インタビュー

「よくないものを入れないこと」が大事、『漁港の肉子ちゃん』美術監督・木村真二さんインタビュー


渡辺歩監督総作画監督・小西賢一さんに続いて、アニメ映画『漁港の肉子ちゃん』で美術監督を担当した木村真二さんにもインタビューを実施しました。「『1個だけすごい』というのは誰でもできること」という木村さんが、本作で持ち味をどのようにして発揮しているのか、いろいろとうかがってきました。

劇場アニメ映画『漁港の肉子ちゃん』公式サイト
https://29kochanmovie.com/


GIGAZINE(以下、G):
原作者である西加奈子さんのインタビューによると、本作は「東北の漁港を旅していて浮かんだ」ということで、具体的な漁港のモデルがあるわけではないようでした。しかし、作品を見ると非常に実在感のある漁港として描かれていました。どうやってこの存在しそうな架空の漁港を作り上げたのですか?

美術監督・木村真二さん(以下、木村):
前作『海獣の子供』からの流れがあるので、もし前作を作っていなければ苦戦していたかもしれません。「前はこうだったから、今回はこうしよう」という選択肢が自分の中で生まれたんです。『海獣の子供』があってこそ『漁港の肉子ちゃん』があるんです。『海獣の子供』は主に鎌倉が舞台ですが、すべて鎌倉というわけではなく、ある程度はミックスしたものになっています。実在する場所が部分的に写ったとき、必ずしもいいものになるとは限りませんから。本作の場合、具体的にここというモデルは置いていません。

G:
バチッと決まったこの「絵」はどのように決めていくのですか?

木村:
監督の渡辺さんは絵も描けるので、ラフ設定みたいなものをどんどん起こしてくれる期間があり助かりました。今回、渡辺さんや小西さんは『海獣の子供』からある程度そのまま引き継ぐ形だったのですが、僕は他に1つ作品を挟んで、1年ぐらい別の会社に行っていました。その間も2人の間では話が進んでいたので、後から監督のイメージに「こういう感じかな」と合わせていきました。チームの信頼感があってこそできたことだと思います。

G:
美術監督という立場で難しかった点はどういったところでしたか?

木村:
原作を読んではいますが、活字なので、それぞれ読んだ人が思い描くものは違うだろうというところです。何が違うか言葉では表せないので、そこは漫画原作の作品とは違うなと思いました。

G:
ビジュアルがゼロからだという難しさですね。

木村:
でも、そこが面白さでもありますね。なかなかそういう企画ってないんです。今回、明石家さんまさんが企画・プロデュースだから成立したというのはあると思います。いざ『漁港の肉子ちゃん』を映画にするという企画をさんまさん抜きで立てたとすると、誰がゴーサインを出すのか、難しいのではないかと。

G:
「une nana cool」のオンライン原画展で、美術の資料も公開されていました。部屋がかなり細かく描かれていますが、この設定はどのタイミングで作られたものなのでしょうか?

木村:
渡辺さんのコンテの構想があったので、作り始めの時点では込み入った話まではしなかったのですが、その部分のコンテが上がってくるとじわじわリンクするところが出てくるんです。たとえば家具とか家電とか、「引っ越してここに置いた」というものですね。作中には引っ越しの描写自体はありませんが、もの自体はまだ使っていますよ、という。基本的には生活感を大事にしています。たとえば、扉が緑色の冷蔵庫は、今はぐっと減っているかもしれませんが、当時はあっただろうとか、そういう時代的なものも入れています。あと、大事にした点としては床です。アニメを見ていて床や天井の役割は大きいと思っているので、そこを面白く作ることは気にかけています。

G:
床や天井を面白く。

木村:
たとえば、ただ板張りにするのを避けて、模様を入れるとかですね。たとえば『シャイニング』のホテルの床はすごく印象的ですよね。

G:
なるほど!確かに。

木村:
あの三輪車で走り回っているカーペットのデザインは特徴的なので、もし使ったらすぐにわかっちゃいますけれど(笑)、そうじゃない、部屋のカーペットのデザインはいいなと思ったので、それっぽいデザインは使ったりしています。

G:
総作画監督の小西さんが、「ことぶきセンター」のデザインには渡辺監督も引くほどだったと笑っていました。

木村:
なんでああなっちゃったんでしょうね(笑)。だいたいそういう反応になるというのはわかっていたんですけれど、性格が意地悪なもので、やっちゃうんです。

G:
(笑)

