『るろうに剣心 最終章 The Final/The Beginning』美術・橋本創さんインタビュー、台本にない部分を補強することで作品の深みが増す
人気漫画を巧みに映像化したシリーズの「最終章」として公開されている映画『るろうに剣心 最終章 The Final/The Beginning』。大友啓史監督、音楽の佐藤直紀さんに続いては、美術を手がけた橋本創さんにインタビューを実施しました。
映画『るろうに剣心 最終章 The Final/The Beginning』公式サイト
https://wwws.warnerbros.co.jp/rurouni-kenshin2020/
GIGAZINE(以下、G):
この『るろうに剣心 最終章 The Final/The Beginning』は、『The Final』が明治維新後、『The Beginning』が幕末というように時代が異なるため、普通に2部作を作るよりもさらに大変だったということを大友監督にうかがいました。美術の面ではいかがでしたか?
美術・橋本創さん(以下、橋本):
前作も『京都大火編』『伝説の最期編』の2部作という形でしたが、あれは地続きの話の2本立てだったんです。ところが今回は時代背景も中身も別物で、まったく別々の2本を作るということになって……でも、みんなそうは思わなくて「この間も2本撮ってたから大丈夫でしょ」と思ってしまう。中身が違うというのは、やっぱりめちゃくちゃ大変でしたよ……(苦笑)
G:
やはり……。
橋本:
撮影で時代が行ったり来たりというのはなかったですけれど。『The Final』で描かれる明治は、長く続いた江戸時代が終わって、街の雰囲気などは明るい印象になるように作りました。一方で、『The Beginning』で描かれる江戸末期は動乱の時代なので、町も人も、ちょっと鬱々としたイメージですね。
G:
確かに『The Beginning』の世界にはなにか寂寥感がありました。寂しい光景というと、剣心と巴の暮らしで雪が降るシーンは特に寂しさが強まりました。
橋本:
あのシーンは、かなりの範囲で雪を降らせました。撮影時、本当に雪が降っていたんですけれど、それだけでは映画としては足りなかったので、撮影用の雪も降らせました。『るろうに剣心』は作品として情報量が多くて、どちらかといえば「派手な世界」なんです。時代劇だけれど、面白くできる部分は史実に則った上で外連味を強めるだとか。でも『The Beginning』は、もっとちゃんとした時代劇をやろうと。人物の心情にも切り込んでいけるように、あまり華美にしすぎない風景とか、情緒的な背景というのを目指していたと思います。
G:
現実味があるような感じでしょうか。
橋本:
そうですね。ただ、現実とはいえ、今の僕らからすると江戸時代や明治時代はもはや「ファンタジー」じゃないですか。史料が残っていることもあるけれど、それも切り取られた一部でしかないだろうと。庶民がそれぞれどう暮らしていたかというのは、歴史の教科書などには載っていないような部分も多々あるでしょうから、そこを想像して埋めていくという形は毎回変わらないです。
G:
YouTubeの「ワーナー ブラザース 公式チャンネル」では、『るろうに剣心 最終章』に関連する多数の映像が公開されています。その中に、1作目から登場している「神谷道場」のセットの全貌を見せる映像がありました。『The Final』で縁の襲撃を受けるなど、またキーとなる場所ですが、これは5作品とも同じセットを使っているのでしょうか。
神谷道場の全貌初公開!映画『るろうに剣心 最終章 The Final』2021年4月23日(金)公開 - YouTube
橋本:
基本的な設計は同じです。『るろうに剣心』という映画の中で、剣心が必ず戻ってくる場所であり、みんなが集まる場所でもあるので、毎回やるたびに基本的な構造が違うというのはあまりよくないですから、そこは守っています。ただ、決めた形は崩さずに、撮影していて「こういうところはもうちょっとこうしておいた方がよかったな~」と思った部分は、誰にも気づかれないように手を入れることがあります。
G:
ちょっとだけ変わっているんですね。
橋本:
いっぱいあるんですけれど(笑)、それはもう見えないような部分もあって。神谷道場の隣の家をもうちょっとだけ高くした方がセットだとわかりにくいんじゃないかとか、季節が変わったら植える木をちょっと変えてみたりとか、あるいは時期が正月だったらお正月飾りを出してみたりだとか。毎回ただただ同じというわけではなく、季節の移ろいや行事に応じて変化させているという感じです。
G:
『The Beginning』では池田屋、小萩屋のような旅館が出てきます。池田屋がオーソドックスな2階建ての建物だったのに対して、長州藩が滞在する小萩屋はかなり特徴的な構造をしていました。あれは何か、実在する建物などをモデルにされたのでしょうか?
