サイエンス

「ワインの味は専門家でも正確には判別できない」という説は本当なのか?


ブドウを原料に作られるワインはブドウの品種や産地などによって味や香りが異なり、ソムリエと呼ばれる専門家はテイスティングによって銘柄を識別できるといわれています。ところが、「ワインの味は専門家でも正確に判別できない」とする説もささやかれており、この説についてウェブメディアのAsteriskでライターを務めるスコット・アレクサンダー氏がまとめています。

Is Wine Fake?—Asterisk
https://asteriskmag.com/issues/1/is-wine-fake

「専門家でもワインの味を正確に判別できない」という主張の根拠となっているのが、銘柄を伏せた赤いワインと白いワインを54人の「専門家」にテイスティングさせたという2001年の研究です。ボルドー大学のフレデリック・ブロシェ氏が行ったこの研究では、専門家は赤いワインについて「赤ワイン」らしい感想を述べたものの、実際にはいずれのワインも同じボトルの白ワインであり、「赤ワイン」に見えたものはただ着色料で赤くしていただけでした。

また、2011年にハートフォードシャー大学の心理学者であるRichard Wiseman教授が行った実験では、さまざまな価格のワインを578人の人々に飲ませてコメントをもらいました。その結果、5ポンド(約800円)未満のワインと10ポンド(約1600円)以上のワインを見分けられる人の割合は、白ワインで53%、赤ワインで47%しかいませんでした。全体として、コイントスで決めるのと大差ない正答率しか得られなかったとのこと。


しかし、実際にはワインソムリエの称号を得るには非常に難しい試験に合格する必要があります。イギリスのソムリエ育成機関・The Court of Master sommelierの最高峰資格である「マスター・ソムリエ」を取得するには、6つのワインをブラインドテイスティングし、それぞれブドウの品種・生産年・テイスティングノート・産地などを特定しなくてはなりません。92%の候補者は失敗しますが、それでもほんの一握りの候補者は偶然とは考えられない基準を超えてマスター・ソムリエの資格を取得することに成功します。

アレクサンダー氏は、「一体なにが起こっているのでしょう?赤ワインと白ワインの区別がつかない専門家がいる一方で、リースリング(白ワイン用ブドウの品種)・セーヌ川流域・1951年産だとわかる専門家がいるのはなぜでしょうか?熟成されたオレンジの皮の風味を見いだすことができるなら、なぜ3ドル(約420円)と30ドル(約4200円)のボトルを見分けることができないのでしょうか?」と疑問を投げかけています。


アレクサンダー氏は、ソムリエは確かにワインの産地やブドウの品種などをある程度見分けることが可能だと主張しています。

以下は、オックスフォード大学とケンブリッジ大学が開催しているワインテイスティングコンテスト・Varsity blind wine tasting matchの2017年の結果を示した図です。このコンテストは、番号「1」~「13」が割り振られた参加者が赤ワインと白ワインでそれぞれ6種をテイスティングし、それぞれブドウの品種と産地について回答するというもので、図の行がワインの品種、列が参加者となっています。組み合わせのパターンからすると偶然とは言えない精度で正答できているほか、一般に赤ワインでうまくいった参加者は白ワインでも高いスコアを獲得していることもわかります。また、ワインの種類によって「正答率が高いもの」と「正答率が低いもの」がはっきり分かれており、この結果を見れば専門家はワインの味をある程度識別できると考えるのが妥当です。


アレクサンダー氏は「専門家はワインの味を識別できない」という主張の元となったブロシェ氏の研究について、いくつかの問題点があると指摘しています。

まず1つ目が、「専門家」とされた被験者は実際のところただの大学生であり、単に「ボルドー大学のワイン醸造学を受講していた」というだけで選ばれていたという点です。この研究では、大学生たちが何年間ワインについて勉強していたのかや、ブドウの栽培やレストランの経営方法だけでなく、ワインのテイスティングについても学んでいたかどうかは示されていなかったとのこと。

