月の表層には約80億人が10万年生き抜くのに十分な酸素が存在する
アメリカ航空宇宙局(NASA)などが有人月面着陸を目指すアルテミス計画を進める中、月面から宇宙飛行士の呼吸に必要な酸素を抽出する方法などが模索されています。「大気がほとんどない月にそれほど大量の酸素があるのか?」と不思議に思うかもしれませんが、オーストラリア・サザンクロス大学の理工学部で講師を務めるジョン・グラント博士が、「月の表層には地球の全人口が10万年生き抜くのに十分な酸素が含まれている」と解説しています。
The Moon's top layer alone has enough oxygen to sustain 8 billion people for 100,000 years
https://theconversation.com/the-moons-top-layer-alone-has-enough-oxygen-to-sustain-8-billion-people-for-100-000-years-170013
近年の宇宙開発で大きなトピックになっているものの1つに、現地の資源を有効活用する「In-Situ Resource Utilization(その場での資源利用技術:ISRU)」が挙げられます。重力に逆らって宇宙船を打ち上げるには多額のコストがかかるため、必要な資源を全て地球から持っていくのではなく、現地の資源を活用して打ち上げ重量を減らそうという試みです。
ISRUの中でも「燃料や呼吸に必要な酸素の現地調達」は特に重要です。すでにNASAは、火星探査機のパーサヴィアランスに搭載した酸素生成器「MOXIE」を用いて、火星の大気に含まれる二酸化炭素を電気分解して酸素を生成する実験に成功しています。
また、月面から酸素を抽出する方法も模索されており、2020年1月には欧州宇宙技術研究センター(ESTEC)に専用の実験施設が開設されたほか、2021年10月には「酸素抽出技術の実証実験を行うオーストラリア製ローバー」を月面に送ることでNASAとオーストラリア宇宙庁(ASA)が合意しました。
しかし、酸素濃度が低いとはいえ豊富な大気を持つ火星と比べ、非常に薄い月の大気には十分な酸素が含まれていません。そこで研究者らは、月の表面に堆積するレゴリスに閉じ込められている酸素を抽出することで問題を解決しようとしているとのこと。
グラント博士は「酸素は私たちの周囲の地面にある多くの鉱物に含まれています。そして、月は隕石(いんせき)由来の物質が地球よりわずかに多いものの、地球とほとんど同じ岩石でできています」「シリカ・アルミニウム・鉄・酸化マグネシウムなどの鉱物が月の景色の大半を占めています。これらの鉱物は全て酸素を含んでいますが、私たちの肺が利用できる形ではありません」と述べています。月の表面にレゴリスとして存在するこれらの鉱物は、実に重量の45%近くが酸素原子で構成されているとのこと。
地球上では、アルミニウムなどの製造においてアルミナ(酸化アルミニウム)から不要な酸素を分離するため、溶融した酸化アルミニウムに電圧をかけて酸素原子を分離する電気分解が行われています。これと同じ原理を用いて、月では鉱物を電気分解して酸素を主産物として抽出することができるとグラント博士は述べています。なお、月では酸素を分離した後の鉱物も潜在的に有用な副産物となります。
レゴリスから電気分解で酸素を分離するには専用の機器が必要であり、レゴリスを加熱して液体状にするといった工程には多くのエネルギーも必要です。2021年の初めには、ベルギーのスタートアップ・Space Applications Servicesが酸素抽出プロセスを改善する3台の実験用反応炉を建設すると発表しているほか、この技術を欧州宇宙機関(ESA)のISRUミッションの一環として2025年までに月面に送ることも計画しています。
実際に月面のレゴリスから酸素を抽出できるようになれば、かなりたくさんの酸素が手に入るとグラント博士は主張。1m3のレゴリスには平均1.4トンの鉱物が含まれており、そのうちの630kgを酸素が占めています。1人の人間が生き延びるには1日に800gの酸素が必要とされているため、1m3のレゴリスから酸素を抽出できれば、1人の人間が約2年間は生きられる計算です。
さらに、月面のレゴリスの平均深度が約10mであり、これら全てから酸素を抽出できると仮定すれば、地球の全人口に当たる約80億人を10万年生かすのに十分な酸素が手に入るとのこと。グラント博士は、「これは酸素をどれだけ効果的に抽出・使用したかにも左右されます。とにかく、この数字は素晴らしいものです!」と述べました。
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