サイエンス

常温常圧超伝導体「LK-99」はいかにしてネットで興奮の渦を巻き起こしたのか?

by Department of Engineering, University of Cambridge

韓国の研究者らが2023年7月22日に、室温かつ常圧で超伝導を起こす物質「LK-99」を開発したとの論文をプレプリントサーバー・arXivで発表してから、「LK-99」や「常温常圧超伝導」という言葉は瞬く間にX(旧Twitter)をはじめとするソーシャルメディアを席巻し、大きなトレンドとなりました。慎重な姿勢を崩さない科学界を尻目に、SNSが熱狂的ともいえる盛り上がりを見せた軌跡を、アメリカのニュースメディア・The New York Timesがまとめています。

LK-99 Is the Ambient Superconductor of the Summer - The New York Times
https://www.nytimes.com/2023/08/03/science/lk-99-superconductor-ambient.html

カリフォルニア州にあるローレンス・バークレー国立研究所の物理学者であるシネイド・グリフィン氏は2023年8月1日に、LK-99についてのシミュレーションを実施した予備的な研究論文のリンクとともに、オバマ元大統領がマイクを落としている様子の動画をXに投稿しました。


グリフィン氏が投稿した動画は、2016年のホワイトハウス記者会夕食会に出席したオバマ元大統領がスピーチを終える際に、「これ以上語ることはない」というパフォーマンスのためにマイクを床に落とした際のものです。

The New York Timesによると、この「マイク落とし(The mic drop)」に対する反応は熱狂的で、特に一部のXユーザーはこれを物理学における決定的な発見が確認された瞬間だと解釈したとのこと。例えば、あるXユーザーは「なんてこった、ローレンス・バークレー国立研究所はLK-99が本物だと確認したのか?」とつづっています。


アレックス・カプラン氏も、The New York Timesが「LK-99ファンを夢中にさせた興奮と失望のジェットコースター」と形容しているトレンドの波に乗ったXユーザーのひとりです。

ソーシャルニュースサイト・Hacker NewsでLK-99を知ったというカプラン氏は、すぐに「私は今日、生涯で最大の物理学的発見を見たかもしれません。常温常圧の超伝導体が持つ意味を、人々は十分に理解していないと思いますが、それは私たちの生活を完全に変える可能性があるものです」とXに投稿して、興奮を分かち合いました。


記事作成時点で13万3000件のいいねを獲得しているこの投稿により、カプラン氏はソーシャルメディア上で盛り上がりを見せているLK-99ファンの仲間入りを果たしましたが、The New York Timesは「熱狂的なファンのほとんどは専門家ではありません」と指摘しています。例えば、カプラン氏は学生時代にプリンストン大学で物理学を専攻していましたが、記事作成時点では瞬間冷凍コーヒーエキスを手がけるメーカー・Cometeerでコーヒー製品の責任者を務めています。


SNSで熱気が高まる一方で、超伝導や固体物理学を研究している科学者の多くは沈黙を保っており、自分の研究テーマに関心が集まることを素直に喜べずにいます。というのも、この分野の研究が世間を熱狂させることはめったになく、これまでにも多くの未証明の主張が顧みられることもなく消えていっているのに、今回の常温超伝導体の主張だけが異例の大成功を収めたからです。

グリフィン氏はThe New York Timesに、「正しく説明され、この議論に必要だと思われる注意事項を踏まえた上であれば、固体物理学の研究に世間の関心が集まるのは素晴らしいことです」と話しました。


The New York Timesによると、多くの専門家は「韓国の科学者らがこれまでに提供したデータは説得力を欠いている」として、懐疑的な見方を崩していないとのこと。

例えば、メリーランド大学の凝縮物質理論センターの所長であるサンカル・ダス・サルマ氏は、「超伝導について結論を下すのは時期尚早です。データは非常に示唆に富んでいますが、決して説得力のあるものではありません」とコメントしています。

ダス・サルマ氏はまた、凝縮物質理論センターの公式アカウントで、韓国の研究チームが公開した論文の図には不可解な点があり、アパタイトという鉱物の鉛原子の一部を銅に置き換えた物質の抵抗が、純銅などの良導体の金属の約100倍もあることを指摘した上で、「韓国の研究チームがLK-99が超伝導体になったと主張する温度では電気抵抗が低下することはあってもゼロにはなりません」と述べました。


また、黒い物体が浮かぶ動画がいくつか証拠として公開されていますが、グラファイトなどの超伝導体ではない物質も同様に部分的な浮遊を示す可能性があるため、これも決定的なものとはいえないそうです。

その後も、ネット上では新情報が矢継ぎ早に登場しました。カプラン氏は、8月1日に「グリフィン氏が、銅ドープ鉛アパタイトの超伝導の理論的根拠を発見しました。フェルミ準位での孤立したフラットバンドは超伝導結晶の特徴で、LK-99にはそれがあります!これは大ごとです」と投稿しています。


一方のグリフィン氏は、「私はこの計算で超伝導を説明したわけではありません」とコメント。コンピューターシミュレーションにより、アパタイト内の銅の置換が原子の異常な再配列をもたらし、アパタイトの結晶構造の体積が減少したことで、電子構造が超伝導に適したものに変化したように見えることを示しただけであると説明しました。

「フラットバンド」と呼ばれるこの電子的特徴は、1980年代に発見された高温超伝導体、つまり室温よりも温度が低いものの、極低温でのみ観察されていた以前のものよりは高い温度で超伝導となる物質で見られるものとよく似ています。これにより、電子間の強い相互作用が促進され、これが超伝導を起こす可能性がありますが、フラットバンドが観察されたからといって常に超伝導とは限らないとのこと。

中国の科学者グループも、同様の電子構造を発見したというシミュレーション結果を論文として発表していますが、グリフィン氏は8月2日の一連の投稿で「フラットバンドは超伝導を意味することもありますが、金属から絶縁体への転移、電荷密度波、磁性など、他のさまざまな現象を意味することもあります。どれも興味深いですね」と述べて、「マイク落とし」の楽観的な解釈を否定しました。


一方、同日には中国の東南大学の科学者グループが、LK-99を合成し、そのサンプルの一つでゼロ抵抗を測定したと報告しました。

常温常圧超伝導体「LK-99」再現実験について東南大学のチームがマイナス163度で「抵抗ゼロ」を観測したと発表 - GIGAZINE


とはいえ、約マイナス163度は室温とはほど遠く、電気抵抗の減少も緩やかで超伝導体に期待されるような急激な低下ではありませんでした。より高い温度での抵抗の低下を示すデータもありましたが、不純物か装置の不具合によるものとされています。

プレプリントサーバーが舞台となった今回の流行について、ダス・サルマ氏は「査読のないプレプリントで発表された『物理学』は茶番です。オリジナルの論文には明らかな超伝導転移がなく、超伝導転移温度での抵抗率は銅の100倍でした。また、東南大学の研究にも転移が見られず、機器によって作り出された不自然な結果があるだけです。一体何がしたかったのでしょう?誰も自然を欺くことなどできません」とコメントしました。

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in サイエンス, Posted by log1l_ks

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