アニメ映画『100日間生きたワニ』上田慎一郎監督&ふくだみゆき監督インタビュー、セリフ音声をもとに尺を変える作り方で邦画っぽい独特の間合いに
2019年12月から2020年3月にかけてTwitterで連載されて注目を集めた漫画『100日後に死ぬワニ』をアニメ映画化した『100日間生きたワニ』が2021年7月9日(金)から劇場公開されています。今回、監督を務めた上田慎一郎&ふくだみゆき夫妻にインタビューする機会を得たので、2人でどう作品を作っていったのか話を伺いました。
映画『100日間生きたワニ』公式サイト
https://100wani-movie.com/
GIGAZINE(以下、G):
本作の制作は、2人が同じ立ち位置の共同監督・脚本は初めてだとふくだ監督がツイートしていました。上田監督はCREATIVE TRAINのインタビューの中で、お互いに得意なところを受け持っているという話をされていましたが、どういった役割分担で進められたのですか?
【Vol.28】上田慎一郎さん(映画監督)「『100日間生きたワニ』は変な映画になる・・・?話題作の公開前の貴重なインタビュー【CREATIVE TRAIN】 - YouTube
上田慎一郎監督(以下、上田):
僕の監督作でもふくだにはスタッフとして毎回手伝ってもらっているんですけれど、ふくだを信頼しているのは衣装とか、美術とか、大きく言うとビジュアル面が多いかもしれません。あと、女性の心の機微などについては、ふくだの言うことを信じるようにしているところがあります。
ふくだみゆき監督(以下、ふくだ):
私はずっと絵を描いてきた人間なので、表情のちょっとした微調整とかをしました。上田の作風はいつももっと「どエンタメ」みたいな感じなんですが、私は日常系が多いので、今回、間の多さや日常の会話とかは、私を信じてくれる部分が大きかったと思います。編集や構成、エンタメに落とし込むバランス感覚、それにテンポ感や、「このタイミングで音を入れたい」というような部分については上田を信じてやっています。
G:
なるほど。本作について、週刊プレイボーイのインタビューで「30日目ぐらいに実写映画化の企画書を持ち込んだんですよ。それはいったん保留になったんですけど、その後に『上田さんご夫婦で、アニメで作るのはどうでしょう?』とご提案をいただきました」という話がでていました。もし実写映画化になっていたら、ワニくんたちはCGではなく、生身の役者がそのまま人間として演じるものになっていたのでしょうか。
上田:
そうですね、実写ではかぶり物をするわけではなく、キャラクターを人間に置き換えて、当たり前の日常を綴るような映画を作りたいなと思っていました。
G:
実写だった場合、今回のアニメとは内容は変わっていたのでしょうか。
上田:
変わっていると思います。実写の場合は「ワニくんたちをモデルにした人間」になるので、ワニくんにしてもネズミくんにしてもモグラくんにしても、キャラクターをそのまま引き継いでしまうと、逆におかしくなってしまうと思うんです。だから、起きている出来事はある程度なぞることになったかもしれませんが、キャラクターは全然違っていたんじゃないかと思います。
G:
同じインタビューの中で、元々は原作に忠実な形で最後の5分ぐらいが後日談という脚本だったのが、コロナ禍で脚本を変えたという話がありました。実際、本編を見ると「ここまで徹底的に描いていくのか」と感じました。
上田:
「徹底的」ですか?