橋本:
「モデル」ということではないんですが、まず「小萩屋」をどういう風にしようかと考えたんです。台本には「小萩屋という宿、長州藩をかくまっている宿である」というように書かれていたんですが、単純に「ただのお宿」を作っても面白くないだろうと思って。
それで、宿の裏に京都の花街で働いている芸者さんだったりの置屋があったけれど、経営がうまくいかなくなったため小萩屋の主人が買い取り、元々の小萩屋の建物と元置屋だったお店を改装して使おうとしていたところ、ちょうどそのタイミングで長州藩が滞在するようになった、というサイドストーリーを考えました。これはあくまで台本にはない僕が考えたサイドストーリーなんですけれど。
つまり、まだ改装前ではあるものの、それでもいいならということで貸し出すことにしているという形です。だから、ちょっと構造が複雑で、元置屋の部分が小萩屋と空中の渡り廊下でつながっているんです。「置屋」という、遊女がいた場所ということにしたのは、15歳の剣心が人斬りを生業(なりわい)にしていて、すごく、心がとらわれた状態にある、それはそこにいた遊女の心境ともシンクロする部分があるんじゃないだろうかと考えました。剣心の部屋はすごく抜けが良くて、窓の外には京都の町並みが見渡せるようになっているんですが、実際に部屋に居るのは「カゴの中の鳥」というイメージです。以前、その部屋にいた女の人は、ふすまにお客さんからもらった恋文をちょっと貼っていたり、障子の破れに桜の形に切った紙を貼っていたり……。そういう、「遊女の悲哀」みたいな要素と、剣心の人斬りとしての悲哀がシンクロすると面白いなと思って構築しています。
G:
おおー……部屋にいる剣心の振る舞いだけに注目して見ていると気づかないような部分ですね。
橋本:
絶対に分からないと思います。勝手にやっている部分ですし(笑)
G:
本作の美術面を手がける上で、そういったサイドストーリーを想定して作った部分というのは他にもあるのですか?
橋本:
結構ありますね。たとえば『The Final』の神谷道場であれば、薫ではなく、どちらかというと「薫のお父さんというのはどういう人だったんだろうか」と。
G:
越路郎さんですね。映画化された範囲では故人なので出てこない人物ですよね。
橋本:
昔からある建物であれば、お父さんだとか、あるいは先祖が作ったわけですから、どういう人だったと考えられるだろうかということですね。あくまで、原作にない部分を勝手に想像しているだけではあるんですが、剣術だけではない文武両道の人、山岡鉄舟みたいな人だったのかな、とか。なので、道場にある書の書体はそのイメージから、山岡鉄舟の書を参考にさせてもらっています。
G:
おお、そういうアプローチなんですね。
橋本:
実際に映像には出てこないけれど、どういう人だったのか説得力あるものとして見せるにはどうすればいいかと考えました。他にも『The Final』であれば、雪代縁が幼少期に上海に渡ってマフィアになり頭目にまで上り詰めていますが、いったいそこまでにはどういったことがあったんだろうかということをずっと考えていました。当時の上海マフィアの掟はどんなものだったのかとか、密接に絡んでくる儒教だとかを調べて。実際に、『The Final』に出てくる縁の屋敷には儒教の祭壇もありますが、それは上海マフィアの験担ぎのようなものに由来しています。そうやって、人物に即したストーリーを考えて、セットに落とし込んでいますね。
G:
縁の館は洋風とも違う、独特な雰囲気を感じました。
橋本:
縁の館は洋風と中国が入り交じった、食べ物でいうと「ヌーベルシノワ」みたいな様相です。日本で和洋折衷として洋館に和室があったりするように、イギリスの文化が中国に入って、2つが融合したらどういうものになるんだろう、それが当時の最先端だったんだろうか……と。そこで生きてきた縁は、きっとそういうものを見て育ち、そういうものが好きだろうと。上海は貿易港として栄えていましたから。……と、そういう台本にないことをいっぱい考えています(笑)
G:
すさまじいですね……。橋本さんは、大友監督が公式サイトで行っている「FROM PARTNERS」というインタビュー企画の第1回に登場しています。その中で、大友監督から「そもそもどうして美術監督になったの?」と聞かれて「美術監督を語る上で一番向いてない人間にまずそれ聞きますか(笑)」と答えているが、なぜご自身で「一番向いていない」と言ったのですか?
