サイエンス

誤用されている心理学・精神医学用語


エモリー大学の心理学者であるスコット・リリエンフェルト氏らが、心理学用語の誤用・混乱を防ぐためにいくつかの言葉をピックアップし、それぞれについて解説しました。

Frontiers | Fifty psychological and psychiatric terms to avoid: a list of inaccurate, misleading, misused, ambiguous, and logically confused words and phrases
https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fpsyg.2015.01100/full

リリエンフェルト氏らは、心理学を語るうえで避けるべきもの、あるいは控えめに表現し、明確な注意書きとともに使用すべきものを暫定的にリストアップしてアルファベット順に記しています。以下に20個をピックアップしましたが、日本語圏と英語圏では同じ言葉でも異なる使い方をされているものもあります。

◆1:「A gene for(○○遺伝子)」
リリエンフェルト氏らいわく、報道機関は性格特性や精神疾患、同性愛などの「遺伝子」を見つけたと報道しがちだとのこと。例えば「リベラルになりやすいリベラル遺伝子を科学者が発見した」などの見出しがあるそうです。しかし、行動表現などの特性を導く遺伝子は存在せず、統合失調症や双極性障害などの精神疾患に関する研究によれば、これらに大きな影響を与える遺伝子はおそらくほとんど存在しないことが示唆されているそうです。

◆2:「Antidepressant medication(抗うつ薬)」
抗うつ薬とも訳されるこの言葉ですが、三環系、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)、選択的セロトニン・ノルエピネフリン(SNRI)などの抗うつ薬には、不安関連障害や強迫性障害、神経性過食症よりも気分障害の治療に有効であるという証拠はほとんどないとのこと。したがって、うつ病に対する抗うつ薬の特異性には疑問が残り、その名前は科学的証拠よりも、歴史的な先例に由来しているといえるそうです。一部の研究者は、これらの薬物は一般に主張されているよりもかなり効き目が弱く、重度のうつ病にのみ有効で軽度や中程度のうつ病には効果がないため、「抗うつ薬」というラベルは誤解を招くおそれがあると主張する人もいます。

◆3:「Autism epidemic(自閉症の流行)」
直訳すると「自閉症の流行」で、過去25年間に自閉症(自閉症スペクトラム障害)の発生率と有病率が大幅に増加したとされる状態を指す言葉です。ワクチンやテレビ視聴、食物アレルギー、抗生物質、ウイルスなどが「流行」の原因ではないかと想定されているそうですが、増加傾向の真の数値を反映しているかどうかは怪しいとのこと。もし自閉症の割合が増加しているとすれば、その増加はせいぜいわずかなものであり、「流行」と広く主張することを正当化することはできないように思われるとリリエンフェルト氏らは述べました

◆4:「Brain region X lights up(脳の領域Xが光る)」
「脳の領域Xが光る」という表現は多くの研究者が使っているそうですが、脳画像に分かりやすく着色しているだけであり、実際に光っているわけではありません。それにもかかわらず、読んだ人に「発光」のような印象を与える可能性があります。これらの色が示す活性化は神経活動そのものを反映しているのではなく、神経細胞の酸素摂取量を反映しているだけであるため、ある実験操作に反応した生の神経活性化レベルを反映したものではないとリリエンフェルト氏らは指摘。脳スキャンで光った領域が実際には興奮ではなく抑制されていることもあるため、「ライトアップ」ではなく「ライトダウン」である可能性も考えられるそうです。

◆5:「Brainwashing(洗脳)」
リリエンフェルト氏らいわく、「洗脳」というこの言葉は朝鮮戦争中に生まれ、現代でも無批判に使われることがあるとのこと。しかし、いわゆる「洗脳者」が用いるテクニックは「ある目標への参加を促す」「情報源の信頼性を高める」といった、一般的な説得の方法と変わらないそうです。


◆6:「Bystander apathy(傍観者の無関心)」
火事などの緊急時にはやじ馬が多く集まるものですが、その多くが救助活動を行わないことから、「緊急事態に立ち会う人が多ければ多いほど、救助を受けられる可能性が低くなる」などの研究結果が示されているとのこと。これらは「傍観者の無関心」と呼ばれていますが、一概に無関心であるとは言い難い研究結果も示されているそうです。

ある研究では、多くの人々は無関心どころか被害者のことを心配していることが普通だとのこと。しかし、責任問題、自分の行動が愚かに見えるかもしれないという恐怖心、童話の「裸の王様」で見られるような集団心理「多元的無知」が働くなどの心理的プロセスが発生し、心理的に凍りついているのだとリリエンフェルト氏らは解説しました。

◆7:「Chemical imbalance(化学的不均衡)」
脳の特定の神経伝達物質が少なすぎたり多すぎたりすると発生し、この不均衡が精神疾患を引き起こすという主張があります。しかし、リリエンフェルト氏らは「製薬会社による消費者向けマーケティングキャンペーンの成功のおかげです」と解説。脳内の神経伝達物質の「最適」レベルは知られておらず、神経伝達物質に最適な比率が存在するという証拠もないため、、何が「不均衡」を意味するのかは不明だとのことです。

