軽い脳しんとうですら脳を「再配線」してしまい長期的な影響をもたらすとの研究結果
脳は豆腐のように柔らかい組織であるため、ヘディングした回数が多いサッカー選手ほど認知機能が低下しやすいことなど、スポーツ中に発生するような比較的軽い衝撃でもダメージを受けかねないことが分かっています。ケンブリッジ大学の専門家らが行った新しい研究により、軽度の外傷性脳損傷(TBI)、つまり脳しんとうを経験した人の脳では「過結合(hyperconnectivity)」という現象が発生していることが確かめられました。
Acute thalamic connectivity precedes chronic post-concussive symptoms in mild traumatic brain injury | Brain | Oxford Academic
https://doi.org/10.1093/brain/awad056
Even mild concussions can 'rewire' the brain, possibly causing long-term symptoms | Live Science
https://www.livescience.com/health/neuroscience/even-mild-concussions-can-rewire-the-brain-possibly-causing-long-term-symptoms
Almost half of people with concussion still show symptoms of brain injury six months later -- ScienceDaily
https://www.sciencedaily.com/releases/2023/04/230425205339.htm
世界では年間推定5000万件のTBIが報告されており、高齢化による転倒事故の増加や低・中所得国における交通事故の増加を背景に、TBIの症例数は年々増加傾向にあります。これを受けて、科学者らはTBI患者への治療を改善することを目的としたプロジェクトである「CENTER-TBI」を立ち上げました。
このCENTER-TBIのデータを分析したケンブリッジ大学のレベッカ・ウッドロウ氏らの研究チームは、2023年2月に神経学の学術誌・Brainに掲載された論文で、「6カ月以内の完全回復が見込まれる軽度のTBIであっても、6カ月以降も問題が続く事例が多いことが判明した」と発表しました。研究結果によると、ほぼ半数に当たる45%で脳の損傷に起因する症状が出ており、TBI患者らは疲労や集中力の低下、頭痛などに悩まされているとのこと。
ウッドロウ氏は科学系ニュースサイトのLive Scienceに、「私たちは、転帰が悪いTBI患者がいかに多いかに驚かされました。ほぼ半分の人で影響が見られました」と話しています。
特に問題視されているのが、軽い脳しんとうとして片付けられることが多い軽度のTBIです。中~重度のTBI患者には相応の治療が施されますが、軽度のTBI患者に対するケアは限定的であり、サポートもほとんど行われません。
こうしたTBI患者の脳が受けた損傷について理解を深めるため、研究チームはCENTER-TBIで脳の検査を受けたTBI患者108人と、健康な対照群78人のデータを比較する研究を行いました。特筆すべきは、CENTER-TBIでは脳の構造を調べる標準的なMRIやCTスキャンのデータだけでなく、脳の機能を調べる機能的MRI(fMRI)のデータも収集されている点です。普通、軽度のTBIではfMRIまで行われません。
分析の結果、CTスキャンやMRIではTBI患者の脳の構造的な変化は見られませんでしたが、fMRIでは健常者と比較して「視床と他の領域との結合が有意に強い」ということが示されました。
視床は、脳の信号を中継する通り道としての働きがあるため、しばしば「脳のリレー」と表現されます。Live Scienceによると、TBIによって視床と他の部分の結合が強まるのは、そうすることで脳のさまざまな場所の損傷を補おうとししている可能性があるとのこと。
また、ウッドロウ氏は「視床は脳の中心に位置しているので、どの方向からの衝撃でも傷つきやすい部分です。ですから、視床そのものの損傷に対応しようとした結果、結合が強まっている可能性もあります」と指摘しました。
先行する研究では、中~重度のTBIで脳全体の結合が高まることがすでに確認されており、研究チームは論文に「過去の複数の研究が、脳の結合を高めることで損傷に対応しようとしている『適応的過結合仮説』を支持しています」と記しています。
今回の研究では軽度のTBIによる脳の結合の変化だけでなく、過結合が最も顕著な領域が、感情的な症状や認知的な症状など、特定の症状と関連性があることも示されました。また、こうした結合の変化は、脳の領域における神経伝達物質の濃度とも相関を示しました。そのため、これらの神経伝達物質を調節して軽度のTBIを治療する薬が開発できるのではないかと、研究チームは考えています。
研究チームは今後、スポーツでよく見られる反復性の脳しんとうの影響について調査し、TBIが累積的な影響を及ぼすかどうかや、脳が衝撃を受ける度に脳しんとうの影響が深刻になっていくのかどうかなどについて究明する予定です。
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