橋本:
僕らのまわりは、基本的に美大を出ていて、美術の勉強とかをちゃんとしてきている人が多いと思うんです。その中で僕は美大卒ではなく中卒であるというところです。もともと物を作るのが好きで、九州に陶芸をしに行ったり、窯を作りながら陶芸したり、あるいは、若いころはそれこそ町中に落書きしているような少年だったので(笑)
ものを作ったり絵を描いたりすることは大好きでしたが、それを学術的に学ぶことはしてこなかった人間なんです。たぶん、そういう意味で答えたんだと思います。この業界に入ったのも、陶芸をしていたころ、たまたま映画のスタッフと知り合って飲んでいたら「お前、何でもできるからちょっと手伝ってよ」と声をかけられたのがきっかけですし(笑)。なかなか、素直にレールのあるような生き方はしていなかったんです。
G:
ということは、映画の美術についてのことは業界に入って体得していったような感じでしょうか。
橋本:
僕は若いころから美術部の中でどうこうというより、監督と付き合うことが多かったんです。だから、「その監督の考えていること」を考えていることが多かったです。その人たちは人物の芝居や生き方、生き様、どういう心情だったのかということをすごく重要に考えて演出していたので、僕は「監督に育てられた」という部分が大きいかもしれません。
G:
おお、なるほど。
橋本:
デザイナーになったのも結構早かったです。人の言うことをあまり聞かないので、アシスタントがあまりできなくて(笑)。だから、自分で実際にやってみたとき、どういう風に作ったらいいのか、とにかく情報が欲しかったんです。そのキャラクターが「何もない人」というのはすごく難しくて、セットを作る上で、あるいは部屋を飾る上で、引っかかりになる情報をとにかく探すんです。引っかかる部分は、その人だけの何かかもしれないし、両親かもしれないし、幼少期に隠れているかもしれない、あるいは別の交友関係から来るものかもしれない。とにかくそういうことを考えて、飾るための情報を構築していかないと、と。台本には物語に必要なものは書かれていますけれど、裏返すと、物語に必要じゃないものは書かれていないことが多いんです。でも、その「必要じゃないもの」を補強していくことで、人物造形に深みが出たり、役者さんが演じるにあたって「そうか、自分が演じるのはこういうヤツだったんだ」と発見してもらえたり。そういう感受性というか、感性の高い人が結構いるので。
G:
なんだか、美術面だけではなく、脚本というか設定というか、そういう仕事でもあるみたいですね。
橋本:
そうですね、脚本も多いです。ヘタすると台本に書かれていることをやらないこともありますからね(笑)
その人物を掘り下げて、その先に進めていくためにはどういう風に考えるのがいいのか。あえて壊すようなことはしませんけれど、やっぱり作品は面白い方がいいですから、みんなで相談するようにしてやっていきました。
G:
今回、こうして5作品続いた『るろうに剣心』シリーズをやりとげて、自身で感じる変化はなにかありますか?