◆8:「Family genetic studies(家族遺伝学研究)」
家族遺伝学的研究という言葉は、パニック障害やうつ病などの症状が環境よりも遺伝子が原因である可能性が高いという誤った意味を含んでいるとのこと。また、遺伝子の影響と環境の影響を切り離すことができるという誤解も生まれているそうです。

◆9:「Genetically determined(遺伝的に定められた)」
リリエンフェルト氏らいわく、心理的能力が遺伝的に決定されることはほとんどなく、せいぜいわずかな影響を受ける程度であるとのこと。精神疾患の中で最も遺伝性の高い統合失調症でさえ、推定される遺伝率は70〜90%であり、環境という不確定なものの影響を受ける余地があるそう。神経症や外向性といったほとんどの性格特性の遺伝率は30〜60%であると指摘され、やはり遺伝ではなく環境的な影響が強いという説が有力だそうです。

◆10:「God spot(神の領域)」
人間の宗教的観念が側頭葉の周辺領域などの特定の脳領域の活性化と関連しているという知見から、一部のメディアや学術関係者は「人間の脳に神の領域が発見された」と言及しているとのこと。しかし、宗教的観念を含む複雑な心理的能力は複数の脳領域にほぼ確実に分布していることを考えると、このような表現は科学的に疑わしいと言えるとリリエンフェルト氏らは指摘しました。


◆11:「Gold standard(ゴールドスタンダード)」
さまざまな種類の心理評価の中で最も優れた基準を指すこの言葉ですが、本物のゴールドスタンダードはほとんど存在しないとのこと。基本的にすべての測定法は、高い妥当性を持つものであっても、指標としては必然的に誤りを犯しやすいものであるとリリエンフェルト氏らは指摘しました。

◆12:「Hard-wired(ハードワイヤード)」
男性が女性よりもネガティブなニュースに対して敏感であるなど、人間の心理的特性の一部は先天的なものであるという研究結果が報告されているとのこと。しかし、先天的な反射を除き、人間の心理的能力で本当にハードワイヤー化されているもの、すなわち心理と行動が強く結ばれているものは極めて少ないことが示されているそうです。

◆13:「Hypnotic trance(催眠トランス)」
催眠術によって引き起こされるトランス状態は、誰かに強制的に別の精神状態にされ、自分の意思に反して普段しないようなことをさせられるような状況を想像する人が多いですが、実際には「催眠」が覚醒した意識とは質的に明確異なる状態であるという証拠は乏しいとのこと。

◆14:「Influence of A on X(Xに及ぼすAの影響)」
Aには性別、社会階級、教育、民族性、うつ病、外向性、知能などが入り、これらの条件が何かの行動や心理的特性に影響を及ぼすという考え方です。しかし、これら「A」の違いを調べる実験はほとんど常に非自然的な環境下で行われるものであるため、極めて慎重に使用されなければならないとリリエンフェルト氏らは述べました。

◆15:「Lie detector test(うそ発見器テスト)」
リリエンフェルト氏らは「心理学における最も悪質な誤用であることは間違いないです。うそ発見器テストという用語は、しばしばポリグラフ検査と同義に使われることがありますが、これは生理学的な反応を見るものであり、うそ発見器ではありません」と述べています。しかしながら、うそ発見器というものがあり、虚偽を正確に発見するものであると信じる人も多いとのこと。


◆16:「Love molecule(愛情分子)」
オキシトシンというホルモンを「愛情分子」と名付けている人や、「信頼分子」「抱擁ホルモン」「道徳分子」と名付ける人がいるそう。しかし、オキシトシンはポジティブとネガティブの両方の情報に対して個人をより敏感にさせることを示唆しているほか、親密なパートナーへの暴力の傾向を高める場合もあるため、一概に良好なものであるという見方は間違いだとのこと。

◆17:「Multiple personality disorder(多重人格障害)」
20年以上前にアメリカ精神医学会の診断マニュアルから削除された言葉であり、2022年時点では「解離性同一性障害」と呼ばれています。

◆18:「Neural signature(神経信号)」
社会規範を順守することが特定の脳領域の活性化と関連していることを観察した研究者が、この言葉に言及しました。また、神経性の食欲不振症や自閉症などの精神疾患を示すという神経信号に言及する人もいるそう。とはいえ、2022年時点ではそのような信号をピンポイントで特定するところまでは至っていないとのこと。

◆19:「No difference between groups(群間差なし)」
多くの研究者が、従来の統計的有意水準に達しないグループ間の差を報告した後、「群間差はなかった」と言い切るとのこと。同様に、2つの変数間の相関が有意でない場合「変数間に有意差なし」と報告します。しかし、帰無仮説を棄却できなかったからといって、厳密には帰無仮説が確認されたわけではありません。代わりに「群間の有意差なし」「変数間の有意な相関なし」と書くことをリリエンフェルト氏らは推奨しました。

◆20:「Objective personality test(客観的性格テスト)」
多くの研究者は紙と鉛筆による性格測定テストを「客観的テスト」と呼び、面接や刺激による反応を見る「主観的テスト」と対比させているとのこと。しかし、前者は質問によってかなりの主観的判断が必要となることがしばしばあるそうです。例えば「私は頭痛が多い」という項目は、「多い」と「頭痛」の意味のあいまいさから、人によってさまざまな解釈をすることができます。

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in サイエンス, Posted by log1p_kr

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