します。しかも、そうした人たちは隣人とは違って自分の地元のスポーツチームを応援することもありません。
人と協調するのに必要な共通点を見いだせなくなると、脳は意見の相違をアイデンティティにかかわる問題だとみなすようになります。
こうなると、相手の意見はひとつも信じられなくなり、相手に関する悪口は何でも信用してしまいます。
逆に、インターネットでは実生活で会う人々よりも世界観が似ている人に出会うことがあります。
自分と同じように考える人はきっといい人だし、自分が属している社会的グループもいいものに違いないと思えてきます。
こうなると、価値観が似ている人の意見は何でも信じるようになります。
一方、同じグループのメンバーの悪い評判は無批判に却下されます。
できるだけユーザーを引き留めようとするソーシャルメディアの仕組みが、事態をさらに悪化させます。なお悪いことに、ソーシャルメディアにとって最も便利な感情は「怒り」です。
怒りを感じていればいるほど、人々は議論に参加したり意見を表明したりする可能性が高くなります。
また、ソーシャルメディアでは意見の相違どころか最悪の意見が一番目立つように最適化されます。
そして、ソーシャル・ソーティングにより「ピザにパイナップルを入れる連中」という具合にグループ分けされ、そのメンバー全員が最悪の意見を持っているかのように認識されます。
その結果、ライフスタイル、見る番組、宗教、ファッションセンスなど生活のあらゆる側面で二極化が強調され、これらの違いが対立的で排他的なアイデンティティを構成しているかのように見えてきます。
社会をどう運営するかの意見の違いは単純化され、相手のチームが社会を積極的に悪くしようとしているかのようにゆがめられます。
この問題は、二大政党制によるチーム分けが行われがちなアメリカでは特に深刻で、意見の対立は前例のないレベルに達しているとのこと。
こうした害を回避するには、ソーシャルメディアが脳に世界をどう見せているのかを意識するのが大切です。
意見の内容ではなく誰が言ったかで意見を判断したりしていないか、振り返ってみるのも手です。
技術の進歩に対して脳の進化は遅すぎるので、部族の村が都市や国家に発展したときのように、新しい時代に適応しなくてはなりません。
インターネットがそれなりにうまくいっていた時代もありました。例えば、ブログや掲示板が中心だった初期のインターネットには、ユーザーを引き留めようとするアルゴリズムがなかったので、ユーザーは用が済んだらPCの電源を落とすことができました。
当時のインターネットコミュニティーは、さながら小さな村のように分かれていました。
それぞれにコミュニティーには厳しいローカルルールや、そこでしか通用しない独自の文化がありました。しかし、もしBANされても別のコミュニティーに移動することができます。
シンプルな解決策のひとつは、小規模なオンラインコミュニティーに戻ることかもしれません。
Kurzgesagtは「忘れてはならないのは、宇宙を猛スピードでさすらう地球に住んでいる以上、人類は同じチームに属しているということです。脳がこのことにうまく適応できないうちは、しばらくソーシャルメディアから離れた方がいいかもしれません」とまとめました。
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