橋本:
色んなことがうまくなったというのはあるんでしょうけれど、「『るろうに剣心』をやったから成長した」というよりは、「また同じ熱量を持った人たちと一緒に仕事ができるのが楽しい」というところですね。10年間で、もちろん成長はしているんですけれど、それ以外のファクターもいっぱいあるので、もうよく分からないです(笑)
G:
なるほど(笑)。シリーズ1作目が公開されたとき雑誌「SWITCH」に掲載されたスタッフの紹介記事の中で、橋本さんは「監督のいいところは『決め切らない』ところだから、話しながらアイデアが生まれることも多く」というコメントをしています。『The Final』『The Beginning』でも話し合うところは多かったのでしょうか?
橋本:
もちろん、指針になる台本はあるんですが、それが絶対ではないということですね。当然、作品の流れにちゃんと合うかという判断はしつつですが、「もっと面白くなるなら、そのほうがいい」というのはみんな思っているんです。
『るろうに剣心』は準備期間も撮影期間もすごく長い作品で、僕も準備期間を入れたら丸1年ぐらい携わることになります。そうすると、最初に「こうだ」と思った部分は、半年後に見返すと「もっとこうできた」というのがあるんです。最初に描いた絵のままやることももちろんありますが、新しい情報があったり、その間に自分自身の成長があって感覚が変わることもあるので、常に、自分が何カ月か前に書いたものでも疑ってみて、「本当に正しいのか」、正誤というより「これはもっと面白くなるんじゃないか」と疑いながらやる部分はありますね。
G:
おお……ストイックな……。
橋本:
準備も撮影も長い作品だからこそできることではありますね。現場でも、大友さんや谷垣さんたちとしゃべる中で新しい発想が出てくることもあります。「その方が面白いね、じゃあこうしよう」と、明日撮影する予定のものを変えてみたり(笑)。でも、これは緻密に考えたベースの上にあるからこそ変えることができるんです。単なる思いつきではなく、たくさんのピースを積み重ねた上で「遊びを持たせてある部分」ですね。そういうのは結構やっています。
G:
意見がかなり出やすい環境なんですね。
橋本:
「出やすい」というか……なんでしょうね?撮影の石坂さんはアメリカで仕事をこなしていて「アメリカ人」ぽいし、谷垣さんはアクション映画をバリバリやってて「中国人」なところがあるし、大友さんは「よくわかんない」って、なんだか宇宙人たちが集まってるみたいなんですよ。普通に言うだけじゃ誰も待ってくれなくて、奥ゆかしさとかまったくないので、とにかく「意思表示ははっきりしなければいけない」というのがあるからかもしれませんね(笑)
G:
そうした現場だから、素晴らしい作品が生まれてきているんですね。本日はいろいろなお話、ありがとうございました。
映画『るろうに剣心 最終章 The Final/The Beginning』は興行収入50億円を突破して、引き続き絶賛公開中です。
【㊗興行収入50億円突破】
— 映画『るろうに剣心 最終章』公式アカウント (@ruroken_movie) June 18, 2021
『#るろうに剣心最終章 The Final/The Beginning』皆さまのおかげで2部作の興行収入が50億円を突破しました????
6/20は剣心の誕生日????
引き続き『The Final』『The Beginning』伝説の始まりと終わりを、それぞれ劇場で体感ください! pic.twitter.com/LpiIdNFXpl
映画『るろうに剣心 最終章 The Beginning』本予告 6月4日(金)公開【The Final大ヒット上映中】 - YouTube
© 和月伸宏/ 集英社 ©2020 映画「るろうに剣心 最終章 The Final」製作委員会
© 和月伸宏/ 集英社 ©2020 映画「るろうに剣心 最終章 The Beginning」製作委員会
さらに後日、装飾を手がけた渡辺大智さんへのインタビュー、そして大友啓史監督&アクション監督・谷垣健治さんへのインタビューも掲載予定で、『るろうに剣心』を深掘りしていきます。
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