サイエンス

運動を続けていると快感が得られる「ランナーズハイ」に運動の強度は関係あるのか?


ランニングなどの運動は苦しいものですが、ある程度続けていると次第に多幸感や満足感、高揚感といったポジティブな感情を経験することがあります。「ランナーズハイ」と呼ばれるこの境地に至るのに必要な運動について、アメリカ・ウェイン州立大学で神経科学を研究しているヒラリー・マルサック氏が解説しました。

A Systematic Review and Meta-Analysis on the Effects of Exercise on the Endocannabinoid System | Cannabis and Cannabinoid Research
https://www.liebertpub.com/doi/10.1089/can.2021.0113

The 'runner's high' may result from molecules called cannabinoids – the body's own version of THC and CBD
https://theconversation.com/the-runners-high-may-result-from-molecules-called-cannabinoids-the-bodys-own-version-of-thc-and-cbd-170796

ランナーズハイにおける気分の向上やポジティブな感情の増加は主観的なものですが、運動によって引き起こされる体内化学物質の変化が、ランナーズハイと呼ばれる状態を引き起こしていると考えられています。長年にわたってランナーズハイの原因ではないかと注目されてきたのが、有酸素運動によって体内で分泌されるエンドルフィンです。

エンドルフィンは鎮痛作用や陶酔作用をもたらすオピオイドの一種であり、体をリラックスさせて痛みを和らげるといった効果があると報告されています。しかし、エンドルフィンは血液と脳の物質交換を制限する血液脳関門という機構を通過できないため、「エンドルフィンがランナーズハイを引き起こしている」との説には疑問も呈されていました。

そこで、近年ではエンドルフィンではなく「エンドカンナビノイド」と呼ばれる別の物質群が、ランナーズハイの原因物質ではないかとの説が有力になっています。エンドカンナビノイドは大麻の有効成分であるテトラヒドロカンナビノール(THC)をはじめとするカンナビノイドと類似しており、血液脳関門を通過できるという特徴を持っています。エンドカンナビノイドは人間の体内で生成され、THCとは異なる穏やかな向精神作用があるため、大麻の高揚感とは違うランナーズハイの多幸感を生み出せるとのこと。

「ランナーズハイ」とは一体何なのか? - GIGAZINE


ランナーズハイとエンドカンナビノイドの関係を調査した2021年の研究では、被験者のオピオイド受容体を薬剤でブロックしてエンドルフィンが作用しない状態でも、被験者は運動後の幸福感や痛みの軽減を感じたことから、エンドルフィンはランナーズハイの原因物質ではない可能性が高いと示されました。さらに、カンナビノイド受容体をブロックしてエンドカンナビノイドが作用しない状態にされた別の被験者群では、運動による幸福感や痛みの軽減といった効果が低下したことがわかったとのこと。

新たに、アメリカ・ウェイン州立大学のShreya Desai氏らの研究チームは、エンドカンナビノイドと運動について調査した33の研究について体系的なレビューとメタアナリシスを行いました。この研究では、30分のランニングやサイクリングといった「急性の運動」と、10週間のランニングやウェイトリフティングといった「慢性の運動」の効果を比較したほか、運動の種類や強度がエンドカンナビノイドのレベルに及ぼす影響も調査しました。

分析の結果、研究チームは急性の運動が一貫してエンドカンナビノイドのレベルを増加させ、特にアナンダミドというエンドカンナビノイドの一種で効果が一貫していることを発見しました。興味深いことに、運動によるエンドカンナビノイドの分泌はランニング・水泳・ウェイトリフティングといった運動の種類、個人の健康状態などに左右されませんでした。

また、運動の強度や継続時間とエンドカンナビノイドの分泌に関する研究は少なかったものの、サイクリングやランニングといった適度な強度の運動は、傾斜の緩い場所を歩いたりゆっくり歩いたりする低強度の運動よりも効果的だったとのこと。これは心拍数の上昇がエンドカンナビノイド分泌に関与していることを示唆しており、完全にメリットを得るには年齢に応じた最大心拍数の70~80%ほどの強度で、少なくとも30分間運動することが必要だとみられています。


なお、「6週間の継続的なサイクリングプログラム」といった慢性的な運動が安静時のエンドカンナビノイド分泌に及ぼす影響は、一貫した効果が確認されませんでした。他にも、「エンドカンナビノイド分泌を促すために必要な最低限の運動量はどれくらいか?」「急性の運動をした後、どれほどの期間にわたりエンドカンナビノイド分泌が上昇するのか?」といった点も、まだ明らかになっていないとのことです。

この記事のタイトルとURLをコピーする

・関連記事
「ランナーズハイ」とは一体何なのか? - GIGAZINE

なぜランニングで多幸感が得られる「ランナーズハイ」が起きるのか科学者が解明 - GIGAZINE

「自尊心が向上」「うつ症状が軽減」など運動がメンタルヘルスに与える5つのメリット - GIGAZINE

「体力がない人はメンタルヘルスが悪化しやすい」という研究結果 - GIGAZINE

散歩が心の健康に与える5つのメリットを臨床心理士が解説 - GIGAZINE

in サイエンス, Posted by log1h_ik

You can read the machine translated English article here.