サイエンス

不眠症はどのくらい危険なのか?気を付けるべき点と気を付けすぎるべきではない点を専門家が解説


世界人口の10~30%が悩まされているという不眠症は、時間を気にすることでさらに症状が悪化してしまうことや、長引くと集中力や学習能力が低下してしまうことが指摘されています。そんな不眠症について、フリンダース大学のSleep Health(旧アデレード睡眠健康研究所)で心理学の名誉教授を務めるレオン・ラック氏が解説しています。

How dangerous is insomnia? How fear of what it's doing to your body can wreck your sleep
https://theconversation.com/how-dangerous-is-insomnia-how-fear-of-what-its-doing-to-your-body-can-wreck-your-sleep-212248


ラック氏は、「不眠症の症状が認知症のリスクを高めるのではないか」と心配する患者を複数人診察してきたそうです。これらの患者は全員が70代で、一晩に2~3回目が覚めるため、自分は不眠症なのではないかと考え受診に来ていた模様。しかし、これらの患者には不眠症の典型的な症状はみられなかったそうです。

これらの患者のように夜間に短い覚醒を繰り返すことは、ほとんどの人に起きうる正常な反応で、完全に無害であるとラック氏は指摘しています。


睡眠にはサイクルがあり、記憶の整理や定着を行う「レム睡眠」と、大脳や肉体を休めるための「ノンレム睡眠」が、約90分周期で変動します。レム睡眠は浅い眠り、ノンレム睡眠は深い眠りであるとされており、人間は睡眠時にこのレム睡眠とノンレム睡眠のサイクルを、4~5回規則的に繰り返す模様。

睡眠の種類が90分周期で変化していることを知らない人は、睡眠時に何度も目を覚ましてしまうことを「病気の兆候なのでは」と考えてしまうことがあるわけですが、年齢を重ねるにつれて人間の睡眠は自然と浅く・短くなっていくため、「夜間に目覚めてしまうことが人体に悪影響をおよぼすことはありません」とラック氏は指摘しました。


基本的に、不眠症と診断されるのは夜間に目覚めてしまうほかに、日中に疲労・認知障害・軽度のうつ病・過敏症・苦痛・不安といった症状を経験している場合のみです。

ラック氏は「なぜ患者たちは睡眠障害が認知症につながる可能性があると考えたのか?」を不思議に思い、これについて調査を始めました。最初に目を付けたのは、睡眠障害の測定と認知症の発症について調べた大規模調査です。

通常、研究論文のほとんどが参加者に通常の睡眠時間を報告するよう求めています。この調査でも同様にアンケート形式で被験者に1日の睡眠時間を報告させています。このデータを分析したところ、1日の睡眠時間が6時間未満であると報告した人は、認知症を発症するリスクが統計的に高いことが明らかになりました。

しかし、この調査では被験者が医療機関により「不眠症」と診断されているかどうかを示しておらず、代わりに被験者が自己申告する「1日あたりの睡眠時間」をベースに、被験者が不眠症か否かを勝手に判断しています。このような判断の仕方は「不正確である」とラック氏は指摘。

さらに、「この研究で不眠症と判断された被験者には、十分に睡眠をとっていないだけの人も多く含まれていたでしょう。恐らくそういった人々は、夜遅くまで社交したりコンピューターゲームにいそしんだりする習慣のある人です。つまり、これらのショートスリーパーの何割が、単に自分の睡眠問題を過大評価している人なのか、あるいは不眠症ではなく慢性的な睡眠不足を経験している人なのかは、判断がつかないのです」と述べました。


2つ目の問題は、「統計的に有意」という言葉の意味の解釈にあります。これは結果が単なる偶然によるものである可能性が低いことを意味するだけであるとラック氏は指摘。例えば単一の研究で「不眠症により身体的健康問題のリスクが20%増加する」ということが示された場合、どの程度研究結果を心配すべきなのかについて、ラック氏は「必ずしも我々の日常生活で考慮する価値があることを意味するものではありません」と言及しました。

また、不眠症と健康リスクを関連付ける研究について、ラック氏は「必ずしも一貫性のあるものばかりではありません。例えばいくつかの研究では不眠症が認知症のリスクを増加させると結論付けていますが、別の大規模研究では睡眠時間や睡眠の質と、認知症の発症リスクの間に関連性は見出されていません」と述べ、不眠症関連の研究結果における一貫性のなさを指摘しています。


さらに、不眠症の潜在的な危険性についてバランスの取れた視点を一般人に伝えることは「非常に難しい」ともラック氏は説明しています。一部の主要メディアは研究機関の協力を得て、認知症などの恐ろしい病気のリスクが統計的に有意であるという研究結果を報道しています。

しかし、すべてのメディアがこの種のリスクが臨床的にどの程度の意味を持っているのか、別の説明があるのか、研究結果が他の研究者の発見とどう比較されているのかについてまで詳細に説明しているわけではありません。そのため、一般の人々からすると「恐ろしいリスクの増加」に関する話ばかりで、それを和らげるような文脈が報じられていないとラック氏は指摘しています。


不眠症により人体に生じる悪影響には、認知症以外にも肥満・糖尿病・高血圧なども考えられます。これらの症状が睡眠不足と関連していることは明らかですが、これらの関連性が本物なのか、意味があるものなのか、不眠症と関連しているのかについては議論が残るところだそうです。

睡眠問題が平均寿命におよぼす影響を調査した研究では、睡眠症状だけが寿命を縮めるという証拠は見つかっていません。日中に起きる疲労・記憶障害・苦痛などの症状が含まれる場合にのみ、早期死亡のリスクがわずかに増加することが明らかになっているそうです。しかし、この早期死亡リスクが未診断の心臓病や腎臓病、肝臓病、脳疾患によるものか否かは明らかになっていません。

一方で、不眠症によりうつ病の発症率が増加するという研究結果について、ラック氏は「非常に強力な証拠がある」と指摘。不眠症により生じる症状の典型例である疲労・苦痛・認知障害などは、確実に患者の生活の質を低下させるものです。人生はより困難なものとなり、楽しいものではなくなっていき、やがて絶望感が増し、うつ病の引き金となります。しかし、睡眠と生活の質を改善することで、うつ病の発症を抑えることは十分に可能であるとラック氏。


ラック氏は不眠症に悩む人に対して「医師の助けを借りるべき」と語っており、不眠症の認知行動療法は、副作用のない効果的で長期的な非薬物療法であるとして推奨しています。また、ラック氏によると認知行動療法が成功すれば、うつ病やその他のメンタルヘルスに悪影響をおよぼす症状も減少すると説明しています。

さらに、「不眠症による深刻な身体的危険性を示唆するような研究結果により引き起こされる不必要な恐怖は役に立ちません。この種の恐怖は不眠を軽減するどころか不眠を悪化させる可能性が高いだけです」と述べ、不眠症に関する研究結果を意識し過ぎることで症状が悪化する可能性を指摘しました。

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in サイエンス, Posted by logu_ii

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