サイエンス

新型コロナワクチン開発に寄与した2人がノーベル賞を受賞、不遇の研究者が数百万人の命を救うまでの険しい道のりとは?


スウェーデンのノーベル賞委員会が2023年10月2日に、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のワクチンであるmRNAワクチン開発に多大な貢献をした生化学者のカタリン・カリコ氏と免疫学者のドリュー・ワイズマン氏に、2023年のノーベル生理学・医学賞を授与することを発表しました。

Press release: The Nobel Prize in Physiology or Medicine 2023 - NobelPrize.org
https://www.nobelprize.org/prizes/medicine/2023/press-release/

Nobel Prize in medicine awarded for work on mRNA Covid vaccines by Katalin Kariko and Drew Weissman | CNN
https://edition.cnn.com/2023/10/02/europe/nobel-prize-medicine-mrna-covid-vaccines-2023-intl-scn/index.html

Nobel prize in medicine awarded to mRNA pioneers – here's how their discovery was integral to COVID vaccine development
https://theconversation.com/nobel-prize-in-medicine-awarded-to-mrna-pioneers-heres-how-their-discovery-was-integral-to-covid-vaccine-development-214763

Long Overlooked, Kati Kariko Helped Shield the World From the Coronavirus - The New York Times
https://www.nytimes.com/2021/04/08/health/coronavirus-mrna-kariko.html

ノーベル賞委員会はプレスリリースで、カリコ氏とワイスマン氏の業績を「mRNAが免疫系とどのように作用するかについての理解を根本的に変えた画期的な発見を通して、現代の人類の健康に対する最大の脅威のひとつであるパンデミックにおける前例のないワクチン開発に貢献しました」とたたえて、両名をノーベル賞生理学・医学賞に選出したことを発表しました。

伝令RNAとも呼ばれるmRNAは、転写と呼ばれるプロセスでDNAから合成されるもので、さらに翻訳というプロセスで人体を形作るのに欠かせないタンパク質を合成する役割を果たしています。カリコ氏とワイスマン氏は、このmRNAを制御すればそれまでとはまったく異なる方法で治療ができるようになると考えて研究を開始しましたが、その道のりは長く険しいものでした。


ハンガリー出身のカリコ氏は、1985年に夫と当時2歳の娘とともに渡米し、ペンシルベニア州のテンプル大学でmRNAを治療に使う研究を行いました。しかし、当時mRNA研究が下火だったこともあり、移民であったカリコ氏は科学界から冷遇され大学を追われてしまいました。そして、1989年に移籍したペンシルベニア大学のコピー機で論文を刷っている最中、偶然免疫学に造詣が深いワイスマン氏と出会い、共同での研究に乗り出します。

当時のmRNA研究には、「マウスにmRNAを投与すると有害な免疫反応を引き起こしてしまい、健康に悪影響が出る」という課題がありましたが、ふたりは2005年に塩基修飾、つまりmRNAの一部を置き換えることで、望ましくない免疫反応を抑制しつつ細胞の機能を調整できることを突き止めました。しかし、この論文は主要な科学誌から軒並み掲載を拒否され、ようやく医学誌のImmunityに掲載されてもほとんど見向きもされなかったそうです。

それでもmRNAの研究を諦めなかったカリコ氏とワイスマン氏は、2008年と2010年の研究でmRNAによるタンパク質の合成を飛躍的に増加させる発見を行い、これらの成果を元にmRNAを民間企業に売り込みましたが、多くの企業や投資家は理解を示しませんでした。しかし、最終的にアメリカのModernaとドイツのBioNTechという2つのバイオテクノロジー企業がmRNAに興味を持ったことで、ようやく実用化の道が開けました。


転機となったのは、中国発のCOVID-19のパンデミックです。カリコ氏らの当初の研究は、mRNAでインスリンやホルモンなどを合成することを念頭に置いたものでしたが、mRNAでウイルスの一部だけを体内で合成すれば、不活化させるなどしたウイルスそのものを投与する従来のワクチンよりも効果的に免疫を獲得させることができます。

パンデミック前の2010年代からmRNAワクチンを研究していたバイオテクノロジー企業らは、中国の研究機関が公開した新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のゲノムを元にウイルスのスパイクタンパク質を合成するmRNAを設計し、不安定なmRNAを微細な脂質の粒子で包む脂質ナノ粒子(LNP)技術と組み合わせてCOVID-19のmRNAワクチンを開発しました。

ノーベル賞委員会はふたりの功績について、「mRNAワクチンは130億回以上投与され、数百万人の命を救い、さらに数百万人の重篤なCOVID-19発症を防ぎ、社会を通常に戻すことを可能にしました。ふたりは、mRNAの塩基修飾の重要性に関する基礎的な発見を通じて、現代最大の健康危機のひとつにおける革新的な発展に大きく貢献したのです」と記しています。


ワクチンが実用化された際、カリコ氏はお気に入りのチョコレートピーナッツを1箱丸ごと食べてそのことを祝ったとのこと。ノーベル生理学・医学賞を受賞した13人目の女性であるカリコ氏は、学術誌のNatureに「この受賞が女性や移民、そしてすべての若者たちに、忍耐と立ち直りを促すきっかけとなることを願っています」と話しました。

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in サイエンス, Posted by log1l_ks

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