G:
ワニくんがいなくなったという喪失を、ここまでじっくりと描くとはと思いました。なにか、邦画のような印象を受けました。
上田:
アニメを作るとなった時に、コンセプトとして、素朴な邦画のようなアニメを作ろうと考えたんです。アニメをずっと作っている方々と同じ土俵で戦ってもしょうがないから、自分たちの作品を、と。後半については、コロナ禍を経て、自分が今見たい物語はどういうものなのかを考えて、こう書き換えたいという大枠を考え、ふくだと話し合って磨きをかけていきました。
ふくだ:
原作者のきくちゆうきさんも含めた打ち合わせで、後日談をどういう方向性にしようかということを話し合いました。新しいキャラクターを入れること、それがカエルくんということが決まって、最初に私がたたき台のシナリオを作り、それを上田が直し、私がまた書き直し……と、リレー方式でブラッシュアップしていきました。
G:
どういった点が、見ていて感じる「邦画らしさ」に通じているのでしょうか。
上田:
「間」だと思います。ハリウッド映画は一般的に、「間」が少ないんです。邦画でもハリウッド映画的な例外はありますが、セリフのない時間がその感触につながっているんじゃないだろうかと思います。
ふくだ:
原作自体も余計なことはいわず、コマとコマとの間をみんなが想像するような感じのある作品ですよね。通常のアニメはポンポンとセリフのやりとりがあったり、展開がぎゅっと詰まっていたりしますが、コマとコマのつながりを感じるような「間」を表現するにあたって、
原作の魅力を落とし込むのに邦画的な間合いにするのがいいんじゃないか。普通のアニメよりたっぷりめの間合いを感じてもらうのが一番ではないかということで、今の形になりました。
G:
上田監督は、映画を作る上で「『緻密に作り込み、現場で破壊して、編集で再生させる』ことを意識しています。この破壊の工程がないと、きれいでまとまったものになっちゃう気がして」と語っておられます。本作ではどういったところが「破壊」なのでしょうか。
上田:
これは「破壊を避けられない何かを用意しておく」という感じですね。今回、きくちさんから脚本に対する意見やアドバイスをいただいていて、アニメーションディレクターとしてはアニメ界のレジェンドである湖川友謙さんに参加してもらっています。この座組で行けば、ある程度の破壊は免れないだろうと……つまり、いい意味で、僕らのやりたいままにはいかないだろうなと。こういう、僕らの頭の中や机の上だけにはとどまらないような座組や状況を作ったというのが、今回の場合の「破壊」にあたるんだと思います。
G:
ああー、なるほど。
上田:
あと、もう1つわかりやすい「破壊」もありまして、アニメは普通、尺を決めてから必要な絵を作っていくものなのですが、今回はセリフを録ってから「この言い方なら尺はこれぐらい欲しいな」と、声をもとに尺を結構変えています。これはアニメ制作ではあり得ないことだそうで、かなり無理もさせてしまったかもしれませんが、邦画のような感覚、独特の間合いというのは、ここでの破壊で作られたものではないかと思います。
G:
きくちさんからはどういったアドバイスがあったのでしょうか。
ふくだ:
ワニくんたちはセリフ回しが独特で、彼らの会話の仕方みたいなものがあると感じます。私たちが書いたセリフも、ワニくんとしては違うものがあるようなので、そこはきくちさんに見ていただいて、彼らならこう会話を展開するんじゃないか、こういう言い回しをするんじゃないかと教えてもらいました。あと、きくちさんが大事にしているものとして、ワニくんの死を受けて「これが正解の生き方なのだ」という、1つの道筋だけを肯定するものにはしたくないということをしっかりとおっしゃっていました。前に進んでもいいし、進まなくてもいいと。見てくれたみんなが肯定されるような案配というのをすごく気にしておられて、そこは私たちも大事にしたいと思いました。死生観というか、どういう風に受け取ってもらえるか、どういう案配で出力するかについては話をしました。
G:
いったん作品から離れた質問ですが、監督は公式ブログ「push your back」をアメブロで開設しておられますが、2017年2月3日を最後に更新が止まっています。これはもうTwitterなどがメインになったからということでしょうか。
上田:
単にブログを書くのを辞めた、というだけですが(笑)、確かにTwitterとかFacebookとかいろいろなSNSが出てきて、いつの間にかブログは書かなくなりましたね。自分の発信する場所が変わってきたという感じでしょうか。
G:
Agenda Noteの2019年のインタビューでは、このブログが炎上したときのエピソードが出ていて、炎上を乗り越えられたことを「僕のそばに炎上を笑い話にしてくれる仲間がいたからでしょうか。僕は誰かと同居している期間が長かったんですよ。それに、批判だったとしても何らかのリアクションがあった方がクリエイターとしては、ありがたいと思っています」と語っておられます。本作の原作にあたる「100日後に死ぬワニ」は、最終話公開後にネットで炎上があり、この映画の仕事はリスクが伴うものだったのではないかと思うのですが、どのように受け取られておられましたか?
上田:
めっちゃ調べてくれてますね(笑)。まず、最終話の日に炎上しましたよね。でも、企画書を出したのは連載開始から30日ぐらいのことで、映画の製作が動き出したのも、最終話を迎える前だったんです。その映画化とグッズ販売のことが最終話からすぐに発表されたことでの炎上でしたが、そこで「映画化はやめとこう」みたいなことにはまったくなりませんでした。「はやっているからやりたい」と思ったわけではなく、「この原作をもとに映画化したい」と思ったから。もちろん、炎上して、アンチの人も出てきて、背筋もより伸びましたけれど。
ふくだ:
自分たちは、きちんと誠実に作品と向き合うことに集中していたという感じです。
上田:
僕らも最終話まではいち読者として、結末を知らずに読んでいたので、グッズ販売とかが一気に出たことであった批判する気持ちはわかりますもんね、やっぱり。こういう話だから余韻が欲しかったという気持ちも分かる。ただ、そこのタイミングで「この物語をもっと知ってもらいたい」と、はやる気持ちで発信した方々の気持ちも分かる、というところでもあるんです。
G:
『カメラを止めるな!』公開から95日目に行われたというFILMAGAのインタビューで、上田監督は「成功したり、お金持ちとかになったら、逆に僕にとっての幸せは逃げていく可能性があるな、とは思っているんです。……なんだか成功しないように生きているところはあるというか……成功した時点で、たぶん一番楽しい時期はもう終えてしまうから」と語っておられました。本作を作っている中で楽しい時期はどのあたりでしたか?
