脳に埋め込んだ装置で「痛み」を打ち消すことに成功、依存性のない鎮痛法の可能性を開く
「脳に生じた痛みの信号を検出し、それに応じて脳に信号を流して痛みを軽減する」という装置を開発し、マウスでの実験に成功したとの研究結果を、ニューヨーク大学グロスマン医学部の研究チームが発表しました。脳に埋め込んだ装置で痛みを和らげるシステムにより、依存性の少ない鎮痛法の開発やその他の脳に関連する障害の治療に可能性が生まれるとされています。
A prototype closed-loop brain–machine interface for the study and treatment of pain | Nature Biomedical Engineering
https://www.nature.com/articles/s41551-021-00736-7
Implantable brain device relieves pain in early study | EurekAlert! Science News
https://www.eurekalert.org/pub_releases/2021-06/nlh-ibd061521.php
A New Brain Implant Automatically Detects and Kills Pain in Real Time
https://singularityhub.com/2021/06/29/a-new-brain-implant-automatically-detects-and-kills-pain-in-real-time/
一般的に、痛みを軽減する方法としては鎮痛剤の処方が行われていますが、慢性的な痛みに鎮痛剤で対処していると次第に耐性がつき、以前と同量の鎮痛剤では効果がなくなってきます。また、オピオイドなどの鎮痛剤は脳の報酬系に作用するために強い依存性があり、過剰摂取によって大勢の人が死亡する「オピオイド危機」が社会問題となっています。
40万人以上が死亡した鎮痛剤の乱用問題で600億円以上の和解金を大手コンサル企業が支払う - GIGAZINE
そこでニューヨーク大学グロスマン医学部の研究チームは、コンピューターで制御された装置を脳に埋め込んで痛みを軽減するシステムを開発しました。「closed-loop brain–machine interface(閉ループ・ブレイン・マシン・インターフェース/閉ループBMI)」と名付けられたこのシステムは、痛みの中枢部位の1つである前帯状皮質の脳活動を測定するセンサーと、前頭前皮質に信号を送る出力装置から構成されています。
閉ループBMIは、まずセンサーが検出した前帯状皮質の脳活動を装置に接続されたコンピューターが分析し、痛みと密接に関わる電気的パターンを識別します。脳が痛みを処理していると判断した場合、今度は光ファイバーで構成された出力装置が、光遺伝学の手法で遺伝子操作された前頭全皮質の神経細胞に光を照射し、痛みを軽減する信号を送るとのこと。
研究チームがマウスの脳に閉ループBMIを埋め込んで実験した結果、閉ループBMIは最大80%の精度で痛みを検出できることが確かめられました。また、閉ループBMIをオンにしたマウスは、瞬間的な痛みを与えられた足を引っ込める速度が、閉ループBMIがオフになっているマウスより40%遅かったとのこと。これは、閉ループBMIがオンになったマウスでは痛みが緩和されたことを示唆すると研究チームは述べています。
別の実験では、慢性的な痛みを感じているマウスに「入ると自動的に閉ループBMIがオンになる部屋」と「入ると自動的に閉ループBMIがオフになる部屋」を自由に出入りさせました。すると、実験に参加したマウスは閉ループBMIがオンになる部屋で過ごす時間の方が50%以上も長かったそうです。これも、閉ループBMIが正しく機能し、マウスの慢性的な傷みを軽減していたことを示唆するものです。
研究チームのJing Wang准教授は、「私たちの調査結果は、症状を特定または管理することが難しい場合でも、インプラントが痛みの治療に効果的な戦略を提供することを示しています」とコメント。閉ループBMIは痛みがある場合にのみアクティブとなるため、使いすぎのリスクや耐性が生まれる可能性が低い上に、そもそも痛みを軽減する以外の報酬がないために依存性のリスクも最小限に抑えられると主張しています。
論文の筆頭著者であるQiaosheng Zhang氏は、「私たちの研究結果は、痛みが脳内でどのように作用しているのかを研究者がよりよく知る上で、この装置が役に立つ可能性を示しました。さらに私たちは、これで不安障害やうつ病、心的外傷後ストレス障害(PTSD)などその他の神経精神障害に対する、非薬物療法を見つけられるかもしれません」と述べています。なお、今回開発された閉ループBMIはかなり侵襲的な外科的処置が必要であり、人への使用には適していませんが、人に使用できる可能性がある非侵襲的な装置の研究も進んでいるとのことです。
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