2つ目が、被験者はテイスティングの際に「これは赤ワイン/白ワインですか?」という形式で尋ねられたのではなく、いくつかの「味を形容する言葉のリスト」を与えられ、その中から飲んだワインに合うものを選んだという点です。言葉のいくつかは赤ワイン/白ワインに典型的なものでしたが、被験者は「今飲んだのは赤ワインだ」と確信を持っていたわけではなく、「どちらのワインも赤ワインらしくはなかったけれど、色から推測すると明らかに赤ワインだから」という消極的な理由で味を形容した可能性があります。

そして3つ目が、「そもそも人間の脳は非常にだまされやすい」という点です。テイスティングの際にワインの色を見て、視覚情報から「これは赤ワインだ」という認識の下で飲めば、味を正確に識別するのは難しくなります。

2010年に別の研究者らが行った研究では、上記の問題を排除するために赤ワインか白ワインかわからない状態で学生にテイスティングさせ、味の感想を尋ねました。その結果、学生たちは偶然よりもはるかに高い精度で、飲んだワインを赤ワインだと識別できたと報告されています。


また、2011年に行われた「人々は飲んだワインが高価なものか安価なものか識別できない」とする研究について、アレクサンダー氏は「私が見つけた研究のほとんどは、人々が安価なワインよりも高価なワインを好むことは示されていませんでした」と述べています。

17の研究で収集された6000件以上のブラインドテイスティングの結果を分析した2008年の研究では、非専門家の人々ではワインの価格と評価の相関関係はわずかにマイナスであり、平均的に高価なワインはあまり好まれないことが示されました。しかし、専門家はより高価なワインを好むこともわかっており、平均してワイン価格が10倍になると7パーセントポイント高い評価を下したとのこと。

2009年の研究では、ワインコンクールの審査員が同じワインを2回ブラインドテイスティングした際、評価がどれほど離れるのかが調査されました。その結果、ほとんどの審査員は2回の評価が大きくずれることはないものの、微妙な変動が生じるのが一般的であることが判明。なお、審査員の評価は「まずいワイン」において非常に一貫性があり、「おいしいワイン」では一貫性に欠ける場合が多いこともわかりました。

アレクサンダー氏は、「従って、経験豊富な審査員でも、どのワインが他のワインよりも優れているのか、あるいは価格の高いワインがおいしく感じられるのかについて、一般的に同意することはできません」と指摘。その上で、一般の人々が「高級レストランのピザよりも安いジャンキーなピザの方がおいしい」と感じることがあるように、高価なワインの方が必ずしも味がいいと感じるわけではなく、高価なワインは偽物だというわけではないと述べています。

実際、ワインにはさまざまな香りをもたらす多様な化学物質が含まれており、感覚の鋭い専門家がこれらの化学物質を嗅覚や味覚で感じ取れることは理にかなっています。しかし、専門家がワインの味や香りを形容する際に使う「黒スグリの実」「オレンジピール」といったワードは、一種の暗号のようなものであり、2007年の研究では一般消費者はこれらの専門家が使うワードとワインの味を一致させることができなかったとのことです。


ワイン専門家の知識について疑問を投げかけた衝撃的な事件として挙げられるのが、1976年に起きた「パリスの審判」です。これは、当時超一流とされていたフランスのワインと、新興だったカリフォルニアワインを合計10本選び、ワイン界でも名の知れた審査員にブラインドテイスティングさせたというもの。当初は誰もがフランスワインの圧勝だろうと考えていましたが、カリフォルニアワインが赤ワイン/白ワインの両方で1位を獲得して大きな波紋を呼びました。

この結果を受けて、カリフォルニアは世界有数のワイン生産地として知られるようになりました。アレクサンダー氏は、当時の人々はフランスワインの優位性を疑っておらず、誰もカリフォルニアワインを真剣に受け止めていなかったと指摘。その結果、カリフォルニアワインが実は非常に優れたものだということに気づけず、結果に衝撃を受けることとなったと述べています。

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in サイエンス,   , Posted by log1h_ik

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