上田:
楽しい時期がどのあたりだったか……いや、めちゃくちゃ大変でした(笑)。大変すぎて「もうダメだ」と思うことが3回ぐらいありました。
G:
(笑) 何がそんなにも大変だったのですか?
上田:
本当にもう……言えないぐらいにギリギリのギリギリ、デッドラインのギリギリの完成だったんです。「もうダメ」がよぎったことは1度や2度ではなかったですが、ただ、そのときにみんなで歯を食いしばって「大丈夫だ、やろう」と決めて、血だらけの中で一歩踏み出したときが自分は一番燃えるタイプで(笑)
G:
(笑)
上田:
楽しいというか、「生きてる」「作ってる」という感じがする瞬間ですよね。
ふくだ:
今回はずっと不安を抱えながら走ってきた感じがあります。原作ものというのが初めてだし、制作会社にお願いしてアニメを作るのも初めてだし。制作会社としても、私たちが無理難題を言うから戸惑って、お互いに歩み寄りながら作っていきました。後半になるにつれてチーム感というかグルーヴ感が出てきて、みんな戦友みたいな雰囲気が漂ってきて、「ああ、一緒に作品を作っているんだな」と感じられたときはすごく嬉しかったですね。
G:
同じインタビューで、上田監督は期待される次回作について「僕、中途半端に転ぶのが一番ダサいなと思うんです。守りに入って、60~70点ぐらいの映画を作ってしまうのが一番のダメージ。『まあまあやん』というのが一番へこむ気がするし、クリエイターにとっては一番しんどいですよね」と言及しています。ふくだ監督は、上田監督のこういった考えはどのように見ているのですか?
ふくだ:
それは、私もけっこう同意見です。上田さんと結婚した理由として、どういう人生になるか先が読めない博打感みたいなところが魅力で結婚したところがあるので(笑)
G:
(笑)
ふくだ:
先が見える方と結婚しても人生面白くないやん、みたいなところがあるから、上田さんの起死回生感というか、転んでもただじゃ起きない感じ。借金を2回くらいして、それを自力で完済してたり(笑)
上田:
(笑)
ふ:
「生きる力」みたいな、ただじゃ死なない感じとかがいいなと思っているから、めちゃめちゃ批判を食らって、めちゃめちゃこけても、何年かかっても絶対に起き上がる人だと思っています。その方が面白いなと私も思っているので、「守りに入るぐらいならやっちゃってよ」とは思いますね。
G:
上田監督としてはどうですか?
上田:
いやいやいやいや、まあまあまあまあ。どうですかといわれても(笑)、ふくだはそうだろうなと思いますし、ありがたいなと思います。そう言ってくれる人はそこまで多くないでしょうから。
G:
変な質問も交えてしまいましたが、本日はありがとうございました。
映画『100日間生きたワニ』は全国の映画館にて絶賛上映中です。
映画『100日間生きたワニ』予告【7月9日(金)公開】 - YouTube
©2021「100日間生きたワニ」製作委員会
・関連記事
「100日後に死ぬワニ」アニメ映画版を「カメラを止めるな!」の上田慎一郎&ふくだみゆき夫妻が監督 - GIGAZINE
アニメ映画『漁港の肉子ちゃん』の渡辺歩監督にインタビュー、肉子ちゃんはあえてマンガチックでファンタジーな存在に - GIGAZINE
『漁港の肉子ちゃん』総作画監督・小西賢一さんインタビュー、レイアウト修正にはどんな意図が込められているのか? - GIGAZINE
「よくないものを入れないこと」が大事、『漁港の肉子ちゃん』美術監督・木村真二さんインタビュー - GIGAZINE
連載より単行本1冊分を一気に描くのが「得意距離」という『映画大好きポンポさん』原作者・杉谷庄吾【人間プラモ】さんにインタビュー - GIGAZINE
・関連コンテンツ