インタビュー

『漁港の肉子ちゃん』総作画監督・小西賢一さんインタビュー、レイアウト修正にはどんな意図が込められているのか?


西加奈子さんの小説を明石家さんまさんプロデュースでアニメ映画化した『漁港の肉子ちゃん』。渡辺歩監督へのインタビューに続いて、総作画監督を務めた小西賢一さんにインタビューを実施しました。具体的にレイアウト修正でどういった意図だったかなど、細かいところまで話をうかがってきました。

劇場アニメ映画『漁港の肉子ちゃん』公式サイト
https://29kochanmovie.com/

GIGAZINE(以下、G):
本編で登場するフレンチトーストについて、小西さんが自身で「是非見てほしい」とツイートしておられました。秦綾子さんと伊東美由樹さんの「妙技」とのことですが、現実よりもおいしそうにすら見えるのはなぜなんでしょう。


総作画監督・小西賢一さん(以下、小西):
そうですね(笑)。本物を参考にはしていると思いますが、そのまんまではなく「おいしそうに見えるように表現しなければいけない」という気持ちが働くわけですよね。描く人も、塗る人も、処理する人も。その成果なんじゃないでしょうか。おいしさを「絵」で表現しているということかなと。


G:
料理シーンについて、総作画監督として修正することは多いのでしょうか?

小西:
料理シーンについてはほとんどありませんでした。僕の役割は「キーになる絵を与えてキャラクターの統一性を持たせる」という部分がメインで、基本的に動きはアニメーターの皆さんに頼る形でした。指示や設計段階でのオーダーなどはありますが、フレンチトーストなんかはもう、名のあるアニメーターさんがやっているので、お任せしました。

G:
渡辺監督にもうかがったのですが、さんまさんは「我々が面白いものを送りだそう」という立場だったとのことで、小西さんも「僕らはおもねることなく良い作品を作ることに専念できた」とツイートしていました。


小西:
さんまさんとのやりとりに関しては、すべて渡辺監督が担当していて、打ち合わせの成果は、監督が絵コンテに反映させてくれました。現場の僕らとしては『海獣の子供』に引き続き、渡辺作品を作ることに集中することができた、という形です。

G:
「une nana cool」というサイトでオンライン原画展として、何点か画像が公開されています。この画像には、修正指示が書き込まれたものがありました。どういった指示を出しているのでしょうか?

小西:
これは「レイアウト修正」といって、原画さんの絵に対して修正を乗っけたものです。1枚目の絵は、あんパンがはじけて肉子ちゃんになるシーンのものですね。はじけたときに手をひらひら動かしてくれ、などのオーダーをしています。「この後、動きをつけてくださいね」ということですね。


小西:
2枚目はキクコが涙を流すシーンです。『千と千尋の神隠し』以来、涙を巨大に表現する方法が生まれました。ぽろぽろと大きな粒が流れ出すという表現ですね。最初は、原画さんがそういう描き方を提示してくれたのですが、「そこまではしないよ」という修正をしています。


G:
「そこまではしない」というのは、なぜなのでしょうか。

小西:
自分なりの生理的感覚というか、ここでの作画演出として考えたものですね。スタジオジブリの特性でもあるのですが、巨大な涙は粘着質な感じに見えやすい。「どろっ」という感じが嫌で。それに、表現としてもうあるのだから、似たものにはしたくないので、もうちょっとぽろぽろと流れるものにしようと。大きすぎるとギョっとする。誇張表現として引っかかりを生むよりも、ここは自然にキクコの気持ちに乗っかりたい。涙はリアリズムを極めると小さくなるので、「大きさはそこそこあっていいけれど、こういう涙にして欲しい」というオーダーですね。

3枚目は、窓に二宮の顔が映り込んでいるところです。これは、窓に映り込む側の顔を目立たせたいところなので、それを別レイヤーにして欲しいというオーダーです。


G:
フレンチトーストを担当したという秦綾子さんについて、小西さんだけではなく、本作のプロデューサーも「本当にすごい」と絶賛されています。秦さんの力はどういったところで特に発揮されているのでしょうか。


小西:
それはもう、お芝居ですね。総合的なアクションとしての立ち居振る舞い。鼻歌を歌いながら体をゆらしつつの台所仕事など、日常の動作をするというところです。もちろんそれだけではないですけれど、こういった芝居を作画でしっかりやっていくのは手間がかかるし技術も発想も必要で、とても大変な分野なんです。本作で、秦さんには肉子ちゃんとキクコのかけ合いを大量にやってもらいました。リアルな実感を込めた芝居もあればカートゥーン要素を混ぜて、笑いあり、泣かせありになっていて、誇張したようなカットを長回しでやってくれるという、この作品のエースです。青木Pも僕も、秦さんはずっと会社にいて重要な仕事をやってくれているアニメーターとして、リスペクトを込めてツイートしたという次第です。

G:
TBS系列で放送された『カバン持ちさせてください!』という番組で本作制作中の密着取材があり、小西さんも出演されていました。紙袋の中にめがねのほかお菓子ばっかりで「もう食べている暇がない」と大変な時期だったようですが、こうした追い込みの時期、残り時間ががわずかというときに、なおもこれを徹底的にやるしかないと気合いを込めて手がけられたのはどういった部分でしたか?

小西:
いったん完成形になった状態でも、まだ人様にはお見せするレベルにないようなカットが含まれているので、直し続けるリテイクの工程があり、それをやっていました。監督が一番こだわっているのが「みう」でした。すでに上がっていたカットにも「絶世の美女なんだから顔をよくして」ということだったので、直しを入れました。同じように、病室のカットにも手を入れました。


G:
この最終段階では、小西さんは時間があまりなくて試写にも行けなかったとのこと。「焦って絵が描けん」とツイートしておられましたが、焦って描けない、けれど描かなければならないというときは、どうするのですか?


小西:
これはもうしょうがないですよね、描けなくても描き続けるしかないです(笑)。そのうち描けるようになってきます。描かなければいけないけれど描けない時って、本当にモヤモヤするんです。普通なら描けるものが焦りのせいで描けないときは、焦りがさらに増して、叫びたくなります。30分ぐらい経つとちょっと落ち着くので、それでなんとか、というところです。

G:
今回、小西さんが「思わず筆を止めた」とまで表現されている大竹しのぶさんの声のお芝居というのは、どういったものでしたか?


小西:
回想シーンに入ってのモノローグの部分です。同じ人の発声とは思えないけれど、あれは肉子ちゃんの声で演じているけれど、ディレクションでそういう声色にしている、というものなんです。演出もあるけれど、天才女優である大竹しのぶさんの、まさに天才たる部分をわかりやすく見せられたなと思いました。声優さんが役によって演じ分けるのとはまた違うものですね。あの部分の声は肉子の人格的な「コア」らしいです。この声は最後にも「おめでとう」の部分で登場します。僕は最初、何も知らずに「おめでとう」を聞いたとき「声が変わっちゃっていいのかな?」と思っていたんですが、回想シーンと合わせてのディレクションだと気づいて「おお……」と納得しました。実は作画もあそこは、あえて違和感を出しているんです。わからないと目の動きが、ちょっとホラーじゃないですか?(笑) 涙の話と関係がありますけど、ここは違和感を入れているんです。気づく人には考えてもらえるように。このお話は「人」の「格」の話でもあるのではないかと。あの大竹さんの声は「美しさ」を表現している。あくまで私個人の解釈ですが。

G:
小西さんから見て、渡辺監督というのはどういう人物ですか?

小西:
謎な人ですねぇ……「本性を隠している感がアリアリ」という人です(笑)

G:
(笑)

小西:
「本音は違うのでは?」というのに覆われている人ですね。ただ作品終盤、リテイク出しの時、普段ならもっと大人数でラッシュチェックをするんですが、皆で集まるヒマもないので監督と僕とプロデューサー、3人ぐらいの少人数でチェックをしていたんです。そのときにはだいぶ不満が漏れていて「こっち本性だな」と(笑)。

G:
では、美術監督の木村真二さんはどういった方ですか?

小西:
作業場所が違うので同じ社内にいるけれど、あまり直接接触することはないんです。でも、とても個性のある美術監督で、業界トップクラスの人です。フォトリアル(写真のような…というスタイル)が優勢な中、手描き感を出してくれて、独特の世界観を持っている人です。僕の領分の作画でレイアウトをバッチリ押さえて「美術さん、これ守ってください」という作り方もあるのですが、木村さんには通用しない(笑)

G:
(笑)

小西:
自分でやってきた上で、遊びまで足してくるんです。でも、それが世界を膨らませてくれるので非常に楽しく美しく、人柄も出ているという感じです。唯一無二の存在というか、僕としては『海獣の子供』でもそうでしたが、一緒にやらせてもらえて光栄で、リスペクトしかないです。

G:
小西さんは本作の木村さんの美術について「氏が元来持っている『楽しさ』『遊び』が作品に調和している」と表現しておられます。特にどういったところで木村さんらしさを感じましたか?


小西:
二宮とキクコが行く「ことぶきセンター」ですね。あれはもう遊びが過ぎてといった感じで、監督が引いていたぐらいです(笑)


G:
ええー(笑)

小西:
「こんなのないだろう」ってデザインをされてますから(笑)。木村さんもそれはわかった上で、それでも作品のために意図をもってやってくれています。本作は小説の映像化で、アニメーションの中では地味といわれるような企画でもあるので、世界を広げてくれたり、独特の世界観を出してくれるという意味で、いいんじゃないかなと思います。木村さんでよかったなと思います。

G:
最後に、本作を見ようかどうか迷っている人に「こういうところを見に行くといいよ!」というポイントがあれば教えてください。

小西:
どういう作品なのか、うがった目で見たくなる部分もあるかもしれませんが、とにかく「絶対見た方がいいよ」ということです。見て喜ぶ人もいるだろうし、不満がある人もいるかもしれないけれど、まず、見て損はありません。今の時流には沿ってないかもしれませんが、見て、考えてもらうことを求めてしまうのが、私たちの作り方ですし、逆に言えば普遍的なものには絶対に必要だと思います。

G:
ありがとうございました。

『漁港の肉子ちゃん』スタッフインタビュー、最後は美術監督・木村真二さんです。お楽しみに。

・つづき
「よくないものを入れないこと」が大事、『漁港の肉子ちゃん』美術監督・木村真二さんインタビュー - GIGAZINE

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in インタビュー,   映画,   アニメ, Posted by logc_nt

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