木村:
後で自分でも「これはないよね」と引いていくんですけれど、やっぱり最初にインパクトがあるものを出そうと考えるんです。今回はみんなが「これでいいや」となったのかな。本来、もうちょっとおとなしくできたとも思うんですけれど……昔、1億円を自治体ごとにばらまく政策があったでしょう。

G:
金塊を買った自治体もあったというアレですね。(※「ふるさと創生事業」)

木村:
あれを使ったようなイメージです。時代的にも合っているなと思って。


G:
最初の質問ともかぶるんですが、「漁港の肉子ちゃん ARTBOOK」発売のお知らせの中で、木村さんの「原作の舞台が日本だという前提の中でも、ちょっと面白味が必要だと思っていました」という発言が出ています。この「ちょっとした面白味」というのはどういったものだったのですか?

木村:
僕に仕事の依頼があるということは、そういうのが込み込みだと思っているんです。ノーマルの背景仕事が来るとは思っていなくて。

G:
なんと(笑)

木村:
「変な仕事をオーダーしてきたんでしょ」という暗黙の了解というか、持ち味がどうしてもそうなっちゃうので、ある程度、キャラ殺しになる可能性すらあるんです。だから、かわいいキャラクターや素直なキャラクターの作品には向かないかもしれない(笑)

G:
本作は映画『ショコラ』などのイメージを参考にしたとのことですが、どういった部分を参考にされたのですか?


木村:
そんなに深い意味はないんですが、映画を見ていて「いい映画だな」と思った部分は印象に残るんです。『ショコラ』はコンセプト的に、何のつてもなく村にやってきた人が住み着くというところにリンクする部分がありました。あと、冒頭の町の俯瞰風景がいいアングルなんです。それですごくいい映画だなと思っていました。『アメリ』もそうですが、色合いとか、いろいろ考えられているんだろうなという絵作りがいいなと。でも『アメリ』だとやりすぎで『ショコラ』ぐらいがちょうどいいんです。攻めすぎていない。

G:
木村さんから見て、渡辺監督はどんな方ですか?

木村:
この『漁港の肉子ちゃん』という作品は、渡辺さんの演出論にフィットしているなと思いました。『海獣の子供』は原作がすごくて、その解釈を崩してはいけないという制約があっただろうと思うんです。誰がやっても難しい作品だったと思うし、プレッシャーだったと思います。その点、これはピッタリだなと。今回、小西さんも含めて3人でやれるということで「気合いを入れて」というよりは楽しんでやれるなと思いました。実際「ただただ楽しいまま終わった」というぐらい楽しい印象があります。

G:
その小西さんはどんな方ですか?

木村:
『海獣の子供』のとき、ボロボロになるほどストイックにやっていました。それで共通項として「今回はそれよりは軽い感じでやれるんじゃないか」というのがありました。実際、小西さんと自分は出し尽くしていたので、今回はほどよくやれたという感じです。監督はコンテがすべてなので、本作の方が気合いが入っているかもしれません。

G:
監督から気合いの入ったオーダーが来たり?

木村:
オーダーとしてはなかったのですが、コンテを見てそう感じました。途中「どうなるのかなー」と思っていた部分も最終的に「なるほど」と思わされました。さすがの演出力だなと。

G:
作品とは離れた質問なのですが、木村さんがこういった美術を仕事にしようと考えたのはどういった経緯なのでしょうか?

木村:
専門学校に通っていてデザインもやっていたんですが、アニメーションの量産というのはピンとこなかったんです。よくある話で、ドロップアウトしてやめちゃったんです。でも、求人で背景会社の小林プロダクションの募集が出ていて、「キミにも描ける『ど根性ガエル』」と書かれていたので、「それなら」と思って入りました。簡単だと思ったというと怒られちゃうかもしれないけれど。

G:
(笑)

木村:
『ど根性ガエル』の美術は、のちに『魔女の宅急便』『AKIRA』とかをやる大野広司さんがやっていました。そこの班なのかなと思ったら定員はいっぱいでした。隣の班が男鹿和雄さんとか、小倉宏昌さんとかで、みんな美術監督として有名になるようなすごい人が集まっていたんです。でも自分はぺーぺーだったし、みんな有名になったのはその後のことだったから、当時すごい人たちだという自覚はなくて、周りから「生意気なヤツが入ってきた」と言われていました(笑)

G:
木村さんも含めてすごい人ばっかりですね。

木村:
小林プロダクションのそういうすごい人たちはみんな抜けていったので、居心地がよくて、結構長くいました。

G:
現在はこうしてSTUDIO4℃で仕事をしておられますが、どういうつながりから来られたのですか?

木村:
森本晃司さんと知り合いだったので『スチームボーイ』のときに誘われて、そこからですね。田中栄子さんとは『となりのトトロ』のころから面識がありましたが、仕事としては『スチームボーイ』からです。その前になかむらたかしさんと『とつぜん!ネコの国 バニパルウィット』という映画を作ったのですが、それを大友克洋さんたちが見たらしく「この人に」と言ってくれたそうです。

G:
「美術監督」の仕事は背景のコントロールが中心となるのでしょうか。

木村:
ひとくくりには言えないところがありますね。自分の場合、背景を自分で描かないと納得がいかないタイプですが、今回は外部の方にもいっぱい助けてもらいました。何の苦労もなくできたので、こういう短期集中型の仕事もいいなと思いました。

G:
背景美術でも修正を入れることがあると思いますが、どういうとき修正は発生しますか?

木村:
うーん、ひどいのが来たときでしょうか……でも、それは修正じゃなく捨ててしまうかも。そういうのを防ぐためにボードだけではなく全部の背景について寄りや必要なポイント、地面の感じなどまで作って渡すように心がけています。ボードだけ渡して「やってくれ」というのは無茶ですよね。寄りのものも含めて見て判断してもらうのが一番です。今はデジタルでパーツ化されているので、昔とは全然違いますね。

G:
小西さんからは、木村さんは「手描き感」を出してくれるとうかがいました。

木村:
自分の場合はアナログからパーツを作っているので「手描き感」が出るということかなと思います。デジタルは全部画面上で作るので、若干ギラギラしてしまうというか、バックライトのおかげで色がきれいに見えて濃くなっちゃうんです。

G:
ああー、なるほど。

木村:
自分に来るような仕事というのは、ある程度「昔風」というか、しっかり描き込んである、紙に描いてあるような背景をオーダーされるので、そういうものを描いて取り込んでという工程を踏んでいます。

G:
本作として、木村さん自身が印象深い仕事だと感じるのはどういった部分ですか?

木村:
美術としては「どこが」というより、平均的に全部よくないと意味がないといいますか。映画に限らずTV作品でもそうですが、わずか2~3カットでも変なところがあると、プロではない人が見ても「よくない」という印象になってしまいます。「よくないものがある」ということ自体がすべてをマイナスにしちゃうんです。だから、「よくないものを入れないこと」が大事です。

G:
なるほど。

木村:
「1個だけすごい」というのは誰でもできることで、全体で平均以上を目指すのがこの仕事の一番大切なところかなと思います。ただ、どんな作品でも冒頭は大事ですから、本作でいうとキクりんが肉子ちゃんのことを説明するくだりは特に印象的と言えるかもしれません。「肉子ちゃん」だから肉を入れなきゃということで、建物が肉でできていたり、電柱がベーコン巻きだったり、肉が飛んでいたり……ぱっと見ても分からないかもしれないけれど、いろいろ細かくやっています。


G:
では最後に、本作を見に行こうか考えている人に向けて、背中を押すようなメッセージをお願いします。

木村:
西加奈子さんの作品には実写化されたものがいくつかあり、実写の方が西さんぽいかもしれませんが、『漁港の肉子ちゃん』は実写だと問題があるかもしれない作品ですから(笑)、アニメだから正解というのはあると思います。西さんの作品は楽しいところもホロッとさせるところも、すべてを網羅したものが多く、本作はまさにその西さんらしさが出ていると思いますので、そこを楽しんで見て欲しいなと思います。

G:
本日はありがとうございました。

木村さんによる美術設定・背景美術をはじめ、キャラクター設定や小西賢一さんによる作画監督修正などを約200ページに詰め込んだ「漁港の肉子ちゃん ARTBOOK」は税込2750円で発売中です。

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in インタビュー,   映画,   アニメ, Posted by logc_nt

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