31年以上もHIV感染者だった男性が幹細胞移植後に寛解、移植時点で63歳のHIV寛解は史上最高齢
2022年7月27日、カナダ・モントリオールで開催された2022年国際エイズ会議で、「HIV感染者であり白血病を発症した男性が幹細胞移植を受けた後、HIVが寛解した」という事例が報告されました。発表時点で66歳である匿名の男性は、1988年にHIVと診断されてから31年以上にわたりHIVと共に生きており、幹細胞移植時の63歳という年齢はHIVの長期寛解が確認された最高齢とのことです。
Patient with HIV achieves remission following stem cell transplant at City of Hope | City of Hope
https://www.cityofhope.org/hiv-patient-achieves-remission-following-stem-cell-transplant-city-of-hope
Fourth person 'cured' of HIV, but is a less risky cure in sight?
https://www.france24.com/en/live-news/20220727-fourth-person-cured-of-hiv-but-is-a-less-risky-cure-in-sight
A 5th person is likely cured of HIV, and another is in long-term remission
https://www.nbcnews.com/health/health-news/5th-person-likely-cured-hiv-another-long-term-remission-rcna40116
66-year-old likely cured of HIV after stem cell transplant | Live Science
https://www.livescience.com/fifth-patient-cured-of-hiv
アメリカのがん治療センター「シティ・オブ・ホープ」の准臨床教授であるJana Dickter氏は7月27日、モントリオールで開催された2022年国際エイズ会議で、抗レトロウイルス療法を中断した後も17カ月以上にわたりウイルスが複製されていない男性患者の事例を報告しました。
匿名を希望している男性は1988年にHIVと診断されましたが、当時は現代のようなHIV治療法が発達しておらず、「他の多くの人々と同じようにそれは死刑判決だと思いました」と述べています。実際、男性も免疫系が極度に抑制された状態となり、一時は後天性免疫不全症候群(エイズ)と診断されていましたが、1990年代に複数のHIV治療薬を併用する抗レトロウイルス治療に切り替えることができ、その後はHIV感染者として生きてきたとのこと。
ところが2018年、男性は急性骨髄性白血病と診断されてしまい、治療のために幹細胞移植を行うこととなりました。男性は2019年初頭に幹細胞移植を受けることができましたが、この際のドナーがHIV感染に耐性がある遺伝子変異を持つ人物だったそうです。白血球の表面にあるCCR5というタンパク質の遺伝子に「デルタ32」という変異を持つ人は、HIVが体に侵入するための経路が使えなくなるため、HIVへの耐性を持っていることが知られています。
幹細胞移植を受けた男性の体は、着実にHIVに耐性のあるドナー由来の免疫系に置き換わっていきました。そして、2021年3月に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のワクチンを接種した後、医療チームの監視下で抗レトロウイルス治療を中断。その後は17カ月間にわたり、男性の体内でHIVが複製されている兆候は確認されていないとのことで、Dickter氏らは「患者は長期寛解状態である」と報告しました。医療チームは今後も男性の状態を監視し続けていくとしており、やがては「完治」を宣言する可能性もあるそうです。
これまでにもHIVの長期寛解や完治が宣言された人物は複数人いますが、男性は幹細胞移植時点で63歳、記事作成時点で66歳であり、長期寛解が宣言された人物としては最高齢となります。また、31年間にわたりHIV感染者だったという点も寛解者の中で史上最長です。男性はシティ・オブ・ホープを通じた声名で、「HIVに感染しなくなる日まで生きられるとは思ってもいませんでした」「感謝の念に堪えません」と述べました。
科学系メディアのLive Scienceは、今回の事例は世界初のHIV寛解者であるティモシー・レイ・ブラウン氏の事例と似ていると似ていると指摘。しかし、今回の男性は幹細胞移植の患者としてはかなり高齢であったため、シティ・オブ・ホープは特別な移植前化学療法を採用し、患者への負担を軽減したとのこと。
Dickter氏は、「血液がんを発症したHIV患者に適切な幹細胞ドナーが見つかれば、より強度の低い新しい化学療法を使用し、がんとHIV療法の寛解を達成できるという証拠が得られています。これはHIVと血液がんを併発している恒例の患者にとって、まったく新たな可能性を開くものかもしれません」と述べています。
しかし、幹細胞移植は深刻な副作用を伴うため、すべてのHIV感染者にとって適切な選択肢にはならないとのこと。カリフォルニア大学のHIV専門家であるSteven Deeks氏は、「骨髄移植で最初に行われるのは、自分の免疫系を一時的に破壊することです」「がんになっていなければ、このようなことは絶対にしないでしょう」とコメント。NBCニュースは、幹細胞移植には失敗例もあり必ずしも成功するとは限らないと指摘し、「HIV治療研究の究極的な目標は、安全性・有効性・忍容性です。そして重要なことは、世界中の約3800万人ものHIV感染者が利用可能な、拡張性のある治療法を開発することです」と主張しました。
なお、2022年2月にも「幹細胞移植で初めて女性のHIV患者を治療することに成功した」と報告されており、幹細胞移植によるHIV治療例は2022年で2回目となっています。
幹細胞移植で女性のHIV治療に初成功 - GIGAZINE
2022年国際エイズ会議では、スペインのバルセロナで2006年に免疫増強治療を受けたHIV感染者の女性が、15年以上にわたって抗レトロウイルス治療なしでウイルス複製を制御している事例も報告されました。この女性は依然としてウイルスを体内に保有しているそうですが、先天性のHIV耐性遺伝子変異を持つ人々とは違う方法でHIV複製を抑制していることが確認されており、他の患者にも再現可能かどうかが注目されています。
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