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ロシアのWikipedia編集者はウクライナへの軍事侵攻にどう反応しているのか?


ロシアによるウクライナ侵攻では現地における軍事作戦だけでなく、オンライン上でのフェイクニュースやデマの拡散、印象操作といった情報戦も発生しています。そこで、世界中の人々が目にしているオンライン百科事典であるWikipediaにおける反応や、ロシア人のWikipedia編集者の行動についてアメリカのニュースメディア・SLATEがまとめています。

How the Russian invasion of Ukraine is playing out on Wikipedia.
https://slate.com/technology/2022/03/wikipedia-russian-invasion-of-ukraine-edits-kyiv-kiev.html

2022年2月24日に始まったロシアによるウクライナへの軍事侵攻は世界中に衝撃を与えており、ウクライナ当局は侵攻から1週間で2000人以上の民間人が犠牲になったと発表し、国際社会はロシアやベラルーシへの制裁を強めています。そんな中、事態に関心を持った人々の多くが今回の事態に関わるWikipediaページにアクセスしており、英語版のWikipediaで「Ukraine(ウクライナ)」のページにアクセスする人の数は2022年2月だけで2200万回を超えたとのこと。2021年2月における同ページの閲覧数は約29万回だったことから、どれほどウクライナへの関心が高まっているのかがうかがえます。

また、今回の軍事侵攻に伴い各国のWikipediaで「2022 Russian invasion of Ukraine(日本語版では『2022年ロシアのウクライナ侵攻)』」というページが作られ、大勢の編集者らがリアルタイムで進行する軍事侵攻について編集・追記・修正しています。インターネットで拡散される情報には真実と虚偽が入り交じっているため、編集者らはフェイクニュースに注意を払い、記述からプロパガンダを排除しようと努めているとのこと。

しかし、ウクライナに関してWikipediaの編集合戦が発生したのは今回が初めてではなく、過去には首都である「キエフ(キーウ)」の表記にまつわる長い争いがありました。日本では「キエフ」という表記が一般的ですが、「キエフ」はロシア語に由来する「Kiev」という表記に基づくもので、ウクライナ語に基づく「Kyiv」という表記に基づけば「キーウ」が近くなります。Wikipediaの英語版では2003年頃から表記を「Kiev」にするか「Kyiv」にするかで編集合戦が起きており、10年以上にわたる議論が続けられてきました。そして、2014年に起きたロシアのクリミア併合をきっかけにして多くの西側諸国がウクライナ語に由来する「Kyiv」表記を使うようになり、2020年9月には英語版Wikipediaでも正式に「Kyiv」が採用されました。


キーウの表記に関する論争は終結しましたが、記事作成時点ではロシアによるウクライナへの軍事侵攻を記述するページをまとめるため、各国のWikipedia編集者は作業に追われています。英語版Wikipediaの「2022 Russian invasion of Ukraine」では現在進行形で更新される戦況に加え、2014年のクリミア併合やウクライナがNATOに加入することに反対するロシアの動向など、実際に軍事侵攻が起きる以前の歴史的背景も記述されています。

Wikipediaは歴史的な出来事について、可能な限り百科事典のような長期的な世界史的見解に基づくことを目指しており、全ての詳細ではなくわかりやすい要約でまとめることが理想とされています。しかし、今回の軍事侵攻は刻一刻と状況が変わっているため、「最終的に何が重要な出来事と見なされるのかが判断しにくい」という問題があり、Wikipedia編集者にとっての課題となっているとのこと。


それでも、編集者らは細心の注意を払ってWikipediaの記述を行っており、「キエフにミサイルの破片が落下した写真」が投稿された際にも真正性の検証が行われ、最終的に写真のメタデータを基に本物だと判断されたそうです。また、ロシアの実質的国営メディアであるRT(ロシア・トゥデイ)など、「信頼できないソース」を情報源として使わないこともガイドラインで定められています。

また、英語版Wikipediaではウクライナ侵攻に関するほとんどのページで、右上隅に「E」の文字が入った青い南京錠アイコンが表示されています。これは、少なくとも1カ月以上にわたりWikipediaの編集に従事し、500以上の編集を行ってきた編集者のみが編集可能であることを示すもの。「誰もが編集できる」というWikipediaの精神とは相いれませんが、経験豊富なWikipedia編集者であるサミュエル・ブレスロー氏は、「Wikipediaに書くことは常に多くの責任を伴います」と述べ、多くの人が読む記事で中立性を保つための措置だと理解を示しました。


Wikipediaには少なくとも323言語のバージョンが存在するとのことで、ロシアの軍事侵攻に対するスタンスはさまざまです。たとえば現実に侵攻を受けているウクライナでは、侵攻が始まってからは1日当たりのWikipedia編集数が50%以上減少しているそうで、侵攻に対処することに追われていることがうかがえます。Wikipediaを運営するウィキメディア財団のウクライナユーザーグループに所属するMykola Kozlenko氏は、「防空壕(ごう)からWikipediaを編集するのは困難です」と話しており、ロシアの侵攻に関する編集作業よりも自らの避難やボランティア、軍隊への加入が優先されていると述べました。

一方、過去にはロシアとの紛争も経験しているジョージアのWikipedia編集者らは、ウクライナへの連帯を表明しています。ジョージア語版Wikipediaを見ると、おなじみのWikipediaのロゴがウクライナ国旗をイメージした青と黄色に塗られているのが確認できます。


なお、英語版Wikipediaではロゴの変更が行われていませんが、これは公的な政治的声明を出すことが中立性の取り組みに反するとの議論があるためです。Wikipediaの中立性を巡っては、過去にもブラック・ライヴズ・マター運動に際して「Wikipediaを一時停止(ブラックアウト)するかどうか」が議論されています。

黒人差別への抗議行動に関してWikipedia上でも「正義と中立性を巡る戦い」が繰り広げられている - GIGAZINE

by quinn norton

そして、ウクライナへの軍事侵攻を行っているロシア語版のWikipediaでは、侵攻に関する記述における編集者間の対立も起きています。「Вторжение России на Украину (2022)(日本語版では『2022年ロシアのウクライナ侵攻』)」のページでは、タイトルを「ウクライナのロシアにおける軍事作戦」や「ウクライナ解放」に編集する動きもあったとのこと。複数のロシア語版Wikipedia編集者は、ロシアがウクライナにおいて平和維持活動に従事していると主張しているほか、「『侵略』という言葉は強すぎるため、Wikipediaの中立性に反する」と主張する編集者もいるそうです。SLATEはこの主張に対して、「中立性の概念を武器化して根本的な事実を隠し、誤って特徴付ける作戦です」と指摘しています。

結局のところ、ロシアのWikipedia編集者は「侵略」という言葉が適当であると判断し、記事のタイトルは編集されませんでした。ある編集者は議論の中で、「ロシア軍はウクライナに侵攻しました。これは単なる事実であり、視点ではありません」と記しています。

SLATEは、「プーチン大統領に反対する者を逮捕しようとするロシア政府の姿勢を考えると、ロシア語版Wikipediaのユーザーがプーチン大統領の意向に反した発言をすることは、驚きだと感じられるかもしれません」と述べ、ロシアの人々は逮捕される危険を知りながらも各地で軍事侵攻に反対するデモを行っていると指摘。「最良のシナリオでは、これは『ロシアの人々はプーチンの戦争に反対している』ことを示す先行的な指標になります」とSLATEは述べました。

by Antonio Marín Segovia

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in メモ, Posted by log1h_ik

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