黒人差別への抗議行動に関してWikipedia上でも「正義と中立性を巡る戦い」が繰り広げられている
by quinn norton
黒人男性のジョージ・フロイド氏が警察官による拘束中に死亡した事件を受け、アメリカでは大規模な抗議活動が行われています。抗議活動の影響はさまざまな分野にも及び、「ブラックリスト」などのプログラミング用語の言い換えが進められたり、オープンソースソフトウェア「Webpack」が公式ページに抗議文を掲載してドキュメントが閲覧不可となったり、映画「風と共に去りぬ」が「人種差別的な描写がある」として動画配信サービスから削除されたりしています。そんな中、オンライン百科事典のWikipediaでも人種差別を巡る争いが勃発していると、弁護士でコラムニストのスティーブン・ハリソン氏が解説しています。
How Wikipedia became a battleground for racial justice.
https://slate.com/technology/2020/06/wikipedia-george-floyd-neutrality.html
フロイド氏の一件について記された「Killing of George Floyd(ジョージ・フロイド氏の殺害)」というWikipediaの記事では、「2020年5月25日、46歳の黒人男性であるジョージ・フロイド氏が手錠をかけられて地面に横たわっている最中、白人警官であるデレク・ショービン容疑者によって9分間にわたり首を膝で押さえつけられて死亡した」という経緯がはっきり描写されています。ハリソン氏はこの記述が通常のWikipediaの記事で見られるものより詳しいものの、内容については正確だと指摘。
Wikipediaの編集者らは、2020年5月25日にフロイド氏が亡くなって以来、同氏の事件に関連する抗議活動を世界各地で合計466件以上も記録しているとのこと。Wikipediaの編集者はボランティアですが、一部の編集者は抗議活動の様子をムービーで撮影するなどの取材も行っており、Wikipediaの編集者らが報道関係者用のプレスパスを得るべきではないかとの議論も持ち上がっているそうです。
また、ドナルド・トランプ大統領が暴動の鎮圧を示唆する際に引用したことで注目を浴びた「When the looting starts, the shooting starts(略奪が始まれば銃撃も始まる)」という言葉や、「ジョージ・フロイド氏に関する抗議活動の最中に撤去されたモニュメントや記念碑のリスト」といった記事も、すでに作成されています。Wikipediaはこうしたリアルタイムの出来事に対応して即座に情報を更新・修正する力を持っており、大勢の編集者らによってこの作業が継続されています。ところが、編集者らは共同で情報を編集するだけでなく、時にはフォーラム上で争いを繰り広げることもあるとのこと。
フロイド氏の事件に関連する抗議活動についても、Wikipediaの編集者らは激しい議論を繰り広げています。議論の中心となっているのが、Wikipediaの中核となるコンテンツポリシーである「中立性」「ニュートラルな視点」についてです。Wikipedia上の記述は可能な限り百科事典的な特徴を保持して、どちらか一方の視点に偏らない中立的な記述を貫くことは、「決して譲れないものである」とされていますが、中立性の解釈を巡って編集者らはさまざまな立場を取っています。
2020年6月には、ブラック・ライヴズ・マター(BLM)運動への支持を表明するため、Wikipediaを「ブラックアウト」するかどうかを決める投票が編集者たちによって行われました。この動きはWikipediaが政治的スタンスを表明し、中立性を脅かしてしまうという懸念があったため、編集者たちの多くはWikipediaのサービスを一時停止するという提案に反対し、Wikipediaが一時停止されることはありませんでした。
Wikipediaの一時停止を支持したある編集者は、「私たちは『中立』だという考えがありますが、そうではありません。『自由な知識』というシンプルな考えは、これ自体が人間の心の中に存在した最も急進的で進歩的な考えです」と主張し、そもそもWikipediaは中立ではないと主張。これに対し反対を表明した編集者は、「中立から離れるのではなく、より中立的になりましょう」と訴え、たとえ今のWikipediaが中立的な存在ではないとしても中立を目指すべきだと述べました。
また、Wikipediaに黒人の記事を追加するかどうかについても多くの議論があり、「FloridaArmy」という編集者は「Wikipediaにエントリーを拒否された黒人やそれに関するトピックのリスト」を公開。たとえば2020年5月2日に記事の追加を拒否されたThomas Cardozoという人物は、南北戦争の復興期に当たる19世紀後半に、アフリカ系アメリカ人として初めてミシシッピ州の教育委員長を務めた人物ですが、知名度が低いという理由から記事の追加を拒否されてしまったとのこと。なお、記事作成時点では記事の追加が認められ、Wikipedia上でCardozoのキャリアについて読むことができます。
黒人差別に対する抗議行動の発端となったフロイド氏の記事についても、多くの議論が行われています。その1つが「記事タイトルを『Killing of George Floyd(ジョージ・フロイド氏の殺害)』にするべきか、それとも『Death of George Floyd(ジョージ・フロイド氏の死)』にするべきか」というもの。一部の編集者は「Death(死)」がより中立的な言葉だと主張しましたが、別の編集者らは事実を基に考えれば「Killing(殺害)」がより正確だと主張。一端は手続き上の理由から議論が打ち切られましたが、記事作成時点では「Killing of George Floyd」というタイトルが使われています。
また、「フロイド氏の前科について記すべきか否か」という議題も、Wikipediaの編集者らを騒がせました。前科について記述するべきだと主張する編集者らは、「Wikipediaは検閲されていない」と述べて情報を意図的に編集することを非難しています。一方、前科を記述することに否定的な編集者らは、「犯罪歴は5月25日に殺害されたことと直接の関係はない」と訴え、前科を記述することで前科の存在が過度に強調されてしまうと懸念を表明しました。なお、記事作成時点では英語版の「George Floyd(ジョージ・フロイド)」と「Killing of George Floyd」の両方に、フロイド氏の前科について記載されています。
さらに「George Floyd Protests(ジョージ・フロイド・デモ)」という記事中では、「riot(暴動)」という言葉を使うかどうかについて論争が巻き起こりました。ある編集者は「信頼できるニュースソースは抗議活動を『暴動』と呼んでいない」と主張しましたが、記事作成時点では「George Floyd Protests」の記事中で「riot」という言葉が複数回使われており、結果的に「riot」という言葉の使用は認められたようです。
by quinn norton
Wikipediaの編集者らの中には、「中立性」という言葉の解釈について見解の相違があるとハリソン氏は指摘。記事の内容を中立的にして政治的なバランスを保つという考えの編集者もいれば、「多くの編集者による協議の結果として記事の内容・方針を決定する」というプロセス自体を「中立的なもの」と見なす編集者もいるとのこと。後者の場合、記事の内容が結果的に中立的なものになるとは限りません。社会科学者のJackie Koerner氏は、一部の編集者らが自らの主張を通すために「中立性」の概念を用いることについて懸念を表明しています。
たとえば2020年5月、BLMの運動に関連して黒人の自然愛好家やバードウォッチャーの認知度を高める目的で、「Black Birders Week」というイベントが実施されました。あるWikipedia編集者らは、このイベントの共同設立者であるAnna Gifty Opoku-Agyeman氏の記事を新たに作成しましたが、別の編集者らは「Wikipediaの記事となるに足る知名度がない」と削除を申請。投票の結果、Anna氏の記事は掲載され続けることとなりましたが、ハリソン氏は一部の派閥によって「中立性」が武器として使われる可能性を示す事例だと指摘しました。
ハリソン氏は、確かにWikipediaの人種的な問題に関する記述が一時的に中立性を失うとしても、Wikipediaの記事が本質的にオープンエンドであり編集可能なため、最終的には中立性が戻るのではないかと考えています。一方、Koerner氏はWikipediaの中立性を保つ試みが心情的に不快感を伴うものである場合もあると指摘し、Wikipediaの編集者はこの不快感に耐えなければならないと